メインコンテンツにスキップ

100年前、眠りについたまま起きられなくなる謎の病が流行した。現在も正確な原因は不明

記事の本文にスキップ

9件のコメントを見る

(著)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Image by Istock / ilbusca
Advertisement

 起こしても起こしても、また眠りに落ちてしまう。100年前、世界中の人々の間で奇妙な症状が次々と報告された。

 一日の大半を眠って過ごし、やがて体が動かなくなっていき、半数以上が死に至った。生き延びることができても、精神的・身体的な後遺症に悩まされた。

 1917年から1930年の間で、100万人以上の人が発症し、約50万人が亡くなったと言われており、日本でも同時期の大正時代に同様の症例が報告されている。

 この感染症は流行性脳炎の1つとされ、嗜眠性脳炎、あるいはエコノモ脳炎と名付けられた。

 原因も感染経路もわからないまま1930年代に流行は終わりを告げ、正確な正体は今も不明なままだ。

参考文献:

眠りから逃れられない謎の病

 100年あまり前、世界は2つの感染症と戦っていた。1つはウイルス性のスペインかぜで、正確にはH1N1亜型インフルエンザと呼ぶ。

 1918年から1920年ごろにかけて世界中で大流行し、5000万人以上の命を奪ったとされる。

 そしてもう1つ、スペインかぜほど致命的ではないものの、奇妙な病気が世界へ広がっていた。

 それが「嗜眠性脳炎(しみんせいのうえん)」だ。

 オーストリアの医師、コンスタンティン・フォン・エコノモ氏が1917年に、初めて詳しく症例を報告したことから、エコノモ脳炎とも呼ばれている。

 この感染症にかかると、脳に炎症が起きて強い眠気におそわれ、いったん眠りに落ちると自力ではなかなか目覚めることができなくなる。

 当時は「眠り病」とも呼ばれていたが、アフリカでハエが媒介することで発症する「アフリカ睡眠病」とは全く別のものである。

 患者は声をかければ目を覚ますものの、放っておくとまた深い眠りに沈んでいった。

 1917年ごろから1930年ごろにかけて、世界でおよそ50万人が亡くなり、生き延びた人のうち数十万人にも重い障害が残った。

この画像を大きなサイズで見る
Image by Istock / Campwillowlake

患者によって症状がバラバラ

 この病気が医師たちを困らせたのは、症状が患者によってばらばらだったからだ。

 急速に死に至る人もいれば、何カ月もかけてゆっくりむしばまれる人もいた。一日中眠り込む人がいる一方で、逆に異常に活動的になる人もいた。

 エコノモ医師は流行のごく初期に、症状の幅広さを書き残している。

 最初は頭痛と倦怠感から始まり、やがて強い眠気におそわれる。その眠りは数週間で死に至ることもあれば、何カ月も変化なく続くこともあった。

 アメリカ微生物学会によると、嗜眠性脳炎はおおむね2つの段階に分けられる。

 急性期にはインフルエンザに似た症状のあと、極度の眠気や、人によっては躁(そう)状態が現れる。

 この段階を生き延びた患者には、慢性期としてパーキンソン症候群が出ることが多かった。手足がふるえ、体がこわばって動きが遅くなる症状だ。

 生き延びた人のおよそ半数が、人格が変わるなど、その後の人生を大きく変えられてしまったという。子どもではその割合がさらに高かった。

この画像を大きなサイズで見る
エコノモ医師(左上)と嗜眠性脳炎の患者たち Image credit:Medicalcortex / commons.wikimedia / CC BY 4.0

