この画像を大きなサイズで見るあなたは現実の性質について疑問に思ったことがあるだろうか?
最新の研究では、現実とはじつはたった1つの絶対的なものではなく、人によって別の現実が存在するという衝撃の結果が確認されてしまった。
少なくとも量子レベルでは・・・
『arXiv』に投稿された研究では、2人の人間が同じ光子を目にしながら、それについて異なる結論に達し、それでいてどちらも正しい状況があるという、これまで思考実験でのみ知られていた奇怪な事実が本当だったと述べている。
ウィグナーの友人のパラドックス
研究論文は冒頭でこう説明してる。
「2人の観察者は本質的に異なる現実を体験しうるという、ユージン・ウィグナーの有名な思考実験で劇的なまでに浮き彫りにされているように、量子理論では、観察の客観性はそれほど明白なものではない。」
「ウィグナーの友人」と呼ばれる思考実験は、「シュレーディンガーの猫」のいわば別バージョンだ。
シュレーディンガーの猫は、アルファ波が発生するとガイガーカウンターがそれを検出し、毒ガスが放出される箱の中に猫を入れるというもの。
この画像を大きなサイズで見るこのとき原子崩壊によってアルファが発生する確率を50パーセントとすると、箱の中の猫は生きている状態と死んでいる状態が半々の確率で、重なり合って存在するということになってしまう。
ウィグナーの友人では、この猫がウィーグナーの友人に置き換えられている。
その友人は、研究室で光子のスピンの向きが縦方向か横方向のどちらであるか測定している。やがて友人は計測を終え、結果を知らせようと自宅にいたウィグナーに電話をかけ、「結果はね……」と切り出した。
この瞬間、計測を終えた友人にとってスピンの向きは確定している。しかし、まだ結果を聞いていないウィグナーには、縦スピンの量子と横スピンの光子が重ね合わさった状態で存在している。
つまり、同じ光子であっても、確定した状態と重ね合わさった状態が同時に存在するという矛盾が生じてしまうのである。
この画像を大きなサイズで見る思考実験を実際に実験することが可能に
このウィグナーの友人はあくまで思考実験であり、これまでそれが正しいのかどうか実際の実験で確かめることはできなかった。
しかし、最近の機器の進歩によって、これを実際に実験することが可能になったのである。
その方法は、昨年、オーストリア、ウィーン大学の研究チームが考案したもので、実験室を2つに増やし、実験者2人と友人2人が登場する。
このウィグナーの友人の拡張版と呼ばれる実験では、実験者1の友人1が光子のスピンを計測し、その結果を記録する。それから実験者1は干渉計測を行い、光子が重ね合わせの状態にあるかどうかを調べる。
さらに実験者2と友人2も別の場所で同じ発生器から生じた光子を同様に計測する。
異なる現実が存在するのであれば、実験者1では縦スピン、実験者2では横スピンという結果が生じうるのである。
今年、英ヘリオット・ワット大学の研究チームがこれを実際に行ってみた。すると確かに2つの現実が存在することが確認されてしまった。
この画像を大きなサイズで見る誰もが同意できる現実は存在しない
この結果は、現実の性質について、我々は考えを改めなければいけないのではという疑問を浮かび上がらせる。
観察者は根本的な現実の計測結果を一致させられるという考えは、いくつかの前提に立脚している。
その最たるものが、普遍的な事実が存在し、観察者は誰もがそれについて同意できるというものだ。
さらに、観察者は自分が観察したいものを自由に観察できるという前提や、観察者が選んだ選択はほかの観察者の選択に影響しないという前提もある――物理学でこれを「局所性」という。
もし誰もが同意できる客観的な現実というものがあるのなら、これらの前提はすべて維持される。
だが今回の結果は、客観的な現実などないということを示している。つまり誰もが同意できる現実などなく、我々には選択の自由などない――局所性は誤りであるということだ。
この画像を大きなサイズで見るむろん、現実の従来の見方を手放したくない者たち用の別の解釈もある。
それは実験では見落とされていた穴があるというものだ。事実、物理学者は、何年も似たような実験を繰り返して、その穴を閉じようとしてきたのだ。
そうだとしても、この事実が科学者にとって重要な意味を持っていることに変わりはない。















いつか現実の綻びを見つけ出してほしい。
※1
こういう想定で世界を良く見つめると
それっぽいのがあると思うんだよね
例えば自身で急な選択の変化を行なった場合かな
