メインコンテンツにスキップ

いったい誰が?何の目的で?謎に包まれたシベリアの孤島にある1300年前の遺跡「ポル=バジン」

記事の本文にスキップ
この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 シベリア奥地の湖に浮かぶポル=バジンは、一見したところ城塞にも監獄にも見える。だが、1300年前に作られたと思われるこの長方形の島について、はっきりしたことは何一つ分かっていない。誰が建て、なぜ放棄されたのか、その使用目的すら謎に包まれている。

 歴史家と科学者からは様々な見解が示されており、人を収監するのではなく、むしろ人を呼び込むための施設との説、あるいは離宮、修道院、天文観測所なのではないかと推測する専門家もいる。

 トゥバ語で”土の家”を意味する『ポル=バジン』は、モスクワから3800km離れたモンゴルとの国境付近に延びるサヤン山脈とアルタイ山脈の狭間に位置する。最初に発見されたのは1891年のことであるが、1世紀以上経った今現在も作られた目的はおろか、捨てられた理由も分かっていない。

この画像を大きなサイズで見る
シベリア南部の山間にある、人里離れた湖の中央に浮かぶ謎の島ポル=バジン。
この画像を大きなサイズで見る
○レーザーマッピングによる3D再現画像。

 1950~60年代に調査が進められたほか、2007年にも大規模な調査が行われ、人間の背丈ほどの粘土製の平板、漆喰の壁に描かれた絵画、巨大な門、木の燃え跡が発見された。

 専門家によれば、テュルク系遊牧民族による遊牧国家、回鶻(西暦744~840)と同時期に建設されたものだが、居住地や交易ルートから遠く離れた辺鄙なこの場所に城塞らしきものをあえて築いた目的ははっきりしていない。

この画像を大きなサイズで見る
ポル=バジンは、モスクワから3800km離れたモンゴルとの国境付近に延びるサヤン山脈とアルタイ山脈の狭間に位置する。

 敷地は密集し、利用されている建材と共に、中国の伝統的な建築様式を垣間見ることができる。1300年前のものとされているが、壁の多くは非常に保存状態がいい。また、2区画に分割されている中庭の主要構造物は瓦屋根の通路を持ち、石の基礎の上に立てられた36本の木製柱が支えるものだ。

 また、厳しいシベリアの気候、しかも海抜2.3kmの地点という条件を耐えたにもかかわらず、暖房設備の痕跡が見られない点も謎である。

この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る

発掘された品は8世紀中頃のものと思われる。

この画像を大きなサイズで見る

屋根からは中国の建築様式の影響がうかがえる。

この画像を大きなサイズで見る
via:dailymail・原文翻訳:hiroching

 2007年にプーチン大統領がアルベール2世モナコ大公と共に訪れた際には、「これまで色々な場所を訪れ、多くの物を目にしてきたが、こんな場所は初めてだ」と、困惑しながら感想を漏らしたそうだ。

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 136件

コメントを書く

  1. 敷地は密集し、利用されている建材と共に、中国の伝統的な建築様式を垣間見ることができる。
    だいじなことなので(ry

    • +8
  2. 定住していたんじゃなくて夏の間だけ王族の避暑地として使われてたのかもね

    • +164
    1. ※2
      わかる
      王様になったら絶対作りたいもんなこれ

      • 評価
    2. ※2
      それだ!
      暖房設備もないのもこれなら説明がつくね!

      • +1
  3. 平安京と同時期だから、ここを調査したら平安京がどんなだったかの参考になるかもしれん。

    • +54
  4. これ空飛ぶ乗り物手に入れたらいけるめっちゃ強い敵とか出るとこだ

    • +130
  5. 配置が平城京や平安京と似てるのな、と思ったら
    元ネタの中国のほうに似てたんだね

    • +50
  6. 中国は唐の時代か、交易の拠点とかそんなんかしらん?

