この画像を大きなサイズで見る人間による環境破壊は多くの生物を絶滅の危機にさらしているが、その一方で、一部の動物は人間社会に適応する形で驚きの進化を遂げている。
イタリア中部にのみ生息する希少種「アペニンヒグマ」が、より小型になり、攻撃性も著しく低下していたことが最新の研究で明らかになった。
この変化は単なる環境への対応ではない。人間が攻撃的な個体を排除し続けた結果、遺伝子レベルでおとなしいクマだけが選抜されて生き残ったのだ
それは、かつてオオカミがイヌへと姿を変えた過程を再現しているかのようだ。
人間という存在そのものが進化の強力な圧力となり、野生動物の姿形や性格を書き換えているのだ。
この研究成果は『Molecular Biology and Evolution』誌(2025年12月15日付)に掲載された。
生息地を分断され、孤立してしまったアペニンヒグマ
イタリア中部のアペニン山脈周辺には、アペニンヒグマ(マルシカヒグマ)と呼ばれる希少な個体群が生息している。
マルシカという名は、現在のアブルッツォ州にある歴史的な地域名に由来し、古くからこの地でクマが重要な存在であったことを示している。
アペニンヒグマは過去2000年から3000年の間、他のヨーロッパヒグマから完全に孤立して生きてきた。
ローマ時代以降、農業の拡大や人口増加に伴う森林伐採により、生息地を分断され、狭いエリアに閉じ込められてしまったのだ。
現在生き残っているのはわずか50頭ほどで、絶滅危惧種となっている。
アペニンヒグマは、他のヒグマとは異なる際立った特徴を持っている。
まず、体が小さい。一般的なヨーロッパヒグマのオスは体重130kgを超え、大きな個体では300kg以上に達することもあるが、アペニンヒグマのオスは体重95kgから150kg、体長は1.5mから1.8mほどしかない。
顔つきも、鼻先が短く頭蓋骨が幅広で丸みを帯びており、何より注目すべきは、攻撃性が著しく低下している点だ。
北米やアジアのヒグマに見られるような獰猛さは影を潜め、長い年月をかけて、人間と衝突しない穏やかな性質へと変化していたのだ。
この画像を大きなサイズで見るゲノム解析で見えた「家畜化」の兆候
イタリア・フェラーラ大学を中心とする研究チームは、この絶滅危惧種の全ゲノム解析を行った。アペニンヒグマのゲノムを、スロバキアのヒグマや北アメリカのヒグマと比較した結果、彼らは遺伝的多様性が低く、近親交配が進んでいることが確認された。
これは孤立した小規模な集団では避けられない問題だ。
だが、もっと興味深い発見があった。
研究チームの一員であるジュリア・ファッブリ氏によると、アペニンヒグマは攻撃性の低下に関連する遺伝子に、自然選択の痕跡が見られたという。
これは「家畜化症候群」と呼ばれる現象に近い。
かつてオオカミが人間と暮らすうちに攻撃性を失い、顔つきが優しく変化してイヌになったプロセスと同様だ。
また、近年ではアメリカの都市部に住むアライグマも、同様に顔が丸くなり攻撃性が低下する変化が確認されている。
イタリアのクマも、人間社会の隣で生きるために自らを変え、共存の道を選んだのかもしれない。
この画像を大きなサイズで見る人間が意図せずクマをおとなしくさせた可能性
研究の筆頭著者であるアンドレア・ベナッツォ博士は、攻撃的なクマは人間によって駆除されやすいため、結果としておとなしいクマが生き残り、その遺伝子が次世代に受け継がれたのだろうと分析している。
これは、人間は意図せずして、クマに対して「攻撃的な個体を取り除く」という進化の圧力をかけていたことになる。
集落や農地に近い環境では、攻撃的な個体ほど人との衝突を起こしやすく、結果として子孫を残せずに死ぬ確率が高くなる。
逆に、人を避ける、あるいは衝突を起こしにくい穏やかな性質を持つ個体は生き残りやすい。
こういった個体が世代を超えて繰り返し交配されることで、集団全体の遺伝子がおとなしい方向へとシフトしたと考えられている。
これは、人間活動が野生動物にとって進化の方向性を決定づける力になり得ることを示している。
攻撃性を抑える遺伝的変異のおかげで、人間に対する危険性が減り、結果としてクマが駆除されるリスクも下がったといえる。
また、クマたちは遺伝的な変化だけでなく、行動面でも適応している。
人間活動が活発な地域を避けたり、活動時間を夜間にシフトしたりして、極力人間と出会わないように生活リズムを変えていることもわかった。
保全活動に新たな視点、再導入で家畜化が途絶える可能性
この発見は、今後の保護活動に対する新たな視点をもたらしている。
通常、絶滅危惧種の遺伝的多様性を回復させるために、外部から別の個体を入れて繁殖させる再導入が行われることがある。
だが、人間との争いを避けるため、おとなしくなった集団に対し、外部の攻撃的なクマを混ぜてしまえば、せっかく獲得した『共存のための遺伝子』が薄まってしまう恐れがある。
人間活動によって追い詰められた結果、皮肉にも「人間と争わない」という生存戦略が選択され、独自の進化を遂げたアペニンヒグマだが、残された個体数は50頭足らずだ。
現在イタリアでは、アペニンヒグマの保護の必要性を認識し、保全活動を行っている。
生息域を拡大させるため、丘陵地帯に近い場所に木々を植え、大好物のクロウメモドキなどの木々を植えて食料を確保するとともに、人間とクマの接触を防ぐため、農園や菜園に柵を設けた。
密猟の取り締まりも行われているため個体数は回復傾向にあるとされているが、果たして絶滅を防ぐことはできるのだろうか?
References: Academic.oup.com / Italian bears living near villages have evolved to be smaller and less aggressive, finds study















