この画像を大きなサイズで見る私の高校時代のクラスメイトがそうなのだが、とにかくやさしくて、困っている人を見ると誰にでも救いの手を差し伸べていた。
忘れ物常習犯の私はその友人に毎日のようにいろんなものを借りまくっていたわけだが、嫌な顔ひとつせず、あたりまえのように貸してくれた上に、忘れることを想定して2つ用意してくれたりもした。
「自分がされていやなことを人にするな」とか、「自分がされてうれしいことを、人にもしてあげなさい」とは、昔からよく言われる言葉だが、それを日々実践していくのは難しいものだ。
だが中には、それがあたりまえのように実践している人がいる。どうやら科学者はその謎を解き明かしたと考えているようだ。
最新の2つの研究から、親切な人は共感を促す役割がある脳の領域が活発であることが明らかにされた。
利他的な心は生まれ持ったもの?
アメリカ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の神経科学者レオナルド・クリストフ=ムーア博士は、「利他心は従来考えられていた以上に生まれつきの性質なのかもしれません」と語る。
クリストフ=ムーア博士が「革新を起こす可能性がある」と語る2つの研究は、脳の共感を司る領域を調査したものだ。
1つ目の研究は『ヒューマン・ブレイン・マッピング』誌に掲載されたもので、20人の被験者に対してピンで手を突く映像を見せたものだ。その後、様々な感情(幸せ、悲しみ、怒り、興奮など)を表す表情を真似するよう指示した。
このとき、機能的MRIで脳内の活動を観察し、扁桃体、体性感覚皮質、前島の振る舞いを分析した。これらは苦痛や感情、さらには相手の模倣と関連のある領域である。また行動や衝動の制御を司る前頭前皮質内の2つの部位も観察された。
これに加えて、被験者には「独裁者ゲーム」もプレイしてもらった。これは経済学者や社会学者が意思決定に関する研究を行う際に使用されるもので、プレイヤーには一定の金額(24ラウンドあたり10ドル)が与えられ、他人に分け与えるかどうか決めてもらう。
このとき、プレイヤーである被験者の分け与える額と脳内の活動を比較すると、前頭前皮質が活発だった被験者ほど、より自己利益を優先し、分け与える額が少ないことが判明した(1ラウンドあたり平均1~3ドル)。
一方、苦痛/感情の認識及び他人の模倣に関連する領域が活発だった被験者は、非常に気前が良く、平均して手持ちの75%近くも与えていた。
この画像を大きなサイズで見る共感力が高い人ほど、自分自身を扱うように他人に接する
専門的にはこうした傾向を「向社会的共鳴(prosocial resonance)」あるいは「ミラーリング衝動(mirroring impulse)」といい、利他心の原動力であると考えられている。
クリストフ=ムーア博士は、「こうした脳の領域における振る舞いはまるで神経の『黄金律』にしたがっているかのようです」とコメントする。他人の経験を我が事であるかのように感じる傾向があるほど、自分自身を扱うように他人に接するようになるのだという。
2つ目の研究は『ソーシャル・ニューロサイエンス』誌に掲載されたもので、58人の被験者対して、脳の一部分を数十秒間だけ弱める特殊な磁気パルス「シータバースト経頭蓋磁気刺激法」(cTBS)という処置を施した上で、「お金を自分と他人にどう分けるか」というゲームをしてもらうものだ。これは非侵襲的であり、痛みはなく、特定の脳領域の活動を一時的に抑制させることができる。
被験者は3つのグループ(実験群1, 実験群2, 対照群)に分けられ、それぞれ異なる脳領域を抑制することで比較を行った。抑制対象となった領域は、実験群1では作業記憶や意思決定を行う「背外側前頭前野」(DL-PFC)、実験群2では他者の心を理解する働きがある「背内側前頭前野」(DM-PFC)、そして対照群では視覚処理を行う「MT/V5野」である。
もし従来の予想どおり人間が本質的に利己的なら、ブレーキ役(DL-PFC、DM-PFC)を抑制すると、自分勝手な行動が出やすくなるはずだ。逆に、人間が利他的であれば、ブレーキを外すとむしろ優しさが強く出るはずである。
実験の結果、ブレーキ役を弱められた人は、むしろ他人に多めに分ける、気前が良くなる傾向が現れた。
これらの研究によって、利他心の秘密が解き明かされたとクリストフ=ムーア博士は説明している。また非侵襲的な手段を用いて共感能力を促進し、社会的に好ましい行動を誘発できる可能性も示唆しているようだ。
References: Philosophytalk / Sciencedaily














子どもながらの気の使い方はある気がするんだけど、親を見てそうしてる要素が大きいんじゃないかと思う。
あ、でもすごくいい人の息子がそうでもないってこともあるわ……
すごく優しい人に聞きたい。なぜ”そこまで”してくれるのか、何を喜びとしているか、嫌な目に合ったらどう対処しているか。
助けた人が必ず感謝を口にするとは限らないし、自分が嫌な目に合うこともあるだろうに。
群れで暮らしていくには重要な資質だよね
でもそんな人ばかりではないってことは…
※3
人が人を助けたり、支えになる事に理由が必要だろうか?
