この画像を大きなサイズで見る今月7日、アメリカのフロリダ州のイベントで展示されていた超高額のアート作品が、公衆の面前で食べられた!というニュースが物議をかもしている。
その作品はダクトテープで壁に貼られた1本の本物のバナナ。なのに価格は12万ドル(約1300万円)もするのだ。
「コメディアン」と題された作品は、素人目には価値を見出しにくいものの、展示初日の5日から多くの人が一目見ようと押しかけるほどの人気だった。
が、その貴重なバナナがあるアーティストにペロリと食されてしまったのだ。
テープで貼っただけのバナナが1300万円?
これはイタリアの芸術家マウリツィオ・カテラン氏による「コメディアン」という作品で、今月5日からマイアミで開かれたArt Baselというイベントに出展されていた。
出展当時の「コメディアン」
この作品はフランスのパリのギャラリーペロタンが販売し、フランスのアートコレクターが12万ドル(約1300万円)で購入。さらに驚くべきことに同様の2作目も同価格で売れた。
この売れ行きに歓喜していたペロタンのオーナーは、同様の3作目はさらに価格をつり上げ、15万ドル(1600万円)で販売すると豪語。現地メディアも大きく報じていた。
形があるものの価値に疑問を呈する作品
作品は見ての通り、壁にダクトテープで固定された本物のバナナで構成されている。
ギャラリーペロタンによると、この作品の意図は、このオブジェクトが世界をどう移動するのかを鑑賞者に考えさせることだという。
ブースの壁に貼られていようと、ニューヨークポストの表紙に飾られていようと、彼の作品は、形があるものの価値について疑問を投げかけます。この光景はそのバナナと同等な作品の一部なのです
カテラン氏が考え抜いて選んだバナナ
事件が起こる前、わずか2本のバナナを合計2,600万円で売ったオーナーは得意げにこう語っていた。
我々はあのバナナを売り切りました!奇跡です。どうしてこんなことが起こったのかわかりません!
カテラン氏はアートの世界でふざけた人物と思われがちですが、現にこのような状況をまねく彼の作品はジョークで片付けられるものではないといえるでしょう。
「コメディアン」はカテラン氏が昨年ひらめいたもので、アートとしての側面を検討するため、バナナの形状や、ダクトテープで貼る際のアングル、壁自体の大きさなど、あらゆる点に多くの時間を費やしたと伺っています。
氏は当初、本物のバナナでなく偽のバナナを使用することも考えました。旅行するたびにバナナを持ち帰り、インスピレーションを得るためにホテルの部屋にバナナを吊るしました。
さらにいくつものモデルを作り、樹脂からブロンズ、塗装したブロンズ製のバナナまで試したのち、本物のバナナという初期の概念を採用したんです。
こっちが気になるのは12万ドルという値段に落ち着いた理由なのだが、彼らにとって最も気がかりだったのは作品のバランスだったようだ。
自撮り客が列をなす人気の展示に
かくして異様な価格に納得できない多くの人をよそに、このアートは脚光を浴びた。
翌日も記録的な人気を博し、自撮り目当ての人々が列をなすほどになったが、主催者はこの高価な作品が盗まれることなど気にしていないようだった。
まさか!?アーティストがバナナを完食!
しかしわずか2日後、そんな目玉が出るほど高価なバナナがなんと公衆の面前で食べられてしまったという驚愕のニュースが報じられた。
今月7日、午後1時にアメリカのパフォーマンスアーティストであるデビッド・ダトゥナ氏が、アート愛好家であふれかえるイベント会場であのバナナを完食してしまったのだ。
この画像を大きなサイズで見るしかもその様子をデビッド・ダトゥナ氏自身がインスタでシェア。自称「空腹アーティスト」の彼はこの作品をとても気に入り、パフォーマンスの一環として食べたとのこと。
1,300万円相当のバナナはとてもおいしかったそうだ。
人々の前でダクトテープをはがし
あっという間にバナナを食べるダトゥナ氏
その後、人だかりに撮影されながら
動揺したスタッフなどから事情を聴かれるシーンも
ギャラリーの関係者らしき人物も登場
その場を収めようとしているようだ
バナナは概念。別なバナナで展示続行
さて、ギャラリーペロタンはこの事態をどう受け止めているのか?7日付けの海外メディアによると広報はこうコメントしているそうだ
「バナナは概念」であり、ダトゥナ氏は作品を「破壊したのではない」
そんな流れで騒動はひとまず収まり、展示は終了…と思いきや、なんとその日のうちに代わりのバナナが再び貼られたそうだ。
てか、そんなに手軽でいいのかよ!?っていう…こういう疑問も作品の意図のうちに入るのか?
