
記憶に関する有力な仮説によるならば、”忘れる”ことは脳の病的なミスなどではなく、新しく物事を学習するためのプロセスの一つなのだという。
では、そうした忘れられた記憶はどこへ行ってしまうのだろう?
『Cell Reports』(2023年8月17日付)に掲載された研究では、マウスを使った実験で"記憶同士の競合"によって忘れられてしまった"記憶の痕跡"をたどっている。
その結果、忘れられた記憶はまだ脳に残されていることが明らかになったという。
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新たに何かを学習すると、前に学習したものを忘れてしまう
なぜ人はせっかく覚えた事を忘れてしまうのか?最近の脳科学者たちは、”忘れる(忘却)”とは脳の適応機能の1つではないかと考えている。脳は覚えたことを忘れることで、新しい物事を覚えやすくしているようなのだ。
脳は柔軟に変化(可塑性という)することで、どんどん変わっていく周囲の状況に上手に適応することができる。脳は記憶を忘れることで、この可塑性を調整しているのだ。
そうだとするなら、脳はどうやって記憶を消しているのだろうか?
ある仮説によると、忘却の多くは、同じ時期に覚えたいくつかの記憶が競合することで起きているのだという。そうした物忘れのことを「逆向抑制」という。
つまり、次に別の学習をしたときに、先の学習の記憶が干渉を受けて再生しにくくなるのだ。
例えば、こんな経験がないだろうか?
明日は数学と英語のテストがあるので、まずは数学を勉強し、それから英語を勉強した。すると、せっかく勉強した数学の内容を忘れてしまっているのだ。
これは覚えたはずの数学の記憶が、英語の記憶から干渉を受けて、どこかに追いやられてしまったせいだ。
では、追いやられた数学の記憶はどこへいってしまったのだろう? 今回の研究では、マウスを使った実験で、その忘れ去れらた記憶の行方を追っている。

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忘れられた記憶は脳に残されている
そもそも記憶は、「エングラム(記憶痕跡)」と呼ばれる脳細胞のグループとして保存される。これらの脳細胞はお互いに強く結びついているので、何かのきっかけで一部の細胞が活発になると、グループ全体が活発になる。これが記憶を”思い出す”ということだ。
そこで今回の実験では、まずマウスに物と部屋の関係を学習させ、その記憶のエングラムに遺伝的なマークをつけた。
そのうえで逆向抑制でマウスに記憶を忘れさせ、そのときエングラムに何が起きるのか調べたのである。
そして明らかになった重要なことは、記憶自体は失われていないということだ。
エングラムを光で刺激すると(こうした技術を光遺伝学といい、オスの性欲中枢の発見といった成果があがっている)、失われたように見えた記憶が蘇ったのだ。
さらに、マウスに忘れた記憶に関係する新しい経験をさせると、その記憶のエングラムが再び活性化することもわかったという。

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物忘れは、金庫の暗証番号を思い出せないようなもの
先ほども説明したように、記憶はエングラムとして脳内に保存されている。つまり何かを忘れるということは、こうしたエングラムが活性化しない状態であるということだ。だが最近の研究によって、記憶自体はまだそこにきちんと残っていることが明らかになりつつある。ただエングラムが活性化しないために、思い出せないでいるだけなのだ。
トリニティ・カレッジ・ダブリンのトマス・ライアン博士は、「記憶は金庫に保管されていますが、その鍵を開けるための暗証番号を思い出せないようなもの」と説明する。
手がかりや新たな経験で、再び脳が活性化され記憶が戻ることも
また研究チームの一人、リヴィア・オートーレ博士は、今回の発見は、「エングラム同士の競合が思い出すという行為に影響するという説の裏付け」と説明する。一部の記憶は干渉されずに維持されますが、その一方で新たに入ってくる情報や優位な情報に干渉される記憶もあります。つまり自然な物忘れなら、記憶を元に戻せる可能性があるということだ。
しかし、そうした干渉された記憶も、周囲の手がかりや、誤解や新しい経験などによって再び活性化され、行動が変わってくるのです
それは、たとえばアルツハイマー病のような記憶が失われてしまう病気の治療にも大きな意味を持つかもしれないそうだ。
References:Adaptive expression of engrams by retroactive interference: Cell Reports / Neuroscientists successfully test theory that forgetting is actually a form of learning / written by hiroching / edited by / parumo
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コメント
1. 匿名処理班
俺は「内容は思い出せるが名称を思い出せない」ということが多いのだが、エングラムとやらに癖があるのかな?
2. 匿名処理班
記憶痕跡(エングラム)…俺の記憶が疼く!
3. 匿名処理班
「一度あったことは忘れないものさ…思い出せないだけで。」/銭婆-千と千尋の神隠し
4. 匿名処理班
>そして明らかになった重要なことは、記憶自体は失われていないということだ。
根拠がない
記憶は不安定で改変される事実と整合性が取れない
5. 匿名処理班
走馬燈みたいに余程の時にしかアクセスできない感じかな?