そういう時は稀有なことが起きやすいように感じるんだよね
いわゆる統合失調的なのですごく言いにくいんだけどね
なんか B級グルメあるある なカンジ
ある完食者Aはそのメニューをマズいとこきおろし
べつの完食者Bはそのメニューが気に入ったという
この時点での挑戦者Cの中では そのメニューはウマくもありマズくもある とゆ~
結局「自分の現実を作るのは自分自身」。こういうことね。
シュレーディンガーのくだりのところ、
アルファ波ではなくアルファ線かと思われます。
それでも目の前の現実は変わらないし逃げられないんだゾ
コナンくんは「真実はいつもひとつ!」を決め台詞にしてるけど、現実ではそうじゃない。
自分にとってはこれが絶対的に正解で最良の方法!というものであっても、それが誰にでも当てはまることではない。
自分には空が青く見え、周りもみんな青だっていうけど、それがどんな青なのかは調べようもない。
そういうかんじで「たった一つの真実」は有り得ない。と思う。
※6
平成のシャーロック・ホームズは、令和のシャーロック・ホームズにアップデート後には「真実はたくさんある」っていうのかもしれない
>>6
教育番組の【デザイン あ 】のデッサンみたいな感じですよね。
※6
いや「誰が刺したか」と言う問題は一つ以外は無いからな。例え同時に刺したとしても複数有る要因の一つなわけで。それが全然違う別な人に変わる可能性は一切無い。
>>6
コナンくんというか工藤新一の傲慢さの表れだよね、あれは単に
クオリアか
自分が赤と呼ぶ色は他人と同じものを指してるだろうか?
>>7
色覚細胞の違いで違うよね2色の人と4色の人だと全く違う色なんだし
同じ3色同士でもレンズも細胞数もその配置も違う、処理エンジンの脳も違う
どんな風に見えてるか気になるよね
>>14
目の病気だった時期、赤いものが緑に見えてた。焚き火のオレンジの炎もきれいな黄緑だったし、赤信号も緑、テールランプは黄緑に。
※30
ほほー、そんな病気があるのですね。
感染症か何かでそうなるのでしょうか、差し支えなければ病名を教えてもらえると後学のために……、いえ、本心は興味本位です。
視覚関係は、可逆的変化はないと思っていたので、非常に興味深いです。
別に友人とか要らなくね?
これが成立するなら
2人で同時に観測して1人が縦、1人が横でも別にいいはず
※8
※39
量子力学上の話だから、大きいものには”現時点では”当てはめられないと思う。
難しくて理解しきれて無いのだけれども…
観測するには何かをぶつけなきゃいけないわけで、多分、同時に同じものを観測は出来ない。
だから、同一条件によって発生した二つの粒子を利用してるんじゃないかな。
Aが縦スピンなら、必ずBも縦スピンになる筈。なのに、二つのスピンが違っていた!
みたいな感じだと思った。
もし違っていたら、指摘してください。
観測者(眼耳鼻舌身意)によって観測対象(色声香味触法)を認識する世界(六識)がそれぞれ存在するという仏教的価値観かな?
思考実験が現実にできるって凄い
人の肉体と知覚では限界ある話ってだけで。
単に未来を完全に予測する方法論が確立されてないだけでこの場所でこのタイミングでこうしたら必ずこうなるってのは最初から決まってることじゃないのかね?
場所を揃えたら時間が合わないし時間を揃えたら場所がズレるのが人間世界の限界でしょ
※12
ベルの不等式っていうのでこの世はそういう古典実在論にはなってないことが分かってるんだ。
そして量子論でいう「状態」っていうのは、確率(正確には絶対値の二乗をとれば確率になる量だからプレ確率と言う方がいいか)の記述にすぎないので、それぞれの観測者が持ってる情報によって食い違うのは実は自然なことなんだよ。
アリスとボブは毎度忙しいな。
たまには花子と太郎が代わってやってくれ。
コレどっちに回ってる?右回転?左回転?みたいなもの?錯覚とちゃうん?とおもた
光子を一つだけ出したつもりが、
複数出ていたとかじゃないよね。
縦と横のスピン合わせて1つの光子とか。
切り方が違うリンゴの断面を見てる可能性とか。
人間原理か
つまり、ツルの現実もあれば、フサの現実もあると。
ひとつの世界にたくさんの人がいるのではなく、ひとりひとり別の世界を生きているんだ
というのは常日頃意識してるよ。
自分の世界を押し付けたがる人が多いけど、生きるの大変だろうなと思う。
※21
人の価値観を尊重するのは重要な事だけど
この話は別の次元です
混同してはオカルトになってしまいます
これ量子もつれの実験だよね?