※39
それは本当に偏見でしかないよ
※3
困ってる人をほっといて大変なことになると あとで罪悪感に苦しむかもしれないと思うからです 少なくとも私の場合は
※3
感謝や見返りを求めている訳じゃ無いと思うよ。
見返りを求めるタイプはきっと続かない。
自分で正しいと思う行動をしているんだよきっと
※3
しない理由がないから。
自分が一番に喜びを感じることは別にちゃんと持っていて、それに関係ない他人が関わることはあまりない。
そして特に大層な考えは無いので、仮にそれについて批判されたり文句言われてもまったくダメージは受けない。
割とドライに考える方だから親切な人間とは違うかもしれんな。
※3
特に喜びとしている訳じゃない。たぶん、そうじゃない人よりも、その行為が「苦痛じゃない」だけ。
他人が「いやだ、したくない」と思うことも、それほど「いやだ」と思わないから、精神的負担が軽い自分がやった方がいいだろうな、と思うだけだよ。自分の場合。
親の躾も多少はあるかもしれないけど、兄弟見てると、それほどの影響ではない気がする。ほんと、生まれつきかも、と思ってた。
こういう子いた。宿題を見せてくれたり犯人扱いされた時に「その時間は私と一緒に遊んでた」と発言してくれた。皆に優しかった。
ウイリアムズ症候群とかそういう人もいる
やさしい人は他人の失敗でも傷口を広げるのが嫌なんだよ。
前もって対処すれば、直ぐに対応すれば、自分が対処すれば
傷口出来るだけ小さく、または塞ぐ。それ以上の厄介後とを造らない。
どんなに優れた能力を持っていようが本物の優しさを持つ人には誰もかなわないと思う
自分が助けてもらったとき、すごい嬉しかったし、そんなもんじゃないかな
優しさのお裾分け
自然にできるってのがすごい
俺は未だにでしゃばりじゃないかって躊躇してしまう
生まれつきかぁ
けど人間ってそれを矯正出来るものでも有るから、遺伝を理由に諦めないで欲しいなぁ
もし本当に生まれつきなら、
そういうDNAを組み込んだ
デザイナーベイビーを……
なーんてなw
ナウシカのシュワの墓所の
卵の中の子供たちみたいだなw
でもそれで世界が平和になるなら……
とか思っちゃう
※11
とても素敵な気持ちだと思いますよ
揉め事がきらい
最近の世の中は恩を仇で返す人間ばっか増えてるけどな
※13
神様ってのがそういう風に人間を作らなかったのがよくわからないんだよね
老人が悪行行う人が増えすぎて困る
人生の先輩らしく振る舞える優しい老人が増えてほしい
人に興味ない、人と関わりたくない、人に何かして貰うのも嫌、でも困ってる人をみるとつい自分の事のように感じて手を差しのべてしまう…そんな奴なら知ってます。
この研究内容によって、どうして「利他的精神は生まれつき」という結論になるかがわからん。脳の一部が活発に動いているかどうかについて、それが生まれつきのものに起因するなどと論ずるべき部分がすっぽりと抜け落ちている。
※17
それより多様性の方が重要と考えたんじゃない?
※17
神様が合理的に人間を作ると考えるのは傲慢。
多様な生物のうち、たまたま今の人類が生き残ってるに過ぎない。
必要があって性質をもつわけではなくて、そういう性質がたまたま環境に適応しただけのこと。
悪人が一定の確率でいるように、善人も一定の確率でいるだけだと思う。
集団の構成配分の均衡があるんだろう。
利己的に振舞う事で自己の生存の可能性を上げようとしてるか
利他的に振舞う事で自己の生存の可能性を上げようとしてるか
現れてる(見えてる)現象は真逆だけど、その状態が求めてるのは同じで
自分が有利になるように動いてるのは変らない
小さい頃から人にプレゼントしたりするのが好きで、何が1番喜ばれるかとかずっと考えたりするんだけど、これも利他的なのかな?
