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ピタゴラスが隠れ住んでいたと伝えられているサモス島の洞窟(ギリシャ)

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(著) (編集)

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photo by Pixabay
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 エーゲ海に浮かぶギリシャ領サモス島には有名な洞窟がある。ケルキス山の中腹あたりにあるそれは、あの有名な古代ギリシャの哲学者であり数学者のピタゴラスにちなんで「ピタゴラスの洞窟」と言われている。

 その理由は、彼が一時期ここに隠れ住んでいたと伝えられているからだが、これを裏づける確たる証拠はない。それでもこのピタゴラスの洞窟は人気の観光地となっており、サモス島の主要な見どころのひとつだ。

謎多きピタゴラスの人生

 ピタゴラスの洞窟は、サモス島西部ケルキス山の中腹にある。ケルキス山は死火山で、東エーゲ海で二番目に高い山だ。

 ピタゴラスの洞窟は、隣り合ったふたつの部分に分かれた洞窟で、大きなほうはピタゴラスが教えを説く場として使われ、小さなほうを自分の居住区にしていたという。小さなほうは床もフラットで、生活するには適している。

168. Samos – Pythagoras Cave Drone – April 2016

 ピタゴラスは、紀元前570頃にサモス島で生まれた。ピタゴラスの定理で有名な人物だが、この説を唱えたのは彼ではない可能性がある。ピタゴラス派が唱えたものが、のちに創始者のものとされたのではないかと推測されている。

 それでも、西洋の思想や哲学の発展にさまざまな貢献をしたことは確かだ。とにかく、ピタゴラスと彼が設立した流派が、のちのプラトンやアリストテレスの仕事に重要な影響を与えたことは確かだ。

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ピタゴラスの像 credit:Unknown Author / Public Domain

 それほどの重要性がありながら、現代の資料からはピタゴラスについての情報はほとんどない。この哲学者の生涯の断片が最初に出てくるのは、紀元前4世紀のことで、彼の死からおよそ1世紀半もたってからだ。

 若い頃のピタゴラスは、エジプトやバビロンを旅したと言われていて、これが彼の教えの神秘的な要素の説明になるかもしれない。

 彼が本当にこうした外国の地を旅したかどうかはともかく、最終的にサモス島に腰を据えて教え始めた。人生のこの時点で、ピタゴラスは人間社会から距離をおいて、この洞窟で暮らす決断をしたと言われている。

PYTHAGORAS CAVE 2019 – SAMOS (GREECE)

なぜピタゴラスはこの洞窟で暮らしていたと言われているのか?

 一説には、ピタゴラスが洞窟で暮らすようになったのは、当時、サモス島の僭主(せんしゅ)ポリュクラテスから身を隠そうとしたためとも言われている。

 僭主とは本来の皇統、王統の血筋によらず、実力により君主の座を簒奪し、身分を超えて君主となる者のことだ。

 ポリュクラテスが、ピタゴラスがサモアの若者を堕落させようとしているとして非難したため、逃げ出したというのだ。

 またべつの説は、ピタゴラス自身がポリュクラテスの政治形態を認めておらず、僭主と対峙するのを怖れたからというもの。だから、鉢合わせを避けるために、自ら逃げ出したというのだ。

 さらに、洞窟での隠遁の原因はポリュクラテスではなく、仲間の哲学者だったという説もある。

 ピタゴラスの教えを否定していたミレトスのアナクシマンドロスが、ピタゴラスを不信心者かつトラブルメーカーで、サモスの人々を煽って自分に反旗を翻していると非難した。その結果、ピタゴラスは洞窟に身を隠すはめになったというのだ。

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ケルキス山のピタゴラスの洞窟 credit:Tomisti / WIKI commons

 また、ピタゴラスは洞窟住まいを強いられたわけではないという説もある。単に瞑想に理想的な場所だったために自ら選んだのだというのだ。

 さまざまな説があるが、全ての説に共通していることは、ピタゴラスは、ケルキス山にある洞窟で暮らすことを選んだということだ。

洞窟から出た後のピタゴラスの暮らし

 紀元前532年頃、ピタゴラスはついにサモスを去って、南イタリアへ赴き、クロトーネで教団を立ち上げた。ポリュクラテスから完全に逃れるために島を出たと思われる。

 ピタゴラスは最初はクロトーネで歓迎されたが、次第に反発をかうようになった。まわりの反ピタゴラス感情が強くなり、紀元前510年頃には、再びピタゴラスは古代ギリシャ人が植民都市として築いたメタポントゥム(現イタリアのベルナルダ)へ逃げ、紀元前495年に亡くなるまでそこで暮らした。

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『アテナイの学堂』に描かれたピタゴラス credit:public domain/wikimedia

 今日、ピタゴラスの洞窟は、観光客に開放されている。ピタゴラスが生活したと言われている小さいほうの洞窟には、3つの部屋があるが、実際に見られるのはふたつだけだ。

 洞窟の中には泉があり、ピタゴラスはここから飲み水を確保していたようだ。近くにはふたつの礼拝堂があり、訪れることができる。

 ひとつは聖ヨハネに捧げられたもので、もうひとつは聖母マリアに捧げられたパナギア・サランタスカリオティッサという礼拝堂。この一帯からは、眼下に広がる見事な峡谷や海を一望することができる。

HIKE TO THE CAVE OF PYTHAGORAS Samos

References:Pythagoras the Hermit: the Pythagoras Cave on Samos | Ancient Origins/ written by konohazuku / edited by parumo

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この記事へのコメント 12件

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  1. 明日にやるピタゴラスイッチと間違えちゃった

    • 評価
  2. ディオゲネスの樽はないのかw
    あれば見てみたい。
    いや住んでみたいぞ。

    • +1
  3. いや、なんで行く先々で嫌われてんの?w
    単なる数学教師じゃなくって「教団」を立ち上げる、てのもわからんし。

    • 評価
    1. ※4
      日下部吉信によると、ピュタゴラスが持ち込んだ主観性原理がギリシアの伝統から拒否られたらしい。
      教科書的ピュタゴラス観はまた違うんだろうけど…。

      • 評価
  4. 教団と言っても、(数学的知識を)教(える)団(体)の方ではないかと
    現代で云えば、大学の数学サークルみたいな感じではないかと、当時は、学校制度は確立していないだろうし私塾みたいなのを立ち上げたんじゃない
    そして、その団体の中での内ゲバとか他の私塾を公衆の面前でこれでもかとボロクソにコテンパンに論理的に言い負かしたりとかしてたんじゃないんじゃないかな
    当然、そんな事を続けていては、人々が忌避し始めるだろうし、いろいろ考えられるよね

    • +1
  5. ピタゴラス学派ってのは今でも存在しているんだろうか・・・

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  6. なんでかなー
    最後まで見ないと気が済まない。

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  7. ピタゴラス教団はどちらかというと「教義に数学的知識が使われてる宗教」じゃね?
    位階制度とか入信儀式とかあったっていうし
    食い物の禁忌とかもあるし(豆だめ)
    私塾というよりは秘密結社の方が近い感じ

    • +2
  8. 一方日本にはネジネジの館というのがあってな(嘘)

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  9. 某さんぽ動画でピタゴラス先生の逸話を学んだ者ですが、桃白白みたいに自分の投げた矢で空を飛んだり、あまりのイケメンぶりに川があいさつしたり、文字を信用していなかったから書物を残さなかったり、何度でも転生する設定があったり、記録が残っていないからこそ尾ひれの付きまくった伝説が面白い人なんですよね。

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