この画像を大きなサイズで見る何もないところでよく転んだり、手先が不器用で靴ひもが上手に結べない、運動が苦手でダンスの振り付けが覚えられない。
まさにすべてが私に当てはまるわけだが、実はこれ、発達障害のひとつである「発達性協調運動障害(DCD =Developmental Coordination Disorder)」の可能性があるという。
日本ではドジっ子などとも呼ばれているが、DCDの頻度は6~10%と高く、小学校の30人学級ならクラスに1~2人はいる計算になるという。
極端に不器用で運動が苦手な発達性協調運動障害(DCD)
海外のケースを見ていこう。
ジェニー・ホーランダーさんは9歳のとき、先生から両親が呼び出されて専門家の診断を受けるよう勧められたという。彼女は普通の子とはどこかが違っていた。
ジェニーさんは歩いたり、話をしたり、靴紐を結んだりということがとても苦手だった。普通の人なら何も考えずにできるような動作がからきしダメだった。
だからコップを持ち上げたり、ピーナッツを食べたりといったちょっとしたことでも、集中して気を付けながらやらねばならない。ひどく不器用だったのだ。
検査を受けた数日後、「発達性協調運動障害(DCD)」と診断され、医師からは、脳からのメッセージがスムーズに体に伝わっていないと説明されたそうだ。
この画像を大きなサイズで見る最近までよく知られていなかった発達障害の1種
世界の人口のおよそ6%~10%がDCDと推定されている。自閉症(人口の1%)よりもずっと多い発達障害の1種だそうだ。
にもかかわらず、あまり一般には知られておらず、精神障害の診断と統計マニュアルに記載されたのは2013年と比較的最近のことだ。
ジェニーさんの症状以外にも、階段の上り下りが苦手、縄跳びを飛べない、ボタンをとめるのが下手、お箸やハサミを上手に使えないなど、さまざまな症状がある。
この画像を大きなサイズで見る普通の人が簡単にできることができない
その感覚を説明するのはとても難しいとジェニーさんは語っている。彼女にとって、何をやるにも世界はモタモタとまごつくことになる。
ただ椅子から立ち上がるだけのことでも、まるで綱渡りをするかのように神経を集中させて、手足の位置を確認しなければ転んでしまう。
食事のときも黙って集中しなければ、不意に食べ物を飲み込んでむせてしまう。食事中に会話をしようとすると圧倒されて、だんだん呼吸が速まり、しまいには視界の端が滲んでくる。
スムーズな動作を行うには、目や耳で得た情報から体や周囲にある物体の位置を認識し、体の各部位を協調させなければならない。しかしDCDの人はそれが苦手なのだ。だから行動が常にぎこちなくなる。
この画像を大きなサイズで見るほかの発達障害と併存している場合も多い
ジェニーさんのようにきちんと診断された子供は運がいいと言えるだろう。目に見えない障害と言われることもあるくらい、DCDは周囲に気がついてもらいにくいからだ。
他の発達障害と併存していることが多く、注意欠如・多動性障害(ADHD)の約30~50%、限局性学習障害(LD)の子どもの約50%に見られるという。自閉症スペクトラム障害(ASD)と併存することも多くある。更にこの障害は大人になっても、50~70%と高い頻度で残存すると言われている。
DCDがある人は、それよりも目立つ発達障害があることが多いために、見過ごされてしまうことが多いのだという。
この画像を大きなサイズで見る症状が千差万別、DCDの診断が難しい理由
DCDの診断を難しくしているもう1つの原因は、人によって症状が千差万別であることだ。
たとえばジェニーさんの父親と兄弟もDCD(つまり遺伝的な原因である可能性がある)で、全員がとても不器用なのだが、それぞれ苦手なことが違う。
ジェニーさんは上手に食べることが苦手で食事があまり好きではないが、お父さんは大好きだ。ジェニーさんは自転車に乗れるが、お父さんは乗れない。兄弟はサッカーやバスケで遊べるが、字を書いたり、話したりすることは苦手だ。
