この画像を大きなサイズで見るエジプトのギザに建設されたギザの大ピラミッドは、世界の七不思議で唯一現存する建造物である。建築年代については諸説あり、一般的にエジプト第4王朝のファラオ、クフ王の墳墓として紀元前2560年頃に20年前後かけて建築されたと考えられている。
このピラミッドは発見されて以来世界中の人々を魅了し、極めて荘厳で、人間の理解力など凌駕する、絶対的な力の象徴になった。
ギザの大ピラミッドは優れた技術を持つ職人や芸術家、商人たちが組織化された管理体制の元、労働者を雇って作られたものだという。
そして建設当時、それは白く輝いていたのだそうだ。
ピラミッドの中の最高峰、ギザの大ピラミッド
クフ王が建設したギザの大ピラミッドは、ピラミッド建築の頂点とされ、最大規模を誇る。その大きさはもともと高さ146.59m、底辺230.37m、勾配51度50分40、容積約235.2万m3で、平均2.5tの石灰岩を約270万-280万個積み上げたと試算されている。
この石積みの建造物は、本当に人間の手によるものだろうか? 異星からやってきた高度な技術を持つ宇宙人の芸術家の手によるものかもしれないと考える人がいるのも無理はない。
古代ギリシャ人は、ピラミッドは大規模な奴隷の労働力によって建てられたと信じていた。この説はいまだに相変わらず信じられているが、エジプト学者のミロスラフ・ヴェルナーによると、ピラミッドは商人や芸術家、職人が建設にかかわり、きちんとした管理体制で組織され、労働者にも適切な賃金が支払われていたという。
ピラミッドはもともと白く輝いていた
こうした職人の仕事のひとつは、ピラミッドの外側の石灰石を、ぎらぎら眩いエジプトの強い太陽光に反射させるために、磨いて白く仕上げることだった。
ひとたびピラミッドが完成すると、日光がたっぷり降り注ぐ魔術的な港湾都市ギザに、その印象を刻みつけたに違いない。
光輝く、磨かれた石灰石の壁面だけでなく、建物のてっぺんには、固い花崗岩で作られ、ゴールドのような貴金属で覆われた冠石としての小ピラミッドが置かれることが多かったようだ。
人々が自分たちの支配者が神だと考えたとしても不思議ではない。あるいは、古代エジプト人は、大ピラミッドを大勢の同胞の汗と技術を使って建てられた、人間の技術の傑作として見ていたのだろうか?
この画像を大きなサイズで見る誰にもその答えはわからないが、大ピラミッドが、太陽が照りつける砂漠のあちこちに道しるべのように白く輝いた状態で今も点在していたなら、19世紀のヨーロッパの探検家や芸術家たちは、この風景をどのように感じただろう?
ピラミッドは今、見えているものを取りはらい、そのまわりを取り巻いている、あらゆる種類の神秘的な意味が明らかになるのを待ち望んでいるのかもしれない。
References:What the Great Pyramid of Giza Would’ve Looked Like When First Built: It Was Gleaming, Reflective White | Open Culture/ written by konohazuku / edited by parumo
追記:2020年2月の記事を再送してお届けします。
















ピラミッドの建造は農閑期の雇用対策にもなったという
>>1
それは証拠が特にない話
そもそも通年建築してるし、農閑期もヒマじゃない
※8
農閑期の雇用対策という説は大いに疑問が残りますね
まず農業は収穫で一年の収入をを得る、これは古代でも変わらないはずし
そもそも農閑期の農民は失業者ではありません
次に古代エジプトでは貨幣がない、金は産出されていたが貿易や臣下への下賜であって国内の貨幣ではなかった
それなのに雇用対策は非常に考えにくい
農閑期に比較的手が空いている人や奴隷を徴収して働かせていた、なら理解できますが
農閑期の”雇用”対策だとは思えません
※30
農閑期のかどうかはともかく公共事業として雇用の一部を担っていたのは事実です
また、当時はピラミッド建設労働従事者に支払われていたのは「ビール」だったことがその支払いの記録から解明されています
当時のビールはあるコール度数も低く、嗜好品というよりもパンよりも簡易に作れる「食事」でした
というか「貨幣が無いから雇用というのもない」というのはいささか短絡過ぎる上に飛躍した暴論ではないでしょうか?
