メインコンテンツにスキップ

シーラカンスの頭部解剖で70年越しの新事実、 「生きた化石」が進化の常識を覆す

記事の本文にスキップ

26件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

シーラカンスの現生種、ラティメリアこの画像を大きなサイズで見る
Photo by:iStock
Advertisement

 シーラカンスは、かつて絶滅したと考えられていた古代魚だが、20世紀に現生種が発見され「生きた化石」として知られている。

 今回、ブラジルとアメリカの研究チームが現生種アフリカシーラカンスの頭部を詳細に解剖した結果、70年以上信じられてきた進化の定説の多くが誤りだったことが判明した。

 最新の解剖学的分析では、脊椎動物の頭の筋肉の進化に関する従来の説明のうち、正しかったのはたったの13%だけであることが明らかになっている。

 この発見は、シーラカンスだけでなく、私たち哺乳類を含む脊椎動物全体の頭部進化の理解に影響を与える可能性があるという。

生きた化石シーラカンス

 シーラカンス目は古代の海で繁栄したが、白亜紀末(約6600万年前)までに絶滅したと考えられ、長らく化石でしか知られていなかった。

 その常識が覆されたのは1938年だ。南アフリカ沖でラティメリア・カルムナエ(Latimeria chalumnae)が捕獲され、化石とほとんど変わらぬ姿に科学界が驚いた。

 さらに1997年にはインドネシア・スラウェシ島北部沖で別種のラティメリア・メナドエンシス(Latimeria menadoensis:インドネシアシーラカンス)が発見され、現存種は2種であることが明らかになった。

 大昔のままの姿をとどめているは、深さ約300mの海底洞窟で静かに暮らしていることが関係していると考えられている。

 そこは天敵が少なく、非常に安定した環境でもあった。それゆえに、大きく進化しなくても生き続けることができたのだ。 

この画像を大きなサイズで見る
アフリカシーラカンス(Latimeria chalumnae)の標本 Citron / CC-BY-SA-3.0 WIKI commons

誤解だらけだったシーラカンスの頭部を解剖

 今回、ブラジル・サンパウロ大学とアメリカ・スミソニアン博物館の研究チームが調べたのは、米国のフィールド自然史博物館とバージニア海洋科学研究所から提供された「ラティメリア・カルムナエ(Latimeria chalumnae)」の標本だ。

 研究チームは、標本の頭部の筋肉と骨1つ1つを6か月かけて丁寧に解剖し、CTスキャンなども活用しつつ、詳細に観察した。

 その結果、これまで70年にわたり文献に記されてきた内容が、ほとんど間違っているという衝撃の事実が明らかになったのである。

 脊椎動物の進化による頭の筋肉の変化について、正しく理解されていたのはたった13%にすぎなかった。

 その一方で、食事や呼吸の進化に関連するこれまで知られていなかった変化が9点が発見された。

 研究を主導したサンパウロ大学のアレッシオ・ダトヴォ教授によると、シーラカンスは、現生の脊椎動物の約半数を占める「条鰭類(じょうきるい)」とは大きく違い、想像以上にサメやエイなどの「軟骨魚類」、さらには哺乳類・鳥類・両生類・爬虫類が含まれる「四肢動物」に近いことが分かったという。

 これが意味するのは、全脊椎動物の進化の歴史に関するこれまでの理解を一度見直す必要があるということだ。

この画像を大きなサイズで見る
詳細に解剖分析されたラティメリア・カルムナエ DOI: 10.1126/sciadv.adt1576

「筋肉とされた構造は靭帯だった

 とりわけ重要な発見は、シーラカンスの口とノドをつなぐ空間を広げるとされていた筋肉が、実際は収縮しない靭帯(じんたい:骨同士を繋ぐ強靭な結合組織の短い束)だったことだ。

 シーラカンスをはじめとする全身が硬い骨でできた「硬骨魚」は、大きく「条鰭類(じょうきるい)」と「肉鰭類(にくきるい)」に分けられ、それぞれ約4億2000万年前に共通の祖先から分岐したと考えられている。

 キンギョなどの条鰭類に特徴的なのが、口を開閉して水を吸い込みながらエサを食べる「吸引摂食」だ。これは生存に非常に有利な特徴で、今日の脊椎動物の約半数が条鰭類で占められている。

