この画像を大きなサイズで見るこれまで日本人の祖先は、縄文人と弥生人であると考えられてきた。しかし『Science Advances』(21年9月17日付)で発表された最新のゲノム解析の結果によると、さらに第三の祖先がいるようだ。
それは、大陸からの渡来が進んだ古墳時代に登場した「古墳人」で、日本人のルーツはこの3集団に由来しているという。
これまでの日本人の先祖に関する仮説「日本人の二重構造モデル」
これまでの考古学的な研究からは、この日本列島には、4万年~3万年前には人が暮らしていただろうことが明らかになっている。
今を生きる私たちの直接の祖先についてはいくつか仮説があるが、もっともよく知られているのは東京大学の埴原和郎氏が提唱した「日本人の二重構造モデル」だ。
それによると、旧石器時代後期頃に東南アジアから日本列島へと渡来人がやってきた。こうした人々が、1万6000年~3000年前に日本で暮らしていた「縄文人」の祖先だ。彼らは狩猟採集民で、水辺に竪穴式住居を建てて、狩猟や漁などを行いながら暮らしていた。
この画像を大きなサイズで見るこれに次いで北東アジアから2度目の渡来人がやってくる。これが「弥生人」の祖先だ。弥生人は農耕民であり、日本に稲作を伝えたのも彼らだと考えられている。
こうして、もともといた縄文人と後からやってきた弥生人たちが交わることで形成されたのが現代日本人であるというのが、埴原の説だ。
縄文人、弥生人、古墳時代の骨からゲノムを解析
しかし金沢大学の中込滋樹氏らによる最新の研究によると、縄文人、弥生人の他に、第三の祖先が関わっているのだという。それが古墳時代の古墳人である。
「弥生時代」(前10世紀~後3世紀中頃)に続き、3世紀頃から始まる「古墳時代」では、馬の飼育が行われるなど、生活に大きな変化が起きている。このため、この時期に大陸からの人の流入があり、古墳人が登場したと指摘する意見がかねてからあった。
研究グループはこの仮説を検証するために、日本各地で出土した縄文人と古墳時代の人の骨から新たにゲノムを入手。
くわえて、これまでに報告されてきた縄文人と弥生人のゲノムデータをあわせて、パレオゲノミクス解析(古い遺体から遺伝情報を抽出し、解析する手法:古代ゲノム学)を行なった。
この画像を大きなサイズで見る古墳時代に東アジアから3度目の移民「古墳人」の存在を確認
その結果明らかになったのが、これまで指摘されていた通り、古墳時代に東アジアから3度目の移民があったということだ。
現代日本人のルーツは、縄文人と弥生人の二重構造ではなく、古墳時代の東アジアの人々、いわゆる古墳人をもくわえた三重構造だったのだ。
日本人には3集団の先祖の血が流れている
またこの研究では、弥生人や古墳人の遺伝子が大陸の人たちに近い一方、縄文人はそれとははっきり異なっており、彼らが長い間孤立して暮らしていただろうことも判明している。
ゲノムデータを用いたシミュレーション解析によると、縄文人の祖先は、2万~1万5000年前に大陸の人たちと分かれ、少なくとも縄文早期まで人口1000人程度の小さな集団だったようだ。
この画像を大きなサイズで見るしかし稲作が伝来したとされる弥生時代に、北東アジアから弥生人が渡来し、さらに古墳時代に東アジアから3番目の祖先がやってきた。現代の日本人には、こうした3集団の祖先の血が流れている。
なお、これまでの考古学では、モノやコトといった間接的データから過去の歴史を探ってきた。中込氏らは今後も、そうした考古学的仮説をパレオゲノミクスという新しい技術で直接検証していく予定であるそうだ。
References:Ancient DNA Rewrites Japanese History | Technology Networks / パレオゲノミクスで解明された日本人の三重構造 / written by hiroching / edited by parumo
















要するに大陸から色んな人が来て今の日本人になったと
その時に当時の渡来人が住んでた文化が混じったと
ただ言葉はどうしたんだろう?
※1
ほぼ全ての渡来人は恐らく日琉祖語の流れを組む言語を話していたと思われ、比較的混乱もせずに日本人と混血したようなので先住日本民族と言葉の障壁があまり無かったようだ。
>>27
大陸は母音が7音で日本は5音だから聞き取りから難しいぞ
ここで縄文人が一方的に攻め滅ぼしたら弥生人側の文化や言葉は失われるが
神話には東南アジアが元ネタのものが多かったり神社にも高床式であったり鳥居やら文化が融合している
この人種と言語と文化が混ざる事によって日本人が生まれるわけだが
厳密には6世紀にさらに唐の文化と漢字を取り入れたのが日本人だからこの段階は倭人だな
>>30
奈良時代以前には、母音が5つよりも多くあったのではないかと言われてるよ。
琉球諸語の中には今でも、6母音、7母音で使い分けてるところがある。
>>108
それはすでに漢字導入時の聞き取りミスで解決している
実際ふり仮名は50音以上あったがそれもすぐに50音に戻っている
これは7音の大陸人まみれだった九州、半島出身の蘇我氏と仏教の坊主、大量の技術者の流入
ちょっと変わったところで始皇帝から逃げてきた徐福の一族も全て5音の日本語になっており日本人(縄文人)が優位であったことを示している
沖縄に関してはあまり民族や血を考えても意味がない
あらゆる時代にあらゆる地域から人が入りこみ本土からも人が流入し
その行き来によって浦島太郎の海底城の話が追加されている
※110
万葉仮名で書かれている古事や万葉集や日本書紀では音の書き分けがあったようだけど、それは元来の日本語の音に基づくものではないのかな
※1
大丈夫、一緒に住んでいれば三カ月くらいで普通の会話ができるようになります。
ソースはオレw
高校生のころ、英語が全然わかんなかったんだけどアメリカに住むことになって周りに日本人がいなかったんで 100% 英語でしたけど、一か月で普通の言葉の単語の境界がわかるようになって、三カ月で電話ができるようになった。大人はゆっくり区切って話してくれるけど、こどもは容赦がなくてねw早口でまくし立てるのよ。
一年後に日本に帰ってきたとき、日本語の読み書きはできたし、日本語の聞き取りはできたんだけど、英語しか話せなかったw一か月くらいで日本語を話せるようになったかな。頭の容量がちっちゃいせいかもしれないけど、まったく未知の言葉でもたぶん数カ月で日常会話はできるようになると思う。
文化的遺物による推測と、生物学的遺物による検証が、互いを検証補完して、出来る限り事実に近づいていく
学問ってのはかくあるべきだわな
朝鮮半島の前方後円墳が日本にあるものより新しいことを考えると、日本から東アジアへ出て行ったと考えるのが筋じゃないか?