労働の対価や取引で扱われるものは貨幣だけに限りません
なお余談になりますがビールが食事扱いだったのは中世期のヨーロッパまで継続しています(飲んでる量だけで見るとパンよりも多く摂取してる例すら割とあった)
※37
まず雇用や失業者という概念が古代エジプトにあったのかが疑問はありませんか?
古代に於いては大規模な工事は全て王様主導なので公共事業という表現も違うと思います
歴史的に自由労働者がいた時代ではありませんし、強制的に徴収した奴隷や農民に食事としてビールを与えていた、と考えるほうが妥当だと思います
※40
あんたが思ってた程、古代は酷い時代でもないよ
奴隷の概念も、今あんたが思ってるのとは違う
今だとバイトぐらいの雇用形態だったりする
※41
古代人自身がどう思っていたかはさておき、現代から見ればピラミッド建造なんて超超超ブラックだよ
はっきり言って現代人が憧れるようなホワイトな労働環境じゃない
※40
いまダイヤモンド博士の本を読んでいるが「農耕のため定住すると余剰食料を備蓄でき非生産階級(王族・宗教家・兵士・職人ほか)が生まれる」とか。
エジプトはその良い例だよ。
※37
今でもドイツやイギリスでは、ビールはパン代わりのことが多いんじゃないかな。主食代わりというか、副食物扱い。そのかわりさらさらとはしてなくて、薄い粥みたいなビール。
他で使う為に剥がされちゃったんだっけ?
まあ遺跡に敬意を払わない人間から見たらピラミッドなんて石材置き場だわな
※2
他というかモスクだな
エジプトにあるモスクは大体ピラミッド製
三大ピラミッドは神殿です。エジプトのファラオとは関係ありません。
作られたのは、ノアの大洪水以前の文明です。エジプト文明とは関係ありません。
もともとは、黄金が貼られていました。エジプトの王の墓ではありません。
※3
誰に向かって主張してるの?
>>3
はいはい
でもオカンが言うにはな、
そこを調べまくったら
黄金の爪が手に入るらしいねん。
>>4
手に入れるとミイラとかムカデめっちゃ出るから気ぃつけてな。
縄文海進が終わって(寒冷化して)陸地が広がって九州一つ分の干潟が表れたから
開拓の為の陸上灯台が必要になって作られたのではという説がある(竹村公太郎氏の本で読んだ)>ピラミッド
古代ギリシャ人が紀元前に見つけた時点で既に古代の遺跡だったからな
※6
そして古代エジプト人の貴重な観光資源
この世が終わるまで存在する金の成る木だからバザール店主の殿様商売と女性観光客へのセクハラはひでえぞ
※6
4000年経っても観光資源として立派に通用してるから凄い。地域振興事業として考えたら、これほと大成功したのって他にないと思う。
現代~クレオパトラの時代までよりピラミッドが建てられた時代~クレオパトラの時代までの方が長いスパンがあるっての軽い衝撃だよね。
しかもこの時代は砂漠化してなくてまだ緑に溢れてたんでしょ?想像つかないな。
※7
5000年前の時点でとっくに砂漠化してる
緑で覆われていたいたのは数万年前の話で、ピラミッドとは無関係
眩しくて迷惑だったんだろ。
>>9
ワロタw 意外とそう思ってた人もいるかもしれないな。
やっぱそうか、昔見たとき白かったもん。
表面の飾り石にはヒエログリフが刻まれていたとも言われてるね。残っていたらピラミッドの建設目的なんかもわかったかもしれない
※11
そうなると、何故そもそも玄室には一切の装飾や碑文が刻まれていないのかが余計に気になる。
※16
ピラミッドの形や装飾の様式は王の気分で変わるからなぁ。
クフ王のピラミッドは四角錐のいわゆるピラミッド型ではなく各面の中央に向けてやや凹んだ八角形だったり、孫のメンカウラー王では装飾が復活したり。
