この画像を大きなサイズで見る「意識」って何なんだろう?一般的には「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のこと」を意味するが本当にそうだろうか?
私たちは目の前の現実をリアルタイムに直接体験しながら生きているつもりになっているだけなんじゃないだろうか?
意識の最新理論によれば、そうした体験はリアルタイムではなく、ただの「経験した記憶」にすぎないのだそうだ。
『Cognitive and Behavioral Neurology』(2022年10月3日付)に掲載された論文では、「意識は記憶システムとして進化した」と主張している。
意識とは何か?
一体なぜ、意識というものが登場したのだろうか? どんな役立つのか? どのように発達したのか? なぜご馳走を目の前にしたとき、食欲を抑えるのが難しいのか? 疑問は尽きない。
そもそも意識が何なのかも実はよくわかっていない。
ざっくり言ってしまえば、意識とは、自分自身の存在を含む、この世界の個人的体験のことだ。この大雑把な定義は、1890年代に提唱されたもので、議論の余地が大いにある。
もっと新しい神経科学の分野では、意識について主に2つの立場から論争が繰り広げられている。
一方の理論を「グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論(global neuronal workspace theory)」という。
この仮説では、脳は複数の情報源から得られた情報を、グローバル・ワークスペース上で1つデータとして統合すると説明する。このワークスペースによって、意識という体験が形成される。
もう1つの仮説を、「意識の統合情報理論」という。
こちらでは、意識は脳内ネットワークの神経構造と相互結合から生じると説明する。神経ネットワークの物理特性とデータ処理特性は、それ自体で意識を発生させるというのが、この仮説の立場だ。
この画像を大きなサイズで見る意識は記憶の一部として進化したという新理論
今回発表された最新の理論では、これまでの考えや実験データから、それとはまた違う結論を導き出している。
それによれば、「意識は記憶の一部として進化した」のだという。さらに言えば、「意識は記憶のプロセス」なのだ。
意識はしばしば「エピソード記憶」(個人的に経験した感情を含む出来事の記憶)に結び付けられてきた。これは直感的にわかりやすい。
ある出来事のさまざまな要素をつなぎ合わせて、「人生」の記憶を作るには、意識的な経験が不可欠だからだ。
だが今回の新理論では、意識は脳の記憶ネットワークと連携して、「意識的な記憶システム」を形成すると主張する。意識を生み出しているのはこれなのだという。
この画像を大きなサイズで見る考察のスタート地点は、「意識的な知覚がとんでもなく遅く、しばしば私たちを欺く」という厄介な問題だ。
あなたも映像や音の錯覚を経験したことがあるだろう。この現象をよく考えてみれば、人の意識的な知覚が、現実そのものだけでなく、さまざまな事柄に影響されていることが明らかだ。
なぜ意識は、現実を反映しないで、こんなにも不安定なのだろうか?
今回の研究によれば、それを知る手がかりは「記憶」にある。意識は、思い出すべきものを思い出せるように、記憶と一緒に進化した可能性があるのだという。
たとえば、あなたが自宅の近所を散歩していたら、犬の吠え声が聞こえたとする。その音は、直ちにワーキングメモリ(入ってきた情報を一時的に保存しておくための記憶)に転送される。
すると、それを手がかりに、以前その犬に噛まれそうになったことを思い出す。するとあなたはさっさとそこから立ち去ることだろう。
この一連のプロセスには「意識」が不可欠だ。
吠え声を意識的に知覚することで、嫌な記憶が意識的に思い出される。
すると、脳が「また噛まれるかも」と想像し、ここから逃げた方が得策だと思わせる。吠え声を意識するからこそ、それを危険と結びつけることができる。
この画像を大きなサイズで見る我々は世界をリアルタイムで経験していない?