遺伝子的なことを言うなら稲作の伝来も北方からじゃなく南方から沖縄経由か中国から直接というのがわかってきてるんじゃないの?
全般的に考察がおかしい
※6
古墳=前方後円墳なの?
>>13
はっきりと前方後円墳が半島で出てきちゃったから仕方ない。
向こうでは混乱して埋め戻したりしたみたいだが。
>>6
稲作は間違いなく温暖な南から来たはず。何せ日本で品種改良されるまで、寒冷地では稲は育たなかった。だから朝鮮半島では長らくコーリャンあたりが主食だったわけだし。北東アジアから稲が、ってのは古い考えよね。
前方後円墳は明らかに日本の方が古いから、任那日本領のあった説の裏付けになるし、九州の噴火被害から朝鮮半島に逃げた人々もいたようなので、半島南部にはかなり日本人が住んでいたと思う。
※6
人類日本起源説は草
※97
>人類日本起源説は草
ではなく、古代朝鮮半島に縄文海洋系の日本人の祖先がいたという話なだけかと。
そこに北方から好太土王率いるツングース系の民族が朝鮮三国時代を築き、更にその後
新羅が唐の助けを借りて倭国と縁の深い伽耶と百済を併合・滅ぼしたという流れでは?
>>6
大陸or半島からやってきた在日古墳人が前方後円墳を新たに創り出して、それを半島の同胞に伝えたんじゃね?
>>124
その説は無理矢理すぎるんで支持されることはないよ
色んなトコからやってきたってのも感慨深いよね。
太陽と月の兄弟が喧嘩して洞窟に閉じこもり、それをこじ開けると暗闇が晴れたという神話が
アジア各地にあるのは有名だし。色々ミックスしてきたんだろうね。
※7
豊穣の女神が馬に変身した弟に××されて引きこもり~巫女が女神を笑わせたら出てきたという話はギリシャ神話にもあるからアジアはおろかユーラシア諸民族に普遍的なモチーフ
※24
ユーラシア枠だったんだ、なるほど
つまり縄文系でも弥生系でもない第三の謎のタイプの正体は古墳系だったと
そんなに違うのか と思うけどその頃は「そんなに違った」んだろうな
>弥生人や古墳人の遺伝子が大陸の人たちに近い
>3世紀頃から始まる「古墳時代」~生活に大きな変化
要するに、今まで「弥生人」で1つにまとめられてたのが、
紀元前の稲作普及期ごろにやって来た「(狭義の)弥生人」と、
大陸や半島がいずれも三国時代でゴタついていた3世紀以降
日本へ流れてきた いわゆる「渡来系弥生人 = 古墳人」とに
大別できますよ、って感じ?