美味しい物とか食べると必ず身近な人にも食べさせたいと思ったりもする。
あと今まで人を憎んだ事が無いっていうか、嫌いな人にもどこか同情してしまう所がある。
でも性格的には結構合理主義で人に冷徹だと言われる事もある(自分でも冷徹だと思う事がある)
でも人に喜ばれるのも、自分が感謝されたいって気持ちなだけかもしれないし、よくわからないな。
他の人よりすごく優しい人っていう人種に出会った事がないからわからない。人間は悪意を持つ生き物だと思っているから。
友達にいたなー
親がすっごいクレーマー体質で瞬間湯沸し機みたいな人だった
「辛いときの気持ち」をよく知ってるから他人が困ってたら自分も苦しくなってついつい助けてしまうらしい
これコントロールできるようになったら怖いな
だって絶対自分以外の人間の脳を利他的思考に傾けて利用し、あわよくば支配しようとする利己的な独裁者気取りが現れるもの
こういう先端技術を行使できる権力者なんて利己的な自己中サイコパスばかりだからな
「独裁者ゲーム」を法学部のクラスでやったことがある。
自分を含めて50:50で分配する人が大多数だった。
75%分け与えていた人がひとりだけいたけど、その子は退学してしまった。
今は医療福祉関係で働いているらしい。
人が怪我をするのを見たら
自分も「痛い!」って感じるし
落とし物を見たら
ものを無くしたときの絶望感を思い出して
心臓がぎゅっとするし
痛みを感じたら
それを何とか和らげようとするのが
生き物の本能だと思う
対象が自分だろうと他人だろうと
「何故痛みを感じるのか」って
主観的に説明する方法はないな…
自分の意思とは関係ないもの
すごく優しいかは分からないけど参考までに。
個人的には自分にとって自然だから利他的な行動をしているよ。
見知らぬ人でも、相手が喜んでくれるとすごく嬉しいし、相手の負担にならない範囲で手助けしたくなるよ。
自分にも快楽(嬉しい)があるから、そういう意味では利己的ともいえるかも。
ちなみに失敗したら(喜ばれなかったら)やっぱり悲しくなるよ。
でも元々がそういう性格だから、よく寝て回復したら、また自然と利他的な行動を始めるよ。
逆に意地悪やエゴイストも生まれつきだと思う。
中学のときにつまらないことで親父に”そんな利己的に育てた覚えはない!!”と言われ、その程度で利己的なら、徹底的に利己的になってやる。
と思って生きてきたが、なかなか思ったとおりにならないw
いつも我を通して生きていける連中は、単に要領が良いとかってレベルじゃない、先天的なセンスや思考プロセスを持ってるな。
幼少の頃、圧倒的な善意に触れた経験があるから、かな?
そういう映画もあるけど、
やっぱり、善意に触れた経験は、それを誰かに返したいんだ。
根っからいい奴な友達が修学旅行で明かした将来の夢は「パパになる事」だった
器のデカさに只々ショックを受けた
相手から[自分が]感謝されるため、喜ばれるため なら、
完全に利己的だよね
そういう性格?にも名前付けられてたよ
利他的って、自分が困窮しているにも関わらず、
相手の状況や立場を考えて行動する人じゃないの?
はい、それで病みました
ヘルプも出せない
診断で利他的側って出たよ
だろうな
俺は幼稚園の頃から利己的だと言われ続け、成人した今現在も自己中だと言われるし
まあ、自己中な自分が嫌いじゃないって時点で本当に思いやりとかに欠けてるんだろうな
おかげでいろんな失敗もあったし
やっぱバランスが大切よね
他の人より圧倒的にやさしい人に今まで二人会った。
でしゃばらず人の話をよく聞いてくれて、してやってるとか見返りをもとめないさりげない優しさがといっしょにいて安心感があるから皆にとても好かれる。
というかその人の取り合いになってしまう。
花見、クリスマス、正月とかの集まりにあちこちみんなから呼ばれるし、結婚式にも頻繁に呼ばれてる。
いるよねそういう仏みたいな人
偏見だけどここみたいな所にはそういう人は居ないと思ってるw
利他的、利己的が生まれつきの性格なのは子供を何人かみてきたことがあれば理解できる
優しいけどお金は出さないことにしてる
サイコパスみたいなのもいるんだから
逆がいてもおかしくないとは思う
偽善者と呼ばれようがどうでもいいんだけど、俺は知人でも他人でも何かをしてあげた時
笑顔で、ありがとう
って言われると満足感で幸せになるよ。
あとは、人の役に立てるなら自分が少し位被害被っても良いと思ってる節はある
自分の優しさに酔っているメサコンとはまた違うのかな?