映画「レナードの朝」が描いた病

 嗜眠性脳炎は、映画を通じて知られるようになった。

 1990年公開された『レナードの朝』では、ロバート・デ・ニーロ氏が演じる患者レナードは、30年ものあいだ眠るように動けないまま病院で過ごしていた。

 そこへレボドパという薬が投与されると、彼は突然目を覚まし、ふたたび言葉を話し、歩きはじめる。

 この物語は実話にもとづいている。原作は神経科医オリヴァー・サックス氏が、自身が受け持った嗜眠性脳炎の患者たちについて記した記録だ。

 レボドパは、脳内で不足する物質を補ってパーキンソン症候群をやわらげる薬で、慢性期の患者が劇的に、しかし一時的に回復することが知られている。

 実在した患者の中には、想像を絶する年月を病とともに生きた人もいる。

 最後の生存者として知られるイギリス・バーミンガム出身のフィリップ・レザー氏は、11歳で発症し、その後70年以上を病院で過ごした。

 彼はイギリスの国民保健サービスの歴史で最も長く入院した患者となり、2002年に82歳で亡くなった。

日本でも同時期、同様の症例が報告されていた

 嗜眠性脳炎は、日本でも報告されていた。

 東京大学医学部の豊倉康夫氏がまとめた記録によれば、大正8年(1919年)に長野や新潟などで、強い眠気やまぶたが下がる、ものが二重に見えるといった脳の症状を示す病気の流行があったという。

 医師の田中清氏は同じ年、これを嗜眠性脳炎として医学誌に報告している。

 ただし、日本で報告されたこれらの病気が、エコノモ氏の記したものとまったく同じ病気だったのかどうかは、当時もその後も完全には決着していない。

 日本でよく知られる日本脳炎とは別の病気であることは明確だが、世界の流行とのつながりについては慎重な見方が残されている。

1930年代に流行は収束し、現在も原因は不明なまま

 この奇妙な病は、なぜか1930年代に入るとぱたりと流行が収まった。

 以後はごくまれにしか症例は報告されず、アメリカ微生物学会によれば、過去85年間の症例はわずか80件ほどにとどまる。

 嗜眠性脳炎が何によって引き起こされたのかは、100年たった今もわかっていない。

 最初に疑われたのは、同じ時期に流行していたスペインかぜだった。

 同じころ同地域で広がったことから、スペインかぜの正体であるインフルエンザウイルスが原因ではないかと考えられた。

 しかし嗜眠性脳炎はスペインかぜが収まったあとも10年近く流行が続き、患者の脳を調べても、2つの病気を決定づけるつながりは見つからなかった。

 他にも、エンテロウイルスという口や腸から入るウイルスの仲間であるという説や、免疫が誤って自分の体を攻撃する自己免疫疾患を疑う説もあるが、どれも完全な理由を説明しきれていない。

 原因がわからない以上、なぜ流行が収まったのかも、いまだに説明がついていない。

 突然世界中に現れ、ある日静かに去っていった眠りの病は、100年たった今も多くの謎を科学に残したままだ。

References: Theconversation / Popularmechanics / Webview.isho.jp / Thefreelibrary

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 9件

コメントを書く

  1. 王子様の口づけで目覚める物語の元ネタがこれか

    • 評価
  2. 「眠りの森の美女」や「三年寝太郎」もこの疫病がモデルだったのかな

    • +1
    1. 三年寝太郎に関しては、べつに眠り続けている訳ではなく、
      単に「働かずゴロゴロしている」というニート状態なだけでは。
      (まぁ昼寝とかも気ままにしていたんだろうけど。)

      しかも、三年後に突如として行動を起こして、温めていた事業計画で大成するんだから、
      一般の百姓たちから見れば「(体を動かす)仕事を何もしていない」ように映るだけで、
      実際には水面下で構想を練る頭脳労働は延々していたんじゃないかと思われ。

      • 評価
  3. 一日の大半を眠って過ごしってワイやんw

    • +3
  4. コロナウィルスのブレインフォグみたいなもんなのかね
    インフルエンザと同時に未知の病気も流行ってたりして

    • +6
  5. たった100年前で世界中で流行したのにわからないなんてことあるんだ
    スペイン風邪みたいに永久凍土に埋葬された遺体から解くてできないんだろうか

    >>930年代に流行は収束し、現在も原因は不明なまま
    ここ年代誤字ってます

    • 評価
  6. レナードの朝だね
    ドーパミンの前駆物質にいきついたのが凄い
    いまの統合失調の治療の基本だし
    プロドラックは当たり前に使われている
    原因がわからないのが困り物だが、標本は多くありそうだから将来は解明されるだろう
    あとサックス先生、多くの著作をありがとう
    トゥレットの話が好きです
    週末だけ服薬しないなんてねー

    • +2
  7. 眠り病とかいうのを昔ドキュメンタリーで見た記憶があるなあ
    眠ってる患者にボールを投げるとキャッチして投げ返してくるという映像も見た

    • +1

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

料理・健康・暮らし

料理・健康・暮らしについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。