※10
そうだと思う
弥生人と古墳人は数百年のうちに断続的に来ていたのかもしれないけどね
おそらく初期は嵐で船が流された漁民やら命がけで新天地を求める開拓者がメインだったけど、古墳時代に近づいてくると航海術も発達して色んな物や技術・文化を伝える人を運びやすくなったんだろう
未開の地ではなく稲作で定住して村や町ができていれば、なおさら行きやすくなるだろうし
>>10
馬の存在考えると、それっぽいね
馬が出てくる=中国北部・内陸の影響と考えられるから
中国で王朝交代起こると亡命者が日本に逃げてくるのは鎌倉・江戸時代で確認されてるし、縄文・弥生時代からそんな出来事が起きてても不思議はない(ただ記録されてないだけで)
初期の弥生人達は中国南部・沿岸の雲南・ベトナムがルーツじゃないかな?元々馬いない地域だし
大和王朝と其の完成が平安京で、日本人のコアは
日ユ同祖論と源平藤橘にある。
戦国時代以後の血筋が定かでないときの権力者に隠されてきた本当の歴史を学んでほしい。
※11
日ユ同祖論っていうかシュメールから枝分かれしたんじゃねーの確か天皇家って
その縁を頼って3回位中東から民族大移動レベルで来てんじゃん
秦氏とかは3番目の波
DHC会長「日本人のルーツは欧州人だぞ最新の研究で判ったんだぞ日本人が他のアジア系と外見が全然違うのはそのためだぞ」
とインタビューで仰ってました
>>12
このオッチャンが何をソースにそう言ったのかわからんけど、戦国時代末期に日本に来た宣教師が多民族国家と思うくらい人々の顔立ちが様々だったらしい。
>>42
地方の行き来が頻繁になった今でもそういう印象を抱く外国の人はいるみたいだね
>>12
欧州人つーのがインドヨーロッパ語族の話ならまあ普通。
いや、複数集団の混交と考えるのは無理があるだろ。
時系列としてはプロセスが逆というのが少し前から趨勢になってる。
民族の純粋性を前提にするなら、古代日本人が世界各地に足を踏み入れ、文化や科学技術を
広めるに伴ってゲノムが分岐して行ったと考えられてる。
つまり時系列が逆というのが正しい。
成程
日本地図を大陸側から見ると
パラボラアンテナみたいだからキャッチできた
>>15
昔っから戦乱や王朝交代が起きるたびに、大陸からの亡命者が逃げてきた土地でもあるからね
先発の国津神と後発の天津神だろ。
>この研究では、
>弥生人や古墳人の遺伝子が大陸の人たちに近い一方、
>縄文人はそれとははっきり異なっており
元記事を見ると、むしろ
「『弥生人』は、縄文人の遺伝子にかなり近い」
「『古墳人』は、縄文人や弥生人とはハッキリ異なる」
「現代日本人の遺伝子は、『古墳人』とほぼ同じ。
今の我々『日本人』のルーツは、従来の混血説に反し
主に この時代に渡来した『古墳人』単一に見出せる」
「中国南部・北部、黄河、西遼河、ウラジオストク近く、
アムール川、バイカルなどの各地の人骨と比較した結果、
古墳人は、黄河人の遺伝子の亜種に属するといえる」
って感じのように読めるが。
※18
日本人の遺伝子ならすでに他の国と比べられてて
なんと中国人とも韓国人とも離れていて人種のガラパゴスと言われている
それもそのはずで大陸で絶滅した縄文人と同じく弥生人である越人も国が滅び絶滅しているから
日本人と近い民族は太平洋を越えた縄文人であるアマゾンの裸族や越人となる前に別れたチベット人がDNA的に近い
※23
日本人は中国人や韓国や満州人と遺伝的には近いものがあるよ。
ハプログループO1b2は日本と韓国と満州で30%を占めてる。
ハプログループO2は日本で15%、韓国で50%、中国で65%。
ハプログループD1a2a(昔は D1bやD2と呼ばれてたもの)(いわゆる縄文系)は日本で40%で、アイヌで80%。アイヌはハプログループの他に、ミトコンドリアDNA、核DNAでも縄文人に一番近い遺伝子を持ってるよ。
チベットやアンダマン諸島の人(アマゾンじゃないよ)等はハプログループD1aに属しているけど、彼らとは5万年以上前にDグループの中で分岐してるので今や他系統と同じくらいに離れているよ。
※33
日本のハプログループO1b系統は中国南方の長江文明や越人由来なので
それが日本や朝鮮半島に散らばった結果が現在ということだね。
記事にあるような北東アジアからの流入の結果ではない。
ちなみに現在の中国や韓国で過半を占めるO2グループは日本では10%台なので
少なくとも日本人と遺伝的に近いといえる民族ではないよ。
※69
パレオゲノミクスは全遺伝子情報を抽出して比較するから、男系のみのY染色体ハプログループや母子のみのミトコンドリアDNAと比べても深く研究できると思うよ。
あと※33の書き間違いを訂正。すみませんでした
×ハプログループO1b2は日本と韓国と満州で30%を占めてる
○プログループO1b2は日本と韓国と満州で「それぞれ」30%を占めてる
※71
一個レス消えてるな
日本、韓国、満州は世界的にも珍しい水稲の国
これが何かと言えば第二次大戦前に日本が併合した国でその時の文化とDNA
パレオゲノミクスとか聞きなれないがなんで数千人程度で7割になるのかと思ったら
対象を増やして一致する点が多いから増えたってオチっぽいね
>>76
日帝の中韓侵略時にDNAを深く置換するほどの証拠は無い
Y-DNA、mt-DNAは数千万の祖先の中でたった2人のDNAマーカーでしかない為他民族との類似性を表す程の情報量が無い
常染色体で比較するのが基本
※100
常染色体を用いるのは一般の人には知られてないような気がする
Y-DNA、mt-DNA、の次くらいの知名度な感じ
※69
>ちなみに現在の中国や韓国で過半を占めるO2グループは日本では10%台なので
少なくとも日本人と遺伝的に近いといえる民族ではないよ。
旧O2とその下位分類が混ざってしまってた、ごめん。
現在の分類法では下記の通りになってるよ。
ハプログループO1b (←これが旧O2)
ハプログループO1b2(旧O2b)←これが、朝鮮人・日本人・満州人にそれぞれ3割。アイヌには見られないことから水稲農耕民の遺伝子と想定されてるよ。(wiki参照)
>>69
長江文明人がハプログループO1A説もある。
>>18
訂正。
「海面上昇で日本列島の孤立性が高かった間、
何らかの人口的ボトルネックが生じ、
縄文人特有の遺伝的特徴が発生。
縄文文化の遺跡の人骨は、これが100%」
「弥生文化の遺跡の人骨は、縄文の遺伝子が過半数(6~7割?)だが
バイカル・西遼河・シベリア方面の北東アジア(非稲作地域)
の遺伝子の流入が見られる」
「古墳人の時代に、遺伝構成の激変がある。
流入が、アムール川系の遺伝子から黄河系の遺伝子に変わり
古墳人の遺伝子構成は、『縄文1割・北アジア2割・
東アジアの広域に共通の遺伝子が7割ほど』に」
「現代日本人の遺伝子構成は、古墳人とほぼ同一。
古墳人の時点で、現代日本人に直結する先祖として完成されており
これ以降、東南アジア・シベリア・中国大陸
いずれからの追加集団も無い」
って感じ?
