この画像を大きなサイズで見る中東・サウジアラビア北部の乾いた大地に、1万年以上前の人類が刻んだ多数の岩絵が発見された。そこに刻まれていたのはラクダやヤギ、原牛(オーロックス)など、ほぼ実物大の迫力ある動物たちの姿だ。
これらの岩絵はただの芸術作品ではなかった。砂漠を渡る人々を水源へと導く「道しるべ」だった可能性があることが、国際研究チームの調査で明らかとなった。
最終氷期末期の乾燥した環境の中、人々は季節ごとに現れる水源を頼りに砂漠を進んでいた。こうした岩絵は、限られた水の在りかを示す「生きるための地図」として、重要な役割を果たしていたと考えられている。
この研究成果は、学術誌『Nature Communications』(2025年9月30日付)に掲載された。
ネフド砂漠で発見された巨大な岩絵群
サウジアラビア文化省遺産委員会を中心とした国際研究プロジェクト「グリーン・アラビア・プロジェクト」の研究チームは、アラビア半島北部の内陸にあるネフド砂漠の調査を行った。
そこにある、ジェベル・アルナーン、ジェベル・ムライハ、ジェベル・ミスマの3地域から、62面の岩面彫刻が新たに発見された。
これらの壁面には、合計176点の動物や人間の姿が刻まれており、年代は約1万2800〜1万1400年前と推定されており、旧石器時代の終末期から中石器時代にあたる。
この画像を大きなサイズで見るA:小さな女性像の上に人物像が重ねられ、さらにその上にラクダが刻まれている。
B:写実的なラクダの上に、丸い目をもつ様式化されたラクダとウマ科動物、さらにガゼルが追加されている。
C:漫画のような目と角をもつアイベックスの上に、実物大の原牛が刻まれている。
D:漫画的な目をしたウマ科動物と、その隣に若い個体が描かれている。/ Image credit:Maria Guagnin
断崖に刻まれた実物大の動物たち
確認された彫刻のうち大部分の動物は、実物大かつ写実的に刻まれていた。主な動物はラクダ(90点)、アイベックス(野生ヤギ、17点)、ウマ科動物(15点)、ガゼル(7点)、そして家畜牛の祖先である原牛、オーロックス(1点)である。
加えて、ラクダの足跡、19体の人間像、顔や仮面のような形、未解読の部分的な彫刻も含まれていた。
この画像を大きなサイズで見る白線で示されたのは、写実的に表現された初期のラクダの彫刻(第3段階)、青線は後の時代に追加された様式化されたラクダやウマ科動物の彫刻(第4段階)、濃い青はウマ科動物、薄い青は様式化されたラクダ、黒は未確認の線。
白いラクダの彫刻は長さ約1.7〜1.9m、青いラクダは約2.15〜2.6m。左端の人影(身長1.7m)はスケール比較用 / Image credit:Maria Guagnin
これらの岩面彫刻は、視界の開けた断崖の高所に集中しており、最大で高さ39mに達する岩壁にも刻まれていた。
中には、岩棚を登って作業する必要があったものもあり、当時の人々が相当な労力と危険を伴って制作していたことがうかがえる。
この画像を大きなサイズで見る砂漠を旅する人々を水に導く「道しるべ」
研究チームは、これらの岩絵が水源や移動ルートを示す「視覚的な道標」として機能していた可能性を指摘している。
また、単なる実用情報だけでなく、領域の権利や文化的アイデンティティを示す意味合いもあったと考えられている。
「この巨大な岩面彫刻は、ただの装飾ではなく、自分たちがこの土地で生き、そこに水への道があることを伝えるための手段だったと考えられます」と、筆頭著者であるマックス・プランク地球人類学研究所のマリア・グアニン博士は述べている。
共同研究者のロンドン大学考古学研究所のセリ・シプトン博士も、「壁面彫刻は水源と移動経路を示すだけでなく、この地域に暮らす人々の生活や考え方を次の世代に伝える役割も果たしていた可能性があります」と語っている。
この画像を大きなサイズで見るB:ARN3で出土したヘルワーン型石刃(レバント地方の前土器新石器時代を代表する石器の型式)
C〜E:ARN3の第2発掘区画から出土した石製の円盤ビーズ
