この画像を大きなサイズで見る「すべての独創は模倣から始まる」という言葉もあるように、すべてのアートはきっと憧れの何かから影響を受けオマージュしたり、インスピレーションを受けて生まれている。
どうやら映画界の人々は絵画から影響を受け、名シーンを作っているようだ。絵画と映画にも切っても切れない関係性があるらしい。
おそらく絵画からインスピレーションを受けているとされている映画のワンシーンと、実際の絵画を並べて紹介されていたのでみんなで芸術を味わってみよう。
1.ダンケルク(2017年)とカスパー・ダーヴィト・フリードリヒが描いた雲海の上の旅人
この画像を大きなサイズで見るc Caspar David Friedrich / Wikipedia Commons
2.シャッターアイランド(2010)とグスタフ・クリムトの接吻
この画像を大きなサイズで見るc Gustav Klimt / Google Art Project
3.サイコ(1960)とエドワード・ホッパーの線路わきの家
この画像を大きなサイズで見るc Edward Hopper / WikiArt
4.ムーンライト(2016)とルネ・マグリットのLa Robe du soir
この画像を大きなサイズで見るc Rene Magritte / WikiArt
5.インセプション(2010)とマウリッツ・エッシャーの上昇と下降
この画像を大きなサイズで見るc M. C. Escher / Wikipedia Commons
6.ジャンゴ 繋がれざる者(2012)とトマス・ゲインズバラの青衣の少年
この画像を大きなサイズで見るc Thomas Gainsborough / Wikipedia Commons
7.インヒアレント・ヴァイス(2014)とレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐
この画像を大きなサイズで見るc Leonardo da Vinci / Wikipedia Commons
8.メランコリア(2011) とジョン・エヴァレット・ミレーのオフィーリア
この画像を大きなサイズで見るc John Everett Millais / Tate Images
9.マリー・アントワネット(2006)とジャック=ルイ・ダヴィッドのサン=ベルナール峠を越えるボナパルト
この画像を大きなサイズで見るc Jacques-Louis David / Wikipedia Commons
10.フリーダ(2002)とフリーダ・カーロのフリーダとディエゴ・リベラ
この画像を大きなサイズで見るc Frida Kahlo / Wikipedia Commons
11.フォレストガンプ(1994)とアンドリュー・ワイエスのクリスティーナの世界
この画像を大きなサイズで見るc Andrew Wyeth / MoMA
12.トーマス・クラウン・アフェアー(1999)とルネ・マグリットの人の子
この画像を大きなサイズで見るc Rene Magritte / Wikipedia Commons
13.真珠の耳飾りの少女(2003)とヨハネス・フェルメールの真珠の耳飾りの少女
この画像を大きなサイズで見るc Johannes Vermeer / Wikipedia Commons
言われてみれば似ているようなものから、そっくりなものまで様々だった。
映画と絵画、異なるようだけど、アートという枠組みの中ではつながっている。あれとこれも似てない?みたいなご意見があったらぜひコメント欄で教えてくれたら嬉しいんだよ。
References: BrightSideなど / written by kokarimushi / edited by parumo














そもそも「それがやりたくてやった」のは因果関係がおかしい。
全然違う作品で心の暗喩として絵画モチーフシーンが主眼でしょ?
「真珠の耳飾の少女」はスカーレット:ヨハンソンさんですよ。
思い出せなかったでしょ? わたしもです。
そりゃ元にして撮ったんだから似てるに決まってんだろって物から
いやその時代の一般的な様式なんだから似てるに決まってるだろって物まで
インスピレーションを受けた構図もあるでしょうが、そうでないなら誰でも思いつく構図って事よな
海を正面に背中からの構図は僕も小学生の絵日記に描いたわ
映画ではないけど、身近なものですぐに思いついたのは7番に関連した「FAR CRY 5」のボックスアートですね。
テリー・ギリアムの映画なんて絵画からの引用多そうだけど
記事にするには無理がある
オマージュとパロディと再現とただ似てるだけのとあんまり似てないのとがごっちゃになっててなにがなにやら
絵画的といえばイギリスの映画監督ピーター・グリーナウェイ。
フェルメールで「ZOO」、
オランダの絵画で「コックと泥棒、その妻と愛人」、
そのまんま「レンブラントの夜警」というタイトルの映画も作ってる。
13はインスピレーションを受けたじゃなくてドキュメンタリーみたいなもんでしょw
11.桑原和男「神様~」
ダンケルクの切り取られてるシーンはイラストでよく見かける構図
トーマス・クラウン・アフェアーDVD買ったぐらい好き
007のジェームズ・ボンド役よりもこっちのほうが好きかな
>>12
私も好きで何回も見てしまいます^^
レネルッソが飲んでたジュースは何だろう??
※25
青汁。テーマ曲が良いね。オリジナルもカバーも
フリーダ・カーロと真珠の耳飾りの少女の奴に関してはそれが題材なんだから
ほかのインスピレーション受けてる物とは同じ扱いにできなくない?
映画で絵画モチーフ(ぽいだけ?)と言えばETとアダムの創造が思いつくな
精密さでは劣るはずの手描きの絵の方が
実写より見ごたえがあるって不思議だね。
数百年見続けても見飽きない名画って
こういうレベルなんだね。
日本海大海戦~海ゆかばには
三笠艦上の東郷平八郎の絵を完全に再現したカットがある
メランコリア(2011) とジョン・エヴァレット・ミレーのオフィーリア
これだったら樹木希林の、死ぬ時くらい好きにさせてよ、だったかな?そういうコンセプトの雑誌の写真のが好き
ちょっと強引なもの多すぎない?
