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1950年(昭和25年)主婦の友の付録についてきた昭和の家庭料理本

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99件のコメントを見る

(著)

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 終戦から5年後の1950年に主婦の友社から出版された11月号雑誌の付録についてきた「家庭料理五百種 材料別つくり方」だそうだ。あの焼野原状態となってからたった5年で、日本の主婦は世界各地の料理を作っていたのかとおもうと感慨深い。

 更には、人工甘味料や味の素などの広告も興味深い。

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 その他作り方などの全ページは以下のサイトで閲覧することができる。

La biblioteca de Babel 家庭料理五百種 材料別つくり方 主婦之友 昭和25年11月号附録

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この記事へのコメント 99件

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  1. こんなん食えない人達も一杯居たんだろうけど、
    「いつか絶対食ってやる」というファイトが日本をここまでにしたんだろうねぇ。

    • +69
  2. 5年は凄いな。
    しかしまあ、戦前はそうとう進んだ国だったからねえ。

    • +4
  3. こういう雑誌自体上流家庭の奥様をターゲットにしていたものなんだろうけど
    あまりにも気合が入ってるよな

    • +27
  4. 皿がいちいち重そう
    我が家にも古い料理本あるけどここでも皿がいちいち重そうだった

    • +62
  5. 写真じゃなくて絵なんだね
    あったかみがある

    • +6
  6. なんで写真じゃなくて絵なんですかねえ
    ってあたりに答えがあるんだろ
    どこぞからレシピをあつめてきただけで
    実際にこれを作ってはいない

    • +20
  7. くっそうまそう
    だが、これを作れる人の方が今は少なそうだ

    • -69
    1. ※10
      白黒ページには写真もレシピも載ってるわけだが

      • +6
    2. ※10
      無いよ、これが当時の一般的なカラー印刷。

      • +13
    3. ※10
      加工技術もなく画質も悪いカラー写真で掲載するより
      絵の方が数段美味しく見えるんだよ

      • +18
      1. ※19
        高度成長期あたりに結構ガラッと変わったというか、
        戦後生まれの団塊世代はほぼ洋服で育ってそのまま大人になり
        結婚した若奥様はエプロン、ってイメージかな。
        田舎のお婆ちゃんなんかは慣れもあって死ぬまで着物で通した人も多かっただろうけど。
        色柄モノの割烹着なら、今でも農家のオバチャンとかが作業着として
        洋服・モンペの上に着てたりもするけど。
        現実には「着物に割烹着、ひっつめお団子髪のお母さん」は
        「会社から帰ると背広を脱いで着流しに着替えるお父さん」同様に絶滅ぎみでも、
        フィクションでは、’80年代ぐらいまでは
        「やさしい母」「権威的な父」みたいな記号的人物として残っていたように思う。
        (どちらかというと、主人公の母親あたりは現代的な洋服姿で
         友人宅の「何も問題ない幸せな家庭」のお母さんが象徴的描写として割烹着姿だったり。)

        • 評価
  8. 温故知新で食べてみた を見ると再現していて面白い。
    料理指導は海外経験のある上流婦人や、職業料理人、料理学校の先生等。
    代用品あり、見た目だけでも似せようとしたのか?というものもある。
    再現している人が料理下手、写真下手なのもあり、全体的に微妙だが。

    • +16
  9. うちの鬼籍になった親だと全部作れた
    当時のどのお母ちゃんらって味とはともかく
    なんでもうまきゃ作るという主婦の根性あった
    今は出来合いもあるのでわざわざ作る方法覚える
    心配必要はないが、それでも当時のおばちゃん精神の
    数%は見習ってもいいな

    • -10
  10. ウチには昭和40年代の婦人向け雑誌の付録が結構残ってるけど、メッチャ面白い
    着物百科に「同窓会はご主人の出世を競い合う場ではありません。着物を見せびらかす場でもありません。注意しましょう。」とか書いてあるw