研究グループは、「意識は記憶の重要な一部であり、記憶を柔軟かつ創造的に組み合わせて、その後の行動計画に役立てる」と説明する。
だから「意識がリアルタイムで動作せねばならない理由はない」のだという。
脳は並列処理できることで知られているが、そのほとんどは無意識に行われている。
意識的な記憶システムは、バラバラなままの無意識情報を理解し、それらに時系列を与え、映画のように蘇らせる。
これが本当なら、私たちは世界をリアルタイムで体験しておらず、過去の環境や思考の「記憶」を認識しているだけということになる。
それは夜の星空が、遠い過去の姿であるのと似ており、どこか儚さを感じさせる。
だが宇宙の神秘を想像してみたり、その行く末を予測したりできるのも、柔軟かつ創造的に記憶を組み合わせる意識的記憶というメカニズムのおかげなのかもしれない。
References:Our Conscious Experience of the World Is But a Memory, Says New Theory / written by hiroching / edited by / parumo














我記憶する
故に我あり
※1
ということは自我というのは人類の集合意識であるとも言えるかもね
それだとコンマ1秒を争う世界とかどうなってるの?って話だけどな
※2
レイテンシの違いはあれど生物の意識は皆リアルから遅れてるから基本条件は一緒
しかし0.1秒で世界を認識できる人もいれば0.15秒かかる人もいる
fpsなんかは主にそういう反射神経を競ってるわけでしょ?
その弱点をついた技、HUNTER×HUNTERの疾風迅雷が思い浮かんだ
※2
肉体がコンマ一秒を意識して事前に動いてるってだけ
目や耳から入ってくる情報は全てほんの僅かに過去のものなので肉体へのアウトプットは当然さらに遅れるんだなぁ
※2
多分「物凄い厳密に計測するとリアルタイムではないけど実用上ほぼリアルタイムって捉えても問題ない程度のわずかで微妙なタイムラグしか存在してない」ってのが実情だと思う
でないと音とか光とかに反応するのも不可能だし生物は事故起こしまくりで生きていけなくなるもの…
つまり脳の拘束処理能力半端ないって結論になる
>>17
同感。
認識しているのがタイムラグがあって、決定→指示→指示を確認→指示が実行されている事を認識
ってパターンだと思う。
指示を確認する瞬間を記憶しているのが意識
なら、「意識は記憶」と言うのは正しいのかも。
人の意識には無意識って奴もあるから、上記の流れの「決定→指示」って事をするのを無意識と指すと考えてみた。
脳の処理能力は人が認識(=把握)出来ないくらい速いのだろうと考えている。
※2
意識による判断の7秒前にはすでにで脳で無意識に判断してるらしい。
この仮説好きだなー
現在ある意識は、あくまで最新の記憶って捉え方か
直感的に理解しやすく、腑に落ちる感覚もある
自分の意志で腕を上げようと思った0.5秒くらい前に既に脳から筋肉に電気信号送られてるらしいしな
生まれたての赤ん坊、生まれて間もない赤ん坊が泣くのは、果たしていかなる記憶によるものなのだろうか?
「意識して」泣いているわけではないだろうが、「意識がある」から泣いているには違いない。
意識には記憶が絡むというこの記事での「意識」とは、私の考える意識とは別の概念なのだろうか? (まあ、たぶん違うんだろうな)
※5
俺の場合は、息ができなくて凄く苦しかったから、恥ずかしいと思ったけど大泣きした
※5
「意識」って、まず生理的現象ややらねばならない仕事以外の行動を起こす根幹だと思う。
記憶による積み重ねで影響は受けるだろうけど、それで出来上がるものじゃないよね。
※5 ※13
脳がやってる仕事には“意識”と“無意識”がある。記事はこの2つのうちの“意識”の方の話ですね。赤ん坊の行動は主に無意識のものでしょう。
いま何を考えているか自分で把握可能な部分が意識、無意識が何を考えてるかは把握できない。
瞬時の対応は無意識が行動を起こして、意識は後から「自分がこう考えた上で行動した」と理由を捏造する。だから本当の行動理由と、自分が思ってる行動理由が食い違う事がある・・・みたいな記事が、前にカラパイアに載ってましたね。
>>5
まあそこは胎児のうちから記憶あったり笑ったりするって最近は分かってきたから
胎内で脳ができたばかりの頃は謎だけど
これを読んでも、意識の特定ができていないように思う。
記憶からのエピソードをダブらせて認識しているのはそうだと思うけど、
全て海馬からの出力では無いし、前頭葉ネットワークで何が現出しているのかは不明なまま…
どの説の研究者もこれ違うなって思っていそう
現状を記憶しながら現状について記憶を元に考えるって感じ?
