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歴史上遂行された10の生物化学兵器を使った国家間、地域間の攻撃

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(著) (編集)

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 生物化学兵器は制御が難しいことや標的に対する非人道的な影響から、現在ではほとんど使用されることはなくなった。日本では1982年に生物兵器禁止法が制定されている。アメリカは2001年に炭疽菌を使用したテロが発生し、法整備がなされた。

 生物科学兵器はそれがもたらす傷病以外にも、人々に恐怖を与え、パニックを誘導する為の心理戦としても使用されていた。

 ここではかつて使用されていたとされる生物化学兵器を使った10の攻撃を見ていくことにしよう。

10. キラ包囲戦(紀元前590年) 

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 デルフォイの隣国同盟とギリシアのキラとの間で争われた第一次神聖戦争では、化学兵器が使用され、甚大な被害を与えた。戦争の原因は、キラがデルフォイへと向かう巡礼者を頻繁に襲っていたことだ。隣保同盟は毒草のヘレボルスで水源を毒で汚染し始めた。

 ヘレボルスはめまい、舌や喉の膨張、窒息、消化器系の障害、心不全などを引き起こし、死に至らせる。効果はてきめんで、キラの住民の大部分が重度の下痢に犯され、攻囲軍はさしたる抵抗に遭うこともなく都市への進入を果たした。

9. ドゥラ・エウロポス(紀元前256年)

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 現代のシリアにあたる地にあったドゥラ・エウロポス(エウロポスの砦)は、ローマ軍の脅威に直面すると、その進行を食い止めるために手段を選ばなかった。

 トンネルを掘って砦に侵入しようとするローマ兵に対抗するため、瀝青(れきせい:天然に産する炭化水素化合物の鉱物)に硫黄で炎を着け、ガスを発生させた。わずか2分のうちに19人のローマ兵が死んだという。都市自体はすぐさま放棄され、現在に至るまで無人の廃墟となっている。

 遺跡の保存状態は良好で、硫黄結晶の残滓のほか、ローマ兵の遺体のほか、ササン朝の兵士の遺体も発見されている。彼はどうやら瀝青を仕込んだ兵士であるようだ。

8. 第三次ミトリダテス戦争(紀元前73~63年)

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 ミトリダテスは母親を毒殺し、自らも毒をあおって自害を試みた人物だ。彼はローマとの戦争ではしばしば毒矢を用いたと言われている。

 第三次ミトリダテス戦争では、毒ヘビの毒を塗りこんだ特別製の矢を使用した。この矢の鏃は命中すると簡単にとれて、人体の中に残る仕組みとなっていた。また、毒は致死性のものであったが、犠牲者が完全に死ぬまでには数日間苦しみ抜かねばならなかった。

 撤退時には、毒入りの蜂蜜を残し、ローマ兵の口に入るよう仕向けた。これを食べた兵士は幻覚に襲われ、死に至ることもあった。これによって実際に命を落とした兵士は少なかったようだが、大勢が幻覚のために1週間近くも戦えなくなったという。

7. ハトラ包囲戦(198年)

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 帝政ローマのセプティミウス・セウェルスがハトラに侵攻したとき、城壁をよじ登る兵士は見たこともない兵器に遭遇した。それはテラコッタ製の壺で、中に猛毒を持つサソリやハチがうじゃうじゃいたのだ。よじ登るには、これを壊さねばならず、その結果危険な生物の襲撃を受けることになった。

 毒自体も恐ろしいが、容赦なく照りつける日差しと組み合わさることで、兵士を病気にし、戦力を奪っていった。結局、セプティミウスは撤退を余儀なくされている。

6. トルトーナの戦い(1155年)

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 神聖ローマ帝国の皇帝であり赤髭王と呼ばれたフリードリヒ1世は、イタリア遠征でトルトーナを攻撃。その際、井戸に毒を入れて、住民たちを大いに苦しめた。最悪だったのは、干ばつが重なったことである。このために、水不足はいよいよ深刻なものとなり、フリードリヒ1世は住民の避難を許可。その後街を焼き払った。現在、復興されたトルトーナでは、毎年開催される祭りで当時の戦争を再現する催しを行っており、観光の目玉となっている。

5. サンドイッチの戦い(1217年)

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 フランス艦隊を追い払うために、ウィリアム・ダルビニー男爵率いるイギリス海軍は生石灰を使用した。フランス艦隊の風上へと移動すると、生石灰を風に撒く。フランス軍の視界はあっという間に巨大な雲によって奪われた。