結局展示は中止。理由は安全性の問題だというが…
ちなみに奇抜で知られるマウリツィオ・カテラン氏の作品がトラブルに見舞われるのはこれが初めてではない。
2017年、カテラン氏は実際に使える18金製の黄金のトイレ「アメリカ」を披露、トランプ米大統領に貸し出すなどとコメントして世間をにぎわせた。が、600万ドル(約6億5000万円)相当とも言われるそのトイレは、今年9月イギリスのブレナム宮殿に展示された際に盗まれたままだ。
てなわけで、未だどこに価値を見出せばよいかわからぬままだった超高額アートは、パフォーマンスアートという芸術の名のもとに(皮以外は)余すことなく昇華され、その後の展示は次のバナナが引き継ぐことになった。
と思いきやさらに翌日、ペロタンギャラリーのインスタに「コメディアン」展示中止の投稿が。
理由は「作品の安全性が損なわれたから」というもので展示を見れない人にも謝罪を行っている。
まあ壊されたり、盗まれるよりははるかにマシだったわけだが、芸術とはこんなに雑で適当でいいもの?ってモヤモヤが当のギャラリーにも通じたのかもしれないな。
References: cbsnews /written by D/ edited by parumo
















アートも分からんし値段も分からんしそれを食べるのも分からん
全部分からん!
>>1
馬鹿馬鹿しいという感想しか出ない
現代アートって外野から見てると迷走しすぎてコントだな。
…と思ったらゴールデン便器の人か!!
ネタに事欠かないあたりもアーティストなんだろか。
>>2
ほんと現代アートはわからん
見る人の解釈に全てを委ねるっていうタイプの現代アートは、単に作品に対する責任を放棄してるように感じちゃって好きになれない
芸術の価値ってなんだろうね
※3
人間国宝って言う位だし芸術の価値は作品よりも製作者の方に偏るんじゃないのかな…
ピカソなんかも似た様な事言ってたし
ただ作品を作る人間としては腑に落ちない所もある
そういう意味でもこのバナナは芸術界の風刺を描いているのかもしれないね
バナナは概念!?
ものすごいパワーワードだ
そんなバナナ!?
アートの価値は権力者の一存で決まるから
「投資になるかどうか」でしかないんだ
美しいかどうか、好きかどうかじゃなくてね
株と同じよ
>>6
結局これよな
これを知らない自称”芸術に理解のある人”が
「うーん素晴らしい、君らにこの価値はわからないだろうねw」
なんてドヤってると滑稽で笑える
美が伴わないものまで芸術と呼ばれてもな
>>7
芸術とは多くの人が価値があると思い込んだものであって美ではない
ピカソの絵を幼稚園児が差し出したとしても誰も大金をださない
でも幼稚園児の絵を由緒ある美術館がピカソの絵として出したら大金がつく
このバナナはアートとして価値があると思われて大金と人が動いている
完全なる芸術だよ
そもそも芸術が流行り出した当初の考えは「凡人(一般人)には理解ができないもの」
つまり君が理解できない時点で素晴らしい作品の証拠だね
>>82
君みたいに他人の価値観を全否定する人間に評価されている時点で、この作品は価値の無いものと証明されたなw
現代アート?はもうなにがなんだか
老師「喝 ! バナナは食べるもの。見るものではなぁぁぁあああいッッ ! ! 」
そんなバナナ!禁止
展示しているうちにバナナが真っ黒になりそう
そんな・・・・・・
食べることで形ある物の価値についての疑問をより深くしたな。
展示するまではまだわかるんだが買う人が居るってのが・・・
裸の王様じゃないんだからさ
>>15
このバナナ買うならウォーホルのバナナの方買うわ
芸術のバブルが起きてるんだ
ただただくだらない
現代アートの巨匠でありトンデモアートで関係者を困惑させ
激怒させたマルセル・デュシャン曰く
芸術はアーティストが生み出す作品だけで完結するのではなく
鑑賞者が創造的行為に加わることによって作品が完成する
今回の場合鑑賞者の意見や考えも芸術の一つなんだろうな
で最終的に食べちゃったことで芸術は完成させた
現代美術って小難しいこと多いけど、単純に考えてみるほうが
楽しめるし、なんてバナナという親父ギャグですら芸術の一つにした
この作品は実は奥深いと思うよ(でも1200万で買わないぜ)
食われるところまで含めてアート
いや中止になるまでがアート?
