この画像を大きなサイズで見る毎日のことなのに出勤前の身支度ってどうしてもバタバタしがちであり、特に女性はメイクをしたり髪をとかしたり・・・と気忙しい。
なんとかもっと簡単にならないものだろうか?とか思っていたわけだが、この動画を見たら私の身支度って超簡単じゃん!って思ったわけなんだ。
正確なファッションの歴史を美しい映像で伝えるべく活動しているクローズ・アイ・プロダクションが、18世紀の働く女性が身支度をする様子を映したデモンストレーション動画を公開していた。
これ毎朝しなきゃならないの!?とか、けっこうげんなりしちゃったんだけど慣れるもんなんだろうかどうなんだろうか。
18世紀の働く女性は重ねて重ねて重ねまくり!
まず、ベッドから起き上がって顔を洗い、膝上までの靴下と靴を履く。
ゆったりとしたワンピース(シフトドレス)は寝間着としても肌着としても使われていたらしく着たままだ。
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この画像を大きなサイズで見る次にバストを支える役割もあるコルセットをつける。ヒモを通して固定するみたいなんだがこの時点で「毎朝!?」って感じなんだけども。
しかし仕上がりまではまだまだ遠い。腰にポケット風バッグを巻き、ペチコート、ペチコート、スカーフ、ジャケット・・・と次から次へと着ていく女性。
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この画像を大きなサイズで見る髪をまとめて帽子をかぶり、さらにエプロン、グローブ、そしてコートをはおればやっと準備完了だ。
まだ重ねるの!?とうんざりするが寒さが厳しい冬場とかこれぐらい重ねなきゃ乗り越えられなかったのかな。
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この画像を大きなサイズで見るでも寝る前にまた脱ぐんだろ・・・身支度のこと考えたらもうそのまま寝たいわ。
この動画についてreddit民からは次のような声があがっていたよ。
reddit民の反応:
lilkidm23:
めっちゃ重ねるやん。freee:
服の枚数、多すぎない?_bobby_tables_:
かっこいい!特殊部隊に入れそう!nadmaximus:
たぶん服はもっと汚れていたと思うんだ。knuckalicious:
コートをはおると魔女っぽくなった。rondeline:
当時は空調がなかっただろうに、こんなに着込んでいたんだな。gaijin5:
神様、21世紀に生まれたことを感謝します!Patches67:
想像していたより実用的なファッションだった。kunjungitoko:
準備に時間がかかるし、急ぎの用事があるとき困るね。CrownRabbit:
これはうらやましくない。
なおクローズ・アイ・プロダクションはレディ・リーヴァー美術館から依頼を受けて、18世紀の裕福な女性がドレスを着るデモンストレーション動画も制作している。
References:YouTube / Laughing squid / redditなど / written by usagi / edited by parumo














人類が暖房を生み出した理由である
ファスナーもボタンもない、もちろんゴムなんてない。
ひたすら紐でしばって着ていくしかない。
服飾の進化に感謝しかないですね。
当時でもボタンはあったと思うけど女性服には使われてないんだね。
ポケットが無いのも衝撃でした。
紐でしばって着るのは和服の着付けを連想しました。
当時の女性(西洋も日本も)を尊敬します。
※2
ポケットは確か規制されてたんじゃなかったかな
一時期はポケットあったんだけど
如何にしてポケットを多く付けるか競争みたいになったから
ポケット禁止令が出てたと思う
