12年という膨大な時間をかけ、ようやく小さなハエの脳の完全なマッピングが完成したそうだ。
その結果、キイロショウジョウバエの幼虫の脳には、3016個の神経細胞(ニューロン)同士の54万8000個の結合が網羅されていることが明らかになった。
そこからは、左右の脳のコミュニケーションなど、神経細胞の種類やその経路が明らかになっている。
こうした研究を通じて、脳内で交わされる信号がどう行動や学習につながるのか、いっそう理解を深められるそうだ。
12年の歳月をかけ数千枚の脳の写真を1枚の地図に
キイロショウジョウバエの神経細胞のつながりを示した地図「コネクトーム」は、何千もの脳のスライスを電子顕微鏡で撮影し、それらとこれまでに集められた神経細胞の結合データを丹念に組み合わせたものだ。完成したコネクトームには、個々の神経細胞の結合だけでなく、右脳と左脳とのやり取りも記録されており、脳の相互作用をいっそう深く研究できるものになっている。
脳の両半球にはそれぞれ独自の機能があることが知られているが、それらが持つ情報がどうまとめられ、行動や認知に反映されるのかはまだよくわかっていない。
点は個々の神経細胞を、線はそれらの結合を表す。結合が似ている神経細胞ほど近くに記されている。また周囲に描かれているのは、さまざまな神経細胞の形状を示したもの / image credit:Johns Hopkins University/University of Cambridge
脳の機能は構造が決めている
脳の機能は、その構造に左右されると考えられている。だが、その構造をきちんと観察できたのは、これまではごく単純な脳しかもたない線虫や環形動物のものだけだった。もっと複雑な人間の脳については、部分的な活動を観察できるだけで、全体の作りを示したコネクトームを作成する技術はまだない。
だが複雑さに差はあれど、神経細胞が相互に結びついたネットワークであるという点で、どんな生き物の脳も似たようなものとも言える。
ケンブリッジ大学の神経科学者マルタ・ズラティック氏に曰く、どんな脳でも「感覚情報を処理し、学習し、行動を選択し、環境を移動し、食べ物を選び、仲間を認識し、捕食者から逃げる」といった作業を行わねばならないのだ。
キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の幼虫の脳の、神経細胞とシナプスの特徴 / image credit:Johns Hopkins University/University of Cambridge
機械学習のコンピュータ・ネットワークに類似
今回コネクトームが作成されたキイロショウジョウバエは、複雑でありながらコンパクトな脳をもち、私たち人間ともたくさんの共通点があるために、研究用モデルとしてよく利用される。そして今回の研究では、学習と記憶に関する領域で入出力を行っている神経細胞の中に、何度も繰り返される結合構造が見つかっている。
また、そうした特徴の一部は、機械学習に使われるコンピュータ・ネットワークに似ていることもわかったそうだ。
ジョンズ・ホプキンス大学のジョシュア・フォーゲルシュタイン氏は、「キイロショウジョウバエのコードについて学んだことは、人間のコードにも影響を与えるでしょう」と語る。
image credit:Credit: Michael Winding
小さな昆虫にも複雑な神経細胞
研究チームの次のステップは、学習や意思決定といった特定の行動に関係する神経細胞構造の分析や、昆虫が活動している最中のコネクトーム全体の働きを調べることであるそうだ。こんな小さな昆虫にも複雑な神経細胞があり、それを活用している。全体の働きが解明できれば、人間の学習行動の効率化や、高度なAIの開発に利用できるかもしれない。
ちなみに脳の地図の作成が最初に試みられたのは、1970年代のこと。題材となったのは、C・エレガンスという線虫だ。
その脳はキイロショウジョウバエよりもずっと単純なものだが、長年の研究でようやく出来上がったのは不完全な地図でしかない。
それでもその研究は、ノーベル賞がおくられるほどの画期的なものだった。
それから50年、ついに待望の完全な脳のコネクトームが完成した。「これまでのすべてが、これに向けてのものでした」と、フォーゲルシュタイン氏はその感激を口にする。
この研究は『Science』(2023年3月10日付)に掲載された。
References:The First-Ever Complete Map of an Insect Brain Is Truly Mesmerizing : ScienceAlert / written by hiroching / edited by / parumo
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コメント
1. 匿名処理班
このネットワークを完全再現したらハネの思考を再現できるってことかしら?