 イギリス海軍は防御ができくなったフランス軍を急襲し、敵を惨殺。また、騎士たちを捕獲し、身代金を要求するための人質とした。ダルビニーはこうした事態に備えて、かねてから生石灰を蓄えておいたという。サンドイッチの戦いはこの戦法が使われた初めての戦いである。

4. カッファ包囲戦(1346年)

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 カッファを攻めていたタタール軍(チンギス・カン率いるモンゴル軍の一部)は腺ペストによって苦しめられていた。これ幸いとタタール軍はペストで倒れた同胞の遺体を壁の上に投げ込み、それによって敵をも感染させようとした。狙いは功を奏し、カッファの住民は降伏を余儀なくされる。

 このときカッファを脱出した人々の中には、コンスタンティノープルをはじめとする地中海の港町まで逃れた者もいた。これが黒死病として恐れられたペストの大流行につながったと考えられている。

3. イタリア、ナポリで使用されたスペインの生物兵器(1495年)

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イタリア南部で戦っていたスペイン兵は生物兵器のようのなものを使用していた。彼らはハンセン病に感染した人の血液をワインに入れて、イタリア人に売ったのだ。何が卑劣かと言われれば、容姿が一変してしまう症状から、当時ハンセン病は神の呪いや罰と考えられていたことだろう。

 この戦法は特に長期戦でなければ効果はなかった。ハンセン病の潜伏期間は3~5年と長く、数十年に及ぶ例もある。ハンセン病という烙印を押される以上には、兵士を消耗させる手段としては特に効果的なものではない。

2. フローニンゲン包囲戦(1672年)

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 オランダ侵略戦争で、ミュンスターの司祭だったクリストフ・ベルンハルト・ファン・ガレンは、ベラドンナを爆薬や焼夷弾に仕込んで使用した。ベラドンナは猛毒の多年草で、実に含まれているアルカロイドを吸収すると、重度のせん妄と幻覚が引き起こされる。

 ファン・ガレンがベラドンナを戦争に使用したことで、ストラスブール協定(Strasbourg Agreement)という、背信的かつ冒涜的な毒兵器の使用を禁ずる初の国際条約が締結されるに至った。1925年にジュネーブ議定書が締結されるまでは、こうした兵器を禁止した条約としては唯一のものだった。

1. ピット砦包囲戦(1763年)

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 オハイオバレーで天然痘が大流行したのは、イギリスの開拓民が先住民たちを攻撃した結果だった。イギリスに砦を放棄するよう説得する目的で砦へ派遣された先住民の使者に、ある贈り物が送られる。それは天然痘の診療所からもたらされたものだった。

 7月8日、アマースト将軍はこのように発言している。「インディアンの不満分子に天然痘を送り込むことは可能だろうか? こうなってはやらねばならない。あらゆる計略を駆使して、やつらを弱らせるのだ」。先住民のコミュニティでは天然痘が大流行。イギリス側の目論見は果たされた。

 流行はピット砦にとどまらず、ショーニー族、チェロキー族、チカソー族、チョクトー族など、南東部一体に蔓延していった。この戦いで数千人が感染したと言われている。

References: Listverse

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この記事へのコメント 31件

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  1. 地下鉄サリン事件も近代の事件では入れてもいいと思う

    • +8
  2. エジプトvsギリシャ戦だっけ?
    盾に猫を括りつけたり、城砦に投げ込んだりしたの
    生物兵器だよね

    • +7
    1. ※2
      それ聞く度にどんだけネコ集めたんだよとか思うな
      それにネコ結構重いだろうし、それを盾にって??
      あと、それがのちのペルシャ猫だったりしたら嫌だ

      • +1
    2. ※2
      猫戦車というのもあったな
      車輪に猫を背中合わせにくくりつける。すると猫は互いに脚から落ちようとして猛スピードで回転を始めて、そのまま敵陣に突っ込む

      • 評価
  3. 人類の文明は戦争と共に発展してきた
    戦争がまったく無かった時代はない
    人類が絶滅するその日まで戦争は続くだろうね

    • +4
  4. 兵力を削ぐ、って事よりも、民族を衰退させる為にって感じだね。こわいこわい

    • +2
  5. 戦争じゃないけど西ドイツが東ドイツへラジオによる
    こちらはいい国だー一緒になろう作戦も入りそう
    今じゃ韓国と北朝鮮で同じことやってるが、両方とも
    意地になってるのであまり効果ない作戦だけど