    • +12
  7. はじめてみた・・・(・Д・;)
    世界にはまだまだ
    不思議と謎の大冒険があるんだね・・・・

    • +61
  8. 中国っぽいなぁと思ったらやっぱりそうなのか

    • +19
  9. 困惑するプーチン…( ; ゜Д゜)ゴクリ
    まずい、萌えた

    • +39
  10. シベリアの孤島ときいて北極海かと思ったら、
    湖の中に浮かぶ島なんだね、そらそうか。

    • +9
  11. グーグルマップでテレ=ホリまで行ってきたけど場所の特定出来なかったくやしい。
    水位が変わって湖岸線変わってんのかな。

    • +3
  12. シリアだと思って中国っぽいなと思って見てたらシベリアだった

    • +5
  13. エイリアンに荒らされたんだろう
    平安京っぽいだけに

    • +8
    1. ※19
      道に穴を掘った形跡がたくさんありそう

      • +2
    1. ※21
      ありが㌧
      でもまだストリートビューは入ってないっぽかった。

      • +4
    2. ※21
      見つかったよありがとう!
      モンゴルにもテレ=ホリってあるんだね。
      何を血迷ったかそっち探してた。

      • +1
    3. ※21
      グーグルアースで遺跡が確認できるね
      遺跡と遺跡近辺の画像もある

      • +10
  14. 中国ってかシルクロードの香りがする、獅子の顔立ちとか瓦文様とか。
    遊牧系民族の夏の宮殿かなあ?前の世紀まで夏冬で宮殿や宿営地変える文化あったし。
    一時かなり栄えたが、戦に敗れ、その民族の宮殿は廃棄されたとか?

    • +24
  15. ロシアの体力がさらに弱った時、中国が所有権主張や領土拡張に動き出しそうだ。

    • +9
  16. 場所的に中国から伝来しててもおかしくはないな。
    モンゴルもそっち系の建造物多いし、離縁された中国系モンゴル王侯貴族あたりが移り住んでたとか?

    • +5
  17. それにしても、なぜ今まで出てこなかったんだろう?
    とても惹かれる。世界遺産級。

    • +23
  18. 交易ルートや居住地からは離れているとのことだし
    やっぱ宗教施設なんじゃないかと想像
    夏の決まった日に氏族が集まって大きな祭礼が行われて
    祭りが終わればみな平原に帰っていく…みたいな

    • +17
  19. 東洋のモンサンミシェル?
    中央アジアはロマンをかき立てるな

    • +9
  20. トゥヴァはファインマン先生が行きたかった所だな。

    • +4
  21. 中国の戦いに負けた王の城 追ってから身を守るため人里離れた場所に城を作ったと思う

    • +4
  22. 最初のイメージでは西洋のキリスト教施設に見えたんで
    (モンサンミッシェル的な離れ島か、軍事要塞かと;;)
    復元図の中国風の絵に違和感感じたわw;
    たしかに左右対称だものね

    • 評価
  23. ウイグルが唐の築城術を導入していたことがはっきりわかる。同族間の争いが頻繁にあったから、草原地帯ににらみを利かせる為に各地につくられた拠点の一つだったんじゃないかな。湖上の島に建てられたか地形の変化で湖に囲まれたから完全な破壊を免れたんだと思う。
    安史の乱の平定にウイグル軍が協力しているけど、その時期に唐の技術者が派遣されたのかな。

    • 評価
  24. 湖の方をもっと調査した方がいい。人が居たのであれば生活の痕跡があるはず。

    • +1
  25. 位の高い人物を軟禁する監獄だったとか?

    • +26
    1. ※33
      ウイグル族の関係だったのですね。
      記事にはなかったけど調べたら色々出てきたので参考にします。

      • +1
    1. ※34
      とにかく生活跡はあまり無いらしい。そもそも未完成で放棄されたとも考えられている。
      調査によれば、建物は757年ごろに建てられたらしい。このころ758年、唐の若い王女(かわいい)が悲しい事情でウィグルに嫁に出されて回鶻の都城に入ったと歴史書にある。というのが関係あるかどうかは知らないけど、(かわいい)嫁のため湖の中に都っぽい宮殿作ろうとしたんかなーとか想像するとオッサン無理すんなよって思う。ちなみに嫁もらったウィグルのオッサンは1年もせずに死んじゃったので、このとき放棄されたのかもしれない
      (以上、参考wikipedia中国版ほか)

      • +3
  26. どの古代遺跡も正直今の感覚だと住むとこちゃうよな。
    廃鉱村みたいなもんで、資源産物が枯渇したか、産業の変化で地域廃棄したんだろうか。

    • +8
  27. 年代的にウイグル帝国のような気がするが。

    • 評価
  28. 王族の避暑地か、城塞かだと思う
    湖の真ん中に建てられているのは避暑のためか敵の攻撃を防ぐためかどっちだろう

    • +4
    1. ※37
      環境の変化によってソレまで出来上がってた移動ルートが使えなくなったりとかで、捨てざるを得なかったってのもあると思う
      陸路は徒歩や馬等で物理的に移動出来る場所と距離に、現代とは比べものにならない制限があったし

