この画像を大きなサイズで見る世界では、現在、人口の55パーセントが都市で暮らしており、2050年までにこの割合は68パーセントに上昇すると予測されている。
7割近い人たちが都市での生活を選ぼうというそんな時代、ここで都市計画に携わる人たちはある疑問に直面することになる。
さまざまな研究から健全なメンタルヘルスを保つには自然とのふれあいが大切という証拠が突きつけられている。うむ、それは結構。
だが、都市部の一部に緑地を設置する場合、効果が一番高いのはどういったタイプのものなのだろう?枝葉を茂らす大きな木を植えるべきなのか?青々と広がる草地を作るべきなのか?
健康効果が高いのは木か?草地か?
『JAMA Open Network』(7月26日付)に掲載された研究では、オーストラリア、ウーロンゴン大学の研究者が、これに関連する疑問に取り組んでいる。メンタルヘルスの健康に一番効果的な自然のある空間がどのようなものかはっきりさせようというのだ。
木々が立ち並ぶ公園、屋上の庭園、あるいは歩道に植えられた草花など、都市にだってさまざまな”緑”が存在する。
しかし、それぞれを設置し維持するためのコストは違うし、もしかしたら住人に与える健康効果にだって違いがあるかもしれない。ならば都市を計画する立場の人たちは一番コスパのいい緑を設置したいところだろう。
これを明らかにするために、研究チームは「樹冠(上から見たときに地面を覆うくらい枝葉が茂っている木)」「草地」「低木」の3種の緑のある空間を比較して、その健康への効果を調べることにした。
対象となったのはオーストラリアの都市に暮らす45歳以上の成人4万7000名だ。彼らに上記3種の緑のあるところに暮らしているかどうか、メンタルヘルス、全般的な健康について答えてもらい、その結果を分析した。なお、この調査は2回行われ、最初の調査から6年後に再度同じ質問がされている。
この画像を大きなサイズで見る大きな木は心理的ストレスを減らす
緑が近くにあることでうつ病や不安神経症の発症率に差があるかどうかについて、はっきりとした答えは出ていない。
しかし樹冠がたくさんあるほどに、心理的ストレスを受けることが減り、全般的な健康状態も良好になるらしいことが判明した。
具体的には樹冠とのふれあいが30パーセント以上になると、0~9パーセントの場合に比べて、心理的苦痛を経験している率が31パーセント低下した。また樹冠が近くにあると回答した人は、そこから1.6キロの範囲内に暮らしていた。
一方、低木の場合は、特に何らかの結果と一貫して結びついていることはなかった。
この画像を大きなサイズで見る草地の場合は効果がないどころか悪くなる人も
だが意外なことに、草地がある場合では、全般的な健康状態が「まあまあ」および「悪い」になる率が高まり、さらに「一般的な心理的苦痛」とも関連していることがわかった。
草地とのふれあいが30パーセント以上になると、一般的な心理的苦痛があると報告される率が71パーセント増加したのだ(年齢、性別、所得、経済的地位、婚姻状況、学歴で調整した結果)。
となると、草地はあまり精神衛生上好ましくないものにも思えてくる。
しかし、研究チームは、メンタルヘルスに影響を及ぼす他の要因が隠されている可能性もあり、性急に判断をしてはいけないと述べている。
そもそも、今回の研究はすべて自己申告に基づくものであるために、人のメンタルヘルスの複雑さを完全に解明できていない可能性があるということらしい。
この画像を大きなサイズで見る大きな木が草地よりも健康にいい理由
草地よりもきちんと枝葉を茂らせた大きな木のほうがメンタルヘルスに好ましい影響を与えるという結果については、一応の仮説が立てられている。
それは、そうした木がないと歩道の温度が上がるうえに、住人は騒音や大気汚染にもさらされやすくなるからというものだ。
また木々のほうが草地よりも複雑で刺激に富んでいるために、人を幸せな気持ちにさせやすいという研究も指摘されている。
いわゆる「森林浴」について調べた研究では、木々とのふれあいと健康とに関連があることを実証している。森の中で過ごすと、血圧、コルチゾール(ストレスホルモン)、心拍数の低下が見られるのだ。
この画像を大きなサイズで見るただし自然の健康効果にはさまざまな要素が関連
これまでの研究からは、自然が健康にいいという証拠が一貫して得られているが、同時にこれに関連するさまざまな要素も明らかになりつつある。
たとえば、6月に発表された研究では、自然から健康効果を得るために必要なふれあいの時間をはっきりと断定している――それは1週間で120分だ(まとめて過ごしても、少しずつ過ごしてもいい)。
今回の研究でも大きな木が望ましいという新しい要素が明らかになったわけだが、いずれにせよ自然が私たちの心の健康に大切ということは間違いない。だから、あまり難しく考えず、緑の中の時間を楽しめばいいのではないだろうか?
