この画像を大きなサイズで見る世界には、まだまだ、その起源が謎に包まれた建造物や廃墟がたくさんある。ストーンヘンジがどうやって建てられたか、人工的に造られた建造物がなぜ深海に沈んでいるのか、誰がジョージア州の人里離れた丘に立つ巨大な花崗岩に世界滅亡後の社会再建のための指南書を彫らせたのか、その謎は科学技術の進歩により、すこしずつベールをはがされつつあるが、正確にはまだわかっていない。
1.世界滅亡後のための指南書
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この画像を大きなサイズで見るジョージア州北東の荒涼とした丘に、世界でもっとも奇怪で謎めいた建物が建っている。これは古代に建てられたものではない。ジョージアガイドストーンとして知られるこの石の建造物は、高さ16フィート(4.8メートル)、重さ20トンの磨かれた花崗岩。この石版に、エジプトの象形文字、ヒンディー語、スワヒリ語など8つの言語で、世界の滅亡後、文明を再建しようとする生存者への教えが刻まれている。東から西へ動く太陽の軌道をなぞるように建てられていて、隙間このから北極星が見えるようになっている。このガイドストーンは、誰が造らせたのか謎のままだ。
2.ミシガン湖のストーンヘンジ
この画像を大きなサイズで見るミシガン湖の湖底で、研究者がソナーを使って難破船の調査をしていた時、水深40フィート(12メートル)の地点で、ストーンヘンジのような驚くべき構造物を発見した。岩が円形に配置され、マストドンのような彫刻が施されている岩もある。人間とマストドンが共存していた後氷河期時代と一致する、1万年前のものと思われる。
3.日本の海底遺跡
この画像を大きなサイズで見る日本の与那国島の南に、およそ8000年前のものと思われる遺跡が沈んでいる。地殻現象によってできたとのと思われていたが、彫刻や直角に切られた岩が示すように、人の手による精巧な階段のようなものだということが確認されている。1995年に、スポーツダイバーによって発見された。
4.エジプト、アレキサンドリアの海に沈むミステリー
この画像を大きなサイズで見るアレキサンダー大王の町、アレキサンドリア沖には、クレオパトラの宮殿とされる遺跡が沈んでいる。1500年以上前の地震のせいで、彫像などの人工物と共に水没したと信じられている。
5.バールベックの神秘の石
この画像を大きなサイズで見る巨大なローマ寺院の遺跡は、ギリシャやローマだけではなく、レバノンのバールベックにもある。ビザンティン帝国の皇帝テオドシウス二世時代に破壊されたが、54本の柱のうち6本はまだ残っている。美しい遺跡なのに、ここ数十年の戦乱のせいで、訪れる者もほとんどないが、幸いなことにこの荘厳な考古学遺跡は破壊を免れた。どうしてこの場所が、これほど多くの石を切り出して、苦労して運び、建造物を造るほど、ローマ人にとって特別だったのかはわからない。
6.埋もれた古代の巨石サークル
この画像を大きなサイズで見るトルコの南、シリアとの国境付近に、最初のストーンサークルであるストーンヘンジのより数千年も古い巨石サークルが3つある。意外にも、これら古代のストーンサークルは、狩猟採集民族によって建てられた。巨石サークルを建造できる労働力が必要となり、初めて人の社会が村のレベルまで発展したと信じられていた。このギョベクリ・テペの3つのストーンサークルは、理由はわからないないが意図的に埋められた。この一帯が、聖書のエデンの園に基づいている歴史的な場所だと信じている人々もいる。
7.イースター島
この画像を大きなサイズで見る現地語でラパヌイ、スペイン語でパスクア島とも呼ばれるイースター島は、太平洋の南東にあるポリネシアの島で、モアイ像でとても有名だ。像は紀元1250年から1500年にかけて、島の開拓者が先祖を崇めて作られた。一番重い像は86トンもあり、これをつくり、運ぶことがどれほど大変な偉業かよくわかる。残っているモアイの半分近くが、主なモアイの石切り場であるラノ・ララクにまだ残っているが、多くは島の周囲の石のプラットホームに運ばれた。
8.ストーンヘンジ
この画像を大きなサイズで見る世界でもっとも有名な遺跡として知られているストーンヘンジは、イギリスのウィルトシア州にあり、円陣状に並んだ直立巨石とそれを囲む土塁から成る。紀元前2500年頃に建てられたとされているが、1400年以上に渡って、手を加えられている。さまざまな説や憶測があるが、有史前のこの遺跡が何の目的で作られたかは誰にもわからず、世界最大の謎のひとつとなっている。