すべてが苦手な人もいるし、運動、手先の器用さ、文字や会話などどれか1つが苦手な人もいるので、見分けにくいのだという。
また、程度にも個人差があるので、生活に支障をきたすレベルから、ちょっと不器用、運動が苦手程度の人もいる。
DCDだからといって知能が劣っているわけではない。
個々の身体機能に問題がないにもかかわらず、協調運動だけが困難なため、ふざけているようにしか見えず、理解されにくいのだ。
この画像を大きなサイズで見る早いうちに適切なサポートを
きちんと診断されていないと、本人は一所懸命やっているのに、怠けていたり、ふざけているとみなされてしまったり、いじめの原因になることもある。
そうした状況は心理的な負担となる。実際、DCDの子供は不安症やうつ病になりやすいという報告もある。
現時点でDCDを治療することはできない。それでも、小さな頃から専門家の支援を仰ぐことで、それによる心や体の負担を軽減することならできる。
もし我が子が人並外れて不器用だと思ったら、作業療法士などの専門家のサポートを必要としているのかもしれない。
ちなみにジェニーさんはアメリカの大学院を卒業して、編集者やライターとして活躍しているそうだ。DCDだからといって、将来を悲観する必要はない。ただその子にあったペースで成長するというだけのことだ。
References:I Have Dyspraxia, a.k.a. DCD. Why Doesn’t America Understand It?/ written by hiroching / edited by parumo
私、パルモはADHDでもあるのだが、何もないところでよく転ぶし、まじめに体育の授業を受けていてもふざけていると先生からいつも怒られていた。
不器用で、醤油を容器に移し替えるだけでこぼしまくるし、お箸は上手に使えないし、ボタン付けの糸結びができたためしがない。
なので器用さが要求される仕事は人に迷惑がかかるので避けるようにしていたが、これって完璧なDCDだったみたい。
発達性協調運動障害に関してもっと知りたい人は以下のサイトが参考になるかもしれない。
➡極端に不器用な子どもは発達障害の可能性も!? 発達性協調運動障害とは – 記事 | NHK ハートネット
















間違いなく私です。(発達障害その他、診断済)
私が死ぬ時は、誤飲性肺炎だなぁと。
普通のハードルが高すぎる
※2
ほんとうにそう。
普通ってブランド維持するのコストクソ高くてノーリターンだよね
人生を搾取されてるなーっていつも思う
これを日本人の視点で考えるのは危険だからな
なにしろ水泳を教えるとか称していきなりプールに突き落としたり、職場のイベント等で「楽しめればいいからw」とか言って未経験者をぶっつけ本番で試合に出させたりするようなことを何の悪意もなくやるからな
なんなら自分の子供をちゃんとしたスイミングスクールに通わせてみろ
少しばかり運動が苦手な子でも、多少時間はかかるだろうし、選手だの大会だのは無理だとしても、少なくとも人並み以上に泳げるようにはなる
タイトルで私かなと思ったけど
>だからコップを持ち上げたり、ピーナッツを食べたりといったちょっとしたことでも、集中して気を付けながらやらねばならない。ひどく不器用だったのだ。
>ただ椅子から立ち上がるだけのことでも、まるで綱渡りをするかのように神経を集中させて、手足の位置を確認しなければ転んでしまう。
流石にここまでではない……、あーでも個人差あるのか…
紐がめんどくさくなったので、紐ではなくジッパーの靴を何年も買い替えながら履いている。
間違いなくASDと併発してる。体育の授業が苦痛だった割には、凝り性の為か図工で取り組む課題は好きだった。不器用なことに変わりはないけど、みんな苦手でも嫌いにならないでいられることが少しでも多くあると良いなぁ。
ASDだが併発してるかも知れん
ドジっ子とか不思議ちゃんって言われるけど違うんだよ~(涙)
もうなんでもありやね!
