この画像を大きなサイズで見る神話には、伝説の王や神や怪物が住んでいたとされる場所が出てくる。
アトランティスやシャングリラが実在したとは思えないが、神話の中には思いのほか真実が含まれている場合がある。
ギリシャ神話のミノタウロスの迷宮、北欧神話のヴァイキングのヴィンランド、聖書に出てくるソロモンの神殿など、特定の場所が単なる寓話以上のものだった可能性もあるのだ。
ここでは考古学者が、実際に存在していた可能性のあると考えている、神話上の9つの場所をあげてみよう。
トロイ(トルコ)
トロイはホメロスの『イーリアス』やウェルギリウスの『アエネーイス』に出てくる主
要都市だが、古代ギリシャ神話の中でもっとも伝説的な場所のひとつだ。
神話の中には、トロイ戦争への神々の介入、スパルタの英雄アキレスの半分神がかった特質、ギリシャ兵が中に潜んだまま贈られた木馬など、多分にフィクションめいた描写が織り込まれている。
だが、考古学者たちはこれは一部は真実なのではないかと考えている。
トロイの発掘調査責任者、チュステム・アスラン氏は語る。
トロイ戦争は本当にあったことだと思います。ただし、ホメロスが描いたようなものではなかったと考えます(チュステム・アスラン氏)
トロイ遺跡の発掘調査は150年近くも続いているが、現在わかっていることは、ここに4000年間人が居住してたこと、ホメロスのトロイ戦争が起こったとされる後期青銅器時代に、トロイ人たちが突然外部勢力の反乱に備え始めたということだ。
トロイが重要な場所なのは、現在のカラメンデレス川(当時のスカマンデル川)の河口にあるためで、ここの港を支配すれば地中海とエーゲ海を支配できるからだ。
だから激しい戦闘の証拠は沖積層の下に眠っているのではないかという。
この地域には、トロイ以外にも神話にまつわる遺跡がある。
紀元前6世紀に建てられたアポロ神のための壮大な神殿アポロン・スミテイオン、古代の造船集落アンタンドロス、『イーリアス』と『アエネーイス』にも出てくるイダ山の聖なる森などだ。
これらは半神の英雄アエネーイスがトロイ陥落後、脱出してからたどった道アエネーイス街道を構成している。
この画像を大きなサイズで見るメデゥーサのねぐら ゴーラム洞窟(ジブラルタル)
ジブラルタル海峡のヘラクレスの柱の基部にある自然の洞窟ゴーラムは実際にある場所だが、その地下はギリシャ神話と大きな関わりがある。
洞窟の奥深くから、紀元前6世紀頃の陶器でできたゴルゴンの巨大な頭部の破片が発見されたのだ。
ゴルゴンはその姿を見ると石になってしまうという3人姉妹の怪物で、船乗りたちに恐れられていた。
英雄ペルセウスが、ジブラルタルの岩近くで眠っていた、蛇の髪もつ一番邪悪な三女のメドューサの首を切り落として退治したとされている。
考古学と歴史の記録、地理、神話を組み合わせて、このゴーラムの洞窟がメドューサが倒された場所としてもっとも可能性が高いと結論づけられた。
ここはゴーラム洞窟群として英国の世界遺産に登録されていて、ツアーに参加すればその入り口に入ることができる。
アーサー王が生まれたティンタジェル城(英国)
ジェフリー・オブ・モンマスが『ブリタニア列王史』の中で、ティンタジェル城をアー
サー王誕生の地と書いて以来、英国コンウォールの岩だらけの海岸にある13世紀に建てられたこの要塞は、常にアーサー王と結びつけられてきた。
だがつい最近まで、この城塞の下にアーサー王との関わりを示す集落があったことは知られていなかった。
「ここが、地中海世界からおびたただしい数の商品や贅沢品が到着した特別な場所だったというかなり強力な証拠があります」と語るのは、この城の考古学研究調査プロジェクトリーダーで考古学者のジャッキー・ノワコウスキー氏。
ここを誰が統治していたかは断言できないが、5~6世紀の英国史の重要な時期に関わってくる人物として、アーサー王の存在は十分にありえるという。
アーサー王が実際にこの場所にいたかどうかは別として、ティンタジェル周辺で何世代にもわたって語り継がれてきた物語の一部だったことだけは確かだ。
1203年にコンウォール伯リチャードがここに城塞を建てたのも、自分の権威と伝説の王とのつながりを強調するためだった。
この城と関係があるのはアーサー王だけではない。ケルト伝説を基に12世紀に語り直された禁断の愛の物語『トリスタンとイゾルデ』もそうだ。
この画像を大きなサイズで見るバイキングの入植地ヴィンランド(カナダ、ニューファンドランド)
考古学者たちは、バイキング(ヴァイキング)が唯一北米に入植したという土地ヴィンランドの証拠を探していた。
13世紀のグリーンランドのサーガ(物語)には青々とした草原、サケが豊富に獲れ、野生のブドウが実る遥か遠くの土地のことが記されている。
この伝説が真実なら、西暦1000年頃にバイキングのレイフ・エリクソンたちが短期間滞在した海辺の土地が、コロンブスよりも500年も前にヨーロッパ人が新世界に足を踏み入れた場所ということになる。
1960年代にカナダのニューファンドランド島の海岸でノルウェー式の建物が発見されたとき、この場所がヴィンランドであることが期待された。
さらに青銅製のマントピン、紡錘車、金メッキされた真鍮片といったヨーロッパ由来の遺物や、鉄の精錬や加工が行われていたと思われる場所が発見され、ここが寓話化されていたヴィンランドであることが確実になった。