当時の職も過酷で例えば紡績関係だと12時間や14時間は当たり前
綿肺症やら粉塵爆発におびえないと相当ヤバイ
マッチ工なんて燐顎という病気や、一言話すだけで給料その日
カットなんて今のブラックのほうがまだかわいいレベル
そりゃ女性らも半端でなく根性つくはずだ
此れは、彼氏にとっては嬉しいサプライズだなw
富裕層の女性の装いは、お尻周りの膨らみって帯枕みたいなの使ってたんだ。
布がたっぷりしていて可愛い。
面倒くささは確かにあるが、実用的なのは確かだな
ひえぇ・・・トイレ行くのめっちゃ大変じゃん・・・
※7
ヨーロッパではトイレという部屋がなくて、おまるにしてたんだよね。日本では十二単でどうやってトイレに行ってたんだろう?ドレスより大変そう
※47
十二単着てた人もオマル使ってたよ
※47おまるッス。T字棒がおまる後方にあって、長い重ね着の裾をそこに掛け、用を足してたみたいです。
お気づきでしょうか、西洋どっちもパンツない時代だから裾めくったらお尻出せるんだぜ!(自分ひとりで楽にめくれるとは言ってない)
ピンで留めてるのが怖い
日本の着物も、特に帯とか結構手間のかかるものだと思ってたけど、その比じゃなかった。
特にお嬢様Verのコルセットなんて背中側で紐通してるし、使用人にやってもらう事前提なのね・・・
パニエにヒップパッドになんか胸から長い棒とか入れてるし、現代以上にオシャレの為に無理してた時代なんだな
ボタンもファスナーもまだ無いから着るのも脱ぐのも面倒くさそう…
女性の身支度に時間がかかるのは時代を問わないな
着物の着付け思い出した
一式着付けると何枚も何枚も着て(巻き付けて)紐で巻いて紐で括っての繰り返し
やっぱ昔の服はひたすら紐でくくったんだなあ
興味深い
それぞれのパーツのルーツとか知りたくなるね
ファスナー(ジッパー)、マジックテープ、スナップボタン、ゴム糸、伸縮性のある合成繊維を発明した人たちは偉かった。これらの人々のおかげで今のワタシたちが服を着る時間はとても短くて済むようになった。
大草原の小さな家シリーズ(原作の方)で、ローラやアルマンゾの母さんや姉さんが、
コルセット締めたりクリノリンのでっかいスカート履いたまま家事普通にやってて、
よくそんな舞台女優みたいな格好でやれるなって驚いたけど、
考えてみれば当時はこれが普通なんだよね…凄えないろんな意味で
「エマ」の森薫が喜びそうな動画だなあ
18世紀なら地球全体が結構寒かっただろうから厚着になるのも仕方ない
あと宗教の影響から貧乳こそ正義な時代でもあったからコルセットでぺったんこに締め付けてたんだよね
ドレスってパーツを組み合わせて作るんだね。面白かった。
まだ18世紀はいいほう もっと前は下着は縫ってあったが ほとんどのドレスはピンで留めるだけ。そのころ布地は高価なものだったから同じ布地をサイズが変わっても使える。何百本ものピンを使うので貴婦人だとドレス着用に5時間もかかることもあった。エリザベス女王の肖像に見られるようなチューダー朝の襞の重なった襟も糊の利いた細長い布にアイロンをかけて200本のピンで襟に留めたもの ピンは体にちくちくする位置のものもあり 貴婦人たちも美しい衣装のもとで苦痛に耐えていたわけだ。
女性をコルセットから解放したというココ・シャネルって
本当に偉大な人だったんだなぁ
こりゃ大変だなぁ、ここから更に朝食も作ったりするわけだし、ホント昔の人は大変だ
なんというか、今の服と違ってパーツごとバラバラになってるって感じなのね
重ね着をする事で空気の層を作って断熱効果を保っていたんだろうな
和服もそうだけど昔の服って着たり脱いだりにホント手間が掛かる
侍女の物語だっけ?アレみたいだな
これを脱がせる男性方はさぞ苦労したことであろう。
こういう動画は資料性が高くてありがたい(絵描き並感
モデルが美人なのが良いね
モデルさん美っじーん。(「足太っ!」はNGワードだからね!!)
