この画像を大きなサイズで見る童話、おとぎ話はたいてい、美しい場面と、不気味なシーンや謀略的な部分を併せ持つ。だがこれらをディズニーが映画化するとなると話は別だ。例えば『赤ずきんちゃん』のおばあちゃんは、不気味で暗い負の部分は割愛され、ハッピーエンドで終わらせ見る人に感動を与える。
だが原作は、必ずしもハッピーエンドにはなるとは限らないのだ。それどころかトラウマになるような描写すら含まれているのだ。
1. 人魚姫
この画像を大きなサイズで見るハンス・クリスチャン・アンデルセン原作の、美しい人魚のお姫さまが人間になりたいと憧れるこの話は、1837年に出版された。みんなが知っているその結末は、1989年のディズニー映画のバージョンだ。1990年、この作品はふたつのオスカーを勝ち取り、ほかにノミネートもされていた。しかし、実際にはアンデルセンの原作はかなり暗く悲しいものだ。
両バージョンとも海の魔女が出てくる。ディズニーのほうにはアースラという名前がつけられているが、こちらでは彼女が関わる暗い要素は影をひそめている。アンデルセンのオリジナル版では、名前のない人魚姫が海の魔女のところへ行って、人間になりたいと訴える。
おまえの望みはわかっている」と海の魔女は言いました。「それはとても愚かなこと。思い通りにしたら、悲しみをもたらすことになるよ、小さなプリンセス。魚の尾をなくして、その代わりに地上の人間のような2本の足を持てば、若い王子がおまえと恋に落ちるかもしれない。永遠の魂を得られるかもしれない、と言うのだね。
おまえのために水薬を用意してやろう。明日の日の出までに陸にたどり着いて、岸でそれを飲めば、魚の尾は消えて、人間の足と呼ばれるものが生えてくるよ。
そのかわりまるで剣に貫かれるようなひどい痛みを感じるだろう。でも、おまえを見た者はみんな、おまえは世界一美しい娘だと言うだろう。そして、水の中と同じような優雅な動きができて、どんなダンサーもおまえのように軽やかにステップは踏めないだろう。しかし、歩くたびに鋭いナイフの刃の上を歩くような痛みを感じるだろう。これに耐えられるというのなら、協力してやろう。
結局、オリジナル版では人魚姫は魔女と取引して、絶え間ない苦しみを抱えて陸での生活を始める。しかし、苦しみはこれだけでなく、人魚姫は舌を切られて声を失うことになる。まだ犠牲が足りないとでもいうように、お目当ての王子さまはほかの女性と恋に落ちてしまい、人魚姫はふたりの結婚式が済んだ朝に死に、海の波の泡と消える運命にあった。
しかし、姉さんたちが人魚姫を助けるために、自分たちの髪の毛と引き換えに海の魔女と取り引きし、まさに人魚姫が命絶えようとしているところへやってくる。魔女からあずかったナイフを渡し、王子を殺せば命が助かると人魚姫に言うのだ。
太陽が昇る前に、王子の心臓にナイフを突き立てなくてはならないの。その温かな血をおまえの足にたらせば、その足は元通り魚の尾になり、もう一度人魚として生きることができるのよ。急いで。夜明けまでに王子が死ぬか、おまえが死ぬかなのだから
人魚姫は王子を心から愛していたので、どうしてもその胸にナイフを突き刺すことはできず、死んでいった。しかし、人魚姫は海の波の泡にならずに風の娘になって、魂をもたない人魚のような存在のグループに加わる。しかし、この存在は人魚とは違って、魂を得て天国へ行くことができる。これがハッピーエンドと言えばそうだが、最後に但し書きがあった。
言われていたように、人魚姫は最後には天国へ旅立つことになるが、それには、世界中の子どもたちがいい子でいるという条件があった。