    • +15
  11. 魚、野菜は今よりもずっと安くてタダみたいなもんだったろうなあ。
    肉は逆にまだ高級なご馳走感があったかもしれない。
    ソースとか味付けに関してはこのあたりから化学調味料礼賛が始まってる可能性があったり、小麦粉を煮詰めたクリームみたいなもんが多用されてたり、とくに洋風料理で今からすると口に合わないものも若干ありそう。

    • 評価
  12. 戦後5年でどれだけの食材が手に入ったのだろうか?
    それと着物に割烹着スタイルと言うのが、何時頃から一般的には見られなくなったのか興味があるな。記事中の単位表記が匁・分・寸・勺ってのも凄いな。
    主婦の友だけじゃ無くて、m・cm表記が主流になったのは何時頃?

    • +95
  13. 「フランス」が高級だったりおしゃれだったりした時代のの名残があるね。
    しかしフランス風なのに「蒸し煮」という矛盾w

    • +4
  14. ※ 10 画であることでパクリ+作ってない? 君すごいね。

    • +10
    1. ※20
      私の中では未だにフランス料理って高級とかおしゃれなイメージだけど
      まさか最近の若い世代ではそんなイメージ皆無なの?

      • +2
    2. ※20
      ブレゼといいまして、フランスにも当然蒸し煮があります。矛盾してません。

      • +2
  15. 白黒写真だったから着彩してんのかな?なんかいいね、昔は写真修正も筆だったなあ

    • +20
  16. 「子供の喜ぶ飾り卵」のいびつなヒヨコ?が気になって気になって・・・!!!(歓喜)

    • +8
  17. 「思いの外おいしい里芋とわかめの甘煮」で笑った
    思いの外は失礼だろwww

    • 評価
  18. 1950年はまだ白黒写真の時代だから、イラストで描かれてるのかな?

    • +27
  19. 当時の多くの読者は「作れた」と言うよりは「いつかは作ってみたいわー」とかいう感覚で眺めていたんじゃね?
    ファッションカタログ眺めて「このお洋服素敵だわー」とため息ついて、気分転換するのの延長みたいな感じでさ。

    • +8
  20. この作り方どおりに作ると、
    当時の味のご飯が食べられるんだなあ、きっと。
    実家にあった古いお菓子の本がそうだった。
    最近のお菓子とは全然違うものになる。
    是非作って食べてみたいです。

    • +3
  21. 子供が喜ぶ飾り卵
    この時代から子供のために細工する可愛いのあるんだね
    こういうのからキャラ弁が進化していったんだろうな

    • +47
  22. 鮒が気になるなぁ・・。
    一口だけ食べてみたい。

    • 評価
  23. 当時はカラーフィルムもたいへん高価(全部輸入)で、屋内撮影も感度が低すぎて無理。カラー印刷はコスト的にも技術的にも無理だったから、白黒写真を下絵にしたイラスト(合成着色)だったんだ。したがって食材の色は参考程度と考えて下さい。ww

    • +22
  24. 絵だったらどんな豪華な料理だって載せれらたよね

    • +12
  25. 手が込んだものが多い印象
    夏は食欲ないし支度も面倒だし、献立考えるのが本当に苦痛だよ~

    • +27
  26. リンク先読みはまっちゃった。お上品な奥様ふうの言葉づかいで文章が面白い。バターじゃなくて「バタ」とかチキンじゃなくて「チッキン」とか、餃子の読みは「コーツ」だったり。いろいろ興味深い。そして献立もめずらしい。絶対作ってみる。

    • +1
  27. うちのおばあちゃんとか夕飯時にいきなり行っても目茶苦茶豪華な和食懐石みたいなの作ってくれるの。
    おばあちゃんを見ると昭和までの主婦って手抜きもせずに全ての家事が色々体に染み付いてて本当に凄いと思う。
    ちゃんと毎朝出汁とって味噌作ってる昭和までのレシピだと様々な味付けでその人の個性が出るけど、今は顆粒だし、中華だし、コンソメなんかで世界中のレシピを見て皆似た様な味で簡単手抜きで美味しく作れちゃうんだもん、凄い世の中だよね。