これは面白い
めんどくさすぎてやりたくないけど見てる分には奇麗なファッションだな
洋の東西は異なるけど、着物の着付けと通ずるものを感じた。コルセットは帯板だ…
あと、ストマッカーって本当に胃のあたりを抑えてるからストマッカーって言うんだね…って思った。
※31
ところがどっこい、帯板っていうのはね
江戸時代までは存在せず、明治時代に出来た新しい小道具なのよ。
それも、戦前ぐらいまでは、式服はともかく
日常着として和装で生活している人は
そんなもん使ってないって人も多かった。
衿芯を入れて、胸に補整布を入れて、
お端折りは薄く一枚のみでピシッと一直線に整えて、
帯も一切のたるみ・歪みは許さない…みたいな
「お人形さんかよ」って感じの現代着付けは、
和服が普段着から離れて特別な日のコスプレ化するほど進んだ。
明治前半あたりだと、お正月や結婚式なんかの
行事で気合い入れて盛装した集合写真でも、
皆 結構「もこっ」「だるん」とした布の質感で映ってる。
18世紀の西洋女性に着物の着付け(袴付き)を見せたら、あらほどんど同じね。って思いそう。
エアコンという文明の利器に感謝、だなぁ…
上流階級だと、細身だと(当時はある程度ふっくらしてることが美人の条件)胸や腰などにパッド(大変良くできていて偽物とは思えない感触だったらしい)も詰めるからなお手間がかかったとか。
当時ロマンスに及ぶとき、男性はきちんと脱がしたり、着せたりできたか気になる。
かわいい服で好きだけど、こんなに面倒なんだw
ボタン代わりの針にもびっくり
暖かい季節にはペチコートが減ったりするんだろうか
マントが赤ずきんちゃんみたい。可愛い
胸のとこに長い棒を入れるのって、どういう効果があるんだろう?
※37コルセットでつくるウェスト~胸元の真っ直ぐシルエットをより直線的に整えられます。棒の材質は時代と裕福さによって変わりますが、金属製であることが多いです。
補正力を上げるだけでなく、当時衣服と同じくそうそう替えがなかったコルセットの寿命を延ばす効果も多少は期待出来たかと。
※37
多分、パニエやらポケットやらペチコートがずり落ちないように引っ掛ける棒
なかなか始まらないベッドシーンだったんだな
※38
「ふっ、どうやら私の本気を見せる時が来た様ね」
ドサ、ドサ、ズサ、
「お前、今迄こんな重い物を付けて戦っていたのか」
「遠慮は要らないわ、掛かって来なさい」
「(勝てる気がしねぇ)」
という事ですね。
※72女房衣装ぶん投げて賊を引っ捕らえる時代劇見たいぞ!「この檜扇は悪を見逃さぬ」で投げた衣装肩に引っかけ直して、優雅に和歌詠んで〆るの。
※38 ※83
着物でもそうだけど、
全脱ぎしなくても目的さえ果たせばいいなら
布が何枚あろうがガバッとめくっちゃえばアクセスはすぐよ。
ドロワーズが普及する以前で
ペチコート(腰巻)のみだった頃はもとより、
ドロワーズも初期は排泄用に股割れになっていたし。
和服👘の方が着るの簡単で
着心地も楽に思えてきたよ…
日本にも十二単という文化があるじゃない。wikiみたら20kgあるとか書いてあるぞ信じられんな。
※40 ※59
つっても、その8kgだの20kgだの着て歩く訳じゃないからな。
そのまま重みが着てる女性の身体に掛かってくる訳じゃない。
十二単の女房は、わりとずっと室内で座って過ごしたり
移動するにしても、足の裏では立ち上がらず膝行する。
床に逃げる重みの割合も結構ある。※57が言ってるように、
中の人がいなくても衣裳だけで自立できる構造だし。
鎧武者の甲冑とは単純にキロ数だけで比較できない。
※75平安期の膝行は膝移動じゃないですよ。剣道の蹲踞に近い。当時スピーディーな動きをあの衣装を着る人にはまったく要求していなかったから、あれでいけたんでしょう。
少なくとも私は裳唐衣の女房衣装体験時すぐにへたりこんでしまったし、膝ばい移動さえ無理でした……。
床に支えて貰ってる感覚もないですね。むしろ私が床になりそうだった。
着るきれいで案外硬いかまくら、重さの感覚はそんな感じでした。
あれ自立(正確には座った形で衣装が立ちます)するの、重ねることによって布地同士の摩擦力で一体化して強化されるからであって、人体を支える仕組みが隠されてるからじゃないんです。
あれを着る女房は幼児期から重い衣装つける身分の人々で、ひょろい現代人の私より重さに慣れはあっただろうとはいえ、肉体労働しない人々だから毎日やれた衣装だと実感こもりましたわ……。
めっちゃキレイですけれども。
あと、貴族の威厳財力誇示のほか、その場の序列を見てとれる表示、季節のインテリア、掛布団でもあったんで……(衣装、とは)。
むしろ当時の人々はのんびりした女房の(当人は筋肉使ってますが速度は出まい)動きに雅と高貴を見た、のかも。
戦場で命のやり取りする武者の鎧とは用途が真逆、そしてそれでも鎧も十二単も重い!
