
時計もカレンダーもなし、日々の身体検査以外は外界との接触なし、目覚めたとき点灯し、眠るときには消灯する一個の電球以外、まったくの暗闇の中で過ごす。シフレ氏が再び太陽の光を浴びたのは、その6カ月後だ。
暗闇は人体にどんな影響をもたらしたというのだろう?
体内時計の存在に気が付く
シフレ氏の本来の目的は孤独を研究することだったが、この実験の過程で、人間は体内時計(概日リズム)をもっていることがわかったという。体内時計(概日リズム)とは、人間の体が眠ったり目覚めたりするのをコントロールする体内のメカニズムのことだ。
自然光にさらされない洞窟の中では、体内時計は地上で生活していたときの24時間サイクルのリズムをやめてしまい、時間の感覚が狂ってしまう。36時間起きていて12時間眠る、48時間サイクルになってしまうこともある。
実験が終わったとき、被験者たちは驚いた。洞窟に籠り始めてからまだそれほど時間がたっていないと信じ込み、予定の期日までまだ数週間、あるいは数ヶ月も残っていると思っていたからだ。
シフレのこの研究は、時間生物学という分野を生み出した。この学問が、どうして暗闇が人間の体や心にこのようなはっきりした影響を与えるのか、その説明になるかもしれない。

暗闇は人の心を破壊していく
この現象は、冬、寒く暗い日が数日続くと、気分まで落ち込んでしまう季節性情動障害SAD)と関係がありそうだ。古代ギリシャの医師ヒポクラテスも、かつて同じような現象を観察している。現代科学でも、1月と2月は、一年のうちでもっとも気分が滅入る月であることが示されている。
アメリカ人の6%が、集中力の低下、寝坊、無価値感、体重減少などの症状が現れる、季節性情動障害を訴えるという。
しかし、わたしたちすべての人間の体や脳に影響する暗闇の作用には、驚くべきものがある。暗闇に閉じこめられると、気が滅入るだけでなく、嘘をついたり、詐欺をはたらいたり、仕事でミスしたり、幻覚を見たりする傾向が強くなるというのだ。
「すべての人は、さまざまな方法で光や闇に反応するのです」ジョージタウン大学医学部精神医学、臨床学教授のノーマン・ローゼンタール氏は言う。

太陽の光が体内時計を作り上げる
暗闇が人間の体や心に及ぼす影響を理解するために、まずは、光の働きを知る必要がある。人の体内時計は、目から光が入ってきて、視交叉上核と呼ばれる視床下部の一部を刺激すると活性化する。そして、脳の別の部位に信号が送られることで、次々と体が目覚め始める。毎日、それをリセットする朝の明るい太陽光が入ってこないと、体内時計の働きがだんだんずれていく。
「体内時計が光と闇の信号を交互に受けることができれば、そのサイクルは24時間ですが、そうでない場合、体内時計のリズムが崩れ、ほとんどの人は目覚めるのがどんどん遅くなります」イギリス、サリー大学の内分泌学教授、ジョセフィーヌ・アレント氏は説明する。
緯度の高いところに住んでいる人たちは、一年中、明暗の長さが12時間づつというバランスのとれた生活をしている赤道近くに住む人たちよりも、より長い冬の暗さを体験している。
だから、赤道から離れたところに住んでいるほど、体内時計が狂う傾向にある、という仮説を研究者たちはたてている。

概日リズムの乱れは心身に悪影響を及ぼす
1980年代始め、アレントは冬の110日間は太陽がまったく昇らない南極基地で働く人たちを研究し始め、彼らのメラトニンのリズムが遅れることがわかった。こうした概日リズムの乱れは、仕事の成果や睡眠の質などに、さまざまな悪影響を引き起こす。夜勤勤務者の場合、ある種のガンや代謝症候群にかかる危険性が高くなる。
2015年の研究では、北極圏にあるスウェーデンと、赤道に近いブラジルで、昼間の光を奪った場合、労働者のうつ発生率を比較した。
すると、北極圏の労働者のほうがよりうつになりやすく、睡眠不足を感じていることがわかった。アラスカの看護師たちについての調査では、秋よりも暗い真冬のほうが、投薬ミスを起こす危険性がほぼ2倍になることがわかった。

暗闇に適応している人々もいる
40年前に暗闇が健康に及ぼす影響についての研究を始めたローゼンタール氏は、人が長い暗闇にどのように対応するかについては、長年培われた遺伝的な要素があると言う。驚いたことに、冬は1日に19時間も暗いままのアイスランドに住む人たちは、ほかの国の人よりも季節性情動障害(SAD)の発生率が低いという。
文化的な背景もまた同じような役割を果たしているようだ。世界幸福報告によると、冬に太陽をまったく見ない北国フィンランドが、世界一幸せな国に輝いているという。
デンマーク語で居心地の良さや温かさを表わす”hygge”という言葉通り、スカンジナビア人は数ヶ月の暗闇に順応し、闇がもたらす居心地の良さをうまく楽しんでいるようだ。