自称優しい人(実際は首突っ込むだけ突っ込んで滅茶苦茶にする奴)が身近にいるから実感がわかないや(´・ω・`)
たぶんほぼ考えてないと思う。
ものが落ちたらとっさに手が出るよね。落ちそうなら落ちないようにしとこうとする。そんな感じなんだろうなと思う。
ガチで優しい人っているよね
でもそうふるまわないとお前を捨てるよ・頃すよって毒親に育てられた人も、表面上の結果として頼まれたら断れない人になったりする
比較の問題でしかないような気もする。誰でも持っている能力で、
置かれる立場や相手によっても発揮されるか決まりそうな能力だと思う。
万人に発揮できる人は、もはや現人神。
そういう人知ってる
たれ目の穏やかな雰囲気で周りにいる人も一緒に癒される
その優しさに付け込む輩も寄ってくるみたいだけど
人が傷ついてたり悲しんでる姿は見ていて気分のいいものじゃない。
だから出来れば笑顔でいてほしい。
優しい人は、深く考えずにやってる人が多いと思う。
呼吸するみたいにね。
YAP遺伝子で調べると答えでてる。
そういうアレな状況になってギャアギャア喚いたりするのがウザいからだなぁ
A perfect human...
自分の幸福よりも全体の幸福を優先する人間がいるよ。
でもそれは全体が幸福である方が自分も幸福になれる
からなんだね。宮沢賢治もそのようなこと言ってるね。
「世界全体が幸福にならない内は個人の幸福はあり得ない」
このような気質の人間は、西洋より東洋に多いみたいだね。
「信仰の遺伝子」「赤ん坊のころに呑ませたら信心深くなる薬」が発見されたらと思うと恐ろしい
自分がされて嫌な事は人にしないからさ、それでいいだろ?
なんか疲れててさ、疲れが取れないんだわ色々と。
残りの『されて嬉しい事』は誰かに任したからな
ガンバレ、どこかの善人。
シリアルキラーとかの逆、ってことか
強くないと生きていけない、優しくないと生きる資格がない
自己中は優しい人と結婚してお互いに支えあって生きていけばいいんだ
優しさだけじゃ生きていけないんだからさ
他人が辛い顔をしていると、ただ自分も辛くなるんだ。
今の世の中っていうのは、「優しい人」にとって、どんどん息苦しいものになってきているんじゃないだろうか?
たとえば、優しい人が、道を歩いていて、迷子の子供を見つけたとする。
その時に、うかつにその子の手を引いて交番でも連れて行こうものなら、最悪「誘拐犯」に仕立てられて、通報されかねない。
まじめな話、「人相が悪い」という理由で、実の父親が「誘拐犯」として通報される世の中だから。
こうやって考えると、優しい人が身を守るためには、「見て見ぬふり」をする必要があるのではないかと、思ったりする。
なにか、世知辛い話になってしまうけど。
ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、日本人はもともと「自他一如」の世界観で生きてきた民族のはずで、それを象徴するのが、宮沢賢治の「そういう人に自分はなりたい」という言葉だと思うけど。
つまり、※62の「世界全体が幸福にならない内は個人の幸福はあり得ない」ということだけれど。
最近はそういう「美点」も損なわれてきているのではないかという気がする。
もし、今度東日本大震災クラスの陣が発生したときも、「絆」が紡がれるのだろうか?
この遺伝子をサイコパスに植え付けたら変わるのかな??