2. 匿名処理班
気の遠くなるような地道な作業があるから今の科学があるんだろうね
3. 匿名処理班
そんな複雑な神経回路を持つ昆虫を食べるなんて、なんて野蛮な行為なんでしょう!
4. 匿名処理班
将来、ニューロンが反応するときの重み付けやバイアスも解明されて、電子コピー脳でAIシミュレートになっちゃうんでしょうね
肉体を持たない不死身の魂だけの存在なのかもしれないけど、電子コピーのAI本人も脳みそだけじゃうれしくないよね?
5. 匿名処理班
こういうの今だとAIで一瞬に出来そう
6. 匿名処理班
ショウジョウバエの脳をスライス出来る所からもう凄いな
最初の一歩とは言え3016個の神経細胞で12年の歳月か…
ヒト脳の解析はこの研究が活かされてもっとスピーディに行くんだろうが、それでも険しい道のりなんだろうな
7. 匿名処理班
>>4
意識とはなんなのかという根源的な問い、意識を持ち自我に目覚めてしまったシミュレート電子頭脳の苦悩、その電源を落とす事は殺人と定義され得るのか
SFだ!わくわくするぞ!!
8. 匿名処理班
>>1
それどころか、いつかiPS細胞による再生医療とのコンボで脳障害による麻痺等の治療にも応用できるかもしれない
脳医学にとって革命的な出来事だよ
9.
10. 匿名処理班
>機械学習のコンピュータ・ネットワークに類似
機械学習のコンピュータ・ネットワーク『が』類似しているんだと思うw
生物のマネっ子機械だからね
>>5
54万8000個、重み一つ一バイトとして五メガバイトだからね
グラボのメモリーも数ギガバイトになっているので、余裕もって全部入りそうです
11. 匿名処理班
突き詰めれば脳と体は操り人形とヒモみたいなもんなんだなあ
糸ではなく神経と電気信号でやり取りしてるってだけで
12. 匿名処理班
>>8
間葉系幹細胞でなら、日本のサンバイオ社がそれなりの成果を出してる。
たしか新薬の認証準備してたはず。
13. 匿名処理班
>>5
一瞬でできるかはわからないけど、実際にそうなっていくだろうね
このサイズで12年かかるならばもっと大型の脳をちまちまやっていたら幾何学的に年数が増えていきそうなので
AIなどのコンピューターアシストがないとやっていられないと思う
>>7
わかる(わかる)
コンピューターが本当に自我を持った時に、人間がどう定義するかは、一つのマイルストーンだろうなって
14. 匿名処理班
>>2
”今の科学”があるんだろうね…っていうよりもすでにいるいきものを解析してるだけだから、
今の科学というよりも、ショウジョウバエつくってこういう機能にしたの、誰なんやwって感じ
15. 匿名処理班
>>14
科学なんて極論的に言えば今ある自然現象をかみ砕いて理解できるようにして、実生活に応用しているだけだぞ
そして生命の発生や進化を論じたいならば、それはそれ用の学問があるのでそちらを勉強しときな
16. 匿名処理班
>>3
以前魚でもあったような気がするけど
研究が進んで不意に今まで考慮してなかった倫理的な問題が出てきたらそれはそれで面白いな
17. 匿名処理班
たった3000個の神経細胞でハエの行動制御できるのか
すげえな脳
18. 匿名処理班
倫理が虫の虐殺を止めようとしてくるまでに研究を深めていかないとな
19. 匿名処理班
>>3
昆虫食がメジャーになったら絶対そういう活動家出てくるわw
20. 匿名処理班
一寸の虫にも五分の魂、か