この画像を大きなサイズで見る1845年、2隻の船がカナダ北極圏の未踏域を探検するためにイギリスを出発した。ところが、遠征隊の2隻の船がカナダ北極圏キングウィリアム島に近いビクトリア海峡で氷に閉ざされてしまい、フランクリンを含む隊員129名全員が忽然と姿を消してしまった。
長きに渡り、船と乗組員たちの捜索が行われ、この悲劇的なフランクリン遠征の遺物が少しずつ発見されている。
キング・ウィリアム島で乗組員たちの遺体が見つかり、その多くからサンプルが採取されDNA分析された。その結果、ごく最近になって、この遠征中に亡くなったひとりの将校の身元が特定でき、復顔に成功した。
DNA分析によって特定されたフランクリン遠征隊の初めての乗組員ということになる。カナダのウォータールー大学によるこの研究結果は、『Polar Record』誌に発表された。
初めて身元が判明したフランクリン遠征隊の1人
この乗組員は、技術者として英国海軍艦船エレバス号に乗船していた准尉のジョン・グレゴリー。彼の遺体は、エレバス湾の南75キロ地点、凍りついた船の残骸が発見されたところで見つかった。
歯と骨のDNAを分析し、存命の子孫の家族の協力を得て、身元が明らかになった。
DNA分析によって、ジョン・グレゴリーの身元が最初に確認できたことは、わたしたち家族だけでなく、悲劇的なこのフランクリン遠征に関心を寄せている人たちすべてにとっても、信じられないような出来事です
ジョン・グレゴリーの来孫に当たるジョナサン・グレゴリーは言う。ジョナサンは現在、南アフリカのポート・エリザベスに住んでいる。
グレゴリー家は全員、研究チームの献身的な骨折りに心から感謝しています。長いこと凍結状態だった歴史の断片を解き明かすのに非常に重要なことだからです
この画像を大きなサイズで見るDNA分析によって身元が判明したジョン・グレゴリーの復元された顔 Image Credit: Diana Trepkov/ University of Waterloo
フランクリン遠征隊を待ち受けていた悲劇
悲劇的なフランクリン遠征についてこれまでわかっていることは、地元に住むイヌイットの人たちの証言や、失踪前に乗組員が書いた手紙、発見された乗組員の遺体の調査などから、断片的なものしかない。
1845年7月、エンバス号とテラー号は、航海を続けるチャンスを狙って、グリーンランド西のバフィン湾で待機していた。そんな2隻の様子を、この地域を通過していた捕鯨船が目撃しているが、これが乗組員たちが生きている最後の姿だったようだ。
のちに発見されたビクトリアポイント・ノートと呼ばれる日記によると、フランクリンと乗組員たちは、1846年9月に、キング・ウィリアム島付近で氷に閉じこめられた。
2隻は二度と出航することはなかったが、乗組員たちは氷から解放されることを期待して、数年間、船に留まっていたと考えられる。
この画像を大きなサイズで見る1847年6月11日、フランクリンが亡くなると、残された乗組員は船を捨てて、カナダ本土を目指して絶望的な400キロの旅に出る決心をした。北の海岸まではなんとかたどり着いたものの、この行軍で全員が命を落としてしまう。
1848年、捜索隊が派遣され、それから100年以上に渡って続いた探検家たちの捜索によって、フランクリン隊の最後にまつわる謎が解き明かされ始めた。2014年と2016年には、エンバス号とテラー号の残骸がようやく発見された。
発見された遺体の分析と、地元の人たちの証言によって、乗組員たちが体験した残酷な試練が浮き彫りになった。
彼らは過酷な環境下で、飢餓、低体温症、ビタミン不足などに苦しみ、結局は倒れていったのだ。遺体の骨につけられた傷や、探検家ジョン・レイによるイヌイットとの会話などから、極限状態で人肉を食べた者もいたらしい。
この画像を大きなサイズで見るジョン・フランクリン卿と彼の乗組員の何人か1845)credit:public domain/wikimedia
まだ多くの乗組員の身元は判明していない。しかし、彼らのうちひとりの身元が判明したことは、その他の乗組員の子孫たちの心の慰めにとって重要な節目となる。
彼らは、壮絶な人生を生き、その生きざまは理解されるに値する。研究チームは、これをきっかけに見つかっている26人の身元判明につながることを祈っている。
References:First Crew Member Of Doomed Arctic Expedition That Left 129 Dead Has Been Identified | IFLScience/ written by konohazuku / edited by parumo
















もみあげボワボワ
この調子で他の人のも判明するといいねえ
※1
当時流行して好まれたスタイルみたいよ
彼らは氷が溶けるのを期待し何年か留まり…は?
