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地元の人々に愛されていたホームレスが事故で他界。数千人が葬儀に出席

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(著) (編集)

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image credit:Anshul Saxena/Twitter
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 インドのカルナータカ州に、地域住民にとても愛されていたホームレス男性がいた。彼がどこから来たのか、なぜホームレスになったのかは誰も知らない。

 だが住民らはそのホームレスを気遣い、特別な絆が築かれていたという。

 しかし先日、そのホームレス男性が交通事故で命を落とすという悲劇が起こった。地域住民らの手で行われた葬儀には、彼を見送るために3000人以上の人が集まったという。

地域住民に愛されたホームレス男性

 インド南西部カルナータカ州ヴィジャヤナガラ地区フーヴィナハダガリの町で、ホームレスとして暮らし続けたバサヴァさんはフッチチャ・バシャとも呼ばれ、地域住民の間によく知られていた。

 バサヴァさんは精神障害を抱えており、毎日住民や店から施しを受けて生活していたという。

 バサヴァさんがどこから来たのか、どこかに家族がいるのか、またなぜホームレスになったのかということを知る人は、誰もいなかったようだ。

 バサヴァさんは、人々から毎日1ルピー(約1.6円)のみを受け取って1日1日を繋いでいた。1ルピー以上を渡そうと思っても、バサヴァさんはそれを断り、残りのお金を必ず返した。

 施しをしてくれる全ての人を、バサヴァさんは敬意をこめて「アッパ・ジ(父という意味)」と呼び、住民らもまたバサヴァさんは「幸運をもたらしてくれる存在」と信じていた。

バスにはねられ帰らぬ人に

 バサヴァさんは、路上で暮らすホームレスではあったが、その人柄で、地域住民らと特別な絆を結んでいた。

 毎日バス停の小屋で寝泊まりしているバサヴァさんを、皆気にかけていた。

 ある日、バサヴァさんさんの姿が見えないことに気付いた住民の呼びかけにより、地域中の人々が総出でバサヴァさんの行方を捜索することもあったという。

 発見された時には、全員が安堵の声を漏らすほど、バサヴァさんはみんなに好かれていた。

 また、ある時には当局がホームレスの取り締まるために地域にやって来て、バサヴァさんをリハビリ施設へ連れて行こうとした。

 しかし、この時も住民総出で反対し、その結果バサヴァさんはそのまま地域に留まることになった。

 住民たちにとって、それほど特別な存在だったバサヴァさんだが、11月12日、バスにはねられて重傷を負い、公立病院へ搬送されるも、その3日後、帰らぬ人となってしまった。

4千人近い人々が葬儀に参列しバサヴァさんを見送る

 地域の住民や組織、店主らはお金を出し合い、11月14日にバサヴァさんのために壮大な葬儀を行った。

 住民の1人は、バサヴァさんのことを次のように語っている。

2本しかない前歯で、ニッコリと笑う姿が特徴的だった。誰にも迷惑をかけず、死ぬまで地域の人々に愛されていた。

 フーヴィナハダガリの多くの住民から愛されたバサヴァさんの葬儀には、4000人近い人々が参加。音楽を流して多くの花を棺にたむけ、バサヴァさんの最期を見送ったという。

References:Thousands gather for last rites of a mentally challenged beggar in Karnataka | Cities News,The Indian Express / written by Scarlet / edited by parumo

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この記事へのコメント 23件

コメントを書く

    1. ※1
      自分は、アメリカ皇帝ノートン1世を思い出した。

      • +2
  1. 渋谷・ホームレス殴殺事件も似たような人だったけど
    最終的にアレな奴に撲殺された
    国が違うと対応や社会も違うな

    • +2
  2. 現代のキリストと言えるレベルですごい人だね
    毎日施しをもらいすぎず生活してたというところや葬儀に参列した人の数を考えると
    相当な人徳者だったのだろう
    亡くなってしまったのは残念だけど・・・

    • +11
  3. インドって愛の国なんだなぁ。
    地域によって愛の形は違うけど。

    • +8
  4. アメリカ皇帝ジョシュア・ノートンを思い出す。

    • +9
  5. もしかしたら修行をしてた方なのかも知れない

    • +9
    1. ※6

      そうかもしれないよね
      私達の思う、教徒の修行っていうよりも、
      修行で人のあるべき概念のままに生きた。
      生き方そのもの(修業僧の様な)

      • +3
    2. ※6
      ※11
      ※16
      大昔のロシアにも佯狂者っていうこんな感じの修行僧や聖人が居たそうな
      もちろん尊敬の対象

      • +1
  6. どれだけ人気者でも、葬儀代を出そうとする人が数千人もいるってのは只者じゃない。
    読んだ限りでは、あえてホームレスという生き方を選んでいたように感じるけど、
    路上で寝泊まりする事ににこだわりがあったんだろうか。

    • +13
  7.  羅生門という刑事物の漫画で同じような話があったな 回りからは暴行を受けていたが反撃はせずである冬の朝凍死していてそれで終わりかと思ったがある朝花束が山のように置かれていて花が絶えなかった話

    • 評価
  8. 生活の面倒を見ようとか、住まいを提供しようとか申し出る人も大勢居たろうけど、全て断っていたんだろうなあ。こういう人を「聖者」と言うのかもな。

    • +3
  9. もうホームレスというより妖精みたいな存在なんだろう。

    • +8
  10. ホウムレスニアリナガラ
    タレニモメイワクヲカケズ
    シヌマデミンナニアイサレル
    ソウイウモノニワタシハナリタイ

    • -4
  11. 耳嚢にも源坊という知恵遅れの托鉢僧の話があって同じような生き方をしていた

    • 評価
  12. 中々真似できない清貧さ。宗教の影響の強い土地であるからこそ愛されてたんだろうなと思うけど、リハビリ施設に行ってたら事故には合わなかったのではないかと複雑な気持ち。

    でもそういった共同生活をおくるのがストレスだったりで施設にいくのが辛い、、って人もいるからなぁ。難しいね。

    • +4
  13. ホームレスになる人は住所が不定でもしかしたら税金とかも未払いで社会に不要な存在だとか足を引っ張る存在だとか中にはそんな奴らは税金で作られた道路に寝る資格もない生かす必要もないと考える人すらいるみたいだけど、私はそうは思えない。
    社会を外から観察できるのは社会の役割から外れた人たちしかいないし、もちろんすべての人がホームレスになっては困るのだけど、それでもルールから外れる少数の人間をズルいという一点においてただ排除してしまうのはあまりに惜しいような気がするんだ。古代中国の詩人とかもそうだけどホームレスが結果的に社会に貢献する役割を果たしてきた事例は他にもたくさんあると思うし反社会的な行為には戦う必要もあると思うけど消極的に”非”社会的な生き方をしている人たちとは社会参加を呼びかける対話や工夫を続ける価値があると思う。このインドの人たちのやり方には共感を感じるよ

    • +5
  14. ホームレスと書かれてはいあるが 「サドゥー」というヒンドゥー教の行者ではないだろうか?

    • 評価

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