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南北戦争時代の潜水艇「H. L. ハンリー」の乗組員全員死亡の謎が153年後の今、あきらかに(米研究)

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 南北戦争時代、アメリカ南部連合国のために戦った戦闘潜水艇「H. L. ハンリー」は、1864年にサウスカロライナ州ノースチャールストン近くで沈没した。

 2000年にようやく引き揚げられたハンリーは、司令塔のひとつに穴があき、小さな窓が壊れていただけでほとんど無傷の状態だった。

 そしてその中には、乗組員8人全員の遺体がそのまま残されていた。遺体は骨折もなく、その死因は当初、窒息や溺死によるもだと思われていたが、新たな研究によって、自らが発した魚雷が爆発したことによる爆風のせいであることがわかった。

地雷の爆発による人体への影響を計算

 ノースカロライナにあるデューク大学の研究者らは、船の縮尺模型のそばで爆発を起こして、その衝撃を計算した。さらに当時使われていたそのままの鉄のプレートに向けて本物の武器を命中させてみた。

 このデータを使って、人間の呼吸や爆発エネルギーの伝わり方を計算した。

 研究チームのミズ・レイチェル・ランスは、この爆発エネルギーが乗組員の肺や脳などの軟組織を破壊し、ほぼ即死状態だっただろうと言う。ハンリーの各乗組員が致命的な肺の外傷を負った確率は、少なくとも85%と計算している。

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image credit:youtube

死因は爆傷肺で即死状態だった

 「これは爆風の犠牲者の典型的な負傷の仕方で、爆傷肺と言われます。白骨化した遺体にはなんの痕跡も残りません。残念ながら、そのときなにがあったのかを示してくれる軟組織は、この100年の間に失われてしまいました」

 ミズ・ランスによると、爆傷肺は肺がホットチョコレートのようなどろどろの状態になってしまうことだという。爆発による衝撃波は、水中なら秒速1500メートル、空気中だと秒速340メートルで進むという。

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ハンリーの魚雷は、現在のような自走式爆弾ではなかった。船首にスパーと呼ばれる5メートル弱の竿(図)がついていて、その先に火薬の入った銅製の小さな樽が取りつけられていた。

 爆発の衝撃波は乗組員の肺を通過するとき、およそ毎秒30メートルに減速するという。普通の爆発の衝撃波は、0.01秒も続かないが、ミズ・ランスの計算によると、ハンリーの乗組員の肺は0.06秒以上衝撃波にさらされたようだ。

 「人間の肺のような気泡の集まりに、スピードが違うこうしたエネルギーが合わせてぶつかると、どちらかの速度が落ちて、肺によけいにダメージを与えてしまいます。だから肺がどろどろに溶けるという最悪のシナリオが起こってしまったというわけです」

 爆発の剪断力が、血液と空気の供給が出会う肺というデリケートな組織をバラバラにしてしまい、肺は血であふれ、たちまち乗組員の命を奪ったのだ。至近でこのような大きな爆発があると、脳にも致命的な障害が起こることがある。

敵の戦艦を撃沈させた直後に沈没したハンリー

 ハンリーの最初で最期の戦闘ミッションは、南北戦争のさなかの1864年2月17日、チャールストン湾沖でのことだった。このとき、ハンリーは北軍の1200トン戦艦USSフーサトニック号を撃沈した。

 ハンリーは、フーサトニック号の船尾の下に60キロの黒色火薬爆弾をひっかけ、5分もたたないうちに爆発、撃沈させた。

 フーサトニック号の乗組員は5人亡くなったが、水深10メートルほどのところで直立状態で止まっていたため、ほかの乗組員は救命ボートで脱出し救助された。そして、前述のように、そのすぐ後にハンリーも沈没したのだ。

The Hunley Comes Out of Her Shell

謎多きハンリーの沈没

 ハンリーは、2000年にようやく海底から引き揚げられたが、当初、この潜水艇の発見は謎を深めるばかりだった。

 引き上げられたとき、手動で動くこのシガー型の船の中には、まだ乗組員の遺体がそのまま残されていた。遺体は骨折もなく、船底にたまる汚水を排出するビルジポンプも使われておらず、エアハッチも閉められていた。

 司令塔のひとつに穴があき、小さな窓が壊れていただけで、あとはほとんど無傷といってよかった。

 2004年、8人の遺体はチャールストンの南部連合の墓地に埋葬された。

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image credit:youtube

17年かけて行われたハンリーの清掃作業

 ふたりの科学者が、17年をかけてなんとか潜水艇をきれいにして復旧させた。

 この歴史的な潜水艇から、100年分の砂や沈殿物や腐食を、根気よく取り除いたのだ。すべては、ハンリーの最後の任務の様子をできるだけ近くで調べるのが目的で、水酸化ナトリウムと弱い電流を使ってどろどろした汚れを極力おとした。

