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危うく死亡事故につながりかけた宇宙関連事故、10の事例

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(著) (編集)

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 宇宙開発の歴史においては、事故で命を失った宇宙飛行士もいる。チャレンジャー号爆発事件やコロンビア号空中分解事故のことはご存知だろう。

 だが危うく命を落としかけたという事件ならさらに多く発生している。ここで紹介する事例は、そうした一歩間違えれば大惨事になっていたものだ。

10. リバティ・ベル7

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 マーキュリー・レッドストーン4号は米国が1961年7月21日に打ち上げた有人宇宙船である。リバティ・ベル7はそのコールサインだ。ミッションの目的は人を軌道に打ち上げ、その反応を確かめることで、乗員はガス・グリソムである。

 飛行はわずか15分でNASAは成功としているが、そうは考えない意見もある。大西洋に着水した際、ハッチが吹き飛び浸水。グリソムはフロリダ州ケープカナベラルで溺死しかけた。彼は直ちに船外へ脱出し難を逃れたが、最初のヘリが船体の回収に失敗し、結局5分間近く水の中に取り残される羽目になった。

9. ボスホート2号

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 1965年3月18日、宇宙服を着用する人間が宇宙でも生存できることを証明するために、ソ連によってボスホート2号が打ち上げられた。乗員はパーヴェル・ベリャーエフ船長とアレクセイ・レオーノフの2名。レオーノフは船外活動要員として宇宙遊泳を行う任務を担っていた。

 ベリャーエフが船内の気圧を抜くと、レオーノフはエアロックから真空の宇宙へと踏み出した。この記念すべき瞬間は世界中に放送された。そして10分ほどの宇宙遊泳を終えるとレオーノフは悠然と機内へと帰還しようとした。

 ところが、大気のない宇宙空間であるがゆえに宇宙服が空気で膨張してしまい、レオーノフは船内に戻ることができなくなってしまった。酸素の残量は40分ほど。その前にどうにかしなくては窒息してしまう。そこで宇宙服の空気を軽く抜いて、どうにかエアロックに生還することができた。

 だがボスホート2号のトラブルはこれだけではない。船内で酸素濃度が上昇し、火災や爆発の危険が出てきたうえ、オートパイロットも故障していることが判明。ベリャーエフとレオーノフは手動で操縦し、どうにかシベリアの僻地に着陸することができた。そこは街まで2日という場所であった。

8. ジェミニ8号

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 1966年3月16日、米国は船外活動の実施とアジェナ標的機とのドッキングを行うためにジェミニ8号を打ち上げた。順調に進んでいた計画だが、2隻の宇宙船が回転を始め、制御不能に陥ってしまったことで危険なミッションとなった。

 ニール・アームストロングは船体のコントロールを取り戻そうと、標的機から船を切り離した。しかしこれによって回転が酷くなり、かえって状況は悪化してしまう。

 そこで起動姿勢制御システムを切り、大気圏再突入システムの推進器を使って回転の抑制を試みた。

 どうにか回転は収まったが、大気圏再突入システムの残り燃料は25パーセントになってしまっていた。ここから同システムの1基が誤動作により噴射を続けていることが判明。これが回転の原因であった。この事故によって、ミッションは変更を余儀なくされ、宇宙遊泳は中止になった。

7. ソユーズ5号

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 1961年1月15日に打ち上げられたソユーズ5号は、ソユーズ4号とのドッキングを主な任務としていた。

 任務は滞りなく進んでいたが、ソユーズ5号がソユーズ4号から切り離され、再突入をしようとする段階になって、機械船と司令船が分離できないというトラブルが発生。機体は先端部からの再突入を余儀なくされた。これによって発生した摩擦熱によってハッチの保護シールが溶け出し、煙が船内へと侵入し始めた。

 煙によって制御はさらに困難になるも、機械船と指令船がようやく分離され、船体は姿勢を修正。しかし飛行速度は危険な速さに達していた。

 パラシュートは正常に展開されたが、減速用小型ロケットが作動せず、激しい衝撃と共に着陸することになる。船長のボリス・ボリョノフは、この衝撃でハーネスが外れ、歯を数本折ってしまった。それでもどうにか船外に出ると、そこはマイナス40度のウラル山脈の山中であり、クルーはここで救助を待たなければならなかった。