このとき実験者1が実験者2に観察結果を送るとスピンの向きが100%一致するってこと?
じゃあそのときウソの結果を教えたらどうなるの?
※22
それ面白い質問だ!後で考えてみよう…
俺の顔をキモいと思う人と思わない人が同時に存在する可能性もあるしな
現実なんてその程度よ
パーソナルリアリティの本質に気付いてしまったようだな……
つまりどういうことだってばよ……?
うーん、よくわからん。もっとシンプルに、同じ発生機から発した光を二人が観察して突き合わせる、ではなぜダメなのか?
あと、光子レベルの事象の不一致が、人の知覚に影響することはあり得るんだろうか?
分からん!!
バカでも分かるバージョン誰か!!笑
量子力学の話なのに価値観みたいなコメントする人たちなんなの
※29
それ、最近特に目立ってきてるような
ただの感想ならかまわないけど
そうじゃないのが増えた
※29
そういうのってたぶん便乗して語りたいおじさんやろ
つまりイケメンでお金持ちで(自主規制)な自分が微粒子レベルで確実に存在してるってことか!
量子テレポーテーションとの違いを教えて詳しい人
今『あらゆる現実における拡大《俺》会議』から帰ってきたんだが
誰も会議に来なかった・・・全員酔っぱらっていたらしい
なんて無能な奴等だ、困ったもんだ。
人間が視認できる世界…例えばサイコロの結果が違う事を発見出来たなら兎も角、大半の出来事に当てはまらないから意味無いよね
量子にそういう性質があるってだけでしょ
パーソナルリアリティやん
本当なら大ニュースになる。ってかなれ。絶対になれ。
確立統計学の根本をわかりにくくもっともらしく言ってるだけの屁理屈であって、科学では無いな。
実験者1の右目と左目にそれぞれの観測結果が入ってくるようにしたらどうだろうか?
右目と左目の観測結果が一致するのか、しないのか、はっきりする。
量子レベルでそうだといわれても、僕らが生きてる現実にどこまで当てはまってるのか正直よくわからんのよね
文字通り別の世界に生きているというわけだね
マンデラエフェクトはこういうことなのかもしれない
量子縺れ状態がさかのぼって破綻するだけの話じゃないの?
よくわからんのだが量子暗号通信は実際には不可能って話?
中込照明氏が提唱した量子モナド論(唯心論物理学)がこの実験結果を詳しく説明できるよ
ライプニッツのモナド論を参考にした世界モデルで、個々の観測者ごとにモナドという個別の世界があって、このモナドが予定調和という通信で外部世界の情報をやり取りしてるんだと
超簡単に例えるとモナドは個々のパソコンで、外部世界はオンラインゲームみたいなもんらしい
来ましたねー。百匹目の猿現象。
このタイミングよ(笑)
前から気付いている人は居たけど、ついに一定数を越えたようで。嬉しい。
複数の観測者が同じ時空を共有したとき、複数の乱数発生機の量子確率が偏るバーニングマンの実験よろしく、バラバラに探索しているアンテナが一点を同時に観測するようなもの。その時複数のタイムラインは収斂し、移動幅の大きい観測者とっては過去事象の奇妙な食い違いを認識する事になる。それがマンデラエフェクトの実態かもね。
令和の時代を迎えるタイムラインの皆様こんにちは。
さて、1人1人が異なる宇宙に存在しているとして、個人的な次なる疑問は「他者」とは何者なのか?という問いなのだけど。
あるいは、他者から見た自己とは何者なのか。
個人的な仮説は、確率上存在しうる平行世界の別の可能性の自己が観測されているのでは?