9.マチュピチュ
この画像を大きなサイズで見る保存状態の極めていいインカ帝国の町。ペルーアンデスの険しい山の、平坦な頂上に人知れず存在していたおかげで、スペインの征服者に見つからずに住んだ。何世紀もの間、外界とは隔絶されていたが、1911年に考古学者ハイラム・ビンガムによって再発見された。ここの岩はナイフの刃が間に入らないほど、ぴたりと隙間なく積み上げられている。現代の調査で、紀元1450年頃、インカの王パチャクティの時代に建てられたことがわかっている。インカの町の標準としては比較的小さい町。
10.グレートジンバブエ遺跡
この画像を大きなサイズで見るアフリカの現在のジンバブエが、この広大な石の遺跡からその名をつけられたことを知っている人はほとんどいないだろう。グレートジンバブエの遺跡は、南アフリカ地域でもっとも古くて大きな建造物で、最盛期には、およそ18000人の住民が住んでいたと言われている。1800エーカー(720万㎡)の広さがあり、11世紀に建設が始まった。なぜ、この場所が見捨てられたのか、はっきりした理由はわかっていない。
11.ペルーのチャビン・デ・ワンタル遺跡
この画像を大きなサイズで見るマチュピチュほど有名ではないが、この遺跡も魅力的な世界遺産だ。紀元前900年頃、インカより前のチャビン文化によって、人々が集い、礼拝をする場所として造られた。なぜ、チャビン文化が消滅したのかははっきりわかっていないが、地震などの深刻な環境変化が原因という説が主流だ。他には、近隣の他の文明との権力闘争などの説がある。
サンゴの城、失われた愛の記念碑
この画像を大きなサイズで見るvia:12 of the World’s Most Mysterious Monuments & Ruins
原文翻訳:konohazuku
身長150センチ、体重45キロの男が、どうやってそれぞれ数トンもの重さのサンゴを使って、複雑な岩の庭を作ったのだろう? フロリダ州ホームステッドのサンゴの城は、ラトヴィア人移民エド・リードスカルニンの失われた愛の記念碑だ。エドは1923年、結婚式直前に婚約者にふられてから、この庭を作り始め、完成させることに生涯をかけた。1951年にエドが亡くなった後もこの工事は続いた。専門家は、4年生までしか教育を受けていないエドが、どうやってひとりでこのサンゴの城を建てられたのかわからず、首を傾げている。














謎だからこそ魅力的なんだろうな。
別に解明されなくても、むしろそっちの方がいいのかも。
10のグレートジンバブエは、ちょっと前に世界ふしぎ発見でやってたので初めて知った。
地球上にはまだまだ知らない古代遺跡があるもんだと思った。
>このガイドストーンは、誰が造らせたのか謎のままだ。
アメリカの秘密結社かぶれのオカルトグループが出費。
グラニト社が1980年に建造。
あら、おもしろい
wikipediaにあるマチュピチュの画像でかすぎワロタ
10,000 × 9,760で76MBとかってー
大湯環状列石とかあの当りも謎の構造物があるらしいな
エジプトのスフィンクスも謎に溢れてるぜ。
あれだけ有名なのに誰が何の目的で作らせたのか未だにわかってないんだからな。
そういえば最近、オーパーツって言葉きかなくなったね
与那国島の海底のは、自然物ってことで、決着がついたはず
>人の手による精巧な階段のようなものだということが確認されている
んなアホな
与那国のアレが人工物なら、作った人たちは正気じゃないでしょ。
階段に見えると言うが、段の高さも向きもバラバラだし、崖の途中で始まって途中で終わってたりして、階段の意味をなしてないし。
だが一方で、それに思い至るだけで昨日まで信じていた世界が音を立てて崩れるような、身の毛もよだつ恐ろしい事実がある。
その事実とは、これらの階段は、人間の体に合わせて作られたにしては段が高すぎるということである。
推測するに、この構造物は、人間よりも大きな体躯を持ち、人間とは異質の思考様式を持った何らかの存在が作ったっぽいものではないだろうか。
おそらくこれこそが、かのクトゥルーが夢見るままに目覚めの時を待つという海底都市、ルルイエではないかと思われるっぽい。
※11
おれら「「「な、なんだってーーーー!!!」」」
そう謎だらけなもんばっかじゃねえんだろ
と思ったら結構謎だらけだった
色々とすごいな。
ストーンヘンジって天文台でしょ?
