この画像を大きなサイズで見る命の危機に直面しそこから脱する奇跡を経験した人は、日々生きていられることの喜びを痛感せずにはいられないほど人生が変化するかもしれない。
2009年1月にアメリカ・ニューヨークで起きた「USエアウェイズ1549便不時着水事故」に巻き込まれた人々がまさにそうだったようだ。
サレンバーガー機長が満員のジェット機を川に着水させ、乗員・乗客155人全員の命を救った、アメリカ史上最も驚くべきパイロットの偉業のひとつである「ハドソン川の奇跡」から15年が経った。
今年1月、乗客150人のうちの12人がニューヨークで久しぶりに再会。当時の事故を振り返った。
バードストライクで旅客機の不時着水事故が発生
2009年1月15日午後3時半ごろ、乗客乗員155人を乗せたUSエアウェイズ機1549便は、ニューヨークのラ・ガーディア空港を離陸直後に鳥の群れに衝突した。バードストライクだ。
機体が損害を被った後、チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー機長はニューヨークのハドソン川に着水することを余儀なくされた。
サレンバーガー機長は管制官に、ラ・ガーディア空港には戻れないと無線で告げた。
鳥にぶつかった。両エンジンの推力を失った。ハドソン川に沈むかもしれない。
その後に撮影されたビデオには、飛行機がハドソン川に浮かび、乗客が安全のために翼に避難する様子が映っている。
搭乗者全員が無事生還。「事故以来、人生が変わった」
15年の年月が経ち、乗客150人のうち12人がニューヨークで久しぶりに再会した。
ハドソン川を見下ろすメディア『Inside Edition』のスタジオで取材に応じた12人は、あの日以来人生が変わったと思いますか?という問いかけをされると、全員が「変わった」と手を挙げた。
この画像を大きなサイズで見る乗客の1人だったシェリル・ネジュマンさんはこのように語った。
当時、息子は2歳でした。
息子には野球の投げ方、サッカーボールの蹴り方、車の運転などを教えることができ、彼は今15年以上かけて高校を卒業しようとしています。
私はあの日以来、毎日をどのように過ごすかが変わりました。良い経験だけでなく、努力していることにも感謝しています。
乗客たちはトラウマを共有したことで、全員が緊密なコミュニティの一員になったという。
「私たち全員の間には絆があるとすぐに感じました」とデニース・ロッキーさんは言う。
また、乗客の何人かは凍てつくような気温の中で低体温症になり、見知らぬ人からの親切な行為を思い出した。
ベス・マクヒューさんは、当時をこのように回顧した。
私の足は真っ青でした。そしたら、フェリーボートに乗っていた若い女性がブーツの下の靴下を脱いで、私に靴下を渡して履くのを手伝ってくれました。
この画像を大きなサイズで見る乗客の一団はハドソン川の淵を再訪し、さらなる記憶をよみがえらせた。
クレイ・プレスリーさんはこのように話した。
恐怖を超えた感覚でした。私は、あのとき飛行機で死ぬのだと悟りました。
2009年の事件により、プレスリーさんは飛行機に乗ることへの圧倒的な恐怖を抱くようになった。
それに対抗するため、自らパイロットになったという。
彼の飛行機の尾翼番号は1549で、運命のフライトと同じ番号だ。
15年前を回顧し、今生きている幸せを実感
イアン・ウェルズさんは、事故当時は大学生だった。
一番怖かったのは、無音だったことです。そして、カチッという音がしました。車のエンジンを切ったような音でした。
すぐに外を見たら、エンジンが止まっているのがわかりました。
左に急旋回し、見えるのはビル、ビル、ビルでした。飛行機が下っていくのを見て、ああ、大変だ、川に落ちてしまうと思いました。
真ん中の席の乗客は私の手をつかみ、窓際の女性と一緒に祈り始めました。
この画像を大きなサイズで見るウェルズさんは水浸しになった機体から脱出した数少ない最後の1人だった。
外を見たらみんな翼の上に立って避難していました。でも自分が外に出るスペースはなく、そうするならば誰かを押しのけて脱出しなければなりませんでした。
すると機長がやってきて「左の救命いかだには空きがある」って教えてくれたんです。