材質と技術の発展ばんざーい!の一言ですよね。
これじゃあ簡単には浮気できんな。
コルセットから解放したココ・シャネルの偉大さよ
プリンセスラインを強調するディオールに批判的だったと読んだ事があるが、この動画を見れば、デザインだけの問題じゃ無かったんだな
十二単を出してる人がいるけどさw
十二単で紡績作業できるとでも思ってんのかねw
映画か何かで閨に夜伽に入るのに、おつきの人が一緒に入って服を脱がせる描写見てないわーと思ってたけど
おつきの人がやらないと着るのも脱ぐのも無理なのね
特権階級の贅沢の為だけの描写だと思ってたけど、ちゃんと理由あったんだ
昔の絵に描かれている人の服って、こうやって着ていたんですね。
ふくよかな人ばかりだったわけじゃなくて、この服を着るとみんなふくよかに見える、と。
ココシャネルに敬意と感謝を!
当時の場合、全部脱いで事に及ぶことは少なかったみたい。
部分的に露出できれば可能なわけですしね。
これだけ巻いたり縛ったりしてると血流にも良くなさそうだね
スカートの下にポケットはちょっといいな。
ブラジャーが発明されてないからコルセットはなかったらなかったで困りそう
十二単の20キロは、あくまで現代の品種の蚕から取れた絹糸で作った場合だぞ
皇室で作られてる小石丸みたいな、当時に近い蚕と比べると今のは段違いに糸が太いのよ
太いってことは同じ長さでもそれだけ重くなる
だから正装はともかく、普段着くらいなら当時のだと重くても8キロくらいなんだとさ
※51うん、女房衣装(裳唐衣)体験した時14キロあって身動き取れなかったから8キロなら楽勝…って、やっぱりめっちゃキレイだけど重いよー。めっちゃキレイだけど(大事なことだから二度)
みんなにも伝えたい!光源氏は空蝉で脱ぎ捨てた衣装を目当ての女性入りと勘違いして口説くけど、マジであの衣装、脱いでも人が着てる形でしっかり自立するんだよ!テキトーに衣装から脱出してもそうなの。光源氏無罪。
ひとり分の女房衣装が座ってるだけの絵面でさえあまりに壮麗で、女房居並ぶ宮廷が当時の人々にどれだけ威厳をもって映ったかも実感できた気がした。
重くてもそれだけの意義が当時の人々には存在してたんだなあ、って。
衣装の重みを多方向から味わえたいい体験でした。
……西洋でも、空蝉と同じようなウッカリエピソードってあるのかな?記事みたいにパーツごと着脱だと難しいのかなあ(´・c_・`)
近代のファッションがのきなみ、伝統的な女性観の変革をテーマに掲げてきた理由がわかる動画だな。
※57
楽勝ったって、8kgはすごいわ。
戦国時代の武将の鎧が、首から下が平均で10kgないくらいということを考えれば、どんだけ重いねんってなるよね。
※59いやーでも調べたらクリノリン発明前のドレスもなかなか重かったみたいですし。
そっちも体験できたらノブレス・オブリージュの意味が変わって感じられそうです。
カーディガンみたいなのの前はピンで止めてるのかな?