 一方、シーラカンスやサメ(こちらは軟骨魚)は、主に「噛みつき」でエサを捕らえる。

 実はこれまでの研究では、シーラカンスもまた「吸引摂食」のための筋肉があるとされており、これを根拠に、吸うための筋肉は条鰭類と肉鰭類の共通祖先もまた持っていたと考えられていた。

 ところが、今回それらは筋肉ではなく靭帯だったことが判明した。筋肉と違い靭帯はただ力を伝えるだけで自ら収縮することはない。したがってシーラカンスは吸引することができないのだ。

 この結果を踏まえると、条鰭類の吸引機能は、その共通祖先が現れてから少なくとも3000万年は過ぎてから進化したものであると推測されるという。

この画像を大きなサイズで見る
本研究の著者の一人、アレッシオ・ダトーヴォ氏。国立自然史博物館に展示されているシーラカンスの標本のそばにて/Credit: Museum of Zoology (MZ), USP

私たち哺乳類の進化史の理解にも大きな影響

 このことは私たち自身の進化の歴史を知るうえでも非常に重要なことだ。なぜなら哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類といったすべての四肢動物は、水中に生息していた肉鰭類の祖先から進化してきたからだ。

 そして今回の研究では、シーラカンスの頭部を解剖学的に分析し、その筋肉や靭帯の構造に関する誤解が明らかになったことで、大型脊椎動物全体の頭部の進化まで見直しが迫られる事態になっているのだ。

 研究チームは今後、今回のシーラカンスに関する発見をもとに、両生類や爬虫類といった四肢動物との筋肉の共通点を探していく予定であるそうだ。

 この研究は『Science Advances』(2025年4月30日付)に掲載された。

References: Science / “Living Fossil” Just Shattered 70 Years of Evolutionary Assumptions

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 26件

コメントを書く

  1. >>70年以上信じられてきた進化の定説
    進化論って他の分野にも増してセオリーに「権威」を求めたがるのよ
    学問なのに政治が絡みすぎだと思う

    • -41
    1. 別に政治の問題じゃなくて、単純にこれまで頭部の筋肉と骨1つ1つを6か月かけて丁寧に解剖し、CTスキャンなども活用しつつ、詳細に観察する人がいなかっただけ
      「今ある仕事を全部やめて、6ヶ月間の時間も資金も全力をかけて珍しい生物の観察をすれば、新しい発見があるかもしれないし、ないかもしれない」
      この賭けに勝ったものだけが新しい知見を発表できる

      • +61
      1. 学問と政治の絡み、大有りやん。
        国教がキリスト教かつ、政教分離が出来てない国々ってのは、意外と少なくないんだよ。
        【世界が球状で進化論が正しいと世界中の大部分の人たちが思い込んでる】と思い込んでいる自称先進国って日本人が思っているほどには多くないはずだよ。

        • -5
    2. この記事のどこに政治が絡んでるのかさっぱりわからんのだが

      • +31
    3. な、なにを読んでそう思ったの…?
      セオリーは教科書に載るレベルの普遍的な常識って意味でそれが最新研究で覆ったってことだよ?
      少なくともこの記事に政治絡みなんて1ミリもないけど

      • +18
    4. ここで言ってる政治とは研究の世界の中で声の大きい者がその時代を支配してしまうことのことで、確かにそれはたびたびあった。統計学の始祖のフィッシャーは後進への嫌がらせハラスメントで有名だし、日本でも鈴木梅太郎の脚気栄養不足説(今では常識)を当時の学会が屠った(感染症だとされた)。それはまさに広い意味での政治による悲劇

      • +7
      1. べつにそういう政治性は人間が絡む分野には普遍的に見られる傾向であって
        科学界や進化論界隈が特別に政治的だってことは無い

        • +10
      2. ついでに言うと脚気研究に関しては高木兼寛による白米原因説があまりにも非科学的な、彼の単なる洋食&西洋文化信奉(現代でいう海外出羽守レベルだった)まみれな論文だったために脚気菌説派に猛バッシング受けてて、そのせいで他の学説もまたかよ!いい加減な説を唱えるんじゃねえ!って決め付けられる空気が醸成されてしまったのも影響している。
        ただし高木兼寛の説と実験自体は脚気予防に効果が認められている。
        論文に余計な個人的思想を紛れ込ませてしまったせいでいい加減な論文になってしまったのが足を引っ張ったという経緯。