ただのジョークが混じっている気がする
半分以上は言い掛かりだね
すぐ思い出せないけど、ワイエスの絵画のような構図はハリウッド映画の中でよく使われてるね。やはりアメリカの原風景だからだろうか。
「ブレードランナー」の女のレプリカントが浴槽に浸かっている写真のシーンは、フェルメールだなと思った。
著作権切れてれば良いよ。
この位の事言えないのかと・・・・
マトリックスの柱に隠れた時に撃たれまくって柱がボロボロになるシーンは凄い攻殻だった
>>23
あの監督兄弟(現姉妹)士郎や押井の大ファンだから作品のあちこちにオマージュが垣間見れるよな
黒地に緑の数列電光表示もそうだし
ワイエスの”クリスティーナの世界”は、どうなんだろ。
元の絵の場合、足が不自由なクリスティーナさんが、
腕力だけで家に帰ろうとしている所なんだけどさ。
ザ・セルが思い浮かんだ
あとアン・リー監督の「いつか晴れた日に」は構図が美しくて、特にケイト・ウィンスレットがピアノ弾くシーンは絵画にありそうだなって思った
真珠の耳飾りの少女はなんでこんなに美しいと感じるんだろう
美しさってのは不思議だなあ
海外のこの手のまとめはその構図が使用された目的だとかいきさつなど、つまりその「意味」は記事の本意にとって割とどうでもいい部分みたいなんですよね。”映画のなかに登場したアート”という、それ以上でも以下でもなく。
冒頭にそれっぽく書いて見せるのも惹句や気の引き上のテクニックに過ぎないっぽいので、ゆるりと再現の絶妙さや、物によってはほのめかし程度の雰囲気を楽しめばよろしいかと。
カラパイアで以前紹介されていたVimeoの「FILM MEETS ART」シリーズも、今見たらIIIまで数をのばしているようですのでそのうち記事にまとめてくれると楽しいなと存じます。
そもそもその絵画を題材・モデルにしているものと、インスパイアされたものと、別々の記事ならよかったね
ごちゃまぜだから、記事タイトルと齟齬があって勿体なかった
真珠の耳飾りの少女(映画の方)の画像みて、なぜかシャフ度という単語が頭の中に
スカヨハは超美人だけど元の絵とは顔つき全然違うよなぁ
デヴィッド・リンチは絵画モチーフのシーン多すぎるから外されたんだろうか?
オフィーリアなんかツインピークスのほうが有名なのに
フリーダとフェルメールは、それを元に映画作ってんだから似てて当たり前だろ
で、ライオンキングはなんで載せないの?w
は?
映画じゃないけどウルトラマンティガでアダムの創造をオマージュしたシーンが好き
キリエロイドⅡって怪獣が出てくる回
幼いながらに綺麗だったから覚えてるし、少し大きくなってたまたま見かけたアダムの想像の絵を見て、あ!ティガのアレ、この絵じゃん!と気づいたのも覚えてる
これが大人になってから美術館巡りしたりするようになった自分の一端になってるように思う
滝本誠さんがキネマ旬報で連載されていたセルロイドの画集好きだったな。
映画と絵画をときに強引に結びつけて誇大妄想的な映画からのメッセージを受けとるという楽しいコラムだった。
絵描きの世界居るとパクリ指摘だのトレス疑惑だので嫌な思いをさせられることが多いので、ちょっとこれは穏やかな気持ちでは見れない記事だなぁ。
明らかにオマージュな作品を除けば、言いがかりにも程がある。
ルパン三世のマモーだっけ?ジョルジョ・デ・キリコの「街の神秘と憂鬱」
一輪車を押して遊ぶ少女がいたね
再現とインスピレーションは違うよね
何故オマージュやインスピレーションをネガティブに捉えてしまうか?
はっきり言えば、「作品の創造性」の意味を理解していないからだ。
映画で言えば、映画のテーマや実際のシーンが「作品の創造性」に該当する。すなわち独自性である。例え劇中に登場したとしても、独自性が与えられていない場合において、汎用的なオブジェクトはこれに該当しない。
りんごはただの果実だが、アダムとイブの話においては禁断の果実の意味合いを持つ。これが汎用的オブジェクトに「作品の創造性」があるかないかの違いだ。
創造性の複製がまず盗作に該当する。
創造性を変換するのがオマージュ。
創造性を何かと融合するのがインスピレーションだ。
記事に登場する比較物は、この原則に照らすなら盗作は一つもない。一部古典絵画の場面を映画のシーンに登場させている物があるが、「作品自体の著作権の消滅」「表現媒体の変換」「テーマの変換」から導けば、オマージュという結論に至る。記事も盗作として扱っていない。
にも関わらず、これらをネガティブに感じたのであれば、まずは自分の中の定義を疑うべきだ。取り扱われている議題に対し、論点を理解しているか否か、自分の持つ定義が正しいか否か、正しいとする根拠は何か、理論的に説明可能であるか。
一つでも欠ければ、即ちそれは誤りであり、「自分の中の定義の間違い」なのだ。