この画像を大きなサイズで見る8月14日に日本政府が受諾通告したポツダム宣言をうけ、連合国軍代表として米陸軍の太平洋陸軍総司令官・ダグラス・マッカーサー元帥が連合国軍最高司令官 (SCAP) に就任し、同年10月2日、GHQや進駐軍と呼ばれる連合国軍最高司令官総司令部が東京に設置された。
1952年4月28日、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)の発効とともに、GHQは廃止となったがまだ支配下に置かれていた1945年後半から1952年においての日本の都心部の町の様子を撮影した35mmフィルムが、60~70年も前の映像にもかかわらず保存状態もよく、高画質であるとして話題となっていた。
映像には当時の東京、横浜など都心部に住む人々の様子が鮮明に記録されている。
この映像はベルギーの音楽プロデューサー、Boogie BelgiqueがPVとして公開したものだ。戦後70年の節目となる日本だが、終戦からたった数年のうちに驚くべき速さで復興したことがわかる。
東京、新橋外堀通りの風景
この画像を大きなサイズで見る現在の東京新橋外堀通りの風景(google mapで見る)

追記:2015年8月18日
ブログhimagによると、この映像はGHQが撮影したものではなく、アメリカのハリウッド映画「東京ジョー」(1949年公開)の為に1948年に東京で撮影されたスクリーンプロセス用のフィルムであることが判明したそうだ。プロの映像スタッフが撮影した為にこのようなきれいな画質のものが撮影できたのだという。
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る













ためしに大画面にしてみてください。この映像が、いかに凄いかわかるから。
「活気がある」ってのがホントよくわかる映像
映像の質にも映ってるみんなの姿も本当に凄く素晴らしい
そういや仁丹って最近見ないな
やっぱり昔の日本の車ってかっこいいな
今は…
※4
大阪環状線に乗ったら玉造駅と森ノ宮駅の間に工場があって、夏場電車の窓が空いていたら仁丹くさかったのも遠い思い出です。
※4
じいちゃんが食べてたけど、仁丹って効くの?
めちゃめちゃ画質が良すぎる
BGMもなんかセンスいいんだけど
戦後のセンスなのかそれとも最近のPVの後付なのかしら?
みんな姿勢がよくて凛として生気がすごいあるね
こりゃあぼろぼろになっても復興してバブルを起こせるのも納得
こういう映像を残しておいてくれて有難いね。
※7
男性がみんな紳士ッて感じだし
女性もたたずまいに品があって素敵。
音楽いいんだけど一寸だけ中華風味なのね
昔のほうが歩道広かったんだな
まあ今より車も少なかったし当然といえば当然か
なんで音楽が中華風なんだろう?
西洋人だから日本の曲と区別がつかないのかな?
おぉ~!俺写っているかな?とか思って探したけど、考えて見たらまだ生まれていなかったわw
※12
女性の声(歌)が中華っぽいと感じるのかもしれないけど、戦前とか戦後あたりの日本の音楽ってこんな感じだよ。個人的にはその時代の音楽をちょっと現代風にアレンジした感じで、いいなって思うけどな。
景観が綺麗(道路の幅、時代軸、看板規制)
車がカッコいい
人が活き活きしている
今と大違い
進駐軍の持ち込んだアメ車に比べてダットサンや名も知らない国産車たちの小さいこと
戦争のあまりの悲惨さのせいで、
戦前の日本を、めちゃくちゃ古臭くて現在とは共通点が少ないもののようにとらえがちだけど、
実はそんなことはなくて、むしろ精神や経済の自由さが統制されて現在から隔絶されてる時期は、せいぜい1935年~1945年くらいのたった10年位の間の特殊な期間だけで、
戦争から解放されると、すぐに戦前の自由さと活力を取り戻したと捉える方が妥当。
資料目的に撮ったフィルムなんだろうけど、なんだか映画的な感じがするな。
※16
アメ車は進駐軍が持ち込んだんじゃなくて、日本の金持ちが戦前に輸入したものだよ。
進駐軍が乗ってんのはウイリスMB。
進駐軍の高官も持ち込んだアメ車に乗ってんだろうけど、流石にあの頻度で進駐軍の高官が通り過ぎたりしねーよ
この時代の人やたら歩くの早くねーか?