というもの。
知人の過去が書き変わっていた。という理解に苦しむ体験に対する個人的解釈。
>>49
知人の過去というのはどうにも解釈の幅が広いのでわからんが、他者が別の可能性の自分かもしれないというのはなんとなくわかる。
自分でも頭がおかしいんじゃないかと思うが、本当に記憶が正しければ、過去に幼い自分と出会った経験が3、4回程あるし、説明が難しいが、幼い当時に大きい自分と会った時の記憶もある。
ただ、間違いなく幼い頃の自分の周りにあった持ち物、置物などが大人になって出会った時のものと違ったり、会う度に記憶の齟齬が大きくなっていったりと、可能性や多少の時間のズレが生じている時点で、全くの別人、そっくりさんなのかもしれないとも思う。
しかも、思い出そうとする度に、顔やらそこにあったものやらの記憶があやふやになってしまうという。
ただ、オカルト的な話、大地震や大災害の後、何かしら、過去に飛んだのではないか、過去の景色を見てしまったのではないかという話を聞く。
もしかすると、そういった大災害的エネルギーや、何かしらの条件によって、時間の矢とでもいうのか、隣接する近しい世界とでもいうのか、それを隔てる幕に穴が開くという事もあるのかもしれない。
マクロ的な話と巨視的な話を一緒くたには出来ないと解っているし、あくまで空想でしかないが、もしも平行世界を隔てる幕があるとして、それが薄らぎ、何かしらの常識や概念、要素などが統合され、書き換わる事があるとすれば、幕そのものの変化や、幕の薄くなる条件などが変わってしまう事があるかもしれん。
自分に会った体験も震災後の事だし。
…もしくはそんな事は関係なく、意外と気付かないだけ、忘れているだけで、不意に会っていたりするかもしれんな。
>>76
おお、そっちのベクトルの「移動」もあるんですね!
自分も初体験の時はついに頭がおかしくなったのかと思いましたよ。
こんな話まず鼻で笑われるのが常だし、記憶違いで片付けられてしまうのが普通なので、話題が共有できる人は有難いです。ちなみに昨日もちょっとしたソレに遭遇したばかり。
当時、似たような経験した人は居ないものかと懸命に探したけど、「過去の奇妙な不一致」に該当するマンデラエフェクトという言葉はどれだけ探しても出て来なかった。検索下手だっただけの可能性ももちろんあるけどね。
「君の名は。」の携帯日記が消えてくシーンには鳥肌たったなぁ(笑)
マルチバースを前提に考えると、干渉が発生した時点から別の分岐が新たに発生するだけなので、タイムパラドックスは問題にならない。
肉体ごと移動しているわけではなく、既に存在している「別のタイムラインの肉体と記憶」に意識のフォーカスを次々と切り替えてるとすると、元のタイムラインと離れるほど(干渉が弱くなるほど)、元の記憶が曖昧になる、ということなのかも。
ループ量子重力論も面白いですよ。
隣接宇宙との接点の表現が、惜しい感じもしますが。
量子論の「波」の部分の解釈は本当に不可解だな
てか情報得られてないと結果変わるんだったら、量子的な情報技術は信用性下がるんではないか?
シンプルに、
?
もしこれが本当なら説教で「現実を直視しろ」なんて言えなくなるね。
正直8割わからんが、最後の部分だけはいつも感じてるで
>ユージン・ウィグナーの思考実験「ウィグナーの友人」
駄洒落かよ!
よく分からんけど二つの光子をそれぞれで測定してることにならないの?
1つの意識に、それぞれ1つずつの現実世界があり、客観的で唯一の現実世界などというものはなく、それぞれの意識が” 他の意識 ”を観察したときに、その” 他の意識 ”が見た現実世界も観察することになる。
相手にとっても同様で、自分と自分の見た現実世界を相手も観察している。これが共通の世界認識を作る基礎になっているのではないか。
自分に映る相手の現実世界、相手に映る自分の現実世界、これが他者、意識の数だけ互いの中に蓄積され、結果として現実は確率として現われるようになる。
1つの光子の進路は1本の直線ではなく、あらゆる可能な進路の確率的な重ね合わせであるのは、それぞれの意識が観察した経路の蓄積、総和になっているからではないか。
その意識は人間のものだけではなく、宇宙と存在世界に遍在する無数の意識体を想定しなくては成り立たないだろう。
>>58
素晴らしきご慧眼!