 136年もの間、サリバン島沖に沈んでいた潜水艇の内部には、砂や泥、貝がまるでコンクリートのように固く堆積していたが、それが次第に柔らかくなり、取り除くことができた。

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image credit:youtube

 船には7万5000ガロンの水や化学物質のタンクが備えられていたが、週に3度数時間排出作業を行うことで、修復作業が可能になった。

 それから、安全装備を万全にして、隅や溝まで掃除し、さらに慎重に汚れをこそげとった。船体から完全に汚れを除去するのに1年かかり、内部のクルーたちの狭い部屋をきれいにするのにさらに2年近くかかった。

 この潜水艇の直径はたった1.2メートルしかない。ウォレン・ラッシュ保護センター近くに潜水艇のレプリカが置いてあるが、小学生の子ども8人がかろうじて入ることができるくらいの狭さだという。

Hunley Crew Compartment Becomes Visible

H. L. ハンリーの不運な旅

 ハンリーは敵の船の撃沈に成功したが、その命運が尽きたのは実際には3度目の出撃のときだった。

 1863年8月にも沈没しているが、このときはハッチを開けたままドックに入っているときで、8人中3人は脱出して生還できた。

1 863年10月には、設計者のH. L. ハンリーが別の8人のクルーを指揮し、相手の船の下に潜ってどのように魚雷を仕掛けるのか、チャールストン湾で潜水艇の操縦デモをする予定だった。8人は戻ってこなかったが、潜水艇は数週間後に発見されて引き揚げられた。

 亡くなった乗組員たちは、結局、シタデルのフットボールスタジアムの下に作られた墓に50年間葬られていた。

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image credit:youtube

ハンリー潜水艇のしくみ

 研究者がこの6月、ハンリー潜水艇が水中をどのように推進していたのかをついに明かした。船体を覆う岩のように固いコンクリーションの下に隠れていたのは、長さ12メートルの潜水艇を推進させるクランクのついた精巧なギアや歯車だった。

 このギアによって乗組員がクランクを回すことができ、より早く潜水艇を前進させることができた。

 薄い金属チューブのクランクハンドルを布で巻いて、ちゃんと水ぶくれができないようにしていたのがわかったのは驚きだったという。

via:Mystery of how H.L. Hunley’s crew died is solved after 150 years / The Friends of The Hunleyなど/ written by konohazuku / edited by parumo

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この記事へのコメント 32件

コメントを書く

  1. 不思議なのは、この謎めいた世界初の実用潜水艦の沈没船体を発見した人物に
    ついて誰も触れない事。
    著名な作家のクライブ・カッスラーが1995年にハンリーの船体を発見している。
    ついでに言えば、その前に彼はハンリーの不幸な犠牲者となった北軍のスループ
    フサトニックの船体も発見している。

    • +10
    1. ※1
      彼の本を見ている人なら全部知ってるしいいんじゃねえの
      この人の本読むと一緒にシャドウ・ダイバーもお勧めだ
      なぜカッスラーが探しても決して遺物を触らなかったのか
      そして海底散策の恐怖もわかってくる

      • +2
    2. ※1
      ハンリーの話も面白かったし、クライヴカッスラーの成果を海軍が横取りしていたとか興味深い話も収録されてたよね

      • +1
  2. 1864年といえば幕末新撰組の池田屋襲撃があった頃。すでに手動式とはいえ潜水艦で艦隊襲撃をやっていたとは。(驚)
    船底を破るくらい威力のある爆薬なら、自分も吹っ飛ぶとは考えなかったのか?
    やがて80年後くらいに東洋の異国人に同じようなもので自分たちが攻撃されるとも考えなかったのか?

    • -16
    1. ※2
      SFとはいえ、ジュール・ヴェルヌの名作「海底二万海里」が書かれたのが1870年だから、当時からアイディアとしてあり得ないものでは全くなかったんだろうね
      でも、そういう時代の小説だと思うと、海底二万海里の諸々の描写には舌を巻くばかりだわ
      当時はまだ南極大陸が発見される前だから、南極点に浮上とかの描写もあるけど笑

      • +9
  3. 小学生8人がやっとの狭所に、大の男が8人って…
    棺桶の方がはるかに快適そう

    • +30
  4. >このギアによって乗組員がクランクを回すことができ、
    >より早く潜水艇を前進させることができた
    >薄い金属チューブのクランクハンドルを布で巻いて、ちゃんと
    >水ぶくれができないようにしていたのがわかったのは驚きだったという