※37
なるほど。今回の研究の前から弥生人が東北アジア由来なのは分かってたが
「北方遊牧民が黄河域まで南下し定住稲作化して日本に流入」て解釈だった
その割に中国系の畜産由来の儀式が神道に無いのは変だし
9割の大陸人より縄文人の言語体系が勝った理由がいまだに謎だが
>>48
弥生人と言っても稲を伝来させたのは2つの民族で出雲に陸稲を伝えた東北アジア人と長江下流の文明の末裔が越人
そして古墳時代をなぜか7世紀までにしてるからよくわからなくなってる
6世紀には大量の技術者を唐から招いているけど当時の日本の人口は200~300万人で
遺伝子プールにそこまでの差は出ないはずなのに妙な研究結果
そもそも縄文弥生古墳の三段階で分ける事自体が間違ってるでしょ。
古代中国から現代まで続々と日本に来てるのは分かってるんだから
わざわざ三段階にする必要はない。
その3つの時代に大量移民があったのならともかくね。
>>19
白村江の戦いみたいに、一度に大勢の難民が出る出来事があれば話は別かもしれない
特に古墳時代初期といわれる3世紀末期頃には中国で八王の乱があって、その後戦国時代に突入していく
そのタイミングなら大勢の人々が大陸から戦乱を避けるために日本になだれ込んで来ても不思議はない
あと、最初に日本に来た縄文人に関しては、東南アジアのポリネシア人の一派じゃないかって言われてるね
※66
越人や弥生人が九州に逃げのびる事ができたのも鬼海カルデラの噴火で九州に住んでる人がほとんどいなかったから
それ以降に来ても桃太郎の話のように対立し戦争になるし
白村江の戦いでも日本に逃がしたのも一部王族だけで大人数の難民は確認されてない
東南アジア人について弥生人にまとめられて九州南部に住み熊襲だの隼人族と呼ばれているが
日本の文化や人種にさほど関係してないから話題にされないな
7万5千年前、トバ火山によってホモ属がほぼ絶滅しかける
ホモサピエンスが地球全体で数千~数万人に減る
7万年前、生き残ったサピエンスがアフリカを出て再拡散をはかる
4万年前、日本列島にも到着(縄文人先祖)
1万数千年前、小氷河期が終わり海水面が130m高くなる
1万年ほどかけてゆるやかに渡来してきた弥生人
西暦300年あたりに移住してきた?古墳人
まとめるとこんな感じか
大陸の王族や上級民が海を渡ってきてたんかなって気はしてる
軽井沢的な別荘地というか、避難場所というか
大陸では既に戦争が起きていたんだから、海を渡った新天地に一族を逃がすってわりとありえる話かと
古墳という方式の埋葬からして古代エジプトや一神教の復活思想を反映してるっぽいし
>>21
日本の姓名である秦氏は、始皇帝の治めた秦の遺民みたいね
もちろん胡散臭い様だけど
>>65
21です
そういえば始皇帝も亡くなった後は古墳というか陵?だったんだっけね
始という漢字から、邪馬台国と関係あるんかなって思ったことがあったわ
時代が全然違うけどwww
復活思想ってわりと多いのかな?
昔に、ミトコンドリアのルーツを辿ると人類はエチオピア辺りが起源だって説を聞いたことがあって
古代の出雲はギリシア神話に出てくる様な神殿を立てていたというし、この国が多神教なのはルーツが異なる信仰を持つ民族がたくさんいたせいかもって思ってるんだよね
>>90
多神教であることを取り上げて日本らしい点を考古学的に推察するのは難しいですよ
一神教がイレギュラーで多神教がデフォルトですから
一神教は他民族との摩擦が起こることで勢力を増したとも言えます
多民族=多神教が成り立つ訳ではないのでご注意あれ
文化遺物としてギリシャや中国様のものがある事と民族集団としての成り立ちはどの辺りで区別をつけるのかはこれから遺伝子解析技術が発達して更にわかることになると思うから楽しみです
>>103
90です
多神教って群れ全体としての役割が強くなってきた結果生まれた宗教というイメージがあったので、デフォルトはこっちと知って驚いています
アイドルグループとか、グループ全員をまんべんなく推してる人よりもピン推しの人が多いじゃない?
