この画像を大きなサイズで見るベネズエラの首都カラカス、スラム街サン・アグスティンの中心にある自然の丘の上に、上に行けば行くほど、道幅が狭くなるらせん状のスロープがついた巨大な建物がある。
ジオデシックドームと呼ばれる三角形を組み合わせた半球形構造を持つ近未来的なこの建造物は、かの有名なアメリカの建築デザイナー、リチャード・バックミンスター・フラーが設計したもので、「エル・エリコイデ」という。
エル・エリコイデは世界初のドライブスルーショッピングモールとして華々しくオープンする予定だった。ところが、もう少しで完成というときに政権崩壊が起きた。
放棄されたこの建物は不法居住者が住まうようになり、紆余曲折を経て、最終的には大くの問題をかかえた拘置所(刑務所)となる。
1950年当時、最高傑作の近代的建造物であると世界が絶賛
エル・エリコイデは、ベネズエラの近代ムーブメントのもっとも重要な遺物のひとつだ。世界初のドライブスルーショッピングモールとして、4キロもの長さのらせん状のスロープを上り下りして、行きたい店の前に直接車を停めることができる予定だった。
300店舗以上が入り、5つ星ホテル、7スクリーンある映画館、展示ホール、ジムやプール、ボーリング場、託児所なども完備されるはずだった。
この画像を大きなサイズで見るサルバドール・ダリが内装の装飾を申し出るほど
リチャード・バックミンスター・フラーが設計し、ペドロ・ノイベルガー、ダーク・ボーンホルスト、ホルヘ・ロメロ・グティエレスなどの名だたる建築家が、ベネズエラの独裁者、マルコス・ペレス・ヒメネス大統領のために、この建物のプロジェクト構想をうちたてたのは1950年代のこと。
このプロジェクトが、ニューヨークの近代美術館で披露されたとき、最高の現代デザインとして大いにもてはやされた。
ノーベル賞を受賞したチリ人の詩人パブロ・ネルーダは、”建築家精神が生み出したもっとも優れた創造のひとつ”と称し、サルバドール・ダリは内装の装飾を申し出た。
この画像を大きなサイズで見る政権崩壊のあおりを受け1961年に工事がストップ
もう少しで完成というときに、ヒメネス独裁政権が崩壊し、建築家たちは資金援助を失った。新政府は、前独裁者との関わりを象徴するものとして、エリコイデの完成にはまるで関心を示さなかった。
完成予定1年前の1961年に工事は中止になり、長期の破産手続きの末、1975年に政府の所有物となった。
この画像を大きなサイズで見る不法居住者の巣窟となり無法地帯に
不法居住者が入り込み始めたのは1979年。そのほとんどは、土砂崩れ災害で家を失った犠牲者たちだった。
しかし、それからわずか3年で、不法居住者の数は1万人以上に膨れ上がり、エリコイデは麻薬取引や性産業の巣窟になった。
1982年、不法居住者たちは追い出され、建物は歴史人類学博物館になることが決まったが、当然のことながら、これも実現しなかった。
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この画像を大きなサイズで見る最終的には拘置所に変貌、新たな闇の巣窟へ
1984年に、エリコイデはベネズエラ警察の諜報機関に引き継がれ、その本部になった。
建物内の無数の部屋は、もともと商品を展示・販売するために設計されたものだったが、それが抑留者を監禁し、尋問や拷問が行われる拘置所になった。
「拘置所に変わったことで、エリコイデは新たな闇の巣窟となった」と書いているのは、文化史家のセレスト・オラルクイアガである。
「ハイテク監視装置が取りつけられ、職員はまるでジェームズ・ボンドのように嬉々として自分の車でエリコイデに乗りつける。建物の中には、政治犯が収監されていて、拷問も行われている。SWATチームが待機していて、周辺の道路から建物の写真を撮ることもできない」
この画像を大きなサイズで見るエリコイデの闇
ベネズエラ中央大学教授のヴィセンテ・ルクーナは、エリコイデの矛盾を指摘する。「1950年代から60年代に、自由な商業地区の象徴にしたかった場所が、のちに政治犯の監獄になってしまった」
NGO団体が発表した報告によると、2014年1月から2016年6月の間だけで、ベネズエラ政府による拷問や、非人道的で残酷な処遇が145件あったという。
2012年には、米州人権裁判所がエリコイデの施設を調査し、拘置所としてふさわしくないと結論づけた。にもかかわらず、エリコイデは囚人を収監し続けている。
脱走者の話によると、人権を踏みにじる恐ろしい行為が相変わらず行われているという。
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この画像を大きなサイズで見るvia:El Helicoide: A Shopping Mall That Became A Prison/ written konohazuku / edited by parumo














この設計だと、
一番上に車を停めようと思ったらかなり長い距離を走らせなきゃならんな
スラムの真横の高級ショッピングモールかぁ…
複雑な気持ちになりそうだな…完成しなかったけど。
※2
当時はスラムはなかったんじゃない?