※16
そりゃ茶の湯は侘びの世界だからだろ。
しかも特攻上がりだしリアル無常をみてる
>>16
単にピラミッドをデカくする事に注力したせいで装飾や碑文を書く事にリソースを割けなかっただけ。
>>11
建設目的は王墓の建造だよ
※48
大ピラミッドから王のミイラなどは発見されておらず、石棺「らしき」物が置かれているだけだそうです。
しかも死者を弔う絵や装飾がないこと、多くの隠し部屋があることや必要以上に複雑な構造など、意味不明の部分も多く。
当時の常識で考えて「王墓だったのではないか」ということであり、決定的な見解ではないかもしれません。
いまだに建設目的が謎。
>>54
ギザの大ピラミッドから発見されてないけど、第5王朝のウナス王のピラミッドや第6王朝のペピ2世のピラミッドからはミイラや副葬品の断片が発見されている。
加えて、ウナス王のピラミッドの玄室内部には当時としては豪華な装飾が施されていてピラミッド・テキストと呼ばれる葬送文書も書かれている。
少なくともウナスやペピ2世などのファラオは間違いなく墓としてピラミッドを建造している。
で、第4王朝のクフ王、カフラーなどはどうだったかと言うと、これも墓として使われた形跡が残っている。
例えば、玄室内に石棺が置いてあるのもだし、石棺の近くには内臓を入れるカノプス壺を置く窪みがある。
これらの事を考えると、やはりギザの大ピラミッドもほぼ確実に墓として使われていたと考えるのが妥当。
ミイラや副葬品が未発見なのは、単に盗掘に遭った為と思われる。
(新王国時代の王墓である王家の谷も殆どが盗掘されている)
確かに、天候に強くて電力も不要な灯台みたいに見える
アサシンクリードで見た!
白く輝く化粧石を根こそぎ奪ったのは
あとから流入してきたアラブ系民族
地震で壊れた家の修復材料として剥がしてしまった
姫路城みたいな?
パルテノン神殿も元はカラフルだったそうな
※19
それを言うと、日本の寺だって、今でこそわびさびとか言ってるけど
昔は中国の寺みたいに原色で塗られていて、わびさびなんてなかった。
>>32
奈良の大仏も出来たばかりは金ピカだったりするらしいしな
※19
ギザの大スフィンクスも当時カラフルだったそうな
石材の溝に極小の鮮やかな色合い塗料破片が未だに付着してる(資料あり)
当時気候変動で出現した数万キロレベルの干拓を開拓する事業の際に方角がわかるように光り輝く灯台の役割を果たしていたという竹村公太郎の説は未だにそうなんじゃないかと思っている。
運河を作って運び下から螺旋状に組み上げて作っただけじゃん(笑)
生でピラミッドはまだ観た事は無い
思った以上にデカイと想うし
思った以上に感動するかな?
教養の一部だと思いまだ若い内に是非行って感じてみたい
古い建築物が建築当時は今のイメージとは実は全然違ってたってのはよくある話だよね
ギリシアのパルテノン神殿も大理石の白いイメージが強いけど建設当時は極彩色に彩色されていたし、日本の寺なんかも今でこそ枯れた色のようなイメージだけどかつては金とか赤を中心に結構派手派手だったとか
紀元前が舞台のアサクリオリジンズの時点で既に遺跡になってて不思議な感じ
※28
まぁ、そこからさらに2000年以上前だからね…オリジンズの時代から現在でもピラミッド建造からオリジンズの時代にはまだ少し足りてないと思うよ
クレオパトラ時代のエジプトを舞台にしたゲーム【アサシンクリード】でピラミッドを研究する学者が登場して驚いた、
その当時ですらアレが何なのか知る人がいないという。
30年以上前に読んだ学研漫画の「古代遺跡のひみつ」にのちの住民が剥ぎ取ったと書いてあったぞ
ギザウレシスー!