    おいおい、この潜水艇は手動推進式だったのかい?
    こんな狭い艦内で長時間の手回し推進は、さぞかし重労働だったろう

    • +12
  5. 以前に二回も沈没って、明らかに欠陥あるよね、それ。
    しかも推進動力が人力・・・・・・。

    Wikipediaに船の船内断面が掲載されているので見たが、現代人がみたら正気とは思えん方法を取っててドン引きした。

    • +20
  6. 130年以上経った今も
    こういう悲しい犠牲者のいない世の中を
    実現できずにいるわけだ。。

    この意味が解るかい?
    肢体を肥やし奇妙なヘアスタイルを決めた
    指導者達よ。

    • -21
  7. 「自分が仕掛けた爆弾で死ぬ」
    ブラック魔王やドリフって、リアルだと笑えないんだね。

    • +12
  8. 江戸時代に漂着したUFOうつろ舟が偵察にきたタートル潜水艇だったらおもしろいのになって研究誰かして

    • +1
  9. 推測でこうだったら100%即死なんだけどそれを証明するような物証はないですよ?
    っていうことか

    • +4
  10. 一度乗ったら二度と帰ってこれないかもしれない潜水艦
    ある意味、これに乗る人たちかなり特攻隊に近かい立場の人たちだったんじゃ?

    設計者もマッドに近い人だったんだろうな・・戦争ってエグイ

    • +7
    1. ※12
      当時の日本の状況に例えると、
      劣勢な勢力が一発逆転を狙って新しい技術に賭けたっ点で、
      秋水というロケット戦闘機に近いものを感じる。

      • -1
  11. 人類がはじめて潜水艦を使ったのがこの南北戦争で、その乗員たちは極めて勇敢だったって言う話を、どこかで聞いた覚えがあるよ。まぁ、乗り込むだけでも相当の勇気が要りそうだけどね。

    • +7
  12. さぞ度胸がある男たちだったんだろうな

    • +1
  13. ドラマで見たんだけど、これよりさらに一世紀ほどさかのぼるアメリカ独立戦争でも1人乗りの潜水艦が出てきて気になって調べたら実際に使われたみたいだよ
    あとダヴィンチのスケッチにも潜水艦的なものが残ってる

    • +3
  14. 何故短期間で二度沈没した船をまた使おうと思ったのか・・・

    • 評価
  15. 進化した現代からは考えられないと、昔のプロトタイプに言うことのなんと無粋なことか

    • +8
  16. ずっと、あの細い缶の中に閉じ込められたままじわじわと死んでいくのはどんなに恐ろしかっただろう、と思っていたのでむしろホッとした。
    ところで、このハンレイに乗っていた勇敢な南軍兵士達も今アメリカで話題のリベラルさんたちに言わせると奴隷制度維持のために戦ったレイシストのクソ野郎ということになるんでしょうか。

    • -12
  17. 衝撃波でどうなるかくらい実験はしなかったのか、ぶっつけ本番かね

    • 評価
  18. 浮力を喪失して沈没したのではないか?って言われてたんですよね。
    船体に大きな損傷が少なかったんで。
    海軍が戦後に大捜索したらしいんだけど、結局発見したのは
    海軍以外の人間だったとか。

    • +2
  19.  鉄の塊に乗って水中泳いでいくとか
    150年前のUSマリ~ンは屈強な肉体しとったのワニじゃろうね
    昔日本のカゴ押して走る人みたく

    • -2
  20. ×魚雷
    ○水雷

    魚雷は魚形水雷の略称。スクリューがついていて自分で航走するものを指す。ハンリーが積んでいたのは自分では動かないから水雷。ただし、当時はtorpedoと呼んでいた。

    • +3
  21. 閉所恐怖症のわい・・・とてもじゃないが
    こんなのには乗れない

    • +4
  22. これまでは当時の証言で、水雷が爆発したのは潜水艦と30mほど離れた距離(敵艦に水雷をくっつけて距離を取ってから爆発)だと思われていたが、引き上げた潜水艦を調査した結果、わずか6m先(つまり棒にくっついたまま)で爆発した事が分かったそうな。
    だからその衝撃で戦死という今回の説が発表されたと。

    • +3
    1. ※28
      そのわりには沈んだ方の被害が少ない
      衝撃波は平等なのに一方だけ大損害…

      • -3
  23. 読むだけでなんか息苦しくなる・・・。

    • +2
  24. 寧ろ日本の「伏龍」つまりどうあがいても致死率100%の作戦だったわけか
    回天や桜花は脱出装置考えんかったんか…っていうと捕虜になること自体認めない時点でねぇ…
    剣、震天はともかく海龍、蛟龍はまだまともな気はしなくもないけど実情は大して変わらんかっただろうな

    • -1
  25. クライブカッスラー(1995年)より前に、水中考古学者E・リー・スペンスが1970年にハンリーを発見している。当初、カッスラーは位置から新発見と言っていたが、スペンスが地図入り位置を残しており、実際そちらが正しいので撤回している。

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