      • +8
  29. 中国の新興宗教団体が作ったサティアン的な施設じゃないの
    教祖が死んで衰退して放棄されたとか

    • +1
  30. 王族の夏の避暑地説を推す。
    王族が夏の一時期暮らすのだから城壁も必要だろ。その王族の衰退と共に、トマソンの様に忘れられた地となったのでは。
    或いは、何かの儀式を行う為の施設、或いは疫病に感染した者達を治療する施設など。

    • +9
  31. 暖房設備を備えておらず、家屋が密集して存在している…
    やはり避暑地か祭礼の為の施設の様な気がして来ました。
    或いは要人の為の、密談や会議を行う場所かも?

    • +4
  32. 当時の気候が今とたいして変わりないなら、食料貯蔵地とか??
    それなら暖房機構は必要ない

    • 評価
  33. 孤島にあったのが上手く手付かずで残った感じがいいね

    • +1
  34. ニコライ・レーリッヒが探していたシャンバラか?

    • -3
  35. 避暑するほど暑くなる土地かなぁ。
    居住建物には見えない。
    周りにある小さめの建物もなんだろ?
    倉庫群にみえる。

    • +4
  36. 何かの争いで追われた民族が逃げ込んだ集落かも。始皇帝の時代にも多くの難民が朝鮮半島に逃げて秦人とか呼ばれていたらしいけど、似たようなことがあったんではないかな
    でもこれは兵糧攻めにあったらひとたまりもない気もする。だけどここまで攻め込んでくる連中もいないというのはあるかもしれない。

    • 評価
  37. 直線の橋?が綺麗に残ってるのがひそかに印象的

    • +3
  38. 一時栄えて城や町が出来たものの時代の経過とともに要地として機能しなくなったんじゃないかな
    ヨーロッパではよくあること

    • +7
  39. 田舎だという前提が間違いで、
    周囲にものすごい遺跡が埋まってるんじゃないの

    • +3
  40. 避暑地かと思うけど、シベリアで高地に行く必要はあんまりないよなあ
    発見されてない貿易路がまだあってその中継地点とか?

    • +3
  41. 用途不明の人工物ってミステリアスなのと同時にちょっと怖く感じるわ

    • +2
  42. ま、ちょっと作った程度の何かだろ
    どっかに人がいればそりゃなんか作るさ
    意味を過剰に求める必要は無い

    • +1
  43. 儀式に使った祭殿とかはどうかな?これだけの物を実用性の低い場所にわざわざ作っただけの文化と力があったなら、そういう場所は必要になったと思うんだよね。遺骨も何も出てこないなら、やはり居住はしてないだろうと。

    • 評価
  44. なんのことはない、地形が今と昔で変化してたというオチ。
    この遺跡が建造されてたころは周囲と陸続きだったんだろう。

    • -1
  45. >暖房設備の痕跡が見られない点も謎である
    何を根拠にしてるんだろう。
    中華系なら火鉢で暖をとるものであり、西洋のような暖炉は無くて当然だが…

    • +2
  46. シナが力を付けてロシアが衰えたら紛争地域になるな。
    思われるのは単于にさらわれた古代シナ人の為に作られたんじゃないかと想像。

    • +1
  47. 東突厥と隋唐の国境付近、ウイグルが台頭してきた時期で東突厥の滅亡と同時期
    交易拠点も兼ねた砦ってところじゃねーの

    • +6
  48. 他にもプーチンを困惑させたものがあるぞ。
    「日本人は他に類を見ない状況にある。なぜ彼らが地震地帯に原発を建てるのか私には理由がわからない。日本全体が地震地帯なのだ。」

    • +2
  49. こういう遺跡とかオーパーツ関連の本は好きでよく読む方だけど
    こんな所は初めて知った。いや~、世界は広いっすね。

    • +4
  50. 全体マップに載らないクリア後に行けるめっちゃ強い敵が出てくるエリアだよなあ

    • +4
  51. ここは回鶻の夏の都(離宮)だよ。
    本首都は別にあった。

    • +5
  52. 中国の王族同士の争いで負けた方がおちのびて造った都じゃないかな

    • +5
  53. 土地に用があったから上に乗っていた建物は切り取って棄てた

    • +4
  54. 1300年前と今のシベリアの気候が全く同じといえるのかねえ・・・
    古代エジプトは現在の砂漠とは打って変わって温暖湿潤だったというし

    • 評価
  55. 中国かぶれの地元民が中国もどきの宮殿を作ったんだろうな。
    日本にもいろいろあるけど。

    • -2
  56. 中国の唐ってのがそもそも
    西方の行商人だった人が
    中国の官僚になって乗っ取った国だからな
    唐の文化は大部分アラビアの文化