暗い環境が反社会的行動を促す
住んでいる場所がどこであれ、その場所の暗闇の環境は、その人の健康、ひいては行動にまで影響を及ぼす可能性がある。建築業界用語で言うシックハウス症候群という言葉が、これを表現するのに使われてきた。住む人を病気にする建物は、暗すぎることがその原因の一部だという。
教室の中で、奥まった暗いところに座っている生徒は、窓のそばの明るいところに座っている生徒よりも成績が悪いという調査結果も出ている。2013年の研究では、光の届かない暗い環境のせいで、人は嘘をついたり、倫理的に間違った行動をとる傾向があることがわかっている。

光と闇のバランス
陰と陽の二元性から、カール・ユングのシャドウ(影)という概念(「わたしが完全であるためには、影の部分がなくてはならない」)まで、哲学者たちは、闇と光をうまく抱き合わせることの重要性をずっと説いてきた。西洋の研究者たちもその考えを受け入れ、光と影のバランスがすべてだと言っている。インドの精神伝統を長く専攻している学生のアノーラ・シフォニオス氏は、2017年タイで初めて暗闇に引きこもる実験を行った。
この体験に圧倒されたため、また自ら進んで引きこもった。シフレの初めての洞窟での実験と同じように、参加者は人工、自然問わずまったく光のない真っ暗闇の中で寝て、食べ、瞑想して、9日間過ごした。
「暗闇は鏡のようなもの。見たくないものまで見せられる」シフォニオス氏は言う。暗がりの中でわずか1日か2日過ごしただけで、目の裏に光が点滅するのが見え始め、なにかが視界に映し出されたという。
「幾何学模様、トンネル、入念に彫刻や装飾が施された建物、未知の伝統のシンボルなどよ。潜在意識の心がすっかりからっぽになると、あらゆる模様が見えてくる」

ヘッブ氏は、今や伝説的となっているが、1950年代から物議をかもす感覚剥奪研究を行っていて、被験者たちは、数時間孤立して過ごしただけで、犬やメガネ、雪の中を行進するリス、バスタブの中の老人など、鮮明な夢のような幻覚を見たと報告した。
2007年、ドイツのアーティスト、マリエッタ・シュヴァルツ氏が同じような実験を行った。シュヴァルツ氏は、22日間目隠しをして過ごし、MRIスキャンにかかりながら、自分が"見た"すべてのものを口述した。
見たものは、ヒョウ柄の模様や『スタートレック』の出だしのクレジットなどだった。MRI画像では、目隠しをしていないときと同じように、彼女の大脳皮質が光っていることがわかった。

シフォニオス氏の場合、こうした幻視は実験を始めてから6日目頃に見えなくなり、それから心の底から平穏な感覚をおぼえたという。
この引きこもり実験の後、シフォニオス氏はあまり眠らなくても、あり余るエネルギーがみなぎるのを感じ、その他の生理学的、心理学的な影響が数ヶ月も続いたという。
「多くの人が暗闇を怖がります。それは未知の世界に入り込んでいくような気がするからです。でも、暗闇に包まれると予想しなかったような安心感があります。暗闇は想像以上に多くのものを与えてくれるのです」シフォニオス氏は言う。
ウェストバージニア大学医学部の神経科学教授のランディ・ネルソン氏は、闇と光について考えるとき、わたしたちの祖先がどのように暮らしていたかを思い出して欲しいと言う。
パレオダイエット(原始的な食事によるダイエット法)のことについて話すなら、今度は原始時代の明かりに注目してみましょう。References:elemental./ written by konohazuku / edited by parumo
原始の人の明かりとはどんなものだったと思いますか? 昼間は明るく、夜は暗い。これは当たり前のことのように思えます。
地球上のこの30〜40億年間の進化を映し出しているようなものです。進化が示していることが、今進むべき道なのかもしれませんよ。考えてみてはどうでしょうか
あわせて読みたい