「人を助ける事に理由なんかいるのかい?」
あー、そんな人になりたかった。
特に考えなしに行動するけど
強いて理由付けするなら大変そうにしてたり困ってるのを見ると不快に感じるから解消する為に動いてる
が一番近い
利他的になるには究極に利己的になって初めてなれるって聞いたことがある。
推察だけど、「人にものをわけあたえる」「人を助ける、役に立つ」ことが何よりも自分にとっての報酬だと感じるんじゃないかしら。
私もそれに近い。人にプレゼントをよくあげるけど、結局それを喜んでくれてる姿を見たいんだと思う。
自分のためだったりする。
只々傷つきやすいんだよ。
「優しい」じゃ無くて人が傷ついてるのが嫌なんです。
自分が人一倍傷つきやすいから他人も少しの事で傷ついてると思ってるの
だから「優しく」してもそれが帰ってくるわけでもない社会に出ると
そう言う人は心を病んでしまう人が多いんよ
なんで自分の為に他人を傷つけてまで得したいとか楽したいとかが
わかりません
なるほど、おもしろーい。
「優しさ」が「心」ではなく「脳」の分野になる……と思うと、なんだか色々感慨深い。
自分の場合、手伝ってとか貸してとか頼まれた時点で断るってことが頭にないなあ。みんなそうじゃないんだ?頼まれごとしたときに自分に利益があるとかないとか考えてるの?
よく優しい人って言われるんだ
誰かが困っていたら助けたくなる、ありがとうって感謝されたら自分の存在意義ができるような気がするからね
でも実際には困ってる人や悲しんでる人を見て共感したりはできないんだ、多分利己的な奴なんだろうねやっぱり
卒業式とか誰かが入院したとか誰かが転校するとかもみんなが泣いてるのに一人だけ泣けないから居心地の悪さを感じる
※76
通報されてなんか困る事あんの?って思うんだが。
その例だと簡単に解ける誤解だし、迷子も解決するし、悪いことなんて何一つないだろう。
世の中が息苦しいとかは生まれてこの方一度も思ったことないな。
そもそも世の中なんてあやふやなもん理解できる気がしないわ。
自分のルールで自分のしたいことするだけよ。
あー多分自分これだ。
でも喜ばせたいのは善意じゃなくて、悲しみが自分にも伝染するから。
大嫌いなヤツでも喜んでいる姿を見ると、すぐ許したくなって、自分も嬉しくなってしまう。でもそんなのただのチョロイ奴で、若いころは騙されたり、いじめられた。
「優しい」と言われるけど僕自身はちっとも優しくないし、他人が僕の優しさを利用しようとすることが許せない。結局、「優しい人」じゃなくて「優しくしてくれる人」を、多くの人は求めているだけだと、やるせない気分になる。
先天性<後天性
優しさにも色んな種類があるよ
私も優しいって子供の頃から今もよく言われるけど
完全に利他の時もあるし利己だなーと思う時もある
でもなんていうか、それで自分が損をしないなら優しく接しない意味はないし
自分が傷ついたり損を被るはめになってもそれ以上に相手が可哀相だと思ってしまったらやっぱり自分が痛手を負っても助けずにはいられなくなる時もあるよね
この人にここで優しくしたらあらゆる面で筋が通らなくなると分かってるのにそこで優しくしてしまうのはもはや利己だなと思う場面もある
家族にそれっぽい人がいるな
共感しすぎて事件のニュースすらろくに見れない
ずーっと自己犠牲の上でバカ家族のために尽くして尽くして精神病んでる
ジタン「誰かに優しくするのに理由がいるかい?」
性悪説と性善説で割れるのは本人自身がどっちかって違いだと思う
要するにどっちも存在する
丁度迷子の例があったが、子供の頃に目の前で転んだ下級生に思わず大丈夫!?ケガなかった?と心配し声をかけたら自分に転ばされたと泣かれて先生に言いつけられたことがある。証明のしようがないし、そもそも同級生の勘違いから嘘つきのレッテルを貼られていたので嘘で弁明してるように思われるくらいなら…と声がでなくなり説明できず無実の罪を着せられた。それからただでさえ人見知りなのに他者に下手に関わるのは身の危険性のあることと意識に刷り込んでしまった。自分が人に手を差しのべるのに躊躇するのは以上の理由がある。自分も優しい人になりたい。人と関わりたい。でも怖い。
わかる。やさしくて損する。
しかし記事を見て自分もそうかもと思った人間はそう少なくないだろう。
>96 濡れ衣着せられた
なんかわかる 自分と似てる 自分も「他者へ安易に親切をすると却って嫌がられる」デフォだから、出来るだけ他者には関わらない それが自分にも他者にも損少ないから
怪我している人を見ると自分も痛くなるように、悲しんでいる人を見ると自分も悲しくなるから何とかしたくなるんだと思う。
困っている人を、見ると自分も辛くなるんだよ。
喜んでいる人を見ると、自分も嬉しくなるんだよ。お礼を言われたらもっと嬉しいけど、言われなくても相手が幸せになったのなら、それでいい。