でも、公の場では所属するグループ全体でイベントしたり広報を出してるから、そういう群衆の形状と照らし合わせて、多神教の宗教というものに対しての偏見というか思い込みみたいなものがありました
>多神教であることを取り上げて日本らしい点を考古学的に推察するのは難しい
確かにその通りですね。学術として正しい方法で研究をしてきてるわけではなく、なんとなくそういうものという感じで私見を述べました
技術の進歩によりわかる要素が増えてくるのは私も楽しみです
※112
古代多神教の有名どころとしてはメソポタミアやエジプト。
そしてアラビア半島も昔は多神教だったよ。
南北アメリカ先住民やオーストラロイド、アフリカ大陸はもちろん。
諸々の自然の事象=たくさんの神々の仕業。
一神教の大元のユダヤ教も、バビロン捕囚後の民族結束の為に一神教にしていったので、それまでは他の神々も沢山いる世界観の宗教だったよ
>>112
宗教学の教授の受け売りだが、今ある一神教は概ね自然環境が厳しく人々が一致団結しないと生き延びられ無いような風土から発生するらしいですよ。
最初に氷河期にやってきた縄文文化を作った縄文人が住んでいた
紀元前700年ごろに呉越の戦争で滅びた越人が弥生人が九州北部に逃れてくるが
古墳文化を持っていたのは彼らで佐賀県には円墳が大量にある
しかし、それより100年以上前に出雲は中国北東部から陸稲を輸入しておりイザナミイザナギの国を作っていたが
この場合は技術だけで大量の入植者はなく縄文人の国
その後、三世紀に倭国大乱で九州ヤマトとイズモが戦争し統一され二つの文化の墓が合わさり前方後円墳が生まれた
この時代には大量の入植者は確認されておらず実際に大量の入植者があったのは白村江の戦いで負けた後であり
唐と同レベルの国である日本を作るために唐から数千人に及ぶ技術者を招いた
日本は大陸から逃れてきた難民の国。縄文グループは氷河期に日本へ渡った第1集団。第2集団である弥生人は中国の戦乱を逃れてきた人々。第3集団は朝鮮半島の戦乱を逃れてきた人々。
>>26
百済分裂時に温羅という王族が岡山に逃げて暮らしていたのは記録が残ってる
けどそれは桃太郎の話にあるように吉備津彦によって鬼として皆殺しにされている
>>35
確かに王族なら財宝も持ってそう
説だから、正確な事は解らない
古墳人というかただの渡来人ではないの?
戦乱から逃げてきた人や呼ばれて渡来した人達が、現地の倭人・大和の人と同化してく過程とか
コトバンクの渡来人によると、日本へ移住してきたのは古墳時代に当たる3~7世紀辺りだし
島国だから流れ着いたら出て行くのは容易じゃないし、地形的に山で区切られてるから互いが出会う前に人口増やせたんだろうな
日本って有る意味、人種の坩堝的な感じだったのかな
>>34
戦国時代に来た宣教師が他民族国家と勘違いするほど顔立ちや体格が様々だったらしい。
どうも怪しい研究結果だな
縄文人と弥生人で遺伝子の割合が人口比で変わるのはわかるが
古墳時代以降に大量に大陸から8割近い人が来た歴史はない
逆に日本が半島を属国としたり日本軍が中国全土を領土した歴史はあるけど
独自の方法と言っているが古墳時代の時代の人骨を調べたって現代人の遺伝子との一致まではわからないわけで
結論ありきっぽい
※40
現代の技術では、昔の人骨から遺伝子を調べる事ができるんだよ。
だから現代人の遺伝子との比較だってできる。
「考古遺伝学」でググってみ。
※40
>古墳時代以降に大量に大陸から8割近い人が来た歴史はない
固定的な文書としての記紀の成立は 8世紀奈良時代だけど、
そこに描かれている前時代の来歴として
やたら勢力拠点の移動(”高天原”からの天孫降臨、神武東征etc.)や
旧勢力からの禅譲(天津神を迎え入れる国津神、
後から来て 地元・三輪山の大物主神の娘を嫁にすることで
円満にヤマトの支配者の地位に収まった初代・神武天皇、
なぜか敗者の筈の熊襲側が上から目線で授けたタケルの称号etc.)
の描写が多いのを、どう解釈するか にもよるのかも?
他地域の神話が絡んだ建国譚って、
シンプルに「神がここの大地を作り、我々の氏神です」
的な構成が多くて、ここまでゴチャゴチャ移動してない気がする。
神話中にやたら移動が多いのは、
実際に集団移住があったした古代ユダヤ人とかだし。
※91
中国北東部から陸稲を輸入して発展したイズモから九州高天原へ移り住みヤマト(九州山門)へ天孫降臨し弥生人と混ざり
紀元0年前後に神武東征で大阪の一部を領土とし宮崎県高千穂で暮らし
その後、不作が続き世界的に戦乱が起こり日本でも九州ヤマトとイズモが100年戦い
ヤマトが勝ち卑弥呼が女王となって畿内へ遷都したって言う流れに海外との関係はないな
最初の天地創造は淡路(天地への道)島で当時寒冷化で西へ移動しイズモに到達したわけで
日本国内に地名があるからそこを辿るだけで特に謎はないね
>>40