>>8
人は未知の現象に名前をつけ分類し、適切な対応を取ることで問題を解決してきたんだよ
子供の時、一日で3回も転んだし、食べ物飲み物をこぼすし落として、給食や家では食べ方が汚い、とよく叱られた。
年取ったら少しましになった。
文明の利器に恵まれた時代に生まれてラッキーだと心底思ってる
近代以前だとまともに生きられた自信がない
オイラは数字が苦手で、ほかはなんも勉強しなくてもほぼ一瞬で理解できるのだけど、数字だけはできない。これってただ、テストで数字関連だけ70点しか取れないっていうだけなんだけども、もしかして障害という分類なんだろうか。できない、つまりは脳の未発達、ということなのかなハテナ
この障害は医療関係者には昔から当然知られてる
協調性運動障害の子と健常な子のボールを投げる時の動作を比較すると割とハッキリ違いが分かるよ
そんな子に対しての運動療法もちゃんと考案されてる
親御さんはお医者さんなり理学療法士なりに相談してみるといいよ
うちの息子はこれかもしれない
小さい頃から転んでは頭打って保育園~学校から連絡来て病院連れて行ったし、靴紐結べないし体育苦手で本当に不器用
でもとても優しい子で卑屈な所は無くて高校生活楽しんでいるけど、小学校の時に友達に除け者にされてた事もあったから、もしかしたら言わないだけで、色々苦労してるかもしれない
ありがとう
息子と話しながら、調べてなんとか対応出来ないかやってみる
>>13
親御さんが理解を示し気を遣ってくれてるだけでも息子さんは十分救われてると思います。
下手したらそういう子供を一番傷つけてるのは親だったりするから。
自分語りで申し訳ないけど、私は子供の頃から母に事あるごとに「他の子は出来るのになんでアンタは出来ないの!?頭おかしいんじゃないの!?」とヒステリックに怒鳴られ続け自己肯定感がズタボロのまま成長してしまった。
今思えば靴紐が結べないとか逆上がりが出来ないなんて大したことじゃないのに、親や周囲の反応から自分はおかしい人間なんだという認識を植え付けられる。
自己肯定感の貯金がないまま成長し、大人になってから自己肯定感を取り戻すのは本当に難しいことです。
※61
今まで大変な思いをしてきたはずなのに
人への思いやりと優しさを忘れないのがあなたの凄いところ
これは意外とできそうでできない。素晴らしい!
※62
ありがとうございます。
そう言ってもらえると涙が出るほど嬉しい。
こういう子を持つ親御さんもきっとつらいし悩んでるんだと思う。
「他の子は出来ることがなんでうちの子だけ出来ないの?私達の育て方が悪いの?」
と考えてしまうのも仕方ない。
でもその不安から目を逸らそうとして子供に当たり散らすのだけは辞めてほしい。
今は昔と違って相談できる専門家もたくさん増えてますから、親御さんだけで抱え込む必要はないで。
もう私のような思いをする子供が現れてほしくないんです。
>>61
『子どもを1番傷つけているのは親』
それはよくわかる。成人しても親の目を避けるからね。何も相談したくもない。
13の方を責める気はないし、応援してます。
ただ一般的に親の応援が、1番足を引っ張る事は良くある。
『時間内に決まった動きが出来るようになる(成果を出せる)』その事に価値を持って本人が頑張ってるのを潰すから。
どうしたって右足左足…意識しないと転ぶなら、右足の爪先・太もも・踵・膝・どこから動かすかどの順番で動かすかを、研究した方が良い。
太極拳のようにゆっくりと。それが理解できたら改善が進む。太極拳の闘いの様に早くも動かせるようになる子もいる。
ただ、親は『バカは止めなさい、世間体が、おかしい人間になる。変だから』と子供の将来より世間体が重要だの謎理論が出てくる。時間内に普通の早さですべてを動く事に拘っていたら、子どものヤル気を削ぐだけ。
ただ13の方は別として、一般的な親は自分の子どもがちょっとでも一般的でない事を認めたがらないから、世間体が悪い療法は避ける。
パルモさん、それでもカラパイアは楽しいし興味深いですよ
適材適所ですよ
そう診断されたら
治せることも治さないで開き直って
どうしようもないクズになってた思う
>>15
クズの定義から見直そう
DCDってディケイドかと
大体、こういうのって後天面を完全に無視しようとするのよね
無視しなくても「ムリヤリ何度もやらせる」「とにかく頑張る」というスパルタ的なイメージでしか語らない
自閉症もADHDも「興味あることしかやらない」「興味あることは得意」とか言うのに、「興味ないから苦手なんだな」とは誰も言わない
治療できない?本当に?
何かしら克服した人はそれなりにいるだろう
靴ひもなんてめんどくさいじゃん?結べなくてもどうでもいいじゃん?マジックテープの何が悪いの?
って感覚が強いんだろうなと自分は思う
※17
克服できた人には、それを理論的科学的にサポートしてくれた恩人がいるんだよ
その人も努力も確かに偉大だが、それが全てではない
※23
独力であるいは偶然的に克服した人もいるだろうし、「それがすべて」のように語ってるのはこの記事だよね
※24
どうして否定的に語ってるのか不思議で仕方ないけど、つまり「神経を作り強化するために、楽しくたくさん運動するように(誘導)しましょう」「そうすることで克服できます」ってことでいーい?