※17
ポツダム宣言でも「日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ」とあるように、戦前日本は「民主主義的傾向」にあったんだよね。
ヴェルサイユ条約でも民族自決原則が掲げられた時、アジア唯一の常任理事国として、非欧米圏、コーカソイド以外の民族自決を訴求したものの、未だ列強が帝国主義に拘泥する中では、まともに取り合われなかったり、何気に欧米より先進的な主張をしていたりした(それが目障りで、外圧を受けるようになったけど)。
マスメディアが描いた戦前像や、教科書が明確な言及を避けた部分を自分で調べていくと、それまでとは全く異なった戦前像が見えてきて、非常に面白い。他人の受け売りではなく、自分の歴史観を持っておくのは、非常に大切なことだと思うよ。
※17,※41
言わんとするところはわからなくもないのですが、きちんと戦前・大正デモクラシーの時代の限界を見据えておくべきだと思いますよ。太平洋戦争中に起こったことは単純に軍部の暴走ととらえるべきではないと思います。明治維新以来から藩閥・財閥・官僚制の禍根は芽を出していて。その延長線上に日本の産業化も大正デモクラシーもある。
戦時中の状況がひど過ぎたからと言って、それ以前の明治・大正が現代的な価値観からして素晴らしいものだったと考えるべきではありません。
たしかにその当時若かった人からしたら、人生の大半を占めてた戦争が終わって命の危険からも解放されたのだからなんでもない日々が嬉しいよな
管理人が追加で書いているがこれは終戦直後のドキュメンタリー映像ではなくて
ハリウッド映画の撮影の映画なんだよね。
何十年も時間が経ってしまうと何が真実で何が嘘かが解らなくなってしまう。
※18
>資料目的に撮ったフィルムなんだろうけど、なんだか映画的な感じがするな。
みんながドキュメンタリーと思ってレスしている中で見抜いたのは君、すごいぞ
この頃の車にはウィンカーは付いて無くて、方向指示は赤い矢羽根の方向指示器がピョコンと跳び出す方式だった。
おおおおおいいね~
なんだかこの頃の日本人と現代の日本人も結構顔つきが違う
なんでのっぺり細めが増えたんだろう・・・・・
モノクロとはいえ現代の再現ドラマじゃまだ絶対に表現できない実感みたいなものがあるね(まあ映ってる人は役者・エキストラかもしれないけど)
手書きの看板もレトロカーも着物も丸メガネも単品じゃ異質で古臭いのにこうして風景まるごと映してみると当たり前のように感じる
映像に残すってことはほんと素晴らしい
こんな高性能のカメラをすでにこの時代に作ってた国と
戦争してたのかよ…。アメリカは当時すでにフルカラーで
アニメ作ってたよね。ゼロ戦がたどり着くことすら
できなかったニューヨークは高層ビルが立ち並んでいたし。
変わってるんだけど
なんだかあんまり変わっとらんて感じもする。
良いところを写したのか?と思えなくもないけど、
この映像に映ってる人たちが戦後の日本を支えて
高度経済へ突き進んだと思うと感慨深いな
戦中の映像でテレビにあがるのは焼け野原や遺体とかが多いので、こういうのを見ると救われた気分になるよ。
もちろん記録のために惨状をおさめとく必要は絶対ある
姿勢がいいし身なりがキチンとしてるよなぁ。
まぁ田舎とか下町のほうはそうでもないんだろうけど。
階級ごとの住み分けとドレスコードが今よりずっと強かったんだろうね。
昔のおじさんはハットを被ってるから格好良いんですよね。
今のリーマン達はハットを被らない。なんでだろう?
この動画ここで前にも観たことある
横浜は映ってないなあ
あるとすれば米軍に接収されてる基地内ぽい
あんまりカメラ目線の人がいないね。
珍しがって見たりしそうだけど
90歳くらいで存命の人なら「ああ、これ俺(私)だよ」って言っちゃう人も居るんだろなぁ
※30
蒸れが禿の原因になるとされているからでは?
やたら高級車と軍用車両が目立つなと思ってたけど、そりゃ
そうだ。まだ大衆車なんてほとんど存在しない時代の映像
だもんな。
しかし復興が早いな、見ると電線とかインフラ整備がされてるし道にゴミひとつ落ちてない
戦後は瓦礫の山だったろうに、それでも、これから高度経済成長を迎える爆発的な活気はあるね
原本のフィルムから落として、全くいじってないなら凄い画質だと思うけど、見た感じデジタル化してレタッチしてる気がする。
血みどろになって無残に死んでいった人が大勢いた一方
こうやって数年でこんな風になっているところもあるなんて…
帽子をかぶってる男性が今よりずっと多いね
※36
石原慎太郎あたりの世代が反抗してすたれさせたって、話を聞いたことあるけどね。嘘か真かはわかりませぬ。
今の東京も70年後には、この動画を見る感覚になってるんでしょうね。
画質が良すぎてビビった
ジープが多いね
やっぱり和装の女って素敵だ
大好きだね
※43
Youtubeのコメントによると歌は「薔薇處處開」(バラがそこら中に咲いている)で、50年代の同名の香港映画の主題歌とのこと。リフレインで「チアン・ウエイ」と言ってるのが薔薇(そうび、しょうび)の現代普通話(北京語)音。
8ミリじゃなくて35ミリフィルムか。
すげー画質だ。
正確にはいつの物だろ
終戦後2,3年にしては復興が早すぎるきがするけど
直後ではないね。
数年はたってる。
昔の画像とは思えない画質
ほんの数年前まで鬼畜米英とかいって殺し合ってた相手を受け入れてあっというまにここまで復興する日本人の手の平返しの素早さ
日本人の特性なのか、暗黙のルールに従って整然と行動しているように見える
さすがにこの時代にはカメラにVサインするヤツはいない
という事に驚いた
信じられないほどの高画質!これに色が付いたらと思うと…
BGMがイマイチなのはご愛嬌?