    • +29
  28. この雑誌の5年前はさつまいもの茎やかぼちゃの種がご馳走だったんだよなあ。

    • -13
  29. ターゲットが中流以上だからなのかもしれないけど、
    あくまで家庭料理にも関わらず、この時期にしっかり
    盛り付けにこだわってるあたり、日本人の気質が
    垣間見れて面白いね。

    • +1
  30. この本が発行される1年前の1949年(昭和24年)には手塚治虫が
    「メトロポリス」を描いていて、戦争直後にこの近未来世界を!?と
    驚いたものだが、焼け野原の中だからこそ思い描いた未来予想図や
    贅沢への理想が盛り上がりつつあった時代なのかな。
    好きなだけ食べたい物のことを考えたり空想したりできるのは平和の証だね。

    • +9
  31. かわいいひよこサラダ、子供の喜ぶ飾り玉子、とかこの時代から可愛い物を料理にも取り入れてる日本はほんと繊細で素敵

    • +8
    1. ※40
      最近ではフランス料理も庶民的で手が届く範囲の料理が増えてきたし
      何よりフランス以外のヨーロッパの料理(特にイタリア料理)が広まったこともあって
      昔ほどはフランス料理に対して特別感はなくなったんじゃないか

      • +14
  32. この豊かさと暖かみ。
    サザエさんはこんな本を読んで七輪でメザシを焼きながら
    「パリに行きたいなあ」と黄昏れていたのだろう。
    今夜はメザシと菜っ葉漬けだけど、いつかそのうち、
    きっといつかは。
    上を向いて歩こう。

    • +18
  33. いや一寸待て!
    肉料理や卵はさすがに無理だが、年に数回・・・盆と正月にはこれくらいカラフルだったんだぞ?
    江戸の料理を書いたものなら、これよりさらに豪華だ(見栄え良く書いたかもしれんけど)

    • +3
  34. これ、グラビアみたいなもんじゃないかな?
    「うはー、美にゅう!」ならぬ「うわー美味しそう!」的な。

    • +9
  35. ここまで古くはないが
    モツだと世界の料理ショーで腎臓料理紹介されてて
    途中でもキドニーは癖があるって言ってたし
    あんなの食うのかと思った

    • +10
  36. 米欄の各々の食に対する意識が面白いね。
    自分は食べるのも料理も好きだから、ここに載ってるのが「普段は作れない特別なもの」とか「上流階級の贅沢」とかは思わないよ。
    娯楽かつ実用な誌面で素敵だと思う。
    戦後5年でこの内容ってのはすごいけど、戦時中抑圧されてたものが一気に花開いたって感じなんだろうね。
    お金のあるなし関係なく、今でも、特に田舎だと「食」が一番の楽しみだよ。

    • +20
  37. うちにもこの年代の婦人雑誌がいくつかあったけど
    主婦の友はあまり上流向けという事もなく結構下世話な記事も載せてたように思う
    祖母が婦人の友の内容と比較してそう言ってたのも記憶してる
    ちなみに婦人の友はその代わり洋服の型紙デザインが致命的に垢抜けないwとも言ってたっけ

    • +8
  38. 当時の食生活の中でも目一杯見栄を張った内容なのだろうけど、昔の人の生活っぷりが垣間見えるようだ。 昔の主婦は栄養バランスは元より素材を一から料理できるプロの料理人が多かったように思える。 そのせいかその道の第一人者として自信たっぷりに輝いていたのだろう。 今の主婦でそういう人は居るだろうか。