※19
なんか、「家に帰るまでが遠足だ」みたいなコメントですな。
これ作ってるときの方が
余ったバナナ食べて心が潤いそう
どういう頭してたらそんな話信じるの?
いいねの数が多いものを無条件で素晴らしいものだと思い込む共感性のバブル期
食べ終わった皮をまた貼り付けておいたら完璧だった。
大便を壁に塗りつけただけのものを出してもアートです!って言い張ればアート扱いされそうだなもうなにがアートだよ何がアーティストだよ
※24
多分、知っててコメントしてるとは思うが、大便で壁に絵を書く日本人アーティストは実在する…
壁にバナナのように「値段が付くことの滑稽さ」を含めてたパフォーマンス・問題提起じゃなくて、奇をてらって嫌悪感をもたらすだけだから認められなかったけどね。
※46
「他者からそうとは認められてないアーティスト」て、ひょっとして、「アーティスト」ではなく「ただの変人」でなかろうか?
「私はアーティストだ」という自己主張だけでアーティストになれるなら、全人類がアーティストになってしまう
…案外そうかもな
誰だって「小皿に醤油入れたら偶然何々(猫とかひよことか)を連想する形になったw」「写真撮ったら手ブレの所為でなんかめっちゃスピード感あるw」「小銭落としたらテーブル→床→玄関のタイルと跳ねて変なチャイムみたいな音がなったw」みたいな経験あるだろう
「現実の中に別の現実の形を見出した」り、「目で見た『事実』と、記録された『現実』は異なる(そしておそらく、実際に起きた『真実』もそれらと違う)事を示した」り、「規則性を見出した」り
アーティストの要素は全人類持ってるけど、それを金銭的価値にしようとプロモーションする人間が少ないだけかも
※52
奇抜な事をすればアートだと一般人は思いそうだけれど、違うのよ。
その背景思想の説明と、継続して行われている模索や探求の履歴が必要になる。
それらが揃って初めて蘊蓄が面白味に変わり、
パトロンや好事家が大金はたいて「こんな物買ったぜ」と富豪同士で自慢して遊ぶ。
バンクシーのラクガキも東京都知事が大事に保護しちゃってるけれど、あれも落書きとして消しちゃうまでが芸術。
ラクガキを大事にしちゃってるお役所を滑稽と笑うのもアートの一面。
>>61
それなんすよね
たしかに奇抜な事だけやったらいいなんてアーティストもいるんですが、大抵のアーティストは背景込みの作品なんでそこら辺ちゃんと勉強してから批判してくれよ…と思います。
本を読まないで表紙やキャッチコピー、あらすじだけで批判してるみたいなもんなんですもん
※52
個人的な定義だけど、「他者の心を揺さぶるもの」がアートだと思っている。
壁にバナナだけだったら心は揺さぶれなかったよ。
金額がついたことでアートになった考えてる。
だから、それを食うことも話題になったっていう時点でアートにしないと、オーナーは自己否定になるんじゃない?
※54
それは、二番煎じw
わーバナナが食べられたー大変だー(棒)
まあデュシャンの「泉」と同じに価値観の無効化を狙ったのだろうから「食われて消滅する」というのも本望かもね。
しかしこれに1300万ってのは、シニカルな洒落としても流石に浅薄だと思うけどな。
批評ではなくただの悪ノリじゃ?