    • -6
    1. ※7※15
      これは砲撃戦に対処するため発達したヨーロッパの要塞様式
      砲撃を傾斜をつけた厚い土塁で防ぎつつ、十字砲火で反撃するために、こういう幾何学的な星型になる
      五稜郭はそれを真似た(採り入れた)もの

      • +2
  6. 蛇毒の矢はスキタイ人の毒矢と同様のもので、ヘラクレスの神話にもおなじみのように古くから使われていた。毒液は蛇の毒と血清を混ぜて腐らせたもの(意図的かどうかは不明だが生モノなので蓄えておけば腐る)なのでタンパク質である蛇毒は失活するから実際には腐敗毒として機能した。

    • +4
  7. 病気を扱う方法は思った以上に被害が拡大する危険があるのね。
    ペストの起源はわりと人為的だったのか

    • +2
  8. 撤退する時敵に利用されないように、水源に毒を投げ入れるって古代では普通にやってた見たいだね、
    生物兵器って動物じゃ無くて病原菌の類いだよね、動物なら木曽義仲や北条早雲が使った「火牛之計」って勇壮なのが有るけど。
    そう言えば旧日本軍の731部隊 真偽はどうなんだろうね。

    • 評価
  9. 生物兵器はここんところ聞かない
    化学の方は現在進行形で自国の民に使ってる国があるらしい

    • 評価
  10. あれ、天然痘と言えばフランシスコ・ピサロもインカで「贈り物」をしたとか数百万人が犠牲になったとか。

    • 評価
  11. 自分たちが使われたら困る兵器=非人道
    自分たちが使う兵器=正義の力
    人道とか非人道とか単なるプロパガンダだからどうでもいいよね。
    兵器の本質は効率よく殺す事なんだから。
    対人地雷、劣化ウラン弾、クラスター爆弾、防疫目的の生物兵器研究、化学兵器研究etc…
    今でも条約を批准してない国がけっこうあるんですよ?もちろん人道的な先進国の中にも!

    • +4
    1. ※18
      それは倒錯的だとおもうが、確かに効率的というのはガン治療に例えればわかる健康な細胞を傷つけないピンポイントなものと
      しかし戦争の目的は戦争ではない、利益だ、自分の命や生活の安定って意味の利益だ
      兵員輸送車だって兵器だ、ようは作戦のうえで双方人死にが望ましくない時もある
      というか人死にが望ましい状況なんて失敗そのものだ

      • 評価
  12. 紀元前からこんな戦争あったんやなあ…

    • 評価
  13. ネコ盾はガセって聞いたぞ
    まあよく考えりゃ現実味のない話だよな

    • 評価
  14. 2015年にシリア政府軍 対 反政府軍の戦いで、
    サリンだったか撒かれなかったっけ。
    どっちの攻撃だったかは明らかにされてないけど、
    住民が病院に担ぎ込まれてる映像見た

    • 評価
    1. ※21
      VXガスじゃなかったなか?サリンの前にオウムが作ろうとしてたやつ

      • 評価
  15. 調べたら2013年の話だった
    もう3年も経ったのか

    • 評価
  16. 五稜郭というコメがちょいちょい見られるけど、五稜郭を含む所謂星形要塞はこの時代に盛んに建設された築城方式で、欧州では普遍的な要塞だったのな。
    火砲の発展により背の高い城壁が意味をなさなくなったから、縦深と敵火力の分散を企図して辺の多い多角形に造成されたんだな。
    五稜郭は日本の築城様式からかけ離れているから物珍しく思うかもしれないけど、先に言った通り戦争で火砲が発展していた欧州では珍しくない存在だったわけだ。

    • +1
  17. カタパルトで豚の死骸や う◯こを投げ込んだって聞いた事あるなw

    • 評価
  18. イギリスがインディアンに「贈り物」と称して天然痘の菌に汚染された毛布をばらまいたって話も聞いたことがあるな

    • +2
  19. かつて維新直前に孝明天皇がかかった天然痘も江戸時代に既にあったらい病も生物兵器でしょう。いまは人間だけでなく気候も操れる電磁波兵器があるので使われる機会が少なそうですが。

    • -1

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