いやいや!普通は1年くらいで無理だと気づくやろ
せめて冬季が過ぎてから徒歩移動するよね?
やっぱり生肉を食えなかったのがアカンかったんやな…イヌイット、エスキモーなら生存してたんやろうけど…
※2
現代の知識で後講釈なら、何とでも言えるわ。
暖がとれて食糧備蓄がある、もしかしたら次の夏には氷が溶けたり 追加救援隊が発見してくれるかも知れない拠点の船を捨てて、北極圏の徒歩行軍に出るという自殺行為に踏み切るのは、よほどの覚悟を要する。
そして、実際に船を捨てた時点では、それ以上 船内に残れない切羽詰まった事情が起こっていたと推察されている。すなわち、のちに発見された遠征隊員の複数の遺体には、鉛中毒の形跡が見られたのだ。これは、長期保存で缶詰から染み出た鉛汚染か、もしくは、海水から真水への蒸溜装置による鉛の混入と目されている。閉じこもっていた船内で謎の病死者が増えてきて、飲食物が原因と目星をつけた隊員は、自然の食糧が得られるカナダの狩場・漁場を目指して船を離れざるを得なかったのだろう。
>>2
フランクリン探検隊は2年間氷に閉じ込められる可能性を想定して、
2年間以上の缶詰の食料や海水を真水にする装置を持っていってるんだよ。
しかし、缶詰は準備期間の短さが祟り信頼出来る業者だけではなく多くの業者から買い集めた結果、
多くがスズによる封入が不十分で腐敗した奴で、或いは缶を開けたら木片やおが屑が詰まってる代物だった。
淡水化装置も高濃度の鉛が水に交じる欠陥品で、
これがフランクリン探検隊遭難最大の原因となったんだ。
眉ぶと骨太なビートたけし?
悲劇の探検隊。
スコット隊もこのフランクリン隊もイギリス人だね。
そして軍人でもある。
そこんところが探検家として後詰め甘さみたいなものがあったように思う。
>>5
スコット隊が全滅しアムンゼンのノルウェー隊が生還したのとか示唆的だよね
イギリスあんまり冬が厳しくないから極限の環境に実感なくて今一つ計画が甘かったりしたのかなと思う
恥ずかしながら来孫と言う単語を初めて知った
と言うか曾孫の次すら知らんかったわ
この探検隊の話、ディスカバリーで見たな。
かなり悲惨な話だったよ。
見るに見かねたイヌイットの人達が、イグルーと食料を分けようとしたのだけど、
頑なに受け取ろうとしなかったとか。
※7
「大英帝国の軍人である」というプライドが、イヌイットからの援助を拒む原因の一つだったらしいね。悲しい。
※7
自己レス。
ディスカバリーじゃなくて、アニマルプラネットだったわ。
巨大魚ハンターのジェレミー・ウェイド氏の番組。
この人は、最後まで船に残った人だったのかな。
鉛中毒に関しては、当時の人としては平均的な数値だった
なんて話は本に書いてあったけど。
ただ、食料のメインである缶詰に不良品が有って、腐った物が
かなりあったとか、中身が石や砂だった
なんて事もあった様子。
数年前に、埋葬されミイラ化した遺体の顔が、残された写真そっくりで身元がほぼ確定というのがなかったっけ?
急ごしらえで用意した缶詰の結合部の鉛が溶けだしていて、、、
というのが頭に残っているわ
そして、彼らがカナダに向けて川を遡っていったその途中途中から少しずつ遺体が発見されているということ。
数年前に連続ドラマもやったよね
日本では放映されなかったイギリス制作のやつで、途中からファンタジーになる
イギリス人からすれば何ともつらい話で、途中からはファンタジーにせざるを得なかったんだろうな
この事件はしらなかったわ
スコット隊とちがって地元民(イヌイット)の援助でどうにでもできたはずなのに
英国軍人のプライドが「土人の世話など」と許さなかったんだわなあ
スコット隊も犬ぞりなんて彼等のプライドが許さなくて馬ぞりを使って馬全滅とか
高すぎるプライドって極限状態ではむしろ邪魔にしかならないね
あと、壊血病予防の為に用意した
濃縮ライムジュースなんだが、効目が落ちてた様子。
今だからわかるんだけど、そもそもライムにはビタミンCが
レモンよりも少なく、それを濃縮するのに加熱してた為に
そうでなくても少ないビタミンCが破壊され、かろうじて残った
ビタミンCも長期間保存されてる間にみな破壊されてしまったそうだ。