コメント
1. 匿名処理班
ジョニーは戦場に行ったよ
2. 匿名処理班
知ってた
3. 匿名処理班
ダークサイドへ、ようこそ
4. 匿名処理班
やっぱり暗い所でずっと暮らすのは闇バランスなのね
5. 匿名処理班
大学教授の実験って被験者のその後の人生は
保証してくれなくて自分の実験データが
発表出来たらサヨウナラの実験動物扱いだから
何でもかんでも参加協力したら悲惨な目にあうぞ。
俺は夢日記のことを知らずに夢日記を書かされ続けて
マジで一時期精神的にやばかった。
6. 匿名処理班
>暗闇に閉じこめられると、気が滅入るだけでなく、嘘をついたり、詐欺をはたらいたり、
>仕事でミスしたり、幻覚を見たりする傾向が強くなるというのだ。
盲目の人にこんな傾向あるかな…?それとも暗闇とは違うのか
7. 匿名処理班
フィンランド、北欧うんぬんあるが
自殺率わりかし高い国々じゃなかったか?
8. 匿名処理班
脳が時間の流れを緩やかに感じるなら細胞レベルでも代謝速度が低下して細胞分裂までの期間が延びるのでは、それは長寿に繋がると思う。ただ暗闇で生活する事が人として幸福であるかは疑問
9. 匿名処理班
雨が降りそうなくらいの曇りの明るさが一番いい
10. 匿名処理班
久々に来たけどコメント読むのにずっとスクロールしないとだめなのね....改善して下さい
11. 匿名処理班
※8
子供の頃って1年が長く感じたけど代謝速度凄かったよね?
12. 匿名処理班
特命リサーチだかでやってなかったっけ
13. 匿名処理班
太陽が もしも 無かったら〜♪
14. 匿名処理班
日照権って大事なんだなあ
15. 匿名処理班
目がまったく見えない人はずっと暗闇なのでは…
16. 匿名処理班
人間の心理からすると、世界各地で太陽信仰や日食を何かの兆しと捉えられたのは当然の流れなんだな。
17. 匿名処理班
つまり、洞窟は仕事には向かないが瞑想には最適ということだな?
18. 匿名処理班
実験自体は面白いけど1962年の学者が脳の仕組みと関連付けて語る考察は、いささかホコリのにおいがする
現代において、人間の体内時計はいま大別して3つあることがわかっているね
簡単に狂うもの、なかなか狂わないもの、元から24時間周期でないもの・・・と、性質も異なる
それを一纏めにして論じようとするのは、用意した架空の結論へ作為的に誘導しているようにしかみえない
あと閉鎖空間での実験は、やっぱりNASAの研究レポート持ち出した方が、変な推論はさまないでスムーズじゃないかな
19. 匿名処理班
時間感覚は錯覚が多い
暴走族は夜行性だからピカピカ光る
感覚遮断は脳疲労の回復にいいかもしれんな
20. 匿名処理班
※9
わかる、落ち着くよね
21. 匿名処理班
今、マンションの大修繕工事中で1ヶ月以上遮光カーテンしめたまま(T-T)
22. じょん・すみす
洞窟に長期間引籠る実験で、その実験終了後に
自○した人が居た様子。
23. 匿名処理班
※15
眼が見えないっていうのは、瞼を閉じてるそれとは違う。
真っ白な紙を眼の前に置かれたような感じ。ピンボケ写真の最もピンボケた感じが失明のそれ。「黒」が見えてるわけじゃない、そもそも見えない。
真っ黒な感じで見えないわけじゃない、なんというか真っ白というか、色がないというかんじ。
24. 匿名処理班
新聞の北欧に関する記事で、「ヒュッゲ」という言葉を見たよ。
たぶん本文中の”hygge”のことじゃないかな。
25. 匿名処理班
隣がマンションになっちゃって
日光を取り入れようと窓を開けると家の中丸見えになる
だからここ2年くらいカーテン締めっぱなしだ
26. 蜘蛛のファンです
秋田の冬は夜明け遅いから、これで大分体内時計が狂います。
時計見れば朝でも暗いから、朝か夜か全然解らないんですよ。
27. 匿名処理班
※25
外から中が見えづらいレースカーテンとかでもだめなのかな。
28. 匿名処理班
逆に暗闇が無いと人間はどうなるんだ?
29. 匿名処理班
※28
白夜がそうだよね。今、映画館で上映されてる「ミッドサマー」って映画が怖くて面白そう
30. 匿名処理班
※7
2,30年前はフィンランドはずっと自殺率世界1位でした。
特に男性の自殺率が高かったみたいです。
流石に国が腰を上げて自殺を減らす取り組みを10年くらいかけてやりました。
ようやく功を奏して今では幸福率トップクラスになりました。
国による取り組みをしないといけないくらいの自殺率であったのは確かですね。
31. 匿名処理班
光の届かない暗い環境のせいで、人は嘘をついたり、倫理的に間違った行動をとる傾向がある
お天道様が見ている っていうのは本当だったんだ
32. じょん・すみす
これは初期の宇宙飛行士の話。
暗黒な部屋で1週間過ごすって体験をするんだそうだ、何らかの理由で
地上との交信が出来なくなった状態になった、と言うミュレーション
なんだそうだ。
「自らと対面する」と言う状況になるんだそうだ。
そしてその暗闇から解放される時、外界との接触が怖くなって
思わず暗闇に逃げ込みたくなるんだとか。
33. 匿名処理班
暗闇であることで起きたのか数か月もひとりでいさせられた孤独感から起きた変化なのか区別できないのに暗闇がすべて起因するかのような結論の導き方に違和感ある