コメディアンとかけて貼り付けのバナナと説く
その心は…完熟期は一瞬なのにいつまでも居座るでしょう?
>>27
どちらも滑るのが得意
現代アートっていうより錬金術?
そのへんにある物の価値を爆上げして儲ける
便器はデュシャンでバナナはウォーホルのパロディー?
※29
どっちも「便器」「バナナ」のインパクトというより「量産品(=反芸術)」であることがキモだったわけで、更にそのパスティーシュとなるとなにがなんだかわからんよな。
裏の裏で表?
今ならもう1本つけても同じ値段
客「ちょっと待って!壁にダクトテープで貼られたバナナが入ってないやん!壁にダクトテープで貼られたバナナが見たかったから来たの!」
俺の毛髪も「Lonesome Road」って題名の現代アートなんだが、いくら出してくれるんだろう?
>>32
1000万はかたいな
真面目に作品作ってる人より、こいつバカで面白いな、って思われた方が良いんだろうね
知らんけど
美も芸もないなら美術でも芸術でもない。
アートって言葉は美も芸もない人達の手垢がつきすぎてて好きじゃない…
※35
今やアートとは、美術や芸術とは別の概念を持った言葉になっているのかも知れないな
先生!このバナナはおやつに含まれますか?
「バナナを食べるパフォーマンスの値段は1300万円です。」って言えばいいんだよ。まるで、キツネとタヌキの化かし合いだな。
オチまで完璧
しばらくこれで思い出し笑いできそう
バナナそのものに価値があるんじゃなくて「バナナを貼りつけて展示すること」が作品なんだろうね、モノではなくアイデアを売るみたいな
芸術の価値って何だろうと考えさせる所まで含めて作品なのだろう
理解は出来ないけど結構好き
これで壊された!弁償しろ!
とか言ったら只の金の亡者だが、作品が壊されたわけではないと言いきるところが芸術家だね。
作品は表現であり、実態ではない。
※40
確かにお金目的じゃないことがわかる発言だしその姿勢は評価できるね
1300万のバナナで集客して入場料が1300万を超えたら1300万は値段相応ということになるんじゃない?
意外と好き
なんて言っていいのかわからないけど何故か好き・・・w
単に設置されたベンチや落し物のメガネが称賛を浴びたりなんて事件はしょっちゅうなのが近代芸術なんだよね
見る側が意味をこじつけたら成立してしまうというのはオレには理解できない世界だな
バナナ一本盗み食いされただけで1300万とか請求したら何かと問題になりそうだしね
何千万だろうが投資目的だろうが興味ない人にはガラクタと同じ
路傍の小石でも枯葉一枚でも、美しいと思って飾る人もいる
価格によらず好きだと思った物を愛でればよいと思う
ただ高額な美術品を呆れるばかりの人がいるけれど、やはり素晴らしいものも多いので実際にも見てほしい
見るだけなら札束はいらないからさ
メディア主導でアホなことを話題にして金を徴収する。
愚民相手のボロい商売だよな。
ダクトテープってトコがワロタ 日本の女子ならマステだw
あのトイレ結局行方わからないままなんだ
ジョン・レノンの真似したつもりな人もいそう
食べられないバナナにしとけばよかったのに
石膏に色ぬるとかさ
さっき揚がったアジフライでも壁に貼ってみようかな。
>>54
お皿に盛ってウスターソースかけてくれたなら200で買うよ。
>>66
うちは醤油がいいな。
壁にテープだけシュールだね
いえいえバナナが貼ってあります
キミキミからかっちゃいけないよ
あらあら見えないお気の毒
これなんか妙に既視感があるのだけど元ネタ何だろうか?
>12
バナナ
で、バナナは結局おやつに含まれるんですか?