F:同じ発掘区画から出土したデンティリウム(細長い巻貝)ビーズ / Image credit:Antonio Reiss
遠方とのつながりと、地域固有の文化表現
岩絵の直下からは、彫刻に使用されたクサビ形の石器のほか、レバント地方(地中海東岸)に共通する前土器新石器時代(PPN)の石器(エル・キアム型やヘルワーン型)、デンティリウム(巻貝)ビーズが発見された。
また、赤色顔料の断片や緑色の銅鉱石も出土している。
ただし、これらの顔料が彫刻に実際に塗布された証拠は見つかっておらず、彩色された岩絵であったかどうかは現時点では不明である。
一方で、彫刻のスケールや構図、配置方法は他地域とは異なっており、乾燥環境に適応した地域独自の文化的表現であると考えられている。
「このような表現は、厳しい環境の中で生きた人々の暮らしぶりや考え方を、形として残そうとしたものだと言えるでしょう」と、サウジアラビア文化省のファイサル・アル=ジブリーン博士は語った。
氷期から完新世へ、文化の記録
今回の発見は、最終氷期から完新世への気候移行期における人類の行動と適応を理解するうえで貴重な資料となる。
研究者らは、この時期の北アラビアにおける考古学的空白を埋める成果として注目している。
プロジェクト責任者であるマイケル・ペトラーグリア博士は、「この発見により、初期の砂漠社会がいかに過酷な環境の中で創意工夫を凝らし、文化を形成していたかが明らかになった」と述べている。














こういうの本当にワクワクする
当時の生活、これがあることでの期待感、動物との共存
人々がどんなふうに思いながらここを通ったんだろうなあ
1万2000年前の人、絵が上手だな〜
牛がうまく描けなくて年賀状のとき困ったことだよ
わかります!
1万年後も人類は生きてるのかな。
残すんだ、君の生きた証を!
異星人の罠
キテミテウス
もしかしてその時々に応じて頭の向いているほうに行くと水があったとか? 道程はわからないけど、「 ← 」みたいな感じで岩山を見たら動物の向いているほうに行くと水アリみたいな。 ……いや、素人の勝手な妄想です
水源への道しるべである論拠が一切書かれてないんだけど…
現状ただの妄想じゃん
取り敢えず、「仮説」と「妄想」の区別を付けた方が良いかと。
当然この記事は「仮説」であって妄想ではありませんよ。
ソースを確認してないな
>更新世末期から完新世初期にかけて、人類は水源のネットワークによって決められたルートを移動し、そのルートには記念碑的な岩絵が描かれていたようである。このような「淡水の回廊」は、この地域に大きな恒久的な湖が形成された更新世の湿潤な時期にも、ネフドとレバントを結んでいた10。JMIでは、すべてのパネルがプレイアの端に面している(図8Cと補足図6)。ARNでは、等身大のロックアート・パネルはすべて、現在でもまれにしか降らない雨の後に水が溜まる、斜面を登る溝に沿って配置されている(図8B)。このルートは、一時的な水溜りへのアクセスに便利であり、西側にある2つのプレイア(そのうちの1つがARNの遺跡1)に到達するための山越えの近道としても機能したであろう。等身大の動物が描かれたパネルはすべてこのルートを見下ろしており、彫られたばかりの頃はよく見えたことだろう(補足図1)。
プレイアは、砂漠の砂によって埋まってしまった湖のようです
地層の調査が行われていて、そこで起こったことの推測も書かれてあります
playa
プラヤ
(地質学、米国) 常習的に水で満たされ、完全に蒸発する平地。
ナスカの地上絵も初期はこの「看板」で斜面に描かれ巡礼路から見えるようになってるんだよね。
砂漠に生きる人たちの知恵。
その絵の意味を知ってる人でないと生きていけないということですね。
1万千年後にオカエリナサイ
矢印でオアシスこっちみたいな表示はなかったのかな
水源を示すためにそんなに凝ったことをするか?と疑問に思ってね
誰かに伝える時は岩にラクダが描いてあると言えばいい
そして
そこから南に5日、東に3日の位置だとか
そんな感じなんだろう、あとは探せ、と
知らない奴には判らないようにもしないとならない