この画像を大きなサイズで見る1958年、日本で誕生したホンダの小型オートバイ、「スーパーカブ」は、翌年アメリカに進出した。カリフォルニア州ロサンゼルスに「アメリカン・ホンダ・モーター」を設立し大ヒットを収めることとなる。
当時アメリカでは移動手段として一般的なのは自動車であり、バイクの市場は極々小さかった。また、バイクはアウトローの乗り物として悪いイメージが定着していた為、最初は苦戦し、設立後最初の月に売れたのはたった8台だったという。
だが、アメリカン・ホンダの社員がスーパーカブ(HONDA50:CA100)を通勤用に使用していたところそのキュートな外観が人目を引くようになり、それから学生の通勤用として徐々に普及し始めた。
1961年には多額の広告費を投じて、「ナイセスト・ピープル・キャンペーン」を展開。コンパクトでパワフルなスーパーカブは、1965年にはアメリカのオートバイの市場をほぼ独占したという。
これらのポスターは、「ナイセスト・ピープル・キャンペーン」の一環として、1961年より作られていたものである。
キャッチコピーは「YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA」で、そのターゲットは一般家庭の家族や主婦、親子などである。
このキャンペーン効果により、1961年のスーパーカブ(HONDA50:CA100)の年間販売台数は8万4000台を記録、さらに1965年には26万8000台も売り上げたという。
この功績により、ホンダはアメリカのオートバイのイメージ向上にも貢献し、その認知度と社会的評価を高めていった。
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この画像を大きなサイズで見る1964年、当時アメリカで大人気だったサーフ・ロック・グループ「ザ・ビーチ・ボーイズ」が、スーパーカブを走らせる楽しさを歌った「リトル・ホンダ」という曲を制作し、アルバム「オール・サマー・ロング」に収録した。
実はこの曲、ホンダとタイアップ契約を結んだわけでなく、ザ・ビーチ・ボーイズが勝手に作ったものだという。
スーパーカブはモデルチェンジを繰り返し続け今も現役だ。2012年で日本国内での生産終了を発表したもののアベノミクス効果による円安を受けて方針転換。2017年(平成29年)には、再び全モデルが同社熊本製作所での継続生産となった。
















リトルホンダって曲はサッカーの本田は知ってるんだろうか
それとも偶然?
カブは燃費が良すぎてアメリカ向けじゃないな
ハンターカブ大好き。シュッとしてて格好いいよね
ノスタルジー云々の前に、ノーヘル2ケツかぁと思った・・・
※4
※6
日本では1986年から原付を含むすべてのオートバイにヘルメットが義務化されたそうな。
それまでは違反じゃなかった。
アメリカではスーパーカブの後にホンダ・ダックスがヒットして町乗り用の小型バイクの地位が確立された。
当時はノーヘルが普通だったのか
日本のと違うの?色がおしゃれなのかな?と思ったけど、郵便屋さんのと一緒だし。乗る人の違いだね。
初代カブ(C100)を彷彿させる新型C125の発売はまだか。
デジタルメータやLEDヘッドライトを装備したすごい奴。
50手前のおっさんだけど、子供の頃はノーヘルが合法だったな
中学辺りでヘルメット義務付けられて、俺らが免許取るときはノーヘル禁止かよ面倒くせえなあって雰囲気になった覚えがあるわ
自分はそれより、ビーチボーイズの頃からプロモーションビデオがあったのが驚き
ヘルメットをかぶってないから なんかドキドキする。
むこうは、原付なんて自転車みたいなもんで、免許もヘルメットも、バックミラーすらいらねーから。すっきりしてるよね。
ワイも最初に乗ったのがカブ90やった
いいよね、二人乗りも楽やし楽しい
郵便ですよー
ついこの間、全世界での通算販売台数が1億台を越えたそうで…そのうちの1台が実家の納屋で眠ってます。
ちなみに巷間言われている「エンジンオイル代わりにサラダオイル入れても走る」というのはホントの話だそうですが、恒常的に使うとエンジンの劣化も早まるのでやらない方が吉。
♪ホンダホンダゴーファスタファスターリルホンダホンダ……(裏声)
「ナイセスト」っていう単語をみると『えの素』の「ペ○セスト」を思い出してしまふw
燃費100km/Lはヤバい
スーパーカブが発売される前、アメリカのバイク販売台数は年間6万台しかなかった。
カブも一時海外生産になったら途端に性能や寿命が短くなり
国産中古カブの値段が急激に上がった
カブって最後に残った本田宗一郎の心かもしれない
カブは丈夫だとかオイルなくても平気とかいうのは嘘だからな
ちゃんとメンテナンスするかどうかで寿命が段違いだから
あとメンテナンスも分解のコツを知らないと壊すこともある
バイクにワルのイメージがあった頃の標準的デザインってどんなのだったんだろう。
これは形や色がなんだか朗らかで受け入れられたのも分かるな。
ノーマン・ロックウェルの作品の中から飛び出してきたようだ
※23
思った。
60年代のアメリカのポスター最高!いい記事ですね。
一番上のイラストのポスターはSNSで見たことがあるけどおしゃれだよなあ
他の写真のも良いなあ
※25
日本でも、改造カブの雑誌もあるよ
色を変えたり、パーツ変えたりいろいろやってる人も多い
新聞配達のバイトで乗ったけど
いいバイクだったよ–
今私はビックスクーター乗ってるけど、カブの方が楽しかったし乗りやすい
ただ、乗ってる人が出前の配達か新聞や郵便屋さんしかいないから
乗ってて恥ずかしかった
中身そのままで外見を変えてほしい
※26
宗一郎が「蕎麦屋の出前持ちでも運転しやすいバイクを作れ」って言って
それで生まれたのがスーパーカブですから
※41
世界中何処を探しても
「ロータリーシフト」を市販化させたメーカーは
ホンダだけ、ですからね(笑)
※26
見た目変えたい?