仮にショッピングモールが完成していたら、高級住宅街になっていたかも
※2
土地を買った着工当初は周辺も綺麗だった筈だから、予定通り完成してたらまた違う環境だったんでない?
まあ、違う場所にスラムできてたんだろうけど。
1000年後、遺跡になったら面白そう。
また北斗の拳か
なんか一枚目がゲームっぽいけど何かのゲームなのかな
こんなに目立つところに、目立つ建物があると
結構心理的に常に圧迫されてしまいそう...
ここを舞台にしたゲームがやりたい
ベネズエラの戦慄
> 新たな闇の巣窟
最初の闇とは不法居住の時か、その前の独裁政権かどっちのことだろう
フラーの実作がこんなとこにあったんだ
南米は核の炎で浄化を。
忌まわしくも禍々しい美を感じた。
途中まではドロヘドロの中央デパートかと思ったのに何て有様だ…。
それにしても凄い遍歴の建物だな。これで映画1本どころか三部作くらい撮れそうだぞハリウッド。
犯罪の宝石箱やぁ
ドライブスルーのショッピングセンターって面白そうだし
買い込む時には楽チンそうだけどシステムが想像できないな。
勿体ない企画倒れ。
建物の作りが、なんとなくバベルの塔にすら見えるね。
栄光を掴もうとして、忌むべき存在になったあたりの一致加減とか、
皮肉としてもできすぎてると思う。
仮に本来のショッピングセンターにしようにも
ここまで住宅地に囲まれると開発不可能じゃないの
壊すか現状の刑務所以外選択しないかもしれん
>サルバドール・ダリが内装の装飾を申し出
あっ…(察し)
豊洲も反対反対で移転しなかったらこうなる
スラムを再開発する拠点も機会も失い、
何のためだったか誰も思い出せなくなる
「大く」って変わった誤記だね
中身の写真がないということはとてつもなく危険なんだろうな
想像するしかないが、想像したくもない
※22
中が見たいけど案外殺風景なだけでつまらないかもね
本来の計画時とは異なった使われ方をした建物シリーズ
なんてのも面白いかも知れない
世界を捜すと、皮肉な例も結構と有ると思うよ?
(例えば、結婚式場を作ろうとしたけど火葬場として使われているとかね)
「クーロンズ・ゲート」的なゲームになれば。
こういう建物に動物園や水族館、スタジアム詰め込んでドライブスルーで観覧とかやったら面白そうだな
事故るかやっぱり
あら、まあ!こんな所にバベルの塔がw
ドライブスルーショッピングモールとか日本だったら大渋滞しそう
ブレーキの踏み間違いで下の階へダイブしたり
独裁政権を倒した革命政権が、同じような人権侵害と秘密主義を行っているのか、貧しさの問題もあるのだろうけれど、権力は低い方に容易に落ちてゆくのだな。
拘置所を潜り抜け
見上げる夕焼けの空に
誰が歌うのか子守唄
残りの刑期待ち
ベネズエラ版の九龍城
テンセグリティを考案した建築家だね
この人の作品は幾何学的でかっこいい
完成していたとしても使いにくさで有名になってたかもなー。
※35
それ
お目当ての店の前にって特定の人気店前が飽和したらその辺大渋滞やんけ
そして行列沿いの店舗に客が近づけなくなるか?
作る前から問題てんこ盛りなのになんで作っちゃったんだろう
何が凄いって、独裁政権崩壊で1961年にストップしたのに
でも、2016年にまた別の独裁政権になってんだぜ!
どいう言う国民なんだろうなぁ・・・・