    • +16
  39. この豪華付録が当時の人々に何かしらの支えになったと思うと目頭が熱くなりますね。

    • +4
  40. 戦前から資産家の主婦でなければ、決して口にすることの無い料理ばかりですね

    • +1
  41. うちの母と婆さんの話によると、トマトを初めて食べたのは30年代に入ってから(しかも高い)。初めてのマヨネーズはおじいちゃんがどっかから作り方を聞いてきて作ったお手製(20年代後半だと思う)「へぇ~ハイカラだなぁ~」って思ったそう。ただしマヨネーズで食べた生野菜はキュウリだけだったらしい。母が結婚した時に作れたのは「手打ちうどん」と「根野菜の煮物」だけ。魚はさばけなかった。なぜなら出身地では生の魚は川魚しかなかなか手に入らなかったし、そもそも昭和30年ぐらいになるまでは戦争の影響で野菜もそれほど手に入らないので自家製がメイン。戦時中毎日食べてたのは、米が入っている気がする芋がゆだったそうな。ちなみにじいさんは役場勤めしてたから超貧乏ってわけでもなかったはず。

    • +3
  42. 絵だって良いじゃないか、文字通り味があってw
    写真で綺麗に撮れてても実物が残念な某ファーストフードとかあるしな。

    • +9
    1. ※54
      今だって大体どこの家庭も夫や子供の栄養状態を考えて料理を作っているだろうよ。

      • +2
  43. うちの母も初めて「カリフラワー」を口にしたとき、正体不明で気味悪くて吐いたと言っていた。
    昭和40年代の人気番組、グラハム・カーの「世界の料理ショー」で今じゃ普通にある料理も、当時は材料が日本で入手できず作れませんでした。

    • +9
  44. 昔は「米穀通帳」ってあったんだってね。
    お米の購入制限ってことかな。

    • +3
  45. オレのバアちゃんの家に、この本から5年後ぐらいに発売されたケーキの本がある。クリームをタップリ使ったケーキの作り方が色々出てて面白い。材料はどうやって入手できるのかは知らんけどな。

    • +13
  46. うちにもこんなのある。子どものころ、くわゐって何じゃとか思いながらやけに熱心に見てた。崩壊しないうちにスキャンしないと

    • -5
  47. 昔のケーキはやっぱりバタークリームなのかな。ほんのり黄色かった記憶が。

    • +1
  48. 暮らしの手帖とか、今でも割りとこういうノリだよね。

    • +9
  49. サザエさん掲載時代くらいの
    電気使えない頃の掃除の仕方、なんかも面白かったな

    • +8
    1. ※61
      懐かしい! 遠い世界の出来事として眺めていたよ。
      マーベルアニメ以外で初めて触れたアメリカ番組だったかも。
      声がたしか浦野光さんでポパイとか演った人。半眼気味で「マ~イク、君の奥さんは…」
      とか差し挟むアメリカ風ノリが新鮮で面白かったんだ。
      丸鶏の胸のあたりをふくらませて「お、こいつ色っぽいね」なんてのを覚えてる。

      • +1
  50. 昔の方が栄養バランスは悪かったと思うよ。
    乳児の栄養に関する記事見たら、徐々に改善してってたかもしれんが。
    食糧難もあるし。
    他の人が言うように流通の限界もあるから、魚の来ない場所で魚の捌き方は必要ない。
    家庭科、お料理本(これが伝統の行事食を駆逐したという部分もある)が普及した今の団塊世代くらいは栄養に関して学校などで習うけど。この世代は男子は家庭科やってないけど。

    • +7
  51. 昭和の食卓で「卵料理」って幸せの象徴なんだよなー
    明るい黄色が希望を感じさせる

    • +6
  52. 絵か写真かで盛り上がってるけど、
    これ白黒写真に彩色したもんじゃないかなぁ。
    絵っぽく見えるのは、結構手が入ってるのと、
    カラー印刷技術が未熟だったせいで。

    • +9
  53. 当時はカラー写真が一般的じゃなかったからな。
    出版社だってそう簡単にはカラーフィルムや現像セットを入手できる時代じゃないよ。
    一般レベルにカラー写真が普及したのなんて昭和40年代だし。