単なる売名行為のやらせでしょ
代わりがあるというのも作者以外の価値観だからな
奥が深すぎて良く分からないよ…
考えさせる力は確かに強いのだろうけれど
それを考えるのは恐らく全く無駄な時間だろう
こういう作品って値段がつくと途端に話題になるから誤解されがちだけど、その値段で評価する人がこんだけいたよーってだけの話なんだよね
だからこれは 【買った人にとっては、 】1500万の価値有るものになったんですよ!ってのが正解なんだけど、そこが抜けてるから皆こんなのが芸術なの?ってなっちゃうんじゃないかなぁ
(ついでにそんなに高いならこれは素晴らしいものなんだ!って勘違いしちゃう人もいる。なんかそういう心理あったよね)
芸術を楽しむなら、自分にとって価値や興味が有るか無いかで考えるのが一番シンプルでいいと思う
勿論自分の価値観が全ての人に当てはまるわけじゃないってことを理解した上で鑑賞するべきだけども
素人目には価値が見いだせないということはプロは1300万の価値を見いだせてるんだよね
プロの見解を聞きたいな
※65
値段に目が行きがちだけど、美術品の価値=値段って訳じゃないからね
美術的な価値が高い物だから必ず値段が高いという訳じゃない。もちろん美術的価値があって値段が高い物もあるけど。ここがごっちゃになってるから分かり難い。
基本的に美術品の値段は画商が決めてる。その値段は上にも誰か書いてるけど、欲しい人と画商の間でこれ位でどうですか?みたいな感じで決められてる。美術的価値が高くても欲しい人があまり居なければそれなりの値段になって、美術的価値がそれほどなくても欲しい人が沢山居たり、高いお金を払う人がいれば値段が高くなる。
ちょっと話はズレる。陶芸の世界の話。陶芸家を売り出すには、陶芸家の作った作品を画商なんかが高く買う事から始まる。つまり、画商が「この人の作った物は良いな」とか「この人の作った物で儲けたいな」とか思ったら世に知られてなくても高く買う。高く買う事によって陶芸家の作った作品が高く売れて行く。
じゃあ、市場原理を排した本来の美術的な価値って何なの?って話になるんだけど、それは美術史を勉強して貰うしかない。よく、美術は感覚がどうのこうの言われる事があるんだけど、それはまやかしで美術は数学と同じく綿密に計算された歴史に裏打ちされた構造の上に成り立ってる。数学を勉強しなければ数学の世界が分からないのと同じく、美術史やそれを勉強しないと理解出来ない。数学は取り組まないと全く理解出来ないけど、美術は見る事によって何とかなりそうな感じがするんで凄く勘違いされるんだけどね。
>>72
数学は誰も知らなくてもそこにあるけど
美術はどうだろう
市場原理を排した本来の美術的価値なんてきれいな景色とか美味しい食べ物とか犬がかわいいとかそんぐらいなもんでしょ
芸人やるなら末路あわれは覚悟のうち
※65
補足で
私個人としてはこのバナナの芸術に、市場価値である1300万円と同等の美術的価値があるとは思えない。
コンセプチュアルアートってのは既成概念を壊していく前衛芸術なんだけど、けどコンセプチュアルアートは既成概念を壊していくという既成概念がもう出来上がってる。そこで既に手垢の付いた手法で昔ながらの方法で表現してるのにはあまり美術的価値があるとは思えない。「こんな物に何千万円も払うのかよ」という風刺だったとしても思考はありきたりで面白くは無い。
※76
>>コンセプチュアルアートってのは既成概念を壊していく前衛芸術なんだけど
ぜんぜん違いますw
いろいろ激しく勘違いされていると思います
アートの本質は生み出された作品としてのオブジェクトではなく作品を生み出した観念にある、ならばそのコンセプトの表現こそが真の芸術作品である、と考える芸術思潮がコンセプチュアルアートです
既成概念を壊すも壊さないもコンセプチュアルアートの定義にはまったく関係ありません
分かりやすさ故の危険性ってこういうことかな
こういうのでよく、こんなものがアートかよってご意見見るけど
こんなものすら作れないし発信できない人のほうがめちゃくちゃ多いからアートになるんじゃないかよくわからんけど
食われるまでがアートなんだよ
100万円で同じものを売ってやるよ
限定10本!早い者勝ち
※73
それを名前と顔出しでギャラリーを借りた上で行い、
大衆の面前から批評や質問を受けて理路整然と意図を答えられるのかい?