「300年後、こうしてわたしたちは天国へと向かいます」と風の娘たちのひとりが言いました。「もっと早く着くかもしれません」と別のひとりがささやきました。「わたしたちは姿を見られることなく、子どもたちがいる人間の家に入ることができます。そして毎日、良い子どもを見つけ、300年近くになるまで一年ごとにその数を数えるのです。しかし、もし聞き分けのない悪い子がいたら、悲しみの涙を流し、自分たちの時間の審判に一日で流したすべての涙が積み重ねられていくのです」
2. ピノッキオの冒険
この画像を大きなサイズで見る1940年のディズニー版ピノッキオでは、怠け者のランプウィックがロバに変わっていたりしてそれほど恐ろしくないが、イタリアの作家カルロ・コッローディのオリジナル版(1881~83)には、もっと陰惨な場面がある。
まずは、ピノッキオが家を逃げ出して、地元の警官に出くわす場面。警官はすぐにゼペットじいさんがピノッキオを虐待していると決めつけ、この老木彫師を牢屋にぶちこんでしまう。ピノッキオが家に帰ると、長いことゼペットじいさんの家に住んでいるおしゃべりコオロギが、ピノッキオの誤った行いを諭し始める。しかし、アニメ版と違って、ピノッキオはまもなくコオロギのお説教にうんざりして、木槌で彼を殺してしまう。オリジナル版はなんとも後味の悪い結末なのだ。
映画では、正直者のジョン(狡猾なキツネ)とギデオン(その相棒の無口なネコ)が、ピノッキオに後でプレジャー・アイランドで休暇がとれると思い込ませて、うまいことストロンボリの人形ショーに出させてしまう。本では、彼らは強盗を装ってピノッキオを殺そうとして、まず背中を刺して、オークの木から吊るしてしまう。
彼らはピノッキオの手を肩の後ろで縛り、首に縄をかけました。大きなオークの木の高枝にロープを投げ、かわいそうなピノッキオが高く宙に吊り上げられるまで縄を引っ張りました。それで満足して、ふたりは草地に座って、ピノッキオがこと切れるのを待ちました。しかし、3時間たっても、ピノッキオは目を開いたまま、口を閉じたままで、前よりも激しく足を蹴り出していました。
待ちくたびれて、ふたりはピノッキオに向かってからかうように言いました。”明日までさよならだ。朝に戻ってきたときには、口を大きく開けておとなしく死んでるくらいの慎みが欲しいってもんだね”そう言って、去っていきました
コッローディの本は、1881年に最初ローマの新聞で連載された。話は15章のピノッキオが木から吊るされているこの場面で終わっている。
ああ、父なる神さま、親愛なる神さま! あなたがここにいらしたなら!”これがピノッキオの最期の言葉だ。ピノッキオは目を閉じ、口を開け、足をだらりと垂らして、死んだようにただそこにぶら下がった。
ラストシーンがちょっと残酷なのは明らかだったが(ストーリー全体としては、読者にうけていた)、編集者はそのまま掲載した。
2週間後、新聞は”シニョール・C・コッローディの友人ピノッキオはまだ生きています。よって、ピノッキオの冒険の第2部がまもなく始まります”というお知らせを出した。コッローディは終了した場面を受けて、ブルーフェアリーがピノッキオを助けにやってくるという展開にもっていき、おなじみのハッピーエンドにした。
3. シンデレラ
この画像を大きなサイズで見るシンデレラの話は長い間にいろいろなバージョンが語られてきたが、元のストーリーは、9世紀の中国は掖県(えきけん)地方の民話にさかのぼる。しかし、西洋では1697年にフランスの作家で学者のシャルル・ペローが書いた『サンドリヨン』をベースにしたものがもっともよく知られている。内容は現代のわたしたちもよく知っているものだが、結末はかなり違うものになっている。
ハンサムな王子さまが、ガラスの靴が誰の足に合うのか確かめにシンデレラの家にやってきたとき、義理の姉妹たちは、なんとか靴に足を合わせようとして、自分の足を削ったとある。