貴重な映像だな
撮影の仕方が街を歩く人の目線だから、表情や仕草、持ち物なんかが良くわかる。
当時の繁華街はこんな感じだったのか
今の映画も保存しておくのはフィルムみたいだしね
想像よりもずっと身なりも街並みも綺麗で驚いた
※54
仁丹は生薬配合なので一つ1500円もします。
子供の時バカだったから仁丹とケーキの上に乗っている銀色の粒(アラザン)と樋屋奇応丸と宇津救命丸の区別がついていませんでした。
ちなみに森ノ宮の工場は滋賀県に移転して現在ホームセンターになっています。仁丹もまだあるけど、本業は薬のカプセルとか、サプリメントが主力みたいです。
復興っていうのは、自力でやってたナンボのもの。
それが世界的に検証されたのは、アチェの地震と津波の時。
被災者がボランティアや先進国をあてにして、何もしないと何時までたっても復興しない。日本の某所も補償補償言ってる所はなかなか変わらない。
戦後の日本が早く復興したのは、頼らずに自力で追いつけ追い越せとやってたからだよ。未だに、70年前の補償とか言ってる限り、良し悪しは別として、先進は無理って思った方がいい。
驚異的な復興とよくいわれるが、自分的には驚異的でもなんでもないと思う。
破壊されたものを戻しただけ、物資と食料が外から入れば、そもそももっていたものを復元するだけの能力が日本自体にあったという証拠。
経済にしても、産業にしても、戦前から他国に頼らなくてもある程度までは自力でまかなえる国だということ。
民主主義についても、大正デモクラシー以降、相当日本人には身についていたし、戦前の10年くらい間違った舵取りにより戦争となったが、民衆の心は戦前も戦後も同じなんだよ。
何も知らない欧米は鬼畜の日本人が戦争したというが、結論は一部の軍国主義により国民が誘導されただけで、昔から日本国民は平和を愛し、勤勉に働く人種なのだ。それは今も変わらない。
ナイトレートフィルムだろうな
可燃性で保管が難しいけど保存状態がよければ画質はすごく良い
たった数年でとは思えないほどの賑いっぷり。
元の場所に、ほぼ制限なしで「どんどん元に戻して良い」となれば、復興もこのくらい進むんだろうな。さらに日本の隅々まで都市部までぶっ壊されたとあれば、復興にかける「国民」の意識もそれこそ「一丸となって」だろうし。
この時代人間のゆとりが現代よりずっと感じられるワニね
江戸時代とかの写真もネットとかでみるとずっと活気に満ち溢れてるワニ
1:15で店に入ろうとした進駐兵が帽子を落としてワロタ
バスの型式とか見ると1950年代近くなんだろうか
戦後の映像で国民服を見るとなんだか新鮮だな
歴史年表では1945年8月15日で「戦中」と「戦後」で明確な区切りがされているけれど
当時の人々は1945年8月15日以前の延長線上に暮らしているんだよね
不思議だなあなんだか
これどうやらGHQが撮ったものではなく、ハリウッド映画「東京ジョー」で使う背景映像として撮られたものみたいです。
1948年に東京で撮影されたあの35mmフィルムの正体がわかった!! : himag
ttp://himag.blog.jp/45957239.html
>これは「東京ジョー」のスクリーンプロセス用に東京で撮影された素材のアウトテイクなのだ!
>だから当時のハリウッド映画のスタッフが意図を持って東京で実景として撮影したのだ!
>この映画のスクリーンプロセス用の東京実景はもっと大量にあるはずだ!!!!!
>その35mmフィルムには1948年の超鮮明な東京が写っているはず!!
>みんなで引き続き探そうではありませんか!
こういう映像はまだまだあるんだろうな
絶対に表に出せない物とか
この映像も証明の為に撮られた物だろうし
戦争のせいで、戦前の文化的繋がりが途切れてしまったのが残念
そのまま進歩し続けてたらどんな日本になっていたのだろう