各々の集団の増殖率が同じであれば、何年たっても全体に占める各集団の割合は変わりませんが、増殖率に偏りがあると、あっという間に少数派であっても多数派を飲み込んでしまいます。
古墳時代に見られる遺伝的構成が現代人とほぼ同じということは、古墳人が日本各地に移住し爆発的に増殖したということです。また日本語が魏志倭人伝に記録されているころからあまり変化していないのは、おそらく中心となるいくつかの都市に渡来人たちは集まって住んでおり、そこで数代過ごし完全に日本語や文化を身に付けた後に開拓民として全国に散らばっていったのだと思います。今の在日2世や3世と同じようなものです。現在の割合が多いからと言って、過去にも多かったというわけではありません。
日本人とユダヤがうんたらというのはオカルトじゃね?ユダヤは日本とは正反対の母系重視だぞ。
>>41
日本人のルーツ研究って、政治の影響受けるとイデオロギーに組み込まれて結論ありき=ポジショントークになっちゃうイメージ
そうなったら、もう学術的な価値は毀損されるね
※67
まあでも大昔から存在した日琉同祖論も
近年のDNA研究がそれを事実であると証明した話もあるので
文化論などの学術研究だけで切り捨てるのは、それはそれで勿体ないよね。
※67
「民族の純粋性を前提」とかね。
「どう思いたいか」より「事実はどうか」を優先しないとね。
実際の遺伝子は知らんけど、子供の頃から顔が濃くて毛深いので縄文系と言われていましたよ。眉とか手を抜くとすぐ繋がるし。
ちな女子ね。
あ~なんかわかる
弥生系(ユーミンみたいな顔)とも縄文系(斉藤工みたいな顔)とも
どちらにも分類しようがない容姿の人結構いるもんね
ヤワラちゃん顔というか、目も鼻も顔も丸い狸顔
これが古墳系の顔かあ
ここで思いっきり雑な古墳の分類。
形状
・円墳(方墳) → 基本的な古墳だ。
・前方後円墳(前方後方墳)→ 円墳(方墳)に拝殿場所がついたものだと思えばいい。
神社で言えば、鳥居と参道が「前方」にあたり本殿が「後円墳(方墳)」となる。
埋葬方式
・竪穴式石室 → 穴をほって石室を作り埋める(一人用)
欧米の土葬は広義の竪穴式だ。
・横穴式石室 → 横から石室に入れる羨道があり埋葬者を追加できる(複数人用)
カタコンベや現代日本の一般的なお墓は広義の横穴式だ。
大事なのは形状・埋葬方式そのものではなく、なぜその形状・埋葬方式を選んだか?だ。
死生観のみならず死者に対する敬意や文化もわかるぞ!
すげーなコメント欄
さすが自分のルーツに関して博学な方が多い
参考文献も載せてくれるとさらにありがたい
※49
ネット媒体でも大丈夫だったら、
tps://www.brh.co.jp/publication/journal/087/research/1.html
縄文人の核ゲノムから歴史を読み解く
神澤秀明(国立科学博物館)
tps://www.nig.ac.jp/nig/ja/2016/09/research-highlights_ja/20160901.html
縄文人の核ゲノム配列をはじめて決定~東ユーラシア人の中で最初に分岐したのは縄文人だった~集団遺伝研究部門・斎藤研究室
※49
おそらく数名の方々のソーシャルサイトを介したチャットかと
ヤマト王朝が出雲とかクマソやアテルイを征服したってのが古墳人が弥生や縄文を取り込んだことなのかな
古事記と日本書紀とかいう日本最古の天皇のためのラノベ
弥生人は渡来じゃなく中国の戦乱から逃げてきた難民
燕=朝鮮の人間が長いスパンでぞろぞろ逃げてきたはず
縄文時代末期がキングダムで有名な春秋戦国時代だから弥生時代に突入するタイミングも合う
春秋戦国時代かその前が難民のピーク
弥生人が稲作って言うけど逆で、大陸より遥かに先に縄文人が稲作をやってたのはわかってる
現代と同じで不安定な後進国に逃げる難民は少ない
稲作やってて食糧が沢山ある日本へ逃げようって事で大量に難民が入ってきた流れだと思うけどね
大昔の人間だからといってロマンで移住なんてしない
人間は切実な理由がないと移住はしない
※56
朝鮮半島から逃げてきた民族もいるけど熊襲として滅ぼされてるな
良く言われるけど縄文時代の稲作は品種改良されてない赤くて渋いし量も取れない原種の稲で農業より採取の部類
ただ、稲を食べる文化があったから陸稲を受け入れ農業が始まり
原種の稲を神聖なものとして出雲神社にずっと受け継がれめでたい時には赤い米を食べる文化が残ってる
※61
クマソは半島系じゃないと思う
毛むくじゃらでずんぐりむっくり、北方形質とは程遠い
クマソは縄文系だよ
※83
熊襲は盾と言う変わった文化を持ってて系統は近いけどオーストロネシア人だな
半島から逃げてきた民族は墓の形から特定されているけど数が少なくて熊襲に飲み込まれてる
それも古朝鮮人は氷河期に人がいなくなった半島に温暖化した後に九州から渡った人であり
DNA的には近くて判別し辛い
※89
盾が確認されているのは、「隼人」では?