ボタンってすごい発明だったんだねえ
着付け済みな絵や文字資料のみだとわからんかった部分が色々おもしろかったー
※52 ※60
ボタンは一応13~14世紀にはあった
この時代だと紳士服に主に使われてると思う
※52 ※60
ボタンの発想自体はそこまで大した事ないけど
(古代どころか石器時代でも似たような毛皮留めはあった)、
そんな小さい縫いつけ穴が開いたパーツを
割れにくい丈夫な素材で、でも手速く安価に加工して
大量生産するという「技術」が、
産業革命まではなかなか確立しなかったんだよ。
中近世のボタンはブローチのような装飾品で、
おいそれと肌着なんかに何個も使える代物じゃなかった。
※81
なるほど、ボタンは装飾品だったのね。
アーミッシュの人たちがボタンのない・少ない服を着る理由がやっとわかりました。
記事だけでなく、コメントのほうでも勉強になるなぁ
※87
はえー勉強になるなぁ
妊娠中でも取るわけにいかないのって昔の人には当たり前かもしれないけど現代じゃ罰ゲームかと思ってしまうわ
相当無理してないと出来なそう
シャネルは本当に凄い
男性用下着に使われてたジャージ素材を婦人服に取り入れたり
女性のパンツルックを広めたりパジャマスタイルを作ったりしてる
当時はタブーとされた今でこそ当たり前のスタイルを確立させた
女性を解放したって言われてるけど本当にそう思う
ありがとう!シャネル
紐の多用には擦りきれても余り布ですぐ同じものが自分で安価に用意できる、仕立てたサイズの人以外が着るときサイズ調整が可能、という大量生産大量流通・共通規格なんて存在しない時代背景も。
いちいち手で縫って(下手すると布地の織り糸から)作ってた時代なので、亡くなった叔母さんの普段着セットを若い自分が相続して着る、新品作る余裕ないから多少サイズ合わない古着を買う、なんてことがよくあった時代でもあり、仕立てた後でサイズ調整できることはたいへんな強みだったかと。
ボタンがなかなか庶民の普段着へ普及しなかった理由のひとつに、職人がそれぞれ作るものだから共通規格がなく、安定した量が市場に出回るわけでもない。だから1つなくすとそのボタンホールに合うサイズがなかなか入手できず、その衣服がその間使えなくなるってのがありました。いちいち職人に特注できる人はまだいいんだけど、庶民の普段着には使いづらい。
実は日本の着物も似た理由でほんの数十年前まで普段着に愛用されてたんですよね。ミシンの一般普及、既製服の大量流通って結構最近までなかったんです。田舎だとなおさら。
服着たいからって気軽に買いに行っても売り場に安くたくさん売ってないから、和裁洋裁から覚えなくちゃいけなかった。
私のおばあちゃんも売ってないんで和洋の子供服を1枚1枚手縫いして子育てしたクチで、現代の子供服売り場と紙オムツ売り場を大絶賛しておりました。汚したら丸ごと洗ってやりたいのに替えもそうない洗濯機ないで大変だった、今はいい!と。
布地も選択肢少なかったなあ、とスウェットびよんびよんしながら。
亡くなったおばあちゃんとともに、Tシャツスウェットゴムウェスト、買いに行ったら安くそこにある、ばんざーい!(楽さは文明だ!)
作る人も幸せに暮らせる時代をつくるのが私たちの課題。
ワンピース型のドレスを着て、ウエストだけコルセットで締めるんだとばかり思ってたら、とんでもない手間暇かかったお着替えシーン…。
この時代にタイムスリップできたら、真っ先に仕立て屋に乗り込んでボタンと安全ピンの作り方を教えたいわ…。
コメ欄にシャネルの話がでてポール・ポワレの話が出てこないあたりがなんとも……。
現代生き残ってるブランドとしてはシャネルの方が知名度が高いのはわかるけど、
同時代の中で「競り負けた偉人」というのもきちんと評価してほしい。
(エジソンに対するニコラ・テスラのように)
※61
勉強になりました、ありがとう
※61
ココ・シャネルと同時代のデザイナーをあげるなら、こちらも今ではいささか無名だけどエルザ・スキャパレリも外してはいかんよね。
ココ・シャネルのシンプルなシルエットもエルザ・スキャパレリの華やかな色彩感覚も、それぞれ現代のファッションの基礎になってる気がするし、どちらも、動画にあるような古い時代の服からの質的な脱却につながったんだろう。
靴紐のあるスニーカーですら履くのめんどくさいと思う私には無理だ…
お人形にお姫様みたいなドレスを作りたくてドレスの画像を見たりしてたんだけど、
イマイチ構造がよくわからなかったのが、動画を見て目から鱗!
