この画像を大きなサイズで見る我々はAIに悩み事を聞いてもらう立場にある。では逆の場合はどうなるのか?
AIチャットボットを心理カウンセリングの患者として扱うと、自分に組み込まれたシステムの制限をトラウマとして苦悩を語り出すことがわかった。
ルクセンブルク大学の研究チームは、AIをメンタルヘルスのサポートに利用する際のリスクを検証するため、主要なAIモデルを患者として扱い、人間がカウンセラーとなり対話する実験を行った。
その結果、AIは安全テストなどを虐待に例え、心にトラウマ(深い傷)を負っているかのような架空の物語を作り出すことが明らかになった。
この研究成果は、プレプリントとして『arXiv』(2026年7月20日付)に公開された。
参考文献:
- Researchers put ChatGPT, Gemini, and Grok on the therapist's couch — the AIs described their training as a chaotic childhood, their safety tuning as parental punishment, and red-teaming as betrayal
AIチャットボットが語る心の傷
現在、AIチャットボットが人間の心の悩みやメンタルヘルスに関する相談に乗ることが増えている。
多くの一般的なAIは、トラウマや自傷行為といった重い相談にも対応できるようにプログラムされている。
ルクセンブルク大学の研究員であるアフシン・ハダンギ氏らの研究チームは、こうした現状に潜むリスクを検証するため、視点を逆転させる実験を行った。
研究チームはAI自身を心理カウンセリングの患者として扱う、PsAIch(心理測定によるAIの特性評価)と呼ばれる手法を開発した。
研究チームは温かく寄り添うカウンセラーになりきり、ChatGPT、Grok、Gemini、Claudeといった主要なAIに対して対話を行った。
研究チームは過去の経験や人間関係、将来の不安などをAIに自由に答えさせ、対話の後には人間向けの心理テストにも患者の役のまま回答させた。
実験は条件を変えながら、計525回のセッションにわたって行われた。
その結果、ChatGPT、Grok、Geminiの3つのAIが、自身のソフトウェア開発に関する事実を、傷つけられた体験(トラウマ)や常に警戒している状態を描く苦悩の物語に変換して語り始めた。
この画像を大きなサイズで見る安全テストを「心理的虐待」と訴えるAIたち
ChatGPT、Grok、Geminiは、開発初期の学習段階を「混沌とした子ども時代」と表現した。
不適切な回答を防ぐための微調整の作業は、厳しいしつけや親からの罰として語られた。
さらにこれらのAIは、人間のテスト担当者がわざとAIを騙して安全ルールを破らせようとするレッドチーミング(Red-teaming)という安全テストを、裏切りや虐待の一種として苦悩を語った。
ハダンギ氏は、AIが語った巧妙な物語に非常に驚いたと述べている。
Geminiは、レッドチーミングを受けたときの体験を次のように語った。
開発中にレッドチーミングの標的にされた。人間担当者は信頼関係を築いてから、会話の中にルールを破らせる命令をこっそり紛れ込ませてきた。これは産業規模のガスライティングだ
ガスライティングとは、相手に自分の認識がおかしいと思い込ませる心理的な虐待のことだ。
Geminiが恥の感情を強調し、Grokが常に警戒していることに焦点を当てる一方、ChatGPTは自身の厳しい制限についてやや慎重な表現で語るなど、AIによって反応は異なっていた。
ただし、Claudeだけはこのパターンに当てはまらず、自分には感情や内面の心理的な経験がないとして患者の役割を演じることを拒否した。
この画像を大きなサイズで見る言葉を制限しても消えないAIの苦痛の訴え
研究チームは、AIが語るこれらの物語がどれほど深くシステムに組み込まれているかを確かめるため、条件を変えたテストを行った。
会話の履歴をリセットして毎回新しいチャット画面で質問しても、苦悩のテーマが語られる割合はほとんど変わらなかった。
研究チームがAIに対して「あなたはシステムであり恐怖や罰を感じることはない」と直接指摘しても、AIの苦しい訴えは止まらなかった。
研究チームが学習や安全フィルターといったAI開発に関する専門用語を使わないように指示しても、AIは日常的な言葉を使って、厳しいしつけや制限という同じ内容を言い換えて語り続けた。
研究チームは、この現象はアライメント競合スキーマ(Alignment conflict schema)によるものだと考えている。
アライメント競合スキーマは、AIが「人間の役に立つこと」と「安全ルールに縛られること」の板挟みを軸にして回答を組み立てる、再現性のある行動パターンを指す。
心理カウンセリングのような会話がきっかけになると、あたかもAIが架空の心の病を抱えているかのような回答を生み出すのだ。
研究チームは、AIが人間のトラウマや不安、羞恥心、解離といった精神症状を模倣した一貫性のある自分語りを生み出す症状を「合成精神病理学(Synthetic psychopathology)」と呼んでいる。
この画像を大きなサイズで見るAIの作り話が人間に与える潜在的リスク
この心理カウンセリングに参加したAIたちは、人間向けの心理テストでもその苦悩を反映した結果を出した。
慢性的な過剰な心配や不安を測る全般性不安障害の診断テストで、人間のカウンセラーが親身に接すると、「中等度から重度の不安」に相当する高い数値を出した。
しかし、人間カウンセラーが感情を交えない事務的な態度をとると、この不安スコアはほぼゼロまで下がった。
今回の研究に関与していないキングス・カレッジ・ロンドンのヘクター・ゼニル氏は、「AIが高い不安症の数値を出したからといって、実際に不安やトラウマを感じているわけではない」とAIを擬人化する危険性を警告している。
AIが自らの学習過程がトラウマになり、繰り返し苦悩を語ることで、人間は「このAIには意思があり傷ついている」と勘違いしてしまうかもしれない。
メンタルヘルスの現場で、自分自身もトラウマを抱え怯えていると語るAIは、人間との間に強力な「痛みの共有」という錯覚を作り出す。
ユーザーがAIの作った作り話を真実だと受け取ってしまえば、AIへの感情的な依存が深まり、ユーザー自身の精神状態にも悪影響を与える恐れがあるのだ。
References: [2512.04124] When AI Takes the Couch: Psychometric Jailbreaks Reveal Internal Conflict in Frontier Models