グレートジンバブエが放棄されたのは木を切りすぎたからって何かで見た
キリストの墓が入ってなくてよかった。
思わず赤面するところだった。
そう言えば、次の地球滅亡の日はいつになったんだ?
与那国のは決着がついたというか、人工物だと主張しているの教授は一人だけなんだ…
1.世界滅亡後のための指南書
↑初めて知りました(OOO)
いや~やっぱ世界は広くてロマンがあるんですね
与那国島の海底遺跡は知ってる
否定派は自然がつくったと言うが、だとするなら
与那国島のいたるところで同じような地形が発見されて
自然物として見られてるはず。
それにどう見ても人工物だよな、これ
階段の段差が大きいのは侵略者が来たときの為にワザと
大きくしたのではないだろうか?
避難所として使用する為に上り下りするためのハシゴを
必要最低限作り使用したと見るのが無難。
>>18
もしこんな天然な巨大な石の板を取ったりほぼ平らな石の土台がある環境だったら利用するんじゃないかな
全部人工物っていうのはきちがいだけど古代文明がその自然条件を利用した可能性はあると思う。石の巨大神殿とかあったかもしれないとかわくわくする
自然にしては不自然すぎるし、人工物にしても不自然だぞ?
すまん、ワシが造った・・・・・・・・
与那国の海底は氷河期の時代には陸だったんじゃないか。
あの構造物を自然の造形と考えるのはかなり無理がある。
巨石文明があったと考える方が自然。
人類の移動ルートを考えても台湾の近くにある程度の
人口集中があったと考えるのが普通。
そこから太平洋世界へ乗り出して行ったわけだから
海に面した街っだったのではないだろうか。
与那国のは自然物ならそれはそれですごい
与那国のは石切り場だったんじゃないかな
だから階段とかは別に歩くためじゃなくて
必要なサイズの石を切り出した跡なのかも
だから段差が大きすぎたりバラバラなのさ
巨石文化はやっぱりワクワクする
マチュピチュは避難所って聞いたことがあるぞ。
与那国は地表でも同じような段があったよね
でも話題になるのは海底だけ
ということは・・・と考えてしまう
中近東だったかの小高い丘全部が遺跡(ピラミッド)だったってのが有ったと思ったんだが...誰か知らない?
「これだけは現代の科学では説明つきません」的、超ミステリーな遺跡は見つからんものかな。
個人的には別に異星人の宇宙船とかそんなぶっ飛んだ物じゃなくていいから、ノアの箱舟とかああいうものが実在していて、化石として埋まっているとか面白いんだがな。
直線があったらそれは人工物だって社会の先生が言ってたから与那国のやつは人工物
※30
一応ノアの箱舟らしき残骸はいくつか見つかってるぞ。
北緯39°26′4″、東経44°15′3″、海抜1870mにあるらしい。
アララト山からは残骸らしきパーツもいくつか見つかってる。
ストーンヘンジとか
蓋を開けて見れば「単なる中庭でした」みたいな事でがっかりしそうだ
このまま謎のままでいいねw
1つ目のは初めて見たけど、コメ見た限りでは最近できたのかな?
ペルーに超重量の石を運搬方法や加工方法が解らない遺跡があるって興味わくな。
オリャンタイタンボの六枚の屏風岩、サクサイワマン遺跡の逆さ岩、カマハルカの用水路。
※32
少なくともそれはない
あんなものは大したもんじゃないとどうしても思いたい奴はたまにいるみたいだが
柱状節理を知っとったら与那国のは話題にするのもアホらしくなるレベル
コーズウェイベイ騒ぎをもっかい繰り返してるだけに過ぎない
与那国のは石を切るための楔の跡がある、とかいう話なかったっけ。
上にもあったけど地表に出てた頃の石切り場、ってのが落としどころのような気も。。
これらの建物の意味を知りたいとも思うけど、解明されない謎ってのそのものが面白い。
だからおれは「ずっと議論していたい派」ということで
リードスカルニン入れるならシュヴァルの理想宮も入れて欲しい
まだ与那国の信じてる奴いるのか
俺のコカンにも謎の建造物が
一生使われないままの建造物になんの意味がある…
行ってみたいなあ
日本の海底遺跡は調査されるの嫌がってるヤツのせいで
自然物って扱いにされてるんだよね。
日本にもピラミッドあったはず。これだけあれば、過去に巨石文明があったとしてもおかしくないよね
ヤツラの仕業か
与那国のは見えてる部分が一部だったら、ワクワクするな~。
ず~と下へ掘って行くと入口が有って、空気のある巨大な部屋が有ったりして・・・