で、熊襲と隼人が別物なのか
同一(うち、朝廷に従った勢力が隼人で 逆らった勢力が熊襲)なのか
諸説ある。
※98
隼人族も末裔のDNAが調べられているがなんと越人の系統
これがどういうことかと言ったら南九州には熊襲と呼ばれたオーストロネシア人が住んでいて
それはヤマトに占領され統治者が弥生人が隼人だったという話
その後、隼人族は畿内へ移り住み再び反乱を起こし天皇も暗殺されていたり
戦国時代にはバーサーカー島津と呼ばれたり
明治維新を担ったりと気性の荒い民族性を持っている
チベットの人やアラスカの人の顔立ちは親戚見たような感覚になるからうちは縄文系が強いのかな
※58
チベットやアラスカは完全な新モンゴロイド形質なので、あなたの家系は渡来系の影響が強いと思います。縄文系というのは、俳優の堀田眞三氏のような顔立ちです。縄文系の骨格は堀の深さやTゾーンの発達具合、骨の凹凸などが一般の日本人とは明らかに異なります。特徴が強く表れている人は、凹凸の激しい骨の塊のような印象を受けるはずです。
ちなみに世間で縄文系といわれている殆どの人は、華南やベトナムなどの系統の人達であって縄文人とは全く関係ありません。特徴は平面的な丸顔に、丸く大きな目、低い鼻、低い身長です。日本人のほとんどは中国人の形質の範囲内に収まり、縄文系の特徴を持った人は非常に少ないです。今回の研究は、形質面から言っても妥当だと感じています。
日本人はポリネシアとか南方系もかなりあると思うんだけどあまり取り上げられないよね。高温多湿でDNAが残りにくいとかあるのかな
※59
魏志倭人伝にある邪馬台国の風習も
かなりポリネシア南方系の影響が色濃くあるみたいだし、
ポリネシアも重要なルーツの一つなんじゃないかなと思ってる
>>59
多いと思いますよ。
確かポリネシアあたりの人の小舟での航海術が並外れていて、かなり日本に流れ着いたらしいです。
青森を筆頭に東北人には、純和製なのに生まれつき目の青い者がいる
真っ青じゃなくて瞳の色素が薄かったり一部青みたいなの
樺太経由でロシアからも結構入ってきてるんじゃないかな
>>60
東北人に白人(コーカソイド・西ユーラシア人)の遺伝的痕跡は全くない
もちろんアイヌにもない(北海道アイヌは基本的に「縄文人」と「オホーツク文化人」の交雑集団である。混血比は6:3)
「東北人は目が青い。ソースは俺が見たw」といつもお前らは言うが、ヨーロッパ人固有の碧眼表現型をもたらすrs12913832におけるホモ接合体C/Cが日本人やアイヌから検出されたという報告は今までない
「俺が見た」「東北には居るらしい」程度の再現性の低い発言はまったくもって科学的とは言えんよ
今は個人の持つゲノムの中に含まれるネアンデルタール人由来領域まで分かる高深度ゲノム解析の時代である
遠くない祖先に西ユーラシア人祖先成分が含まれていれば本当一瞬に分かる、そう言う時代
こんな時代に東北ロシア幻想説とかいうしょーもない捏造やめな
そしてお前はもう少し最新の論文を読んで勉強しろ
>>60
私の近所にも片方が青い眼でもう片方が茶色の眼をした女の子が住んでいたことがあります。両親は北海道出身だと言っていました。顔立ちは二ヴフやウィルタのようで色が白く、ぽっちゃりしていました。他にもカラコンなどではなく生まれつき緑色や灰色の眼をした日本人を知っているので、数は少なくても昔からいるのだと思います。
ただ最近の研究によるとコーカソイドとは全く関係がないようです。コーカソイドやその混血の子孫が持つ青い眼は共通のルーツを持つことが分かっていますが、それ以外の人種の青い瞳は仕組みが異なり、突然変異によるものらしいです。かつての東北のある村では皆が青い瞳をしているとの記録も残っていますが、これはおそらく村内で突然変異により青い瞳を持つものが生まれ、夜這いなどにより村内の多くの者に遺伝子が伝わり世代を経るごとに濃縮された結果、獲得した形質だと思います。
両親が青い瞳の遺伝子を持っていないと子には表れないので、現代のように通婚圏が拡大するとなかなか発現しませんが、かつての日本は通婚圏が非常に狭く、支配層を除いて村内の皆が親戚ということが多かったので、特殊な形質が容易に広まり、尚且つ発現しやすかったのです。他にも日本に限らず、韓国や中国、モンゴルにも青い瞳を持った人はいます。いずれもコーカソイドとは異なる仕組みによるものです。
とりあえず古墳を掘らせろ、と。
>>62
今の古墳ってほぼ全て宮内庁が維持管理してるから困難じゃない?
日本は民族浄化が起きてこなかった(例外は平家くらい?)から、海外じゃ遺跡扱いされそうな史跡でも、その持ち主の子孫が普通に生きてたりする
持ち主がいる土地を勝手に荒らすのは法的にメンドウ
埴原って名前考古学にぴったりだな
まあでも男系遺伝子の方が「民族」という意味では重要なのは素人でも理解できるわ
その土地が征服されても、女系遺伝子は被支配民族にも受け継がれるけど
男系遺伝子はほとんどの場合根絶やしにされるのが歴史の常だからね。
日本の男系遺伝子構成が、アジアでは際立って多様性も持つのも
他国による征服が無く、移民を平和裡に受け入れてきた土地だからなんだろな
冷静に考えれば、そんな人種が形成出来るほど海を渡ってこれない。
説が有ると言うだけで、どれも証拠には弱い。
父親がアイヌ部落
東京に移住したアイヌ系は多いよ。
風貌からして沖縄や鹿児島と
言われたことのある北海道出身者な。
雲南省西南部に住むハニ族(アカ族)の写真を見てすごい驚いたんだが、鳥居と幣みたいなのがまんまだったんだよね。
あれはルーツって言われたら信じるわ。
※92
正解
呉越の戦いで越は滅びて人はどこへ行ったかと言えば西はインド、東は日本、南へ逃げた人達もいる
アカ族というのも本当は天家(族)という意味でベトナム(越南)にも同じDNAを持つ人がいる
弥生人なんて存在しないのに、いまだに弥生人なんて言ってる奴の言う事なんて信用できるのか?
