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気候変動がどのようにして唐王朝を滅亡に導いていったのか

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(著)

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唐朝の太宗(第2代皇帝)がチベット大使と謁見する様子 public domain / Wikimedia
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 中国の黄金時代を築いた唐王朝は、なぜ滅亡したのか。その理由の1つとして「気候変動」の影響が指摘されている。

 スイスやイギリスなどの国際研究チームは、樹木の年輪から、当時の気候の変化がどのように食糧不足を招き、国家の仕組みを崩壊させたのかを調べた。

 そこには、乾燥に弱い作物への転換や物流網の停止といった、現代社会にも通じる「弱点」が隠されていた。

この査読済み研究論文は『Nature Communications Earth and Environment』誌(2025年11月26日付)に掲載された。

木の年輪が記録していた唐王朝の異変

 西暦618年に誕生した唐王朝は、約290年にわたって東アジアを支配した巨大帝国だ。シルクロードを通じてペルシャやインドの文化が流れ込み、都の長安は世界中から人々が集まる「国際都市」として栄えた。

 木版印刷の発明や、李白や杜甫といった詩聖を生んだ時代は、中国史上最も華やかな文化の黄金期とされている。

 だが、栄枯盛衰は世の常だ。唐王朝もやがて滅亡を迎えるが、最新の研究により、衰退の陰に気候変動が関与していることが示された。

 研究チームが黄河流域の樹木の年輪を分析したところ、帝国が衰退する9世紀ごろ、目に見えて水循環が不安定になっていたことがわかった。

 年輪の間隔は、雨が多い年には広くなり、乾燥した年には狭くなる。年輪の記録から、当時の中国北部では激しい干ばつと洪水が数十年にわたって繰り返されていたことがわかった。

 当時最強の統治システムを誇った大帝国の土台も、極端な自然の変化によって根底から揺さぶり始められたのだ。

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唐宮廷の絵画 public domain / Wikimedia

「作物の選択」が招いた致命的な誤算

 研究の筆頭著者であるケンブリッジ大学のミヒャエル・ケンプ博士は、当時の社会が選んでいた「農業の仕組み」が気候変動の影響をより受けやすかったことを指摘している。

 博士らの分析によると、当時の唐の人々は、伝統的で乾燥に強いアワ(粟)よりも、小麦や米を好んで育てるようになっていた。

 米や小麦は確かにおいしいが、アワに比べて「格の高い食べ物」と見なされたことで、社会的なステータスとなっていた可能性がある。

 しかし、米や小麦はアワよりも多くの水を必要とする。水が豊富にある時期は問題ないが、ひとたび干ばつが始まると、これらは一気に枯れてしまう。

 こうした「社会的な評価」を優先した作物の転換が、環境の変化に対する致命的な弱点となり、国家規模の飢饉を引き起こす要因となったと考えられるという。

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粟 Image credit:Oksana Osypenko

物流網の停止が救済の道をふさいだ

 不作に追い打ちをかけたのが、物資を運ぶルートの寸断だ。

 気候変動によってもたらされた激しい洪水は運河や道を物理的に破壊し、逆に干ばつは川の水位を下げて船の通行を困難にした。

 巨大な帝国を維持するには、食料がある地域から飢えた地域へ物資を届ける「助け合い」の仕組みが欠かせない。

 しかし、繰り返される異常気象によって物流ネットワークが止まったことで、食料供給システムは完全に機能不全に陥った。

 国内での相互救済ができなくなった事態が、社会の混乱を決定的なものにした。

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唐の領土の変遷 Image credit:玖巧仔 / commons.wikimedia / CC BY 3.0

国境警備の崩壊と帝国の終焉

 食料供給が止まった結果、最後に崩れたのは「国防」だった。

 最も環境が厳しい国境地帯を守っていた兵士たちは飢えに耐えかね、任務を捨てて食べ物がある南へと移住を開始した。

 国境を守る軍隊が消滅したことで、政治的な安定は失われ、唐王朝は滅亡の道を早めてしまったのだ。

 この研究は、社会の弱点と気候の変化が重なった瞬間に、文明が限界(ティッピング・ポイント)を超えることを示している。

 唐王朝の出来事は、現代の気候危機に直面する私たちにとっても大きな教訓となるはずだ。

References: Eurekalert / Nature

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この記事へのコメント 28件

コメントを書く

  1. シリア内戦も発端の一つの理由が気候変動で干ばつが大規模化して国内に食料が行き渡らなくなった不満と、収入を求めた地方の農民が大規模に都市部に流入して経済や政情が不安定になった事だったしね