※27
そのすぐ上に「それによる心や体の負担を軽減することならできる」としか書いてないね
そもそも作業療法は立派な治療法の一つだし
>>29
あなたの書き方1つだと思いますが『克服』は健常者の言い方であって、私達側からしたら『過剰適応障害』なんです。軽すぎる言われ方も、一般的には間違ったメッセージになるから。まず、たくさん運動するように誘導がない。
ほとんどの発達障害者は周りを喜ばせようと、必要以上に頑張ってるから、その時点で『過剰』です。
日常の生活そのものがたくさんの運動です。
※38
>こく‐ふく【克服】 の解説
>[名](スル)努力して困難にうちかつこと。「病を克服する」
それ以上でもそれ以下でもないし、”過剰”か否かをどうやって判断してるの?
“私達”と勝手に全員を代表することもできないだろうね
というか要するに、君らは一方的に空気読め、察しろ、共感しろって言いたいだけなんだね
運動とは身体的な運動の話だし、※24を要約したに過ぎないし、勝手にスパルタ扱いするなって最初に書いたのになー
>>43
単なる『過剰適応障害』と言う病名や症状を知っているかどうかの、知識の問題。
書き方を見たら、知らないのはわかる。
察しろとは言わない。ちゃんと聞くだけ。親切にしたいなら少しは知識を持って欲しい。
※45
“過剰適応障害”と検索して47件しか出てこない造語であろうものの知識は得ようがないね…
>>51
本屋に行かないズボラさん。ネットぐらいで知識を得たような気がするのはヤバいよ。
今の発達障害は、医者が努力しないように言うし、薬は痛みや苦しみを取る対症処方に切り換えがされている。一時 流行った脳機能の能力を上げて周りに追いつくようにサポートしていた薬は、今は脳の廃退が進んでしまうダメな薬と言われ始めた。私は医者に止められて、薬をすぐに変えた。
病院が出来る環境のサポートをする。になっていますよ。子どもは子どもなりの学校対応が進んでいる。
私の会社にも苦言を言ったしね。社内でナチュラルに適応出来る部門に異動しました。
行動療法も有効だと判断された人しかしないよ。カウンセリングもね。そんなに医療従事者は数いない。みんな『いつも良くなろうと頑張ってる』んだから、そんな周りのプレッシャーに負けなくても良いんだよ、日常の中でもちゃんと成長しているんだからって言われる。
現状も知らないで簡単に『克服』なんてプレッシャーをかける言葉を言っていい言葉では無いよ。
>>51
ゴネるのThank you
DCDだけじゃなくて、発達障害全般の広報にもなりましたわ。
誤解が多いだけじゃなくて、治療方針も転換してるからさ。
>>38
思えば親に傾向がありまして(兄は数年前に診断)
私は思春期頃から親に振り回され過剰適応のすえ神経症になりました(理解に苦しみ混乱したので) けっこう重いです
合わせる方も相当コストは払ってますよ
ただ 今はまだ発達障害という現象を社会的にどう評定するかの過渡期なのだ思います
色々理解が進めば万人に妥当な落とし処も見つかっていくのかなと思ってます
早く知りたかった
人類に幸あれ
>>17
何かしら克服するには「苦手な事をすると体調が本気で悪くなる」を克服する必要がある。
ストレスからではなく、脳機能が疲労して麻痺する。
そもそも五感を受け取り統合して指示する機能が未熟な上に、体全体の筋肉などを動かす神経と繋がりが無いので『作る』ところからやる事も多いから。
なので、そちらに全力すると内臓などがお留守になる。たまに呼吸や心臓などを自動でコントロールする中枢神経も未熟な子もいるから、侮れない。
やれる事をやりつつ、成長を待つのが今のところベスト。
>>17
本文でも作業療法士のサポートについて触れてるように
専門家の助けを借りるなりして人並みに近づく努力は可能だけども
それは訓練であって治療とはまた違うんでないかな
将来的には投薬や外科的治療で改善できる時代も来るかもしれないが
※17
※46
この記事にあるような脳の障害はざっくり書くと脳の命令系統(ニューラル)に何らかの異常があって正常に働いてくれない障害だもんで
ある程度学習能力や記憶力でカバーできる場合もあるがどんなに練習や特訓をしても良くて人並み以下どころか全く克服すらできない場合もある
あと各ジャンルの技術者や研究者は日々科学力の発展や長年に渡る地道な研究に尽力してるため
今までその人の個性や性格と思われてた症状が実は病気や障害だったり
その逆もあったりと新発見があるのはむしろ当然
※50
だからって無視するのは不正確で不適切でしょ
何とかしたいとかそうなりたいと願ったり憧れているのに、「絶対にできない」「しなくていい」みたいに決めつけられ、改善するためのサポートを得られず、手段がなく、苦しむ当事者もいるだろうね
※54
書籍のネットショップやデータのみならず、論文すら検索できるネットで見つからないものをどうやって本屋で探せばいいのだろう…?