References:Association of Urban Green Space With Mental Health and General Health Among Adults in Australia/ written by hiroching / edited by parumo
















ヒートアイランドの抑止のためにも都市の緑化は重要
枝葉を茂らす大きな木を植えるべきなのか?青々と広がる草地を作るべきなのか?
↑
選ぶ必要があるのかしら?混在がいいなー。
※2
「上から見たときに地面を覆うくらい枝葉が茂っている木」
が植えられている状態だと、日照的に
「青々と広がる草地」と並立させることは
手入れがかなり難しいんじゃないかなぁ…?
仮に並存させたとしても、枝で視界が遮られていると
下草はあっても「広がる草地」って感じがしない。
※2
手入れされてない草地はごちゃとちゃした草で歩けないし
虫やらゴミやらのイメージもつく
手入れされた芝生は無機質なイメージももつ
絵になるような大草原なら歓迎だし遠目に見るには綺麗だけど
都会では大木のがよさそう
良く手入れされた芝生は生物的に砂漠と変わらんと言う話がある
※3
近所に市有地?なのかな、ほぼ空き地状態の土地があって
季節毎に多彩な植物が見られるのでその周辺を散歩するのが好きだったんだけど
数年前に全部根こそぎにしてなんとか広場みたいな公園になっちゃった。
なんの面白みもない芝生の広場になったら毎年来てたジョウビタキなんかの渡り鳥もめっきり見かけなくなったよ…。
>>3
どこまでも続いてると無機質な感じがする
森林のように包まれてる安心感がないからね
野生の名残でかくれるような環境が落ち着くのかも
都会の「緑地」はなんだか息苦しく感じたんだよな
いっそ無い方がいいっていうか
もともと猿だったからじゃないですかね、キキッw
>>5
草原は逃げ場がないけど、木の上ならまだ逃げ場ができるウホホッね
植物の気分が人に影響を及ぼすから、草地みたいに年中刈られてるところは最悪な気分をもたらすんだよ。
それが少しでも実証されて良かった。
早くみんなに植物の気分について知って欲しいと思う。
きれいな芝生だと殺虫剤やら除草剤やら撒かれてるし、草ぼうぼうのとこは蚊とかの虫がねー。
長らく緑の育った場所で生業をしてきた動物としては、
すみかであり材料であり食料であり、全てを提供してくれた存在に
安心を覚えるというのは、至極当然な気がする。
なかなかでかい木は維持が大変だったりもあるでの
落葉の問題、周りの建物への日照、災害時の倒木の危険。移植する手間と費用。
草地ってのは雑草が生い茂って手入れのされてない場合、虫やゴミの問題もある
アスファルトの代替品も検討してほしいや。アレはいかにも人工的なもの過ぎる
その土地の持つ自然環境との相関性はないのかなあ
日本だと湿度が高いのもあって「自然」な芝生や草地はほぼあり得なくて、雑木林や雑草ぼーぼーになる方が「自然」
育った環境で馴染みのある植生の方が癒しになりそうな気がする
都市で生まれ、都市で育ち、都市で働き、都市で死ぬ
その都市の中に自然があることは安らぐ
この安らぎを証明しようってのかい?野暮だよ
見晴らしのいい草原でストレスを受けてしまうのは
やはりヒトの祖先が樹上生活を行っていたサルだからなのか?