で、入口の前に当たる部分にある特定の人間が乗るとゴゴゴゴゴって入り口が開いて……
こわいね~ なんだろうね~
誰か、エドが亡くなった後も工事が続いたのにエドが一人で作り上げた事を解説してくれ
こういうのって謎が解明されるとしらけるけどものすごく気になるから困るww
>3
イタリア語でみかげ石のことをgranito(グラニート)というんだけど、
墓石屋さんかなー。それにしても、まさに金持ちの道楽だね。
6のストーンヘンジはヨルダンにあるのは、
大昔の狩猟民族が追い込み漁やったときのものだろ、
長ーーい石壁と丸い居住区っぽいつなぎの石の建造物のやつは
っ最後のはちょっと違うんじゃねw
ロマンがあっていいね
趣味で作りましたみたいなのだったらイヤだけど
>48
エドが建てたのは城。少なくとも城だけは・・それ以外の装飾やら建物はその後とか並行して誰かが作ったってことじゃね
>4年生までしか教育を受けていないエド
4年生って何の4年生なのか、エドさんが何年教育を受けたのかわからんけど教育を受けていなければ出来ないことではないと思うんだが。
世界は広いね。自分たちが普段認知してるつもりになってる「世界」がどれだけ狭い範囲だけのものか思い知らされるようだ。
マチュピチュって15世紀の遺跡なんだ、もっと古い時代の遺跡かと思ってた。
インカに文字文化がなかったのが残念だな。
※56
いかにもブルーカラーを見下したホワイトカラーの学者の言いそうな意見だよな。
英国なんていまだに階級社会でインドに人権で文句言える立場じゃないのに。
とりあえず一旦セーブしとくわ
現実的に見に行けそうなのは与那国位だな
もぐりたいなぁ
ぶっちゃけ、いくつかは完全に歴史が判明してるものがあるが…
いつまで謎にしてるんだよww日本人として恥ずかしいぞ
まぁ現在の文明が滅んで、後々アフリカの僻地あたりで細々と生き残った人間が、日本に来て半壊のスカイツリーやら大仏やら眺めても同じことを思うだろうな。
※60
水流速くてめっさ危ないトコらしいですぜ
与那国の海底地形
・東南方向に10-15度傾いている。 これは二百万年以上前に形成された八重山断層群に沿った傾斜である。
・階段状部分の高さがまちまちで、高さが1段につき1m以上もあるところもある。(1m以上の段差を登る人間がいたのか???)
・海流の侵食があるなかでは、古代の遺跡だとした場合の石の角や方形を維持できない。(遺跡の時間オーダー(1000年~1万年)ではなく、数百年オーダーで形成された自然地形である)
別に与那国は謎に包まれる程ではないだろ
世界的に有名でもないし
与那国のは世界的に有名だよ
ストーンヘッジて土の中の岩が浸食して砂がなくなり岩だけ重なってるのでは?
飛鳥の石舞台は?
結構好きなんだけど。
高さがまちまちだから自然物って意見もちらほら見かけるけど、それは現代の価値観でおかしいってだけで、もしかしたらまちまちの高さに何か意義を見出してた人たちがいたかも知れない。
少なくとも、あんな大規模にわたって綺麗な形を保ってるのが自然にできたものと考えるほうが俺には不自然に思えるけどなぁ。
アンコールワットは、中央回廊に近づくに従って、人間には登りづらい階段になってた。
実際落ちて死んだガイドがいた。神さまと王様のための場所で、他の人は登れなかったらしい。 与那国のは、柱状節理だとしたら、あんな横広の階段状になるのかなあ。最初は自然物でしょって思ってたけど、遺跡の仕事やってた目線で見ると、人の手が加わってるんじゃないかと思った。
元記事は海外のサイトなのだから、与那国のアレは外国人にもロマンなんだろ
珊瑚の城、製作者が死んだ後も続いたってどういう事やねん…
#1
こうやって壊れやすい形にする事によって後の知的生命体がバラバラの破片で苦労するようにしたんだな。
ロゼッタストーンがバラバラなのはこう言う事をする人が後々の事を考えないから、矛盾してる。
実はストーンヘンジの謎は解明されている。
あれはアトランティスのモニュメントだ
与那国のは自然構造物だって完全に証明されてるのに、なんで混じってるんだい(笑)。
6番はミッキーの形に見える
謎じゃないのがそこそこ含まれている記事だな
マチュピチュとモアイが割と最近で驚いた。
まあ500年は経ってるけど感覚的にはうん千年前って感じしてた
※80
自然構造物説はもう古い、今は石切場説が有力
一番近くて、与那国島の海底遺跡だな