この画像を大きなサイズで見る蛾が匂いを嗅ぎ分けるのは触角だけではなかった。
ドイツのマックス・プランク化学生態学研究所の研究チームがタバコスズメガを調べたところ、翅(ハネ)そのものが匂いに反応していたことがわかった。
研究チームが切り取ったハネにさまざまな匂いを吹きつけてみると、ハネはたった2種類の匂いにだけ電気信号を返した。
しかもその2種は、この蛾が卵を産みつける植物と深く結びついた匂いだった。飛ぶためのハネは、産卵先を探し当てる器官でもあったのだ。
この研究成果は『Journal of Experimental Biology』誌(2026年7月27日付)に掲載された。
参考文献:
- A tobacco hawkmoth (Manduca sexta) feeding from a tobacco flower [IMAGE] | EurekAlert! Science News Releases
タバコスズメガのハネが持つ能力を調査
昆虫の翅(ハネ)は飛ぶためだけの器官ではない。表面には細かい毛が生えていて、風の流れや細かな振動を感じ取っている。
さらには交尾相手の体に触れてどんな相手かを確かめる働きも持っている。
もしかしたら他にも何か能力が宿っているのではないか?
マックス・プランク化学生態学研究所のゾーニャ・ビッシュ=クナーデン氏ら研究チームは、タバコスズメガのハネに嗅覚があるのではないかと考えた。
タバコスズメガは南北アメリカに広く分布するスズメガの仲間で、幼虫がタバコやトマトの葉を食べるため、実験動物として世界中の研究室で飼育されている。
研究チームはタバコスズメガのハネの縁(ふち)をそっと切り取り、金の粉を霧のように吹きつけてから電子顕微鏡で観察した。
金をまとわせるのは、表面の凹凸をくっきりと写し出すための下準備である。
拡大された映像には、2種類の毛が交互に並んでいた。一方は細長くとがった毛で、長さは120マイクロメートルほどある。
もう一方は平均80マイクロメートルと短くずんぐりしていて、表面には無数の小さな孔(あな)が開いていた。
表面に孔があることは匂いを感じる器官の目印であり、短いほうの毛が嗅覚を担っているのではないかと研究チームは考えた。
この画像を大きなサイズで見る蛾のハネは特定の2種の物質を嗅ぎ分けられる
毛の形が嗅覚器官に似ているというだけでは、実際に匂いを嗅げる証拠にはならない。
そこで研究チームは、切り取ったハネを2本の電極ではさんで電気回路につなぎ、匂いを吹きつけたときにハネから電気信号が出るかどうかを測った。
触角の反応を測る従来の方法を、ハネに応用した実験である。
試したのは13種類の匂い物質と、3種類の植物から集めた香りだった。
腐敗臭のするピリジン、果物のような甘い香りのヘキサン酸メチル、チョウセンアサガオの仲間の花の濃厚な香りまで、性質の異なる匂いを次々にハネへ送り込んだ。
すると蛾のハネは、ピロリジン(pyrrolidine)とピペリジン(piperidine)というよく似た2つの物質にだけ電気信号を返した。
これらの物質はどちらもアミンと呼ばれる窒素をふくむ化合物の仲間で、人間の鼻には魚が腐ったような不快な匂いに感じられる。
花の香りや、葉から集めた香りには、ハネはまったく反応しなかった。
タバコスズメガのハネには嗅覚のようなものが確かに存在し、しかも、2種類の匂いだけを選び出す精度を持っていた。
この画像を大きなサイズで見る産卵先の植物と結びついた匂いを嗅ぎ分けていた
ハネが嗅ぎ分けた2つの物質には共通点がある。
どちらもナス科植物がつくるアルカロイドの材料になる物質だ。
アルカロイドとは植物がつくる苦い物質のことで、タバコにふくまれるニコチンがその代表にあたる。
タバコスズメガの幼虫は、タバコやトマト、チョウセンアサガオといったナス科植物の葉しか食べられない。
そのため、母親の蛾は、幼虫が育つナス科植物を選んで卵を産みつける必要がある。
ハネが嗅ぎ分けた2つの匂いは、まさに産卵先の植物と結びついた匂いだった。
もっとも、傷ついていない葉からこれらの物質が空気中へ放出されることはない。
研究チームは、蛾が植物の前でホバリングしながら脚の棘(とげ)で葉の表面をひっかいたとき、匂いが立ちのぼるのではないかと考えている。
ハネの縁を切り落としても、匂いへの反応は消えない
孔の開いた毛はハネの縁にしか見つかっていないため、切り落とせば匂いを感じなくなるはずだ。
そこで研究チームはハネの縁を切除してもう一度実験を行った。
結果は予想を裏切るものとなった。
縁を失ったハネも、ピロリジンとピペリジンに対して切る前と変わらない電気信号を返したのである。
研究チームは、蛾がハネの縁だけでなくハネ全体に匂いを嗅ぎ取る特別な毛を持っていることを示す結果だと説明する。
ハネの表面は長い鱗粉にびっしり覆われているため、その下に隠れた短い毛はこれまで見過ごされてきたのだろう。
ただし、ハネで匂いを感じ取った蛾が、そのあとどう行動を変えるのかはまだわかっていない。
飛ぶための器官が同時に嗅覚器官の役目を果たしているとすれば、蛾は空を舞いながら全身で産卵先の植物を探しているのかもしれない。
References: doi.org/10.1242/jeb.252047