まぁそうなるかなとは思うけど「意識」の解釈がひょっとしたら日本語と元の文で若干違う可能性も有りそう
心の中で何も考えないようにすると「何も考えるな」と考えてしまう。そして「何も考えるなと考えてるな」と考え「何も考えるなと考えてると考えてるな」と無限に反響する
意識は止めたいときに止められないし、制御不能のロボットのようである
夢遊病のように記憶に残らない行動をとっているとき意識はあるのかな。個人的経験では寝ている間に船酔いした時や消化管出血で吐き気を感じトイレに向かった時など自分の記憶には全くないが周囲の人と意味のある会話をしたり階段を下りて扉を開けたりといった行動をしていたらしい。
(-_-メ)お前はもう死んでいる
景色などの対境と眼根のような器官があって初めて識(心)が生まれる。
そして直前に滅した意がそのまま意識を作る要因となり、滅しては生起する間断なき働きの集積が我々の心と呼ばれる
阿毘達磨倶舎論より意訳
ほぼ同じようなこと言ってて草
過去の記憶を見る自分があって、さらにそれを見みている自分が意識
最近は動画で動物や虫を高画質で見られるようになって意識ってあるか無いかの極端なものじゃなくて段階的なものなんじゃって感じる
人間でも赤ちゃんの頃なんか意識とは呼べんような朦朧とした感覚で賢い犬とかカラスなんかもそんな感じなのではって
本文にもある通り
>そもそも意識が何なのかも実はよくわかっていない。
救急医療の現場では意識レベルの判断基準はあるが、この記事で取り上げている意識や一般的に言われる意識とは別
意識自体がないのかもしれないし、AIにも意識があるのかもしれない
それに”Conscious”と日本語の意識は微妙に違う、認識と言う意味もある
この仮説が正しいのかは別としても
本文の意識を認識に置き換えて読んだほうが記事を理解できるかもしれない
朝目が覚めて、十万年後の火星にいたら意識は崩壊するはず。時間上の記憶と空間上の記憶どちらも必ず今までの続きでなければならない。
つまり意識を持つ自分は常に時間と空間が交差する場所に立つ。
……という話は「人」や「男」「女」のように実際には存在しないものの話で、実際にはいちいちそうした話を理解しない動物でも時間上の記憶と空間上の記憶の上に立っていて、そこに意識がある。オスという言葉を知らなくてもキンタマ付いてるネコはオスだ。
意識は必ずしも高度な言語が必要ではなく、ニワトリやハトでさえ意識を持つ。
宇宙など存在せず、全体を宇宙と呼んでいるように(宇宙は単に便利な単語でしかない)心もまた存在しない全体である。心を形成する意識もまた存在するものではなく、律動のようなものであり、要は運動でしかない。
存在しないものの説明は不可能だが(宇宙の解明は不可能で無意味。しかし宇宙を構成する物質や力などのより細かいものの解明は有用)、人という肉体が意識を宿しているようにその運動(意識でも心でもなく)を解明すれば人工的に意識を作り出すことができるはず。
動くモノに射撃を当てるにはリードを取らなければ当てられない
昔はそれを経験に基づいてやっていた
それに近いことを無意識にやってるのかな?
あらゆる出来事に関して
梅干し一つで説明できる
意識は記憶の積み重ねでしかない
意識の定義さえはっきりしないまま、我々は意識不明だとか記憶障害だとか記憶喪失だとかいってるってこと?
意識は、まるで自分を外側から見た様な考えが出来る事だと教わったな。
様は自分を客観視出来れば意識が有ると定義して良いって考え。
コメントで指摘されてるけど、記事はそれより低次元な認識を扱ってるんだと思う。
認識だと五感の中では聴覚の処理速度は視覚よりも早く、瞬時に好き嫌いや危険かを判断出来るらしい。視覚情報処理はそれよりコンマ数秒遅れるけど齟齬が出ない様に脳が編集してくれるので、日常生活では違和感を感じないんだって。