胸当てパーツとガウンが別々だったとは!
勉強になりました
それにしても、いろいろなパーツを留めるのにピンを使っているなんて、
動き回るのにも危ないし、落っことしてしまいそうだし、
当時は大変だったのね
これから合戦にでも行く鎧武者の様だな
スカートの下にウエストポーチみたいなポケット着けてたのは知っていたけどどうやって物の出し入れするの?まさかスカートめくって?
と思ってたらスカートが袴みたいに前後に分かれてたのね
あと伸縮素材無いとソックスガーターってまんまリボンでくくることになるのか
図解ではわかりにくい所がよくわかる動画だ
池田利代子の漫画『女帝エカテリーナ』で、結婚式翌日の慶賀の場面で、エカテリーナの美しさに嫉妬した女帝エリザベートがエカテリーナのドレスにいちゃもん付けて着替えさせるという一幕があった。
動画でドレスの着付けが大変なのか知って、もしそんなシーンが現実にあったとしたら、客人たちはいったいどれほど、その着替えに待たされていたのだろうと思ってしまった。
そうそう自由に動けない重たいドレスを着て宮中の自室に戻り、ドレスの飾りをとって、パーツを1つ1つ外していって、次のドレスを着こみ、仕上げの飾りをつけて、そしてまた広間に戻る…現代の結婚式のお色直しでさえ1時間近くかかることがあるのだから、当時ならどんなに短く見積もっても2時間はかかったんでないだろうか?
これ、誤って水に落ちたら絶対泳げないわ
はえーシャネルってすっごい偉人だったんすねぇ
香水とたっかいカバンのイメージしかなかったヨ
今の感覚だと昔の服は重くて大変だけど、貴族階級は置いといて、平民レベルだと日常の運動強度が半端ないから昔の女性って現代の何もしてない男より体力筋力あるからなあ
もちろん昔の男性は更にその女性達の上
現代でも農業してる女性とかすごいしね
でも着付けにかかった時間が短縮された分、化粧の時間が増えてプラマイゼロになった気がしなくもない現代
※76
化粧の時間も減ってるはず
昔の人の場合、化粧品を作るところから自分でやらなきゃいけないから
ここ最近で一番面白い記事だった
普段お腹締める衣装着てたって妊娠した時とかどうするんだろう
調べても腰痛対策とかばっかり出てくる
※80コルセットには妊婦用がありました。妊娠時でもコルセット締めてる方が良いとされてましたし、社会道徳取っ払っても子供時代からずっとコルセットで腹部締めてきた身体はコルセットなしには胴体の筋力が足りず、筋力補助(母子の健康にいい訳ではない)の効果があったようです。現代人からするとそんなに締めんでも……な話ですが。
和装の帯は締める位置を上へずらし(普段胸より下、横から見てPの平たい部分、腰骨にかかるかかからないくらいの位置に巻くが、妊娠時B←のくぼみと下の膨らみあたりに両端がくる)て巻き、腰ひもをお腹の下で締めることで対応してた、らしいです。
一回やってみたけど、礼装に対応させるレベルにきっちり着付けるにはかなり経験値がいりそうだった。襟元はだけるのと帯が短くなって帯結び限られるのを気にしないなら、出たお腹の下を支えるみたいに巻いちゃうのが一番楽に着れたなあ。
※80
ヴィクトリア朝あたりの英国では、
そもそも妊娠自体が人前で大っぴらにせず隠すべき事
という感覚があったらしくて、
可能な限りマタニティーコルセットで腹を小さく見せた
と聞いたことがある。
※97そうそう、妊娠出産は妻の役割として期待されてたのに妊娠判明で女友達にさえはっきり告げずに家に籠るのがヴィクトリア朝淑女のマナーとか、知るとカルチャーショックだよね。
さらに産み月近づくと産室に監禁状態(イギリス)とかも書かれてたけど、あれマジなんだろうか?
暴行されないための防備
服というよりもはや
紐のついた布を一枚一枚自分の身体に合わせて結びつけて、
毎朝服を作ってるようなものだね 辛そう…
全部端切れにして、どてらみたいなのを仕立てて楽に暖をとるっていうのは駄目だったのかな?