恐らくは、過剰適応と適応障害を合わせた造語だろうね。その理解じゃダメなのかなぁ…
そして結局「行動療法も有効だと判断された人」はいるんだね。賛同してくれてよかったよかった
克服がダメなら何ならいいの?発達障害者等に対しても「あれはダメこれもダメ」って文句ばかり言えばいいってことなのかな
自分もそうだけど、見えない障がいって難しい。
極端に「普通」であることを求められる日本では理解もされにくいし、生きにくいね。
多様性って大切だとつくづく思う。
そもそも普通とは何だろう。
普遍的ってどれくらい?っていつも思う。
みんがみんな、そこまで重篤なのかな?
いや利き手と利き足、利き目が交差している人がいて、そういう人は事故率が高いんだ。
軽度なら10人に1~2人くらいいる、それと違うかな?
それもDCDに入るのかな?
よくわからない。
>>19
私は診断済みのDCDだけど、それとは違う。
人によって重い軽いがあります。
傍から見て明らかにギクシャク感がある人と、普段は普通に見える人の差ぐらいで、本人の不自由な気持ち具合は大差ないかと。
私は一日一回は授業中に机ごとひっくり返っていたのが、成人して一年に一回事務所でひっくり返る程度には、軽くなりました。
知り合いは自分の足で自分を蹴って転ぶとか。
理屈じゃないんです。
※44
話してくれてありがとう。
貴方の辛さは、僕にはまだわからないけど、理解したいと思う。
自分でも少し調べてみるよ。
50メートル走とか人に呼ばれてそっちに行くときに左半身がガチガチに固まって子供の頃はしょっちゅうコケてた。今は力が強いからバランスとれてコケないけど凄い顔で足怪我したみたいになるから初見の人はぎょっとしてる。
自分のタイミングで動く時は全く問題ないし、不器用エピソードも千羽鶴が汚いからって俺が折った分使ってもらえなかったくらいしかないから微妙に違う気もする。
おそらく、自分もこの症状なのだと思います。
とりわけ、ボールが全く扱えません。
そのため、学校の体育の授業が地獄でした。
その頃は、このような症状があるという認知もなく、ましてや療法などもありませんでした。
「運痴」のレッテルを貼られる日々…
それが引き金となって、高校時代は深刻な不登校に陥りました。
それが、人生の方向性に大きな影響を与えました。
この症状がないか、学校時代にきちんと認知されるかしていたら、人生の航路がまるで異なっただろうと思います。
特定の行動において 視覚や脳と体の連携が下手なんだろうか
※22
というか、異なる体の部位(手と足、目と手など)を
同時に連係して動かす「協調運動」を、
脳が取りまとめられない障害。
手で縄を回しながら、縄が下に来た瞬間ジャンプして跨ぐとか、
ボールが飛んでくる軌跡を目で追って、落下点を予測し
そこにラケットを持っていって打ち返すとか、
普通の人だと 無意識に体が統一的な動きをしているのが
バラバラで巧くいかない。
ちなみに、厳密には
靴紐が上手く結べないのは「微細運動」の障害、
バランスが悪くやたら転ぶのは「粗大運動(全身運動)」の障害。
協調運動の障害には、たいてい個々の微細or粗大運動の不器用も
伴っていて、全部ひっくるめて「発達性協調運動障害」。
自らが尋常ではないと識る者は特別扱いを嫌い
尋常でありながら装う者は特別扱いを望む
>治療できない?本当に?