相互認識によって一瞬一瞬確定してゆく世界像ですね。
長い箸で互いに食べさせ合う逸話を思い出
します。
では、意識の最小単位、最小の観測者とは何者でしょうか。
二重スリット実験も、スクリーンよりも手前に観測装置を設置すると干渉縞が消失します。
クリストフ・コッホのように、媒体が何であれ、相互作用するネットワークを構成しているモノには意識が宿る、とする考え方もあります。
そして、たった一つの光子ですら、干渉縞を発生するという事実。
収束する帰結は、
素粒子の一片にまで意識が宿っている、という仮説。
素粒子1つで、「観測者」「波」「粒子」
>生きている状態と死んでいる状態が半々の確率で、重なり合って存在するということになってしまう。
こういう解釈する人が多いけれど間違ってる
生きている状態と死んでいる状態が半々の確率とは、重なり合って存在するということにはならない
なるほどわからん(^^ゞ
遺伝子に放射線が当たり異常を引き起こした/何も起きなかった。
この2つの量子的挙動が、後にアドルフ・ヒトラーと呼ばれる男の誕生に関わる2つの現実を引き起こしたのである。
>原子崩壊によってアルファが発生する確率を50パーセント
原子崩壊が起こる確率と言ったほうが正しい
あとアルファが発生じゃなくてアルファ粒子、つまりヘリウム原子核ね
つまり、我々は何にでもなれる可能性があるということ。
シュレディンガーの猫の説明してるのでいつもモヤモヤするのが、コペンハーゲン解釈での結論として「ミクロでの重ね合わせは成立してもマクロでは成立してない(マクロであるの猫の状態が確定しないなんてことはありえない)」ってのをブッ飛ばして、不思議だなんだと書いてるのを見るときだわ。
量子力学黎明期の学者ならともかく、現代の標準的な物理学者は誰もそんなこと言ってないからな?
※64
えっ、じゃあ、原因であるアルファ粒子は重ね合わせ状態の不確定なのに、結果である猫の生死は確定してんの?なんで?
※68
一般的な解釈ではミクロとマクロで分けて考え、観測が行われたとき量子の波動関数は収縮すると決めたから。
シュレディンガーはコペンハーゲン解釈を「マクロとミクロで物理法則が違うなんておかしいだろうが」と言う事で、状態の決まらないアルファ粒子と「もつれている」状態の猫の例えを出したが、マクロの状態にミクロの状態が相互作用を起こす(つまり観測する)時点で波動関数が収縮して状態が確定してると言えるから、そもそも論としてアルファ粒子が状態未確定で猫と「もつれる」状態があり得ない。
だから猫の状態は生きてるか死んでるかのどちらかで確定していると言える(あくまで現代の物理解釈では)。
※88
ああ、なるほど。解説さんくす
マクロな猫が観測者になるんだからそこで可能性の状態は収束するだろうってことね
俺が月を見てなくても、それ自体がマクロであり他のマクロな物との相互作用も起こしてる月は存在すると
つーか、シュレディンガーの猫ってアルファ粒子ともつれ状態にあるって仮定になるのか
やっぱ「観測」って何か主観的なモノじゃまったくなくて、一定以上の運動量とか?による干渉のことみたいなのが有力なんかな
※89
より厳密な話をするなら、フォンノイマンの「量子力学の数学的基礎」において「観測されたときに波動関数が収縮する」としているから、逆に言えば「波束が収縮」されれば「(見るとか関係なしに)観測」じゃね?と言う事も出来る。
それが証拠に二重スリット実験で撃ち出された量子は、干渉が起きているから間を飛んでいる時は波なんだろうと言う予測が出来るが、スクリーンに到達した時点で(状態が確定した)点としての跡が残る(干渉縞ができるから到達直前まで波)。で、これって誰もスクリーンに到達した時点を「見て観測」しなくても量子が点として確定しているわけだから、観測って言葉は別に誰かが主観的に見る必要なくね?ってことになる。
ようするに量子力学で観測と言う意味は、マクロ(スクリーン)と相互作用を起こした結果、ミクロ(量子)が確定した(点になった)ことと言える。
わりと屁理屈
なるほど、わからん
つまり俺の財布の中にはお金は入ってるし入ってない
だから開けないとわからないけど毎回入ってない
は?
※67
違う、相応しい額が適当に常に入ってるんだよ
飢えない程度とか、釣り銭程度とか、狩られるレベルとか、そんなカンジ
ただし、一枚だけなど確定状態の場合は変えられない
どうでも良い事は何でも良いんだよ
つまりどういうことだってばよ?