白い山の中で小さな玄室に篭もり……って言うと菊理姫信仰と似てるね
ピラミッドが葬礼に関係するって言う所も含めて似ている。白色信仰は普遍だけど、エジプトに山岳信仰があったかな
>>36
主食として醸造酒を飲む、他の食物をほとんど取らないってところがあるという記事を最近読んだがどこだったかな、エチオピア?
飲む総合栄養食を紀元前よりも前に作り出してたって凄いね、人類
頂上は黒かったとか言ってたような・・・
当時だと緑に埋もれて…遠目にうさんくさい宗教施設に。
ネルフ本部かな?
めっちゃ眩しそう
>>52
太陽の角度によってはどちゃくそ眩しかったろうし
月の出る夜も白く光っていただろうね
見てみたいね
※59
もしタイムマシンが完成したら
きっと一番最初に行く場所じゃないかと思ってる。
誰もが知っているのに、誰も答えを知らない謎。
写真でいいから、本当の完成当時の姿を見てみたいと思う人は多いだろう。
トニー たけざきの漫画に出て来た
今でも十分すぎるほど壮大なのに
古代の人にはどれほど神々しく見えたことか
太陽電池パネル貼ったら?
周回するように積み上げていき、外周にはトロッコ的な積み上げ通路あって
内部の大回廊は巨大なクレーンの滑車だったっていう検証面白かった
果たしてこれだけの建造物を古代の人々が独力で造れたものでしょうか。ましてや、真っ白なピラミッドなど造れたとは思えません。地球を訪れた異星人の力を借りたと考えるのが妥当ではないでしょうか
>>60
何でもかんでも異星人で纏めれば良いって訳じゃない
当時の人間の力を舐めちゃいかん
光り輝くてっぺんを押すと時間を教えてくれるピラミッド型の時計を思い出した
スフィンクスの中て非公開なんだろ?
いったい何があるんや…
>>62
砂に埋もれてる扉を開けて入れば宇宙船の有る部屋に…
って誰か言ってた
カフラ王のピラミッドだったか、頂上部分に化粧石が残ってるし。
遊戯王光りのピラミッドは実話だった。
以前建築家の先生が究極に耐久性のある家を設計したものを見たらピラミッド型で配管は交換可能という設計図だった。ピラミッドの耐久性は実証されているからか。
見つかったものがファラオと断定できてないだけで、少なくとも10個以上のピラミッドの石棺からミイラや遺体の一部が見つかってる
定説を覆す与太話って面白いけど、事実を意図的に隠して好き勝手言う人達に騙されちゃいけないよ
白いともっと文明の進んだ未来の建造物みたいだ
この手の話題で、真っ先に宇宙人を口にする人間には、一つの抜き難い間違いがある
「古代人に作れなかったに違いない」という”自分の感覚”を立脚点にしていること
「現代よりも劣ってる古代には作れない(筈だ)」、「出来ない筈のモノが実在するのそれを手助けした存在がいる(筈だ)」「ソレを手助け出来るようなものは宇宙人(あるいは超古代文明人)(の筈だ)」、という三段論法のつもりだろう
けれど、一番最初の”作れない”という部分を、確固たる事実ではなくあくまで人によって異なる”自分の感覚”から始めているから、突拍子もない結論が出てくる
古代エジプトの測量技術は、後の幾何学の基となるほどに実用的だった
実体そのものが巨大ではあっても、構造は人力で作ることは可能なレベルだった
当時の権力が動員出来る人数がとてつもなく多かった上で相当の時間が掛けられた
そう言う、研究者の研究成果より、”自分の感覚”の方が正しく研究成果が間違っていると言い切るのは、太平楽そのもの