緊急性とか日常性のないのが奥へ行っちゃうのは何か判る気がする
6. 匿名処理班
ドラえもんの「記憶トンカチ」だっけ
思い出せないのは記憶の引き出しがしまったままになってるから
トンカチで叩いて引き出し開けるというのを思い出す
昔からそういう説はあったのかな
7. 匿名処理班
やっぱりな。政治家の「記憶にございません」は嘘だったんだ!
8. 匿名処理班
思い出せなかった事が急に関係ない時に思い出す事が有るから記憶は残ってて取り出せない事が有るのは知ってた、みんなも経験あるはず
9. 匿名処理班
忘れたい事に限って全然忘れられないのに
覚えとかなきゃいけないことはポカーン
10. 匿名処理班
“出来事”が記憶になり薄れていくからこそ何とか
人間は生きていくことができる
11. 匿名処理班
俺は記事の考えに基づいて本を読んだりして知識を入れてる
記憶の引き出しが錆びついてるので思い出すのに苦労するけど、まあ脳のどっかにしまわれてるだろうの精神で読書を無駄だと思わないようにしてる
実際、何かの拍子で思い出すことも多々あるしな
自分はバカだからとか、記憶力が悪いからと読まないのは損だと思ってる
12. 匿名処理班
ついさっき忘れてしまった、今検索しようとしたことも覚えていてくれるのか?
なんで思い出させてくれないのーん?
13. 匿名処理班
忘れたいのに忘れることが出来ない嫌な記憶は完全消去してほしい
14. 匿名処理班
おとこは〜 酒を飲むのでしょう〜〜♪
15. 匿名処理班
BDレコーダーと同じようなもん
録りっぱなしで容量がいっぱいになったら編集で不要な部分を削除して容量を作る
これを毎日繰り返してるだけ
三つ子の魂百までって諺があるがあれは3歳までは基本的で生きるのに必要な情報ばかりだから消去せずにほとんどが記録出来てるって事
逆に認知症ってのはもう消せる記憶が無くなった状態
天然で元々物事を覚えないタイプの人は認知症にはなりにくいのかも
16. 匿名処理班
削除してるというか、思い出すためのリンクが不活性化してるだけのようだって記事なんだが。
リンクが一時的に非アクティブだから「思い出せない」だけで、情報そのものは脳に残ってるんだから「削除」ではないし、階層情報もふとしたきっかけでアクティブになるんだからそこもなくなってる訳じゃ無い。
「HDDからゴミ箱に入れて削除しても、階層の情報が消えただけで情報自体は残ってる」、を言いたいのかもだが、結局それも別情報書き込んだら上書きされて消えちゃうから違うよね…
17. 匿名処理班
なんとなく分かる。覚えていよう、と躍起にならなくても、さっぱり忘れて次!ってなっても似たような事象が起きた時に過去生みたいにあ、こんな感じで対処すればいいんだ…ってスイッチが入るというか。
忘れちゃっても不安視せず、脳ものびのび使った方がパフォーマンス良いかなぁ?って気楽に構えてるよ。
18. 匿名処理班
>>16
HDDのように上書きできるようになるわけではないので、空き容量を確保する効果はないけれど、不要データへのアクセス経路が遮断されることで、必要なデータへのアクセスを多少は高速化できるという意味では、HDDの仕組みと共通点もあるかもしれない。
19. 匿名処理班
寝起きに見る夢が我ながら面白い 続きを見たい
・・・が、3分くらいで忘れ始めてしまう
実生活に不要だからかな
20. 匿名処理班
忘れたら困ることは
思い出すルールとセットで記憶するといいよ
21. 匿名処理班
忘れるというのも才能だと思う。
記憶にはエピソード記憶、ワーキングメモリ等種類があるけど、ワーキングメモリは一時的に必要なものを覚えて作業できる能力。仕事が出来る人はワーキングメモリがいいんだなと感じる。学歴関係なく地頭が良く、効率よく立ち回れる。
自分はエピソード記憶が異常に良くてワーキングメモリは平均だが、逆が良かった。昔の記憶が干渉して作業が遅くなるし、辛い記憶とか10年会ってない友達の誕生日や家族構成を覚えていても何の役にも立たなくて辛い。今必要なこと(今日のタスク)を覚えていて頭の中で予定を立てられるといったワーキングメモリの能力が高い方が上手く社会に適応できる。
ネガティブな記憶は、命の危険を避けるために強く残る仕組みなのはわかるが、命の危険が少ない現代では、うつの一因になっている気がする。今ではなく、思い出の中を生きているように感じるときがある。忘れる能力が高い人のほうが幸せに生きて行けると思う。