誰かこう、折り紙の折り方を説明する感じでわかりやすく説明してくれませんか
「お前がそう思うんならそうなんだろう」が本当のことになるのか
人が観測器とされるなら
全く同じ同一人物が観測しないと
結果が異なるのは当たり前じゃないの
人が違うと言う事は観測対象に与える影響も違うということだろうし
観測対象に影響を与えないような観測方法が先に必要なんだと思うわ
シュレーゲンガーの猫は、「開けたときの状態が100%」って毎回思うけど、そうじゃないの?
50%50%の状態で「存在する」って言い方がもう分からん…開けたらその瞬間に決まって、どっちかしかないわけじゃないの?
to be or not to be. アインシュタインの重力波の予言が立証されたように いつかこれも立証されるかもね。 でも、最後にあるように実験には穴があるから、(悪い意味じゃなくて、反証から新たなことも確立できたりする)。
新しいことを知った瞬間に新たな謎が生まれるのが面白いね~。相変わらずマクロとミクロは統一難しいね。表裏一体を科学でなんていうんだろう?。
とうとうその事実に気付いてしまったか
こういうのにはすごく興味があるのだけど、実際に文章を読んでみると頭痛くなってくる
コメ欄の人もよくそんな難しい文章を作れるね、すごい
もっと中学高校で勉強しておくべきだったなあと後悔
思考は現実化するってやつですね
他人と共有してる部分も大きいが、自分だけの世界が人間には一つづつ用意されてる。
クラウド内のフォルダのようなものと言えば説明がしやすいだろう。
そして、そのフォルダ内の意識が「そこ」に向かわないときは現実自体が休止していて存在しない。
宇宙が無限に果てしもなく続いてるのはそのためで、「望遠鏡をのぞいた時に生まれている」。
覗かなければそこには何もない。
こんなSF小説でもやらないような荒唐無稽な話を、今や世界の頭脳たちが真剣に研究している。
世界の成り立ちは多分、人間の想像を絶する形をしているんだろう。
つまり一人一人の人生にとっての主人公はまさにそれぞれ君たち自身ってことさ!
ねぇ、オーストラリア大陸ってこんなにインドネシアに近かったっけ・・・?
こんなもん二重スリット実験の結果と本質的に一緒じゃろ
特に目新しい事実ではないと思う
ネットに量子力学の解説はたくさんあるけど
なんかどれも痒いとこに手が届かない感じなんだよね
二重スリット実験は、スクリーンに到達したら「観測」ではあるが、どちらのスリットを通ったのかという情報は含まれない。だから、情報として不確定という意味しかない。どちらのスリットを通ったのか、それを確認するような仕組みにすると、どうしてか、干渉縞が出ない。観測すること自体が、波動関数の収束を起こしてるんだろう、ということで、それを回避する実験も行われた。「遅延選択の量子消しゴム実験」というもの。どっちのスリットを通ったのかを、スクリーンに到達した「あと」で確認するという量子にとって意地悪なもの。すると、まるで予知でもしてるかのように、どっちのスリットを通ったか確定してる量子は干渉縞を作らないことがわかった。これによって観測というのがなんなのかよりわからなくなった。
実験で2つの観測地点が違えば結果が違う(ことがある)のは当たり前だと思う
たとえ観測地点の座標と時間が同じでも観測主体の性質が同一でなければ意味がないし
この実験では現実が2つ以上ある証明には全くならない
1人で複数回実験した結果は同一だったのか?気になる
これほんとに同じ光子を同時に測定してたんかいな?
あとミクロの話をそのまま知覚出来る様なマクロな世界に当てはめて話すのってナンセンスだと思う
当時のシュレーディンガーの意図は
「つまり分かりやすく例えると、こういうことが起こってるって事だぞ。あり得ねえだろこんなの」
だったって聞いた事がある。
ビッグバン理論も、命名者は「馬鹿馬鹿しい、あり得ない現象だ」という揶揄を込めてそう呼んだものが、どうやら事実らしいとなって正式に定着したものとか。
※97
シュレディンガーのネコのたとえ話は「ミクロの領域ではこういうことが起きるが巨視的な現象についてはそうならない」という説明に対し「こうすればミクロの領域限定の話が巨視的な事象でも起きちゃうじゃないの!おかしくね?」という主旨ですね。猫の生死は素粒子のスケールだけでは済まない事象ですから。
お前がそう思うならそうなんだろ
お前の中ではな
的な理論き