「同じ物」と言ってる時点で、二番煎じを公表しちゃってるから、見向きもされずに鼻で笑われるだけだよ。
とはいえ。この作品が独創とも言えない。
25年くらい前だけれど南カリフォルニアのサンディエゴにある
現代美術館にはフライドチキンをテープで壁に貼り付けた作品
があった。一個じゃなくたくさん貼ってあった。
自分はそれを見ているから本作は「?」としか思わなかったけど。
面白かったのはその美術館のギフトショップには「ゲージュツの
名のもとにクレージーなことしようぜ!」という缶バッジが売って
いたこと。探せばまだ持っているはず。
よかった、ただただ腐りゆくバナナはなかったんだね
バナナ1本とダクトテープ20cmを使って、
ニュースになり話題になった。
この場合の金額は、その行為に対する商業的な成功への投げ銭って考えれば、
金額に疑問を浮かべている人も飲み込みやすいと思う。
「あなたが、あのバナナに1200円も払った愚かな方ですか。はははは!」
話の種というのは、形ある芸術以上に価値がある。
結婚できない男の桑野さんが毎回持ってくるバナナは「男」の隠喩なんだろうなと思う。吉田羊がエネオスのエネゴリ君とcmをしていた事も関係しているのかな。野生のゴリラの生息地に野生のバナナはないらしいけどね
1週間後にはハエがたかった腐ったバナナを見ることになる。
もはや理解不能です。
壁にダクトテープでバナナを張り付けるだけなら贋作作り放題?
高額で購入した人は金持ちなのだろうが、話題作りやなんらかの宣伝?のためなのだろうか?純粋にこの作品が所有欲を満たしてくれるとは思えん。購入者の自己顕示欲は満たせそうだが・・・
感覚的に日本で行われている初競りのご祝儀価格みたいな感じに思える。
コト消費だな、体験を売ってる
ペロタンのバナナって字面がなんかもう美味しそうだろこれ
こんなゴミがアートと言うのも分からないが、それを取って食べると言うのも分からない
芸術が、「精巧な品より一点物」なのは判るが
このバナナに芸術性はない
バナナをダクトテープで貼り付けたこと、それを美術品として扱ったこと、それが1300万ドルで売れたこと、展示してあるバナナが食べられたこと、その全てがコメディアンと呼ぶに相応しく、この一連の流れこそが価値のある美術品なのではないだろうか。
ここの人たちって純粋だなー誰もが「少なくともこれを買った奴がこれに何らかの価値があると認めてる」ことを前提としてる。
海外のBBSだと、こういった明かにクソほどの価値もない(あるいはクソ並かクソそのもの)エセ芸術品はマネーロンダリングの手段でしか無いってのが定説なのに。事実かはともかく。
現代アートはヨクワカラナイ。
だけどもなんか「いつもは使っていない脳の領域」を動かされるような気がして好き。
高額で落札されてそれが食われるまでがコメディなんでしょ。芸術作品と言うよりコントの部類だと思うが・・
コレを食う奴が真のコメディアンよ。
食べられたことで作品が完成したんだな。
形あるもの(ダクトテープで貼られたバナナ)に形のない「価値」ってものを付加して、
これを「価値」があると信じられているだけで、実態はない「お金」で買って、
結局それは食べられてしまった=「価値」は無に帰した
ここまで含めてのアートパフォーマンスなんじゃね
つまり価値は人が生み出す幻想だけど、確かに存在して世の中を変動させるもの
ただの概念に私たちは生活も感情も動かされてる
って言いたいんだよ
自分で言っててよくわからんくなってくるけど
アーティストというより超有能な詐欺師にみえるわ
お金持ちの大喜利みたいなもんさ
展示を続けていたら、真似して勝手に食べる人が続出してたかも
youtuberとかが喜び勇んで食いに行きそう
芸術を単純に破壊したければハンマーで叩いたりナイフで切り裂いたりするのが普通だ
しかし料理でもないこの作品は「食べて破壊」という新しい概念を私たちに提案して驚かせてくれた
つまりバナナが食べられることによってこのアートは完成したのだ
え、違うの?