    • +1
  54. 今の飯とそれ程大差ないじゃないか
    何も問題ない
    私は全然大丈夫だ

    • +8
  55. 46歳ですが、私が小さい頃のメジャーなご馳走って
    「すき焼き、天ぷら、お寿司」でした。
    ステーキが「ビフテキ」と呼ばれていた時代です。

    • +10
    1. ※69
      食卓じゃないけど子供の頃にカーチャンが作ってくれたお弁当に玉子焼き入ってると嬉しかったな。
      今の子は唐揚げなどの肉料理なんだろうけど。

      • +4
  56. リンドフライシュって豚・鶏料理にあるけどドイツ語で牛肉って意味なんだよね・・・

    • +2
    1. ※70
      これ、一つ下の画像が左に来るんだ。
      見開きで「牛・豚・鶏料理」ってタイトルになってる。

      それで、タイトルが2ページにまたがってて
      左ページ(下の画像)に「牛・」、
      右ページ(該当画像)に「豚・鶏料理」で分かれてるから、
      「なぜリンドフライシュが豚・鶏料理?」って感じになってる。

      • +1
  57. 戦争中に物資不足で一時的に貧相な生活になっただけで、日本はその当時から先進国だった
    戦闘機や戦車や軍艦を自国で設計し建造し運用できる技術を持つ国は21世紀の現代でも限られてる
    大正時代、つまり江戸時代が終わって50~60年で若者は洋服を着こなしジャズを聴きソーダを飲みダンスホールで踊ってたんだぜ
    戦争が終わって物資不足が解消されたから文化水準が元に戻っただけ

    • 評価
  58. 焼け野原になった地方もあるにはあるが、日本の戦前戦中の経済レベルが余りにも酷かったという考え方もちょっと違うんじゃ無いかな、
    的なことを描こうと思ったら上で既に言ってる方が居たね
    日本の太平洋戦争はおおむね3年間で、戦中の物資が逼迫してたのは確かだけど
    裏を返せばそれまではそれなりに贅沢な生活を送っていたのが戦争に入り途端に苦しくなったとも言えるわけで
    その3年が経過して元の日本の活気を取り戻した、という方が近いとは思う
    無論焼け野原+帰還兵があふれかえったことによる、闇市の乱立した地域もあっただろうけどね

    • +4
  59. カラーグラビアだとハイカラな料理ばっかりだけど、
    レシピページだと三平汁とか鱈昆布とか、現実的な
    料理がいっぱいあるやん。

    • +2
  60. 昭和25年頃なら三種の神器と言われた
    (テレビ冷蔵庫洗濯機)がある家は、ほんの一握りだっただろう
    中卒で働かなければ生活出来ない家庭も沢山あったに違いない
    そんな中で特別な日でも、これらの物を食べられる人々は広い日本列島で一体何パーセントいたことか

    • 評価
  61. タモリ倶楽部で戦前だったかの絶滅した昔の家庭料理を作るという企画を以前やっていたけど、バナナとベーコンの炒め物とか、胡瓜を茹でて中に穴を開けて炒めた挽き肉を詰めて衣を付けて揚げたフライとかなかなか変わった料理だったの思い出した

    • +1
  62. 絵じゃなくて、白黒写真に彩色したものだよ。

    • +9
  63. イラストではなくて、白黒写真に着色したものだね
    それにしても広告が面白いね

    • +2
  64. 三井化学、岩井の胡麻油、山本山、ヒゲタ醤油、鎌倉ハム、イカリソース、味の素、カゴメ、日清、ミツカン。
    広告出稿しているすべての企業が存続しているよ!