    • +12
  2. 警告だが解決策ではないのが残念
    今の問題は温暖化、日本は南北に長いから
    北海道でササニシキ、ブリ、リンゴ🍎をはじめてるし
    静岡でトロピカルフルーツ、沖縄でパイナップル🍍(今より良いものが)
    南の食材を北で作るよう工夫している

    • +13
  3. 食糧事情によって歴代王朝が滅んでいったことは共産党側もしっかり分析はしているそうで、今の中国は市民が飢えることに対してはものすごく神経質になっていると聞いたことがあります。

    • +15
    1. 物々交換出会った時代をふくめて、悪天候に強く、収穫の確実な物よりは、悪天候に弱くても、収穫が多く、なるべくなら作業も楽な作物を、高く売れる米、小麦よりも、より金になる茶や楮、菜種油をーと、結局ローマや日本の江戸時代と同じく、消費、流通の発展、より高い生活水準を望む農家の努力自体が食糧生産を疎かにして、次の飢饉を準備する事になっているから、解決は難しい。

      億㌧単位の備蓄をしている分、日本よりはましな中国だが、思わぬ原因で飢饉という事もありうると思う。

      • -5
    2. しっかりと認識できていないのは、むしろ日本政府だね。
      不作で主食のコメが食えないのも、高値で主食のコメが食えないのも、食えないのは同じや

      • +14
      1. 燃料費の高騰や人件費の高騰など、そういった側面もカバーしないといけないが
        なんでか一部に農作物に対してはその手の費用の上乗せに攻撃的な人がいるのよ
        では、安くするには「政府補助金」などの公的資金でのカバーが必要だが、それにも攻撃的な人たちがいてなぁ

        ならば「高く売れるところに売ろう」なんて流れになるのは当たり前なんよ…

        • +10
    3. 食の安全性については中国は全然ダメです。
      魚や肉の水増しに謎の液体が入ったものが売られていたり、
      偽物の人工米が売られていたりと管理が末端まで行き渡っていません。

      • -1
      1. 日本のメディアは中国に対して否定的な記事を多く取り上げることで注目を集めようとするけど、実際のところ中国の都市部の平均寿命は欧米先進国と大差なかったりする
        日本でも産地偽装や品質偽装の問題は各地で起きていて、それがニュースになるほど大掛かりなものが少ないというだけ
        人口が10倍であれば不祥事も10倍あるわけで、その一部を切り取って中国は最悪最低だ!と気持ちよくなったところで日本人の生活水準が向上するわけでもないしね

        • +7
        1. 今、若い人の突然死の死亡事例が急激に増えていると話題なんですが…。

          情報統制している国家相手に無防備過ぎるコメントだなぁと。

          • +4
          1. 話をすると湧いて出るんだよ。
            不思議なもんだ。
            言わしとけ、にならないんだから思い当たるところがあるんでしょ。

            • +1
    4. しっかりと対策…できているか?
      南調北水もうまく行ってない様だし、
      最終手段の深部地下水まで汲み上げて使っている様ですが。

      水争いで近隣各国と衝突起こしていますよね?どこら辺が対策なんだろう?