樹齢100年以上の木が自宅に植わっていたけど、近所に引っ越してきた人から枯葉が散るから切れと文句を言われて切らされた。あとから引っ越して近隣に文句を言う連中の気が知れん。
>>13
確認しないで越してきたそいつが悪いんじゃ
※13 まあ日本文化では先に住んでた人が強いけど、
断ることも、話し合って折衷案で行くことも
できたかも、と植物ズキは思ったり・・・
う~ん。古いハナシなんだがね。
日本でも都市部にプラタナスやイチョウを植えていた時代があったんだが、落ち葉で歩行者の転倒やクルマのスリップ、排水溝の詰まりが問題化して、結局、伐採されちゃったんだな。
満月マンとか頑張ってくれるとなんとかなるかな?
「自然」を感じるには、見上げる高さの樹木がほしいんだよな。
低木だけだと「広場」になっちゃう。
ビルの緑化でも、植木を目線より高い位置に配置すると自然っぽい感じが出ることがある。
これは建築の工夫の一つ。
自然と心の改善があると知って過ごすのと
なにも知らないで無関心の状態で自然にいるのでは
ストレス改善の心境的な効果が違ってくるよね
木が邪魔だって思っている方は
例いわば
食わず嫌い
邪魔な位置に置いてあればそれはそれで話は変わってくるけど
適した位置に植えてそれでも邪魔だと感じているならそれは意味を知らず嫌っている食わず嫌い
日立の「この木なんの木」が一番いいと思うわ。
見晴らしのいい草原に大きな木がある。
田んぼや河川敷もダメなんだろうか?
木が良い
公園があればな。特に日本はどこもかしこも道が黒いから気分が滅入る
草はあかん。近づいた時ズボンに触れると気分が滅入る
草木を増やしても、虫が増えるだけだぞ。
あと、オフィス街に木なんて乱立させたらセミが増えてめっちゃうるせぇぞ。あいつ等都市部でも普通にいるしな。
※24
去年は猛暑でアブラゼミすら鳴かなかったな…
もはや鳴いてるだけマシという状態だよ
>>24
窓を閉めきってるのにうるさいと思うなら窓が薄いんじゃないですかね…
古い神社に行くと巨木の並木とかあるね。あれはもの凄く気分がいい。鹿島神宮は素晴らしかった。
こういう調査が本格的にものをいうのは、人々がスペースコロニーとかに本格的に居住するようになってからだと思う。
そして、スペースコロニー住むことが当たり前になった時の人たちにとって、「自然」という概念はどういう意味を持つのかね?
※27
違う
今すぐ必要な情報だ
草地が悪化させるのが事実なら
すべての公園公共事業で草地をやめなければならない
害があることに税金を使っていることになるからな
※36 従来の林と草地、水場を組み合わせた公園なら
よくない?やっぱピクニックしてボール遊びもしたい
でしょう、子供連れの家族は。
ただし、ゴルフ場は農薬タップリの汚染地帯。
周囲の自然も破壊する、なんちゃってアウトドア。
高校の時、秋になると体育がマラソンだったんだけど、イチョウ並木の所を走るんだ。
銀杏が大量に落ちているのを踏まないように走るのは至難のワザだったわ~。
あの頃はちっとも癒されなかったよ。踏むと靴がクサイの臭くないのってもう。
正に、寄らば大樹の陰か
厳密な意味は違うが、ある意味納得できる
我が家では農薬も除草剤も使っていない、木の実とか野菜を作ってるけどほぼ虫とか鳥に食べられる、汚いとか気持ち悪いとかの気持ちもわかるが自然と付き合っていくにはこちらが大きく譲歩しないといけないと思う、時には蝶の羽化も見せてもらえるので満足しているが、家族は少し嫌そう。
間を取って竹林でどうだろう
>>33
竹の管理の方が大変
毎年筍掘りにいそしまないとどんどん根っこが伸びて広がってしまう
都市部で大きな木は地主さんの屋敷林くらい。
自分よりかなり年上な訳で、ほっとするのと同時に
なんだか尊敬しちゃうよ。
余裕のない心に、少しゆとりが生まれる。
切らずに保っている、所有者さんのおかげでもあるね。
秋になったら毛虫出るぞ
真夏は街路樹の木陰が都会のオアシスになってるのは間違いない
>>38
木の葉っぱを通った風は涼しいんだよね
ビルの影が涼しくない理由