>靴ひもなんて結べなくてもいいじゃん?マジックテープの何が悪いの?って感覚が強いんだろうな
実際問題、マジックテープなら靴がすんなり履けるんだったら
マジックテープの靴を選ぶ対処の何が悪いの?
例えばの話だけど、聾唖者教育で、昔は口話法(読唇術による聞き取りと、口の動かし方指導による発声とを 組み合わせた口頭会話)が重視されていた。というか、「手話に頼っていると、楽な方へ流れて 口話法の習得の妨げになる」として聾学校で禁止されていたりもした。
確かに、口話法を習得すれば、広く世間一般の誰とでも 通常の会話に準した形でやり取りできるメリットはある。が、聞こえない自分の発音の区別を 口や舌の形の指導だけで叩き込まれたり、スパイの特殊技能みたいな読唇術で ほとんど口を動かさずボソボソ喋る人の言葉まで判別したりというのは、熟達に膨大な労力を要する上、必ずしも実用水準に達する保証もない。手話という便利なものがあるのに、勉強や部活や趣味や、そんな自分の人生の時間を大きく犠牲にして、口頭会話のマスターに疲弊する意義はあるのか。
手話は、家族や聴覚障害者どうしなど手話を知っている限られた人としか意思疎通できないが、それ以外の人とも筆談やメール等で必要に応じて伝達手段はある。就職も、パソコン入力や決まった作業の工場員など、あまり会話を必要としない職種もそれなりにある。現代では、一般人ですら、スマホのLINEなど文字を通してのやり取りも多い。
結果的に、手話を中心とした生活のほうがQOLが高い人も少なくなく、今の聾唖教育では手話の比重が高くなった。(なお、口話法も、技術発展により人工内耳である程度の聞き取りが可能になる子も増え、限定的な音声と併用した聴覚口話法として進化を遂げたりしている。)
めちゃくちゃ不器用で道具を使う競技は苦手だけど身体を使う競技は得意だったわ。
でも階段でよく躓いたり、壁にぶつかったり、飲み物飲むとき距離感ミスってこぼすことはよくある。
ただどんくさいだけと思ってたけど…🤔
>ただどんくさいだけと思ってたけど…
そういうのが発達障害なんだよ
だから何故できないの?と責められるんだよ
普通の人間なら何も考えなくても練習しなくてもできる事だからね
そりゃ普通の人間から見たら怠惰だと思われてしまう
でもこれが人の才能って物だが大抵は努力でカバーできるんだよ
しかし努力でカバーできないのが発達障害だから
それを見極めるのが暴力などでプレッシャーをかける事だよ
それで改善する奴は発達障害じゃない
>>32
最後の1行はいらんよ
何でも無いところでたまに膝や足首が笑ってこけて
特に3D工作苦手なオマケに2Dでも線を綺麗に描けない私だけど
キチンと病名(症状名)の付く障碍だとは流石に認めたくないモノだな…
今はサポートする方法もあるからいいよな…
昔だったらダメ人間の烙印押されて
笑い者になって落ちこぼれて終わりだった
千差万別ならそれはもう個性でいいんじゃないか
いちいち病気にしないと気が済まない人たちがいるみたいだな
※36
それでも近視なら適切に診断して、度のあった眼鏡をかけなければ日常生活に支障があるだろ? いくら個性でも、何もしなくていい、ってわけじゃない。必要以上に苦しまなくて済むように、色々な調整が必要で、だからこそ名前をつけて診断して、対処法を考えなければならない。
「普通」であることはもはやひとつの才能・資質と言っていい
普通って何だろうって思うけどねえ。
どんくさいねん、で開き直ってはいかんのだろうか。
ちなワイ、どんくさいほう。
小学校~中学校の体育の時間は地獄だったけど、体育を頑張らないといけない理由もわからなかったから、まあいいや、で過ごしてた。
あの時、それ障害やで、っていわれてたら、果たしてどんな気分になったか・・・
救われたかもしれないけど・・・・・
いや、それはそれで、別の地獄を見たような気もするなあ。
なお、今はあの頃よりは身体を使える模様。
そろそろ中年だけど、筋力も走力も人並みに使い物になってる。
自分は他よりも身体を把握する速度が遅かったのだろう、と思ってるよ。
>>39
大丈夫。その感想をお持ちならアナタは発達障害では無いよ。
>>40
そうだな。発達障害は