これは諸行無常を表現した侘寂の芸術じゃ!
え、こんな感じで良いなら私も出来るよ。えっ…えぇっ?ウン百ウン千万ほちぃです。
サイン入り便器みたいなこと今でもやってるんだ
造形物としての作品じゃなくて、アイデアとしての作品なんやろね。だからバナナは概念って言ってる
ひっくるめて芸術品としての価値は分からんけど、言いたいことはわからんでもない
腐る前に食った方がマシなのは確か
ウォーホルが缶詰書いた時もこんな反応だったんだろうな
公式パフォーマンスじゃなくてパフォーマンスと称して客が勝手に食っちゃったの?
ぜひ損害賠償してみてほしかったわ
法律が認めるかどうか見たかった
バナナは食べる物だから何もおかしくはないな!
こんなわけわからんインスタレーションがある一方、とても素晴らしい筆致で描かれた絵が実はAIがビッグデータ内の作品を元にそれっぽくまとめたのを3dプリントアウトしました、ボタン一個で明日までに1000種出せますとかがくる時代。果たして意味のないものはどこからがアートなのか…
千両ミカン
て古典落語を思い出した。
問題は アートとは何か? ではなく
値段がついている ということ。
バナナが腐っていくバージョンのこの作品も見てみたい
バナナを壁に貼り付けるほ以上の異常はない。
それに幸い、新しいバナナを張りつければいい。どうせ腐れば、代替品を置くのだから
アートでもなんでも、たった一人でも客がいればそれでいいんだよ
皆に認められる必要も意味も無い
ようはアートについて髪の毛一本分も理解できてないやつらがウジャウジャいて
分かったふりするためにガラクタやただの壁に貼り付けられた一本のバナナに1000万出すようなのが一杯いるよっていう
一種の自虐というか風刺アートだと思ったわ
その場で買い付けて食べるのならわかるが勝手に食べるのはコメディアン以前に人としてどうかと思う。たいして面白いわけでもないし迷惑インスタ蠅と変わらない。
バナナは食べられてこそ完成する
現代アートって庶民の頭上で金持ちのおっさん同士が見栄と権力の張り合いでわけわかんねーなって思ったけど
もしかしたら昔もこんな事が行われていたのかもしれないな。
芸術的価値が無いから美術史上に残ってないだけで
裸の王様って正にこういう話だったなと思う。
芸術ってのは頭の中にある思想・信仰の表現方法なのよね。必ずしも美しくないといけないわけじゃない。 そしてその表現方法・そこから伝わってくる思想の内容に「いいね」と思った人が、満足感を「金」という形で表現する。
個人的にこのアートは分からんがそれも良し。
現代アートなんて今じゃマネロンの道具ですしおすし
芸術って一体…
意味が分からなすぎて好き
こういうのがよくわからないって人はコンセプチュアルアートで調べてみるとわかりやすいかも(このバナナは極端だけど)
現代美術は実物を見たほうがおもしろいからみんな美術館行ってみてね
自分にはアートとかよく分からないけどこれをそれらしい理由をつけてアートだと言うアーティストも高値で売る美術館も買う人も色んな意味で凄いなあとしか
作品そのものじゃなくお気に入りのアーティストに投資・支援という感覚なんだろうか
形が残らない訳だし本当に買ったかどうかも分からないけど
食べられて壊されたとは言わないとか書いてる人いるけど、そりゃあ言わないでしょ
バナナなんてそこら中にあるんだから代わりなんていくらでもある
これにマネーゲームで高額な価値をつける人間と、つけられた価値に釣られて見にくる高尚ぶった人間を指して「コメディアン」という風刺なのかと思った
てなわけで、未だどこに価値を見出せばよいかわからぬままだった超高額アートは、パフォーマンスアートという芸術の名のもとに(皮以外は)余すことなく昇華され、その後の展示は次のバナナが引き継ぐことになった
「昇華」 と 「消化」を掛けてるんですかね?