    • +1
  57. なるほど、中華風の後宮ということか

    • 評価
  58. 歴史小説家や歴史映画のネタになりそうな場所

    • 評価
  59. 既出かもしれないけど、最後から二番目の丸いもの…
    自動車のタイヤにしか見えない。
    きのせいかな

    • -4
    1. ※88
      しったか乙
      北朝の貴族の家系で将軍を出してたから行商人ではないだろ
      あと唐が成立したころのイスラームはまだ東方に影響力を持ってない

      • +4
  60. 監獄は無いわな。当時なら砕石所とかで労働させるだろうし。
    現代みたいに単に閉じ込めるくらいなら殺すだろ。

    • +22
  61. 城ではないな。中国式だとしても城門が一重しかなくて甕城構造になってないし、逆襲用の裏口や軍勢を出し入れする船着き場もなさそう。
    軍事拠点ではなくて居住用だな。

    • +1
  62. 遊牧民族が季節限定の中継地点として使っていたのでは?

    • -3
  63. まさに平安京
    都造りの原点はここかもね

    • +3
  64. こんな場所にこんな大規模な工事できるって相当な財力と権力だよね。王族ぐらいしかこんなことできないんじゃない?

    • +1
  65. 生活の様子がないようであれば、生きてる者のために作られたのではない兵馬俑みたいな死者の都とかということもあるかなあ

    • +2
  66. 現代の刑務所のような意味での監獄ではないだろうが
    身分が高い人間を隔離・軟禁するための施設だった可能性はあるだろうな

    • 評価
  67. 時々思うんだが「中華文化圏」と「中国」は別物よなぁ。
    中国の遺跡を見てると、どこまでを「中国」とするのかってくらい幅がある。
    影響は一方通行ではないはずだから。
    日本も文化圏ではあるから、ひっくるめて中国と呼ばれると違和感あるように
    ウイグルの遺跡ならウイグルと呼びたいと思う。

    • +5
  68. まあ、こういうものは大抵祭祀場なんだよね。
    部外者には不思議でも、当事者にとっては祭祀=内政・外交だから、労力を費やす意味がある。日本にも山の頂上とかに社があるじゃん?外人が見たら「なんでわざわざこんな場所に建物を・・アメージング」ってなる。それと同じ。

    • +5
  69. 刑務所はないんじゃないかな?
    その当時にも犯罪者はいただろうけど今よりは少ないと思うし
    いたとしても集落から追放すればいいだけの話

    • 評価
  70. > テュルク系遊牧民族による遊牧国家、回鶻
    と記事にある。テュルクとあるから中央アジアに覇を唱えたトルコ系の祖先(突厥もトルコ系と言われている、テュルクと言えば近代トルコのアタ・テュルクが有名)、回鶻はウイグルの昔の中華帝国側の呼び方。
     現在の中国西域のトルキスタンのウイグル族はイスラム化しているが、ここの建物は中国風を採用しているから、ウイグル族がイスラム化する前のものと思われる。
     目的は、上記の何人かが指摘しているが夏の避暑宮と思われる。
    実は後年のモンゴル帝国も同様の夏の避暑宮を持っており、マルコポーロはそこに行ったことがあるらしい。

    • +2
  71. 1000年くらい後に、今中国で乱造されている鬼城もこういう不思議な都市廃墟扱いされたりして。

    • +11
  72. 日本の箱物行政みたいな無意味な建造物作って誰かが儲けるみたいな構造が当時にもあったんじゃね?

    • 評価
  73. フビライの墓かとも思ったけどももっと前のものだった

    • 評価
  74. ※多くて埋もれてるけど、ウイグル族に嫁いだ中華の王女のため建てられた宮殿、って説好きだな。
    降嫁した王女の存在がなくても、彼ら中央アジア圏の歴史を振り返れば、中華の王権に属するか完全独立するか、意見の対立から内乱、中華風の宮城は放棄、の流れになった可能性も高そうだ。

    • +2
  75. 115
     考古学や史学的証拠がないから断定できないだけのことでは?
     断定されていないのは出土品に文字がないのと該当する記録が残っていないからだと思う。中国の文献あたりにありそうな気はするが。
     骨が出土すれば、モンゴル系かトルコ系、スキタイ系、チベット系かわかるだろうから、現時点では骨も出土していないのだろう。

    • -1
  76. 実は造成途中で放置された埋立地だったりしないか?
    土だけ中国からトラックで運ばれてきたとか?