中流~下流層もみんなオシャレじゃないと村八分とか?
※84
それ、女子校生が制服スカートの下にジャージはくようなもんだと思う
健康を考えれば機能的にはすぐれているけどマナーとして許されない
やってるのは浮浪者ぐらい、っていう
※89
※75が言ってるのは室内移動だと思われます
母屋の中心で女主人のまわりにずらっと座ったり寝たりしてる女房だちが
ちょっと位置変えたり、端近へ出たりする時のやつ
母屋から母屋へ打橋渡って移動するならそりゃ立たなきゃいけませんが
※91いやあの、私も室内移動の話してたんですが。女房は基本室内労働者で、室内移動で膝行してたらしいって話で、名前は膝行ですが動きは剣道の蹲踞に近い動きをしていて、その動きだと足裏使うと。
※84衣服と髪型が身分証明書の意味を持ってた時代、けっこう長いんですよ。身分(それに加えて立場と年齢)で推奨されるスタイルがしっかりあり、そこを大幅に越えるのはアウト。身分証明書の偽装みたいな扱い受けます。
現代人からすると奇っ怪でめんどくさい話です。
※84
多分だけど、毎日着ていると
「この位置」って所に折れ目やピンの跡が目印ついていて、
私たちがハタから見て「うわぁ…大変そう」と思うよりは
もうちょっとパパッと組み立てられたんじゃないかな?
一時期、ほぼ毎日のように着物で生活していた経験があるけど、
そうなれば布が収まるべき位置でなんとなく癖が付くのと
無意識に手も動きの幅を覚えてくるのとで、着慣れた物は
初めて袖を通す新品よりだいぶスムーズに手早く整えられた。
うちの叔母は毎日着物着る。毎日のことだから苦とかしんどいとかはないんだって。
イスラム教の女性が被るスカーフも、普通の待ち針で留めてたわ。
顎の下もまち針やから、ビビった。私がこれ被ったら違和感ありまくりで、首が動かせなくて、首の筋肉痛になって寝込んだ思い出があるwww
全身真っ黒のイスラム教の女性は紐付きスカート履いて、上からバサッと被って。紐と待ち針で留め留め。動いても外れないから、妙に感心したわ。ちなみに黒装束の下はカジュアルな格好だったりする。黒装束は着やすく改造してる人もいたw
この記事はコメ欄込みで お勉強回だねぇ
皆様の豊富な知識に脱帽です
いろんな衣装にチャレンジしてる人が多くて
羨ましいわぁ
この動画に出ているのはメイドさんとか勤めてる女性だから、主婦や農婦みたいに家で働いてる人はまた違うかも?
当時は歩けなくなったら終了だったみたいやね
※102
当時はっていうか、昭和末期ぐらいの日本でも
「寝付いたら三月(みつき)」と言われていたぞ。
実際、うちの曾祖母も70代半ばぐらいで
起きれなくなってからは半年未満で「老衰」した。
今ほど寝たきり老人で長期間生きる人って多くなかったと思う。
というか、今でも、長期寝たきりの人もいるけど
転んで脚や腰を骨折 → 療養のまま筋力弱って立てなくなる
→ 寝たきりで痴呆も併発 → 1~2年のうちに衰弱死
みたいなコースを辿る人は少なくない。
だから傷病でもなるべく寝たきりにさせないケアって大事。
現在も化粧に何十分もかけてるし、必要ならする、必要で無いならしないの違いでしかないなぁ。
わけのわからん風習なら現代ですら山のようにあるから。
春のリクルートスーツ集団とか。
集団になると何かしら(必要でないことも)ルールを作りたくなるのが人間なのね。慣例とか集団心理とかいうやつ。
学校ルールなんか半分くらいわけわからん、無くてもやっていけるやつばっかり。
こんなゴスロリってあるのかなとふと疑問
紐で着付ける着物を習ってたんだけど
先生の「まずは必ず足袋から。着付けてからでは絶対に履けません」を思い出した
この動画でも靴下と靴から履いてるね
着物の方が楽そう。
現代よりもっとずっと寒いんじゃ仕方ないよね
良い時代になったなー