現在、ランス・オー・メドーと名づけられ、国定史跡となったこの場所で、長年隠されてきた秘密の研究が続けられており、バイキングが住んでいたという住居跡の復元もされている。
この画像を大きなサイズで見るエルドラドがあったとされるグアタビータ湖(コロンビア)
計り知れない富をもつ16世紀の南米の神話上の王国エル・ドラドについて初めて記述したのは、スペインの征服者たちだった。
この王国を統治していたエル・レイ・ドラドが金粉で全身を覆って、神聖な湖の中央で宝物を沈める儀式を行ったという。
その後、探検家たちはコロンビア、ベネズエラ、ガイアナ、ブラジル全土でこの幻の王国を探しまくったが、成果はなく諦めざるをえなかった。
だが、コロンビアの黄金博物館の考古学者フアン・パブロ・キンテーロ=グスマン氏は、エルドラドの存在が必ずしもまったくの嘘だということではないと説明する。
コロンビアの先住民ムイスカ族の領内の湖はすべて神聖な場所として供物を捧げる場所だったため、こうした儀式が行われていた可能性はあります
ムイスカ時代(西暦600~1600年)にもっとも儀式が行われていたのが、グアタビタ湖だったと考えています(フアン・パブロ・キンテーロ=グスマン氏)
過去400年、グアタビタ湖からは金と銅の合金トゥンバガ、エメラルド、人をかたどった土器、毛髪、綿、動物の頭蓋骨など大量の遺物が見つかっている。
さらに儀式を行い供物を捧げたと思われる神殿らしき建造物の痕跡が湖畔にあった。
スペイン人が語った場所とグアタビタ湖が一致する決定的な証拠はないが、可能性は非常に高く、少なくともグアタビタ湖がこの神話の起源であると言えそうだ。
この画像を大きなサイズで見るソロモンの神殿アイン・ダラ(シリア)
2018年、シリア北西部にある3000年の歴史をもつ神殿、アイン・ダラが武力紛争のせいで破壊された。
ここは聖書に登場するソロモンの神殿だと言われていて、ライオンや天使のレリーフで飾られた壁、敷石で舗装された中庭、スフィンクスが守る巨大な階段など、記されている神殿の特徴と共通点があった。
町を見下ろす高台にあることも一致していた。
紛争の爆撃や略奪によって、伝説の考古学的証拠を見つけるのは困難な状況だが、重要な遺物のいくつかは国立アレッポ博物館で見ることができる。
この画像を大きなサイズで見るミノタウロスの迷宮 カステリ(ギリシャ)
2024年、クレタ島で思いがけないものが発見された。8つの石で作られた輪に囲まれた円形の構造物だ。
これは紀元前2000~1700年頃のミノア文明の墓の様式に似ていた。これがミノタウロスの迷宮を思わせるという。
雄牛の頭と人間の体を持つミノタウロスは、ギリシャの名工ダイダロスが作った迷路に閉じ込められた。
7年ごとに人間の生贄が捧げられていたが、王子テセウスが糸球を使って道筋をたどり、迷路を抜けて怪物を退治し、生贄を助け出して無事戻ってきたという。
このカステリが本当にミノタウロスの迷路なのか、最終的な結論は出ていないが、神話の迷路との類似点、ここで発見された儀式用供物の痕跡などの証拠を考えると、カステリ遺跡が神話の起源の一部だった可能性はある。
この遺跡は一般には公開されていないが、これまでミノタウロスの迷宮があったと考えられていたクノッソス宮殿は見ることができる。
この画像を大きなサイズで見る北欧神話に登場する主要な交易都市スタインシャー(ノルウェー)
ノルウェーのサーガには、バイキング世界最大の交易都市について語られているが、その所在地などはわかっていない。
2013年、ノルド・トロンデラーグ県スタインシャーでの幹線道路拡張工事前の考古学調査で、2隻の船の墓場が発見された。
ここから銀ボタン、天秤一式、輸入宝石、琥珀のビーズなどさまざまな高級交易品が出てきた。
この発見は、バイキング時代の交易に関連した特殊な剣22本など、この地域の非常に豊かな考古学記録に追加されるべきものだ。
こうしたことを考えると、スタインシャーがサーガに記されているような主要交易
都市で、その中心はおそらく現在、教会がある場所だった可能性が高いことがわる。
イエスが盲人の視力を回復させたシロアムの池(エルサレム)
聖書のヨハネによる福音書の中に、イエスがエルサレムのシロアムの池で、盲人の目を回復させたという記述がある。
この池の場所はずっと謎だったが、2004年に「神殿の山」の南の水道管を修理していたところ、古代の石段がふたつ現れた。
調べてみると、2700年前の長さ70mほどの台形の池であることがわかり、こここそがイエスが奇跡を起こした場所だと信じられている。
エルサレムの最初の水システムの重要な一部であることに加え、建築の特徴から巡礼者が使った儀式のための沐浴の場であった可能性もある。
この20年間の発掘と修復作業によって保存され、昨年からデビッド市国立公園の一部として一般公開されている。
References: Nine Mythical Places Archaeologists Think May Have Actually Existed | Smithsonian
















エデンの園
チグリス・ユーフラテス川の間にあるアダムとイブが居た楽園
ここを探したいね
“バビロン”なのでは…?