6. アポロ12号

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 アポロ12号の打ち上げは1969年11月14日。人類が初めて月面に降り立ったアポロ11号ミッションから間もなくのことだ。

 アポロ12号のミッションも月面着陸を再現することであった。しかし、ミッション開始直後に大惨事になりかけた。

 打ち上げから36秒後、2,000メートルまで上昇した時点で落雷を受ける。警報システムが鳴り、乗員の1人アラン・ビーンは「シミュレーターでも見たことがない雷」と報告。さらに16秒後、再度雷が直撃し、システムが破損、指令船は停電してしまう。予備バッテリーは数時間分しかなかった。

 船内がパニックに陥る中、管制官のジョン・アーロンが「信号調整装置を補助に切り替えろ」と指示した。これはアポロ計画初期におけるある試験の結果に基づく指示である。乗員がこれに従うと電力が復旧。その後のミッションは予定通り行われた。

5. アポロ・ソユーズテスト計画

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 本計画は米国とソ連が初めて共同飛行を行なった歴史的なミッションである。1975年7月15日に実施された本ミッションをもって、熾烈を極めた両国の宇宙開発競争に終わりが告げられた。成功裡に終わったミッションであるが、しかし米国の宇宙飛行士は再突入で危うく死にかけている。

 自動着陸システムが故障し、手動でパラシュートを展開しなければならなかったのだ。これによって船体に振動が生じるが、おかげで30秒後にシステムが復旧した。ところが、圧力解放バルブが勝手に開いてしまい、船外からガスが侵入し始めた。船内は毒ガスが充満し、ヴァンス・ブランド飛行士が失神するほどだった。

 トーマス・スタッフォード船長は彼に酸素マスクを装着し、意識を回復させることに成功。帰還後、宇宙飛行士3名は病院に2週間入院する羽目になったが、幸いにも命に別条はなかった。

4. ソユーズT-10-1

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 ソユーズ7号(ソ連の宇宙ステーション)のソーラーパネルの交換を目的としたソユーズT-10-1のミッションは失敗に終わった。打ち上げ直前の事故によってそれどころではなかったからだ。

 打ち上げのわずか1分前、ソユーズT-10-1のブースターが巨大な炎を上げた。幸いにも乗員は難を逃れ、そのときの状況を語っているが、当時はハーネスを留め、打ち上げを待つという、非常に危険な状態にあった。

 打ち上げ脱出システムがカプセルを加速させ、炎に包まれた発射台から離れた安全な場所まで放出。これが2名の乗員の命を救った。

3. ミール

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 いくつかのトラブルを経験したミール宇宙ステーションだが、1997年の2つの事故は特に危険だった。1つ目は2月23日に起きた火災である。そのときミールは酸素を作る缶に点火するルーチン作業を行なっていたのだが、これが突如制御不能になった。

 乗員はガスマスクを着用し、消化作業を行なった。内部は煙で充満したが、どうにか鎮火し、致命的な健康被害も出ていない。

 二つ目は史上最悪の衝突だ。6月25日、リモート制御による貨物船のドッキングテストを行なっていたところ、船体が突然制御不能になる。

 貨物船は宇宙ステーションに衝突し、その損傷で空気が漏れ出した。幸いにも酸素が大量に失われる前に乗員が空気の漏れる音に気づき、スペクトルモジュールの損傷箇所を特定。スペクトルへいたるケーブルを切断し、ハッチを密閉したことで事なきを得た。

2. STS-98

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 STS-98ミッションが実施されたのは2001年2月7日のことで、クルーは5名であった。ミッション中、3度の宇宙遊泳が行われたが、その最初の遊泳が大惨事になるところであった。

 最初の宇宙遊泳は7.5時間に及ぶもので、トーマス・ジョーンズとロバート・カービームがケーブルや冷却ラインの接続を行なった。ところがカービームが冷却ラインを接続していた際、アクシデントが起き、少量のアンモニア結晶が漏れてしまった。

 幸いにもこれは直ちに止められたが、有毒なアンモニア結晶がカービームに付着していたため、予定よりも34分長く船外に滞在し、蒸発させなければならなかった。

 ジョーンズは機器と宇宙服の除染を行い、さらにエアロックで減圧し、アンモニア結晶が船内に持ち込まれないよう細心の注意を払った。仮にこれが少量でなければ、ミッションは失敗とみなされていただろう。