    • +5
  65. 盛り付けが今と変わらないのが何より驚きだな
    日本の感性は昔から変わらんのだな

    • +2
  66. 動物の処理は鶏ぐらいだと四十年前から五十年前ぐらいだとご家庭でも丸鳥の処理をしたり、豚や牛の腎臓などの内臓を利用した料理はかなり作られていたようですね
    こういう食文化は大事にしたいものです
    手にはいる食材には限度がありましたでしょうから、その分盛り付けにもこだわったのかもしれませんね

    • +1
  67. 「主婦の友」はじめ婦人雑誌は食料難の戦時中もしっかり発行されてますよ。配給物資を使ったレシピとか到底食えそうにないものをどうやって食うかとか。
    というか、終戦時まで廃刊に追い込まれず生き残った数少ない婦人雑誌のひとつが「主婦の友」です。
    むしろ1950年といえば食糧事情がかなり改善された頃じゃないですかね。

    • +4
  68. 昔の雑誌についてこういうのもおかしな話だが盛り付けが「前衛的」というか
    なんだかけっして旨そうではないが芸術点たかいもの多いな

    • +5
  69. 両親ともに1953年生まれ、4人兄弟の末っ子同士。
    西日本の隅っこのど田舎だけど、一部の方が言うほど食糧事情はひどくなかった模様。
    テレビも父は3軒隣の友人宅で小学生くらいから見れたらしいし。
    父も母も、小学校高学年の頃には、帰宅→炊飯器開けて白飯よそう→醤油飯などにして食う→よっしゃ○○ちゃん遊ぼうぜー!だったとか。
    野菜と卵は自家製で、鶏絞める時はボロ泣きしながら絞めたと言われて1988年生まれの娘はカルチャーショックを受けたよパパン…。
    海近いとこだから魚中心食生活だけど、そこまで貧相でもなかったし、祖母が両方料理好きだったせいか盛りつけとか色々楽しくて、今の食生活を羨むことはそう無いって言われたよ。
    こういう雑誌で盛り付けの発想得ることもあったみたい。

    • +1
  70. ウチの母ちゃん、嫁入り道具に昔の主婦の友めっちゃ持ってきてて、小さい頃よく見てたなあ。
    アレが今の料理好きの原点だと思うわ。

    • +4
  71. 作るのが大変そうなうえに、まずそう
    1年一度の親族集まりなら作ってもいいが
    毎晩のおかずにこれなないわ~~~絶対いやw

    • +1
    1. ※89
      これがまずそうって…よっぽど貧しい食生活送ってきたんだなあ

      • 評価
  72. 今の眼で見ても凄い御馳走ばっかだな、当時これ食えた人殆ど居ないのでは?

    • +2
  73. 凄く美味しそうで素敵な絵!
    全体の色味や雰囲気もお洒落で堪りませんわ

    • +4
  74. 戦後すぐって食べ物がなかったように思われがちですが、地方では自分達が食べた上で都会から買い出しに来る人に売る程度の余裕はあったのです。物流が止まっていただけです。都会で食い詰めた人がマスコミで「貧しかった」を連発するので黙して言わなかっただけです。
    また当時の写真は白黒ですよ。手作業で彩色したものです。

    • +1
  75. フランス風鯛の蒸し煮のまわりに目玉があしらってあるとおもったら、
    洋松茸(マッシュルーム?)でしたw

    • 評価
  76. 手間かけて作ってる感じがしていいねえ。
    現代人ともなると、とにかく仕事だ勉強だーで時短レシピやらお惣菜、コンビニ飯で済ませてしまう…。
    時間のゆとりみたいなのがあったのかな、この頃は。

    • -1
  77. 戦前戦中戦後の文化や生活水準を漠然としたイメージで決めつけて語ってる人大杉
    ちゃんと解説してくれてる米もあるのにそういうのも読まないし
    上でさんざん突っ込まれてるけど、カラー写真が一般的じゃなかったんだなとかまず考えず変な方向に発想してる人とか、自国ネタだと条件反射で卑屈な見方が染み付いちゃってて自分でもそれに気づいてないだろ

    • +1
  78. マヌケなコメントしてら
    昭和25年つったら都内でもようやく食券なしでそばやうどんの外食が出来るくらいになった程度の食料事情だよ
    庶民向けの主婦雑誌に実現不可能なレシピを掲載するくらいに人が夢や希望に飢えてた時代だってこと

    • 評価

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