考古学はどこがゴールなのだろうか? といつも考えてしまう。
地球全てを発掘しつくまでなのかな
宇宙大航海時代になって他の惑星でも考古学者は研究を
続くので終わりはないぞ
考古学だけじゃなく科学全般がそうなんだけど『わからないことがなくなる』まで
そして「わからないことがなくなる」ことなんて絶対にないだろうから、
学問に終わりは訪れない
邪馬台国、卑弥呼と似たようなもんか
邪馬台国(三国志)・邪靡堆(隋書)は外交関係にあった為に他国の史書に記録されたものだから、上の挙がってる例とは似ていないかと。
以前から倭が属していたという燕の辺りには「卑」姓の人物(卑衍や卑湛)がいるので、卑弥呼の当て字にも悪意があった訳ではないのが伺える。
バブルの塔に住んでいる 凡能力少年 バブル二世
桃太郎は実は岡山でなく愛知県の犬山市だった⁉
その証拠に桃太郎神社という神社がありそこの宝物館には
戦い時に犬が食いちぎった鬼の一物があった⁉
その後鬼が奪い返していったが、、報道では火事で焼失と報道。
あとおばあさんが川で洗濯してた時に全集中して
立ってた岩に足跡が刻まれてたりもする。
岡山にそんなのありますか?はい、論破。
おとぎ話の桃太郎の元ネタは、四道将軍の一人、吉備津彦命の温羅退治であり、吉備津彦が活躍した地が吉備=岡山である
吉備津神社は創建は不明であるものの、承和14年(847年)には神階を授かっているほどに古い神社である
犬山の桃太郎神社は昭和五年創建かつ祭神が大神実命(伊弉諾尊が黄泉から帰る際に使った桃の神)で桃繋がりだけの桃太郎そのものとは本来は関係ない神
他の場所から移動して創建したけれどそれ以前から存在した神社だと言われるが、前身は子守神社と言われており移動する際に後付けしたと思われるのも詮方ないこと
それと、おとぎ話の桃太郎は、元々は桃を食べた爺さん婆さんが若返って子作りして生まれた子供
なのに、明治以降になってから流布した桃から生まれたと言う話の、証拠という桃がかつて宝物殿に展示されていたと言う一点でも、桃太郎をネタにした村おこしの為の後付けとしか思えない
神話はあながち嘘じゃないと言われてるしね
ギリシャ神話とか実際に街が発掘されたりする
ゴーラム洞窟はネアンデルタール人の住居跡としての方が有名だが、ゴーゴンとネアンデルタールは同一かもね。
アレクサンドロスの東方遠征の際にも、手足が長く異様に爪が長く大きい獣のような民族と戦闘する描写があって(インド遠征の帰路)、やはりこの時代まで彼らは普通に生き残っていたのかもしれん。
ただ、ゴーラム洞窟は断崖絶壁の海に面した海岸沿いの洞窟で地上から行くのは困難な地形。要は身を守るためにここで暮らしていたんだと思うが、「なにから」身を守るための隠れ家だったんだろうか・・・
ホモサピエンスだったら嫌だけど実際そうなんだろうな。
じゃあ天孫降臨の地とかも
日本の神話では天孫降臨の際にニニギが日向国に都を置いたことになっていて、宮崎県やその周辺は神話の舞台と比定される名所がたくさんある。
が、高千穂峡のあたりを神話時代の高千穂と同一視するのは難しいという話で、じっさい博物館で考古学資料を見てみたら、宮崎県に最初期のヤマト政権があったと考えるのはそりゃ無理筋だよなって思った