ウェルズさんは、学校に戻るために事故の数日後に別の飛行機に乗った。
そのとき隣に座った男性は、なぜ私がそんなに緊張しているのか知りたい様子でした。
だから、「数日前に川に着水した飛行機の事故を知っているか?」と聞くと、男性は「もちろん」と言いました。
私は、その飛行機に乗っていたんだと言ったら、男性は「そうなのか!今、君の隣に座れて本当に嬉しいよ」って言ってくれました。
今、私は人生を築き、ビジネスを立ち上げることができました。
生きていられたことに本当に感謝しています。
バリー・レナードさんは、当時ウェルズさんの隣に座っていたという。
事故後、胸骨にひびが入って入院した。病院では機長に間違われたと笑いながら語った。
救助され病院に着いたとき、乗務員から背中にシャツをかけてもらったのですが、それを見ていた人たちに勘違いされて、「機長だ、機長だ」「よくやった!」と言われて(笑)
私はみんなに「私は機長じゃない」と言い続けました。自分が機長だったら、あんなふうにはとても着水させられませんでした(笑)
レナードさんはあの事故を境に、文字通り新しい人間になったと語った。
トラブルの最初の兆候は、飛行機が突然揺れ始めたことでした。そのあと機長が飛行機を操作して、ジェットコースターのように降り始めました。
「機長です。衝撃に備えてください」というアナウンスを聞いたとき、私は「ああ、死ぬんだ」と思いました。
正直、私は今ここに生きていることができて本当に幸せです。
DNAが変わりました。間違いなく、自分はあの時とは別人になりました。
レナードさんは今、あの日の出来事を思い出すために絵を描いているそうだ。
それは、神の手のなかにあるすべての人々と飛行機の絵です。
あのときの事故では、すべての人々が協力し合ったと信じています。あのような事故が起こったことも運命だったのでしょうが、神が本当に助けてくれたんだと思っています。
定年を迎えたレナードさんには、現在ハドソンと名付けた孫がいるということだ。
References:‘Miracle on the Hudson’ Passengers Reunite in New York City to Mark 15th Anniversary/ written by Scarlet / edited by parumo














>私は、その飛行機に乗っていたんだと言ったら、男性は「そうなのか!今、君の隣に座れて本当に嬉しいよ」って言ってくれました
こういうことを言えるアメリカ好き
ストレートな言い方だ
>>1
本人に取っては何が嬉しいのかさっぱりだよね。
なぜ緊張しているのか理解せず、自身の興奮を語ってるだけだし。
機長の優れた判断力と操縦能力によって成し遂げられた軌跡の生還ですね
一歩間違えばこの世に生き残ってなどいなかった可能性もあったのに、生死の分かれ目から共に生還した乗客たちの運命的な絆は当事者にしか共有できない太い絆なのでしょうね
映画の「ハドソン川の奇跡」すごく好きな映画です
映画なので脚色として機長の判断に疑問を呈され追及を受ける場面もあるけれど、それ以外は本当に感動する作品ですごく好き
「奇跡」ではあるんだろうけど、「偶然運が良かった」というより、機長・副操縦士が的確に判断・操縦できたから、だと思うので「奇跡」というのはちょっと違う気もするけれど…
あと、映画のエンドロールには、実際の機長と乗客数人が再会してる場面が流れるんですが、そこもすごく良いです
こうやって時々再会する機会があるのも、皆さん全員助かったからですよね、本当に良かった
>>3
航空機事故の調査では、操縦に問題がなかったかも調査されるので、操縦士が存命している場合は取り調べがある事自体は不自然ではないのですが、あの映画では事故調側がとても悪者っぽく描かれていたのが自分も気になりました。
水上飛行機は浮きが付いてるのはもちろんなんですが
水面センサーが付いてるのですよ
それをたよりに着水する
とても難しくそれ専用の免許があるのですが
そういったのを何もなしで成し遂げるって凄腕すぎる
恐怖を克服するのにパイロットになるのは凄い
自分ならもう絶対飛行機に乗らない、どうしても海外に行く必要があるなら船で行くってなると思う
本当に見事というしかない芸術的な着水でしたよね。