① 周囲から訴えがあった時。
② 本人から訴えが出た時。
認定される。
周囲も本人も困ってたり、対応出来てる時には発達障害とは言わない。
なんでも病気にしていくなw
全人類何かしらの頭の病気を持ってる時代が来るな
このなんでも病気症候群は、お医者様やお薬屋が儲けるためって側面あるよね
人と違うってだけじゃ「病気」じゃないから「治療」できない
病名をつけて「病気」にすれば「治療」できるからお金が動く
個性や多様性、平等を声高に叫びながら人とちょっと違えば「病気」扱い
ちょっと前まではLGBTすら「病気」扱いで「治療」の対象だったことを忘れてはならない
結局、なにを「病気」にするかはその時の社会情勢次第なんだろうね
あとお薬が開発されると急に病名ついたりするのもあるよね
>>46
人と違うだけでは発達障害では無いんだけど(笑)
たとえ周りから受け入れてもらっていても(社会情勢の容認)、本人が精神的にも、肉体的にも苦しみを感じて、何とかしたいと思う所………が1番近い表現かな。
そう言うのを弱さとか甘えとか言う言葉で包んで無視されて、苦しんでいた人達に、研究してます、病名あります、と手を差し伸べている。
ちなみにそれなりの検査をすれば、病変が確認されるものばかりですから、薬の開発が進むのも当然の話。
いろんな人がいるんだなと、知れただけでもいいかな。で、いろんな意見がここでみられるのはとてもいいですね。どんなことでも、言えるんだけど。
何でもかんでも英語にせんでも「ぶきっちょ」でええやんけ
> 10人に1人がそうだとされる失読症の発症率に近い
この ”10人に1人” て数字は、英語圏というかアルファベットの類、表音文字を使う言語についての話で、
カタカナひらがな漢字を使う日本語では、ごく稀ってほどじゃないけど、もっとずっと低い。
生まれつき腸が弱いとか右目が調子悪いとか、左腕がちょい短いとか普通にある。
脳の一部の発達がうまくいってないってのも、わりと普通なんだろうな。
たいていの場合は、その事実に気が付かないか、気づいても問題にならないだけで。
むしろ、脳の全域がカンペキに育ち上がってるやつのほうが少ないのでは?
自分はこれかも
平地ではたまに足がもつれて転ぶくらいだけど、階段はきちんと足に指示を出さないと登ったり降りたりできない
頭のなかで『右、左、右…』と意識して足を動かさないと転ぶから、話しかけられたりすると本当に駄目
あと、転んだときに手が前に出ない
指示が間に合わないから、顔から地面にぶつかるので、ケガも酷かった
スポーツ以前に日常生活でも、意識しないで身体を操れる人って凄いなと思っていた
あ、だからか、、と納得がいったよ。子供のころは異常に転びやすかったし飲み物をコップに入れようとするとかなりの確率で溢したりしてた。何かを持っても床に落とす事が多かった。
大人になってだいぶ軽減したけど稀にやるから、たまに抜けてるそそっかしい人と思われてる。
グレーゾーンで中々生き辛いけど、子供の頃にしっかり解っててもし医療の網に引っかかれてたら人生違ってただろうな。親からも周りからも責められて、苛められた理由でもあったから大人になった今でも自己肯定感上げるのに苦労してる。
体育でボールを投げられない、バレーのサーブが打てない、文化祭のダンスの振り付けを覚えられない、歩き方がおかしい、家庭科でミシンを扱えない
学生時代は「特殊学級でもないのに皆の足を引っ張る頭おかしい子」として腫れ物に触るように扱われてたな。自分でも「私はおかしい」とは思ってたけど周りの子達が何故上手くやれているのか分からなかった。自分では皆と同じように行動していたつもりだったから
就職して社会に出たら環境が180度変わった。体育も裁縫もダンスもないから周囲の足を引っ張らずに済む。何より会社には自分と似たようなエピソードを持つ人たちがいた
仕事を覚えてこなせば評価される会社は好き。学校は嫌い
>>66
私もできる事だけしていて、でも会社での評価は高いです。
共にガンバってもらえるあなたが好きです。
何にでも名前付けて「障害」ってされても、
・・・で?ってなるわ
もう、そんなんただの100人いれば100人違うでいいやんけ
なるほど俺はただの運動音痴だったようだな