稲作がはじまった年代もだいぶかわったし、今更後付け設定で弥生人の存在を主張するのはむずかしいぞ
誰か前方後方墳文化圏について御説を下さらぬか
知識も想像力もないのでのう
逆って言う発想はなかったな
卑弥呼は朝貢しておりその時に魏に収めたものには戦争で負けた側の人も入ってた
ただの使い捨ての奴隷でなければその後、子を作りその血が残っているわけで
古墳時代に完成していた日本人の遺伝子プールと同じ血を持つ人が大陸にいるって事になる
魏はちょうど北東アジアだな
古代日本は縄文系と海神族と天孫族からなっている、って話は相当前からの、ある種の常識なんだと思っていたんだが。
海幸彦山幸彦の神話がそれ。
弥生初期に渡来した中国南部の海神族は龍系のトーテムで、原住民の縄文系とは利害が絡まないため比較的友好に付き合い混血も進んでいたとされる。水害のない高台に住んで山の幸に依存していた縄文系と、低地に住んでいた海神族は同じ村で同居していたことがストロンチウムの測定でも明らかになっている(縄文系はほとんどの個体が遠隔地に旅をして、四割が故郷にもどらない)。根拠地は宇佐と奈良で、畿内の別の勢力(穂積氏・物部氏。神羅系)と同盟関係にあった。
一方、渤海にルーツのある天孫族は太陽信仰と鳥トーテムを持ち、華夷思想が強く、蝦夷、クマソや隼人を蛮族として他民族と扱った。
のちの中央政権の主流となる氏族連合で、北九州が根拠地。
彼らはやがて穂積氏などを制圧した後、畿内勢力と融合して大和政権に発展する。
出雲系は高句麗に近い氏族で、百済系と同根の天孫族とは仲が悪かった。
※107
海幸彦と山幸彦は神話化されていて浦島太郎と同様の話が東南アジアにあるからあまり意味はないな
元よりイザナミ、イザナギの頃にはイズモに稲作と銅鐸の技術が伝来しており
難民とは言え銅や鉄器、稲作と言う縄文人とは技術レベルが上なのに天孫降臨で勝てたのは
同等の技術を持って100年の稲作で人口も増えていたから
イズモとヤマトは元より縄文人の親戚関係で国譲りもあったがその関係は変わっていない
それが後の倭国大乱で次の王を巡る争いとなり最終的に女王卑弥呼とし大国主へ嫁ぐ事で終結した
天照はその名の通り太陽を象徴としているがこれは後の時代のもので本来は大樹の神と言われている
※109
百済と(大和)と高句麗(出雲)も親戚だぞ。
渤海から南方に進出した王子が作ったのが高句麗で、
代替わり時に不満分子が分裂し、民衆がついていって作られたのが百済。
その経緯から仲が悪かったが、日本(海神族)が力をつけると2国ともに臣従し、
間接同盟のような形で神羅と対峙する。
海神族系は姫氏だった可能性が高く、中国の文献にはそれが記されている。
姫氏は言うまでもなく周の王族で、高句麗と百済は周に臣従していた。
※113
そんな文献もDNA痕跡も存在しないな
ヤマトの語源は山の戸でミナトが水の戸で日本独自
DNAからも文化を見ても半島との関係はない
(なぜか書き込めない)の関係性はあったけどね
※115
『普書』『北史』に『自ら呉の太伯の後とのたまふ』との記載がある。呉の太伯とは周の王族・古公亶父の長子。
『史記正義』によれば太伯が身を隠したのは倭族の住む太湖北岸の無錫県で倭族とは大陸の百越の一族のことだ。
呉の太伯は紀元前12~紀元前11世紀の人物で、太伯に従った呉の民族は苗族の祖となる三苗。体に刺青を施す風習があり、一部東南アジアに現存している。
呉は紀元前473年に呉王・夫差の自決と共に滅亡するが、三苗や百越の一族が命懸けの南方経由のルートで日本に辿り着いた可能性はある。
日本は後代になっても長く『東海姫氏の国』と呼ばれていた。
※117
ヤマトとイズモに百済も新羅も関係ないじゃん
半島と関係するのは3世紀から日本の特有の前方後円墳が半島にも見つかってるからつまり
とここまで言えばわかるかな?
苗族は海洋民族であり船の操作に長け、竜トーテム。
縄文期に日本で算出された黒曜石が遙か大陸にまで渡っていたことが科学的にわかっているが、その運び手が彼らだったと思われ、彼らは日本列島の存在をずっと前から知っていた可能性が高く、彼らが海神族であると多くの研究者が指摘している。
文献には彼らが扱う弓が長大で、日本弓とそくっりであることも記されている。
yDNAハプロで言ったらO2でしょ
縄文人→D
弥生人→O1B1
古墳人→O2
DNA的に言うなら西日本では古来から東南アジア方面からの移住者のグループも混じってる筈なんだけど
何の権限で弥生人とか古墳人とかカテゴリ分けしてるの?
この手の話は揉めるだけだからコメントは今後やめよう。
「俺の仮説がゼッタイ正義」な連中しかいなくて話が広がらない。
3種類の民族が混合して日本という国が出来上がったが、
その後日本は芋煮会をする集団としない集団に分かれて憎しみ合い、
いまだに紛争が絶えない
日本以外では(海外に行った日本人が作ったものを除いて)古墳が発見されてないのに、海外から来た人間が唐突に日本で古墳を作り出しましたって?
そんな馬鹿な
わかる、いくらなんでも全部大陸由来はちょっとな、独自性はあったと思う