スーパーカブは世界一カスタムパーツが多いバイクさ!
そして構造がシンプルなだけに、無いパーツは作ることも出来るのさ!
「スーパーカブ カスタム」で検索ぅ!!
ノーヘルで乗れるの、良いなあ。
保険が利かず死んでも自己責任で良いから、日本も原付はノーヘルOKにして欲しい。
初二輪が近所のオッサンがくれた廃車寸前のカブだった(すぐにどうしようもなくなって廃車になった)。丸目の国産カブが復活するんで物欲が沸いてる。
結局カブとかハイエースとかが良い意味で「日本らしい」製品な気がするなあ。
映画でも学生が乗って通学するシーンがあったりするよね
郵便局の駐輪場の隅っこで半ば死んでた初期型の
ハンターカブタイプのフロントフォークが着いた
120ccのカブを偶然にも頂ける事になって喜んで
引き取りに行った事があります。結果的にメチャお金が掛かったけどマニアっぽい人にはメチャ受けます(笑)
オリジナルの部品を探しに東北、北海道まで行ったり
(雪国の郵便局でよく使用されていたので)して楽しかったなぁ(笑)郵便局オリジナルのサドルバッグをプレゼントされたり、
カブ用タイヤチェーンというマニア垂涎の品も有ります(笑)
現在でもたまに乗ってますけど、見慣れないバイクだけに結構注目されますね。
日本には名車と言われるバイクは数々あれど、
1台だけ選ぶとなると、間違いなくスーパーカブになると思う。
ベトナム住んでるけど、30年前のスーパーカブをフルカスタムしてもらって乗ってるよ
周りは最新のバイクだらけだけど、自分のカブが一番美しいと思ってる
祖父が乗ってたのに憧れてスーパーカブを選んでからもう20年近くお世話になってます。
郵便局を勤め上げたおじさんから郵政とホンダが一緒に郵便カブを改良し続け作り上げた話を聞いたり、ホンダのバイク屋さん達のカブに対する愛情を知るたびに世界で一番素敵なバイクだと思います。
全部国産工場に戻してくれたホンダの英断に拍手と感謝。おかえり!スーパーカブ!
スーパーカブ、国内生産再開したの知らなかった…orz
ヤバい、めちゃくちゃ欲しいw
スーパーカブに乗りたかったのに海外生産になって性能から何から落ちたと聞いた時はがっかりしてたから余計に嬉しいなぁ。
アニメ「魔法使いサリー」は原案では魔法使いサニーで日産「サニー」の商標登録と被るから日産側からクレームが来て変えたのは有名な話だが
サリーの弟の名前が「カブ」のままということは本田とは揉めなかったんだなと推察できるな。
※36
そういえば思いっきり車の名前をキャラ名に使いまくってた
レイアースってよく放送できたな
スーパーカブは偉大。このバイクがどれだけ世界の二輪市場に多大な影響を与えたか。
向こうのカブはカラフルだったんだね。
ツートンカラーがめちゃくちゃ良い
ノーヘルについてコメしようかと思ったら、すでにいっぱい…
Do you have a HONDA? トゥディとかいう車にモトコンポがほしい
可愛らしいけど耐久性ガチガチの化け物バイクのイメージが強い
カブと言ったら水どう。
カブってチープな下駄バイクってイメージが先にきがちだけど、基本的なデザインはヨーロピアンな雰囲気を可愛くまとめたオサレバイクなんだよなあ。
生産を日本に戻したのは円安だけじゃない。日本生産続けてたリトルカブは大して高く無かったからね。中国政府の方針で突然都市部で電動バイク以外が禁止になるチャイナリスクに遭遇したり、壊れなさが売りだったカブに故障が頻発しだしたりと中国は生産拠点としても市場としても問題があったんだよ。