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スイスの湖の底で3000年前に水没した失われた集落が発見される

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(著) (編集)

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photo by Pixabay
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 スイス中央に位置する同国で4番目に大きいルツェルン湖は、何世紀にもわたって秘密を隠してきたようだ。澄んだ青い水と湖底の泥の層の下に、忘れ去られていた青銅器時代の集落が沈んでいたのだ。

 この発見によって、ルツェルンの町の歴史が見直されることになった。これまで考えられていたのより2000年も早く、この地域に人の定住が始まったことがわかったのだ。

湖の底から偶然発見された3000年前の失われた集落

 パイプラインの敷設に協力していた水中考古学者によって発見されたこの村は、ルツェルンの歴史をすっかり変えてしまった。

 この地域に人が定住し始めたのは、これまで考えられていたよりもずっと早い可能性が出てきたのだ。

「ルツェルン湖の底から発見されたこの村は、3000年前にはここに人が定住していたことを示しています」ルツェルン州の広報は語る。「この証拠から、ルツェルンの歴史は、これまでよりも2000年も古くなりました」

 水中考古学者がこの村を発見したのは、本当に偶然だった。

 チューリッヒの都市開発局のダイバーが新たなパイプライン敷設の準備のため、湖を浚渫していた。彼らがなんの気なしに湖の底深く潜ったとき、思いもかけないものに出くわした。

 泥が堆積している湖底に、大量の木の杭が沈んでいた。これはここに人が住んでいた証拠といえる。

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credit:Unterwasserarchaologie UWAD Zurich/Canton Lucerne

 さらに調査してみると、かつて家の支えとして使われていたとおぼしき支柱が30本、大量の陶器の破片が見つかった。

 こうした木材や陶器のサンプルは、分析のために引き揚げられた。すると、驚くべきことが明らかになった。

 ルツェルン湖に沈んでいたこの村は、紀元前1000年頃、つまり青銅器時代にさかのぼる村だとわかったのだ。これまで、ルツェルンの町はもっと後に定住がはじまったと考えられていたが、その歴史のタイムラインが完全に覆されることになる。

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credit:Unterwasserarchaologie UWAD Zurich/Canton Lucerne

これまで考えられていたよりも2000年早く人が定住していた可能性

 これまで、大昔のルツェルンについては謎に包まれてきた。町としての成立はおよそ800年ほど前のことだと言われてきたが、わずかな考古学的発見からは、もっと前だった可能性もうかがえる。

 古いルツェルンの遺物が発見されたのは10世紀のことで、8世紀にさかのぼる昔の資料に旧セント・レオデガー修道院のことが記載されている。

 しかし、ルツェルンの歴史家にもそれ以前のことについてはよくわかっていない。ルツェルンの町が中世初期にいきなりできたのではないことはわかっていたが、もっと古い時期の人の定住を示す、空白を埋める確固たる証拠がなかった。

 だが、それが変わった。

「沈んだ集落が発見されたことで、今は水が張っているルツェルン湖の窪地が、適切な居住地として利用されていたという仮説が確実になりました」ルツェルン州は今回の発見を、”ルツェルンの町の初期の歴史を知る上で画期的な発見”としているという。

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青銅器時代の定住地の想像図 credit:Joe Rohrer/Canton of Lucerne

なぜ集落は湖の底に沈んだのか?

 それでは、なぜ、この定住地は湖の底に沈むことになったのか?

 その答えは、ルツェルン湖そのものの生命力にある。この湖はスイスの中心から螺旋を描くように広がっていて、ルツェルン州を含むたくさんの州境に接している。水域の広さは111平方キロメートル、水深は450メートル近くにもなるところもある。

 15世紀までは、水深はかなり浅かったが、時代が進むと共に徐々に水位が上がってきた。これは暴風雨などの自然現象のせいで、湖から水が流れ出すのが妨げられたことも原因のひとつだ。

 水位が上がったのには、人間の開発活動も絡んでいる。周辺の中世の町が発展するにつれ、水車を動かすためにダムを建設したりしたことも影響している。

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湖周辺で発展する現代のルツェルン WIKI commons

初期の人類の生活を理解する鍵に

 ルツェルン湖の沈んだ村の発見は、別の意味でも心躍る出来事だ。2021年、アルプス山脈周辺における先史時代の湖畔の杭上住居群がユネスコに認定されてから、10周年を迎えたのだ。

 111ヶ所あるこうした住居群のうち56ヶ所がスイス国内にあるが、これらはユネスコの世界遺産に登録されている。

 湖畔の住居群は、初期の人類の生活を理解する上で重要なカギになる。

 ユネスコのサイトにはこうある。「住居群は、非常に保存状態のいいユニークなグループで、文化的にも豊かな考古学遺跡になっている。この地域の初期の農耕社会を研究する上でもっとも重要な資料のひとつといえる」

 ルツェルン湖の沈んだ村は、きっと歴史の空白を埋めてくれることだろう。この発見は、世界中の水域に独自の秘密が眠っている可能性を示しているともいえる。

References:Inside The Sunken Village Discovered In Switzerland’s Lake Lucerne / 3,000-Year-Old Human Settlement Found at the Bottom of Swiss Lake – Nerdist/ written by konohazuku / edited by parumo

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この記事へのコメント 16件

コメントを書く

  1. 沈んだというよりは、遺棄された居住区という感じじゃないかな
    大洪水で沈んだわけではないから徐々に水位上がって来たので村全体で高台に移住したんじゃないかな

    • +4
  2. ??
    「おしえて、おじいさん」
    おじいさん
    「トライの人に聞きなさい」

    • -3
  3. 現代のルツェルンの写真がちがいますよー

    • +1
  4. ルパン「まさに人類の宝ってやつさ。お~れのポケットには大きすぎらぁ」

    • +6
  5. 「湖周辺で発展する現代のルツェルン photo by Pixabay」の画が違っているようです、上の「青銅器時代の定住地の想像図」と間違い探しかと思って張り切っちゃいました。

    • +1
  6. 想像図で、当たり前のように車輪が存在してて草

    • -3
    1. >>7

      この時代のスイスのケルト人遺跡からはChariot が出土しますし、湖畔住居遺跡はHelvetiI族など大陸ケルト人の遺跡なのであながちおかしくもないように思います

      • +3
  7. 日本だと縄文時代。同じように湖が広がった琵琶湖でも湖底に縄文遺跡が点在している。逆に湖が地下水化した奈良盆地では縄文時代の集落跡から当時の湖岸線がわかったりする。

    • +3
  8. ん?ルツェルン湖って堰止湖なのかな?それとも村落は地滑りで沈んだのかな?そこに村の遺跡があることの理由が知りたい

    • 評価
  9. 「津波が起きたことがある湖」という意味でも、その筋では有名ですね

    • +2
  10. キリスト教、ユダヤ教以前の町か。それらによって改変される前の状況が詳しくわかると面白いな。

    • +1
  11. うーん、何人かからコメントついても、いまだに「湖周辺で発展する現代のルツェルン」が差し替えられないということは、まさか、やっぱり、これが現代のルツェルンの真の姿なのか?!

    • 評価

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