      • +3
  4. もちあわならおいしそうだね
    乾燥に現在においても栽培増えたらうれしいかも

    • +1
  5. よく傾国の美女・楊貴妃が唐を滅亡に導いたみたいな言説を聞くけど調べるとほぼ関係無いんだよね

    • +21
    1. 楊貴妃本人の責任では無いけれどその周囲があまりにスキャンダラス過ぎたから、そう言う視点があるのはしかたない

      儒教だと悪習扱いの義父の後妻になった(無理矢理させられた)とか
      寵愛を独占してた時点でしょうが無いけどドンドン取り立てた親族が国政を壟断しようとしたりとか
      それで結局、安史の乱の発生源になったっていうのもあるし

      • +6
  6. 唐(とう)が滅亡した理由は、ひとつではなく、いくつもの問題が重なった結果です。
    大きく分けると次の5つが核心です。

    ① 安史の乱(755–763)の大打撃

    節度使(地方の軍司令官)だった安禄山が反乱。

    8年続き、人口激減・農地荒廃・財政崩壊。

    中央政府の軍事力が弱体化。

    👉 唐はこの反乱以降、完全には回復できなかった。

    ② 節度使の独立化(地方分権の暴走)

    反乱鎮圧のために地方軍閥へ大きな権限を与えた。

    その結果、節度使が半独立状態に。

    税も兵も中央に従わない。

    👉 皇帝の権威が実質的に弱体化。

    ③ 宦官(かんがん)の政治介入

    宦官が軍や皇帝を左右する存在に。

    皇帝の廃立にまで関与。

    政治が腐敗し、安定しなくなる。

    👉 宮廷内部が混乱。

    ④ 財政破綻と農民反乱(黄巣の乱 874–884)

    重税・土地集中。

    貧困農民が反乱。

    黄巣の乱で首都長安が陥

    • +11
    1. 地方の分権じゃないよ、元々別の民族を従えていたのが不能になっただけ。

      安禄山もソクド人、つまり元パルティア人。

      • +1
  7. ちょうどこの時期に牛李の党争やってたんだよね
    悪い時期にいろんな要因が重なって滅んだんだね

    • +10
  8. 今の日本は雨が多く海に囲まれてるので水不足はないと
    勘違いされてるが、たくさんある今だからこそ水の確保できる
    技術開発が急がれる
    唐王朝がそれを物語ってる

    • +11
    1. 淡水化施設とか探せば割とあるがいざと言う時に機能するのか
      だれが稼働させる号令をだすのか、運用費用やなんやらで渋るんじゃね?と思うが

      • +3
      1. 淡水化は問題があるだろ、塩分濃度の上昇が。

        はっきり言って灌漑には使えないと思うよ。

        • -1
    2. それ以前に昔から毎年恒例のように年に一度程度は「ダムの渇水」のニュースがある時点で「水不足はない」が間違えなのがわかると思う
      日本は地形的に雨は降りやすいが、山岳が多いために降った雨が短時間で海に流れてしまうことが多く
      土地の保水力はそんなに高くはないので、少し雨が降らない程度で水不足が起こりやすい
      大規模なダムが無かった昔の人もそれがわかっていたから、結構そこかしこに貯水池をつくっていた

      • +16
      1. 令和6年に沖縄本島では北部の導水管が一本破裂しただけで島全域がわずか2日程度で渇水になりかけた。

        スーパーからミネラルウォーターが消え、各家庭では風呂に貯水したためあっという間に複数のダムの水位が下がった。

        脆弱さが浮き彫りなった

        • +5
  9. 自分たちだって小麦が主食のくせに「君等は粟食ってりゃよかったのにね」ってか
    文字で粟と書かれただけじゃイメージわかない人もいるだろうけど、今の世の中で目にする粟って普通は鳥の餌だよ

    • +7
    1. インコの食事跡見るとわかるけど、インコですら殻剥いて食べるからな、アレ
      あの小さな粒から殻剥いたら可食部ほんのちょびっとやん

      • +4
  10. 歴代エジプト王朝の勢力がナイル川の流量と比例しているとか、チンギスハンの時代はモンゴル高原が温暖で馬や家畜よく育ち、騎馬民族が強大になったとか気候史って面白いよね。

    • +10
  11. 領土の変遷面白い
    中国南部に首都があったの?

    • +1
  12. 温暖化によってモンゴル帝国が勃興。寒冷化によって衰退。

    「世界史とつなげて学ぶ 中国全史」 岡本 隆司 (著) に書かれていた

    • +7
  13. 物流を運河に頼っている側面が強いからこその衰退ですね。飢饉への救済で国庫解放しようにも、それが民衆にいきわたらないのであれば反乱を誘引するのもやむなし。

    • +3

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