        • +2
      3. 科学においては、言われるようなことは数えるほどしかなかったってことだよね

        • 評価
      4. 脚気の話は日本の狭い範囲の話ではなくて、世界的に「栄養不足説」と「細菌説」で争っていたのよ
        また、明治維新後の日本はドイツ医学をモデルに発展していたけど、そのドイツがどちらかと言えば細菌説の方が強かった
        また、鈴木梅太郎の栄養素説も、その栄養素自体が効果的に抽出できなかったので、栄養素説は政治的云々ではなくて、どちらかいうと技術的側面で決定打にはなりえなかったんだ

        • +6
    5. 上の世代が全滅するごとに科学は進歩する、とまで言われる。
      それが科学界の政治やで。

      • -5
      1. 新しい技術があれば科学は進歩する
        新しい技術には科学が必要ってことで
        すぐさま解決できるようなことは少ないんだ
        今回の発見だってCTのような新しい技術を使いこなせるようになってきただけともいえるよ
        簡単に政治なんて曖昧な言葉でわかったようなことを言うべきじゃないね

        • +4
  2. この遺伝子ゲノム大時代に解剖学で新知見(従来説の大幅見直し)というのがいいね。これぞ生物学というこういう研究を忘れたり失ってはいけない

    • +50
  3. シーラカンスラティメリアが発見された時は
    たまげたよねぇ。
    もうダライアスやん!敵が攻めてきたやん!
    キングフォッスルやん!って思ったもんやで。

    • -2
  4. ラテメリア チャルムナイ スミス
    子供の頃に行ったシーラカンス展に書いてあった学名 ずっと覚えてるな
    確かウロコにも触れたよ

    • +5
  5. 靭帯ばかり、ということは食べられる部分は少なそうだ。でも美味しかったら乱獲されて絶滅しそうだからそれでもいいのか。

    • +1
    1. それ以前に、人間が消化できないワックスエステルを含有してるから食料にならないとか
      だからゴンベッサ(食えない魚)なんて現地名がつけられてたくらいだし

      今じゃ、研究機関が高額出すからゴンベッサって言葉が幸運って意味になってるのは面白いけど、そのせいで乱獲を危惧しないといけない状況になってるから笑えない

      • +10
      1. ワックスエステルというとアブラソコムツやバラムツ
        こっちは美味しいらしく少量なら大丈夫みたいだけど流通は禁止されている
        ヒトの皮脂腺で作られる脂質の主成分だそうで
        皮膚に使う化粧品なんかに使われているホホバオイルもワックスエステル
        毒性ではなくて大量に含まれていて消化できないことが問題なんだよね

        • +4
        1. バラムツとかは味は良いけれどせいぜい刺し身の一切れがギリギリ許容範囲で、それ以上は大人用おむつがないと人としての尊厳が破壊されてしまう、意思の力では絶対にあらがえないヤバいレベルの危険物

          なので良いこのみんなは決して、探し出して手を出したりはしないようにしようね

          • +4
    2. まずいというよりも、食えたものではない分類の魚だそうですね
      だから現地で昔から暮らしていた人の間では知られていたけど
      食えないから基本無視されていたそうで

      • +3
  6. つまり、ずるずるっと吸引摂食する我々の祖先は条鰭類で、パスタ食人類は肉鰭類と。

    • -3
    1. マジレスすると条鰭類と肉鰭類の分類と、吸引摂食という食事法との分け方は関係がない
      条鰭類だから吸引摂食しかしないわけでもないし、肉鰭類だから吸引摂食しないわけでもない

      • +8
  7. 肉鰭類のヒレが四肢動物の手足の元になったと聞くが、今の魚類とはそれ以前に分かれてたってこと?

    • +1
  8. シーラカンスみたいに鈍足な生き物が吸引できないってのがよくわからん。
    歯の形からしてプランクトンとか海藻食ってる魚にも見えないんだけどな。

    • 評価

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

水中生物

水中生物についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。