1. 国際宇宙ステーション第36次長期滞在

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 2013年7月9日、国際宇宙ステーションの第36次長期滞在の事故は、2017年半ば現在において最新の宇宙関連事故である。ルカ・パルミターノが22回目の宇宙遊泳を行なった際、ヘルメット内部に水が溜まり始めたのだ。

 0.5~1.0リットルほどの水がパルミターノの口あたりまで溜まっていた。どうやらエアロックへ向かって体を傾けたときに給水バッグから漏れたようだった。

 1週間後の宇宙遊泳でも再び彼のヘルメット内に水が溜まり始めた。水は1リットルくらい溜まっており、視界の確保や呼吸まで困難になってしまった。宇宙遊泳は中止となり、パルミターノらはすぐに船内に帰還した。

 後に判明したことだが、原因は給水バッグからの漏れではなく、宇宙服内の「汚染と詰まり」であった。パルミターノは危うく宇宙で溺れかけたのだ。

via:Top 10 Near-Death Experiences In Space/ written hiroching / edited by parumo

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この記事へのコメント 20件

コメントを書く

  1. JAXAはこれからも無人での打ち上げを徹底すれば無事故を達成できる。

    • +10
    1. ※1
      無人でも爆発や墜落や衝突をすれは、それは事故ではないだろうか?

      • 評価
  2. いつか人間は地球で生きて行けなくなり、宇宙へ旅立つ時が来るんだろうなぁ・・・

    • 評価
    1. ※2
      現実には「他の星で生存できる技術を確立する」よりも「住みづらくなった地球でなんとか生存できる方法を探す」方が1000倍くらい楽だと思う

      • +6
  3. びっくらするのは、ソユーズが冷戦時の宇宙開発競争の頃から
    ず~と現役で、
    しかも今現在唯一の実用有人宇宙船だってこと

    • +11
    1. ※3
      基本構造は同じだけど、最初のソユーズと
      現在のソユーズは、中身がほとんど別物だよ。

      • +2
  4. 有人の事故が発生しないだけで、事故自体はいくらでも発生する余地がある

    • +5
  5. 選抜されたエキスパートでさえこんなだから、民間の宇宙旅行とかはまだまだ先なんじゃないかなぁ
    科学技術と言うより人間の性能の問題で

    • +6
  6. ケープ・カナベラル空軍基地はこれでよく怪我人(というか死人)出なかったなあ。巨大な火の玉が次々降ってくるという感じ

    • +2
    1. ※7
      いやいや、死人でてますって。
      例えばアポロ四号の前のアポロ一号は三人亡くなってます。
      打ち上げ経験者の 5% くらいが訓練中を含めて事故で亡くなってます。

      • 評価
  7. 4で思い出したけど、有人宇宙ロケットの先っぽに付いている棒は、いざという時に飛行士のいるカプセルだけ空に飛ばしてしまう脱出装置、というのは意外に知らない人も多いのではないだろうか?(飛ばした後は軟着陸用のパラシュートを使う)

    • 評価
    1. ※8
      ジェミニには、その脱出ロケットが無いんだよな。
      そのかわり、戦闘機みたいな脱出用の座席つけてるんだけどさ。

      • 評価
  8. 宇宙開発において、視野を出さなかった大事故と言えばアポロ13号だけど、
    それが未掲載なのは、有名過ぎるから除外されたんかな(^^;
    映画にもなったからこの記事の10件に比べ、遥かに有名だもんね。
    面白い記事ありがとう。

    • 評価
  9. 1は狸のしわざだな
    奴らは化かして肥溜めに落としおぼれさせようとしてくるから

    • 評価
  10. ソ連の脱出システムは昔から優秀だなあ
    ロシアの戦闘機のベイルアウト装置に受け継がれてる

    • +1
  11. あんなに身長に慎重を重ねて科学の粋を詰め込んでも
    やっぱり偶然や事故は起こってしまうんだなあ
    しかし落雷とかびっくりするわ

    • 評価
  12. 人間だから危機に柔軟な対応ができるのか、人間だからミスが起こるのか

    • +1
    1. ※19
      理論のわからん人間には無駄無駄

      • 評価

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