    • 評価
    1. ※115
      遊牧民が季節にわせて各地に拠点を持っていたのは誰でも知ってることだよ。
      避暑地だとしたら研究者たちは悩んでないと思うよ。

      • +3
  77. 新興宗教か何かだったのでは?教祖が自分の宗教の楽園をつくろうとして信者が協力してつくろうとした、が造成中に教祖が亡くなり信者も散り散りになったとか。

    • -1
  78. そんなあ、新興宗教の終了で、立派な建築物放棄だなんて……ツタンカーメンの父王の生涯を連想させて、実にワクワクするじゃないかw

    • 評価
    1. ※118
      その当時は生産力が20世紀以降のように
      有り余っていたとはあまり思えないけど。

      • +2
  79. 多分津波で来て放棄したんじゃないな・・

    • +5
    1. ※120
      王女と関係あるかどうかはともかく、この遺跡の時代、たしかに中華に対する価値観が大きく動いたのは事実。
      ウィグルとかすでに軍事的には唐を圧倒していたわけで、王女を嫁に貰っても(これは史実)周辺にドヤ顔すれば政治的にはもう十分。それでも、やっぱり文化的な憧れはあっただろうし、寧国公主(嫁)はかわいいし(きっと史実)。
      でも両国ともトップが死んで、嫁も結局帰っちゃったし、一気に中国無用論にまで傾いたのか、このあと大軍で唐に攻め込む…

      • +1
  80. ヨーロッパや中華文化圏から見るとド辺境な場所だけど
    遊牧文化圏の感覚ではそんな田舎でもないのでは?
    アルタイ山脈とサヤン山脈って古くからトルコ系遊牧民が住んでたところだし。
    離宮説に賛成

    • +2
  81. これは初めて知ったなー、他の人も言ってるけどRPGの隠しマップっぽい
    ところで、このサイトのコメント欄はシステム的に優れていますね
    レスに付いたレスの流れとか追いやすい
    他のサイトや2ch専ブラでは、ポップアップしてもコピペできなかったりする論外のシステムがザラにあるのに

    • 評価
  82. 一応書いておくが格子状の畦は、調査のために作った畦だからな。あんな四角い囲いが合った訳じゃないからなwあ~やって土の堆積なんかを調べるんだからな・・・

    • +2
  83. 島の全景写真、手前に小さな噴火口とその周辺の隆起、そこから流れる小さな火砕流の跡…のように見えるのは私だけ?
    この島はなんだか暖かいなぁ~、で建物たててたら噴火で、そのまま放棄って流れが見える気がする…。

    • -2
  84. 何故か太宰府とか多賀城おもいだしたのだ

    • 評価
  85. 今の文明も滅びて2万年経ったら未来の知的生物はどんな考察するんだろ
    どこかのおじいさんが作った城のミニチュアを小人がいた証拠とか議論するのかな

    • 評価
  86. 元々山だった所で何らかの残骸が見つかったことをきっかけに、現代人が掘り起こして遺跡を探すうちに要塞っぽい地形に仕上がった。

    • -1
  87. RPGの終盤で行ける神殿だな(ゲーム脳)

    • +2
  88. これ一見中国っぽいけど、日本の神社なんだよな、なぜなら本殿が、後ろにあるから中国の建築物に本殿はない
    ここ一帯にヤマトゥと呼ばれる国の民族がいてそれが日本のヤマトのルーツとか言われてるみたい

    • -4
  89. 東北の竜宮伝説の文明とつながってそうだな。

    • +2
  90. その頃、中国の北方にいたどっかの遊牧民族が建てたものじゃない??

    • -1
  91. 「セレンガ石に刻まれた碑文によると、この王宮は葛勒可汗が750年に原住民との戦いに勝利したのち建てられた」と記している[4]。葛勒可汗は回鶻の主として唐の内乱鎮圧に関与し、その皇女を娶った[5]。
    wikipedia日本語版にはこう書いてあったよ。

    • +1

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

自然・廃墟・宇宙

自然・廃墟・宇宙についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。