グリム兄弟はこれに対抗して、1857年に『アシェンプテル』を出版した。その中では、義理の姉妹たちは、靴に合わせるために爪先を切り落としただけでなく、母親のアドバイスに従って踵も削り落とした。”みそめられて女王になれば、自分の足で歩かなくて済むでしょうから”というのが、その理由だ。
ついにシンデレラが王子さまと結ばれるラストの結婚式のシーンで、グリム版は真の本領を発揮している。継母と姉妹たちは、シンデレラが新たに得た財産目当てで、媚びへつらいながら結婚式にやってくるが、シンデレラの味方になった2羽のハトが事あるごとに助けてくれた。
結ばれるふたりが教会に歩いていくとき、年長の姉が右側、その次の姉が左側を歩きました。するとハトが彼らの片目を突いてえぐり出してしまいました。
教会から出てきたときには、今度は長姉は左側、次の姉は右側にいましたが、やはりハトが残ったほうの目もつぶしてしまいました。
意地悪と嘘つきのせいで、彼女たちは罰せられ、死ぬまで目が見えなくなりました。
via:The Original Unhappy Endings of 3 Famous Fairy Tales/ written konohazuku / edited by parumo
















・・・この方が子供にウケがいいのかもしれない・・・
元々は子供を怖がらせて言うこと聞かせるための話
だったのかねえ
※2元々御伽噺自体が子供向けじゃない
大人がヤること以外の娯楽がなかったからブラックジョークや皮肉を交えて考えられたものも多い
今で言うところの2ちゃん創作SSみたいなもの
けっこうエグいわあ・・・
(-Д-;)
古典ファンタジー確立期には後味の悪い話ブームでもあったのかしら?お話を作る人たちが集まっては話を発表しあって”後味悪っ!”って言いあってたりして。
聞き分けのない悪い子ですまんかった。
青空文庫で人魚姫読んだんだけど、人魚が人間より劣った存在とされて、亡くなった後の長さとキリスト教的な試練が授けられる展開に驚いた
本来の結末は絵本やらで知ってたけど、悲恋というより魂の救済により天国行けるチャンスがあるね良かったねみたいな結末
ピノキオ「お爺さんぶちこまれますた」
※7
フーケの『ウンディーネ』って、人魚姫とそっくりな展開をたどるんだけど、
あれも妖精一族は「人間と結婚すれば不滅の魂が得られるジャーン!」って送り出すんだよな。
で、普通に結婚するのに旦那がゴミなところまで一緒w
※59
纏足は小さい靴に足の指の骨を砕いてぐしゃぐしゃに畳んで入れて醜く固めてしまうから、足を小さくしてかわいくするとは違うっぽい。纏足をするとマトモに歩けなくなる。覚束無い足取りでヨロヨロと、腰を不自然に振って歩く姿が欲を誘う、お転婆な娘を動けなくして嫁に出す為の足枷みたいなもん。
※77
今でも元々の話の絵本とか、売ってるのかなあ。ディズニー版の絵本は見るけどねえ。
※77
30年くらい前に家にあった童話集の本にのっていた人魚姫はラストが
「人魚姫は王子様に妹のようにかわいがられながら幸せに暮らしました」
というハッピーエンドだった。
小学生になってから、本当の人魚姫のラストを知ったよ。
人魚姫は違うけど、悪い事したら酷い目に遭うってのが徹底しててこっちの方が良い気がする
教訓の為の童話をマイルドにしたってしょうがないと思うんだよね
別に三つとも知っている
ディズニーしか見ていない人ばかりと端から決めつけられるのが不快
シンデレラについて
シンデレラ=灰かぶり姫、家族が寝室に戻った後、日の消えた暖炉で寝ていたから
ガラスの靴→毛皮の靴の誤訳、小さい毛皮の靴と言えば…これ以上書くと拒否されるので省略
もともと「千匹皮」(あるいはロバの皮)の流れを汲む話だからね
白雪姫は結婚式で、継母に熱々の鉄の靴を無理やり履かせたんだよね
つか、本当は恐い童話ってネタ、二昔ほど前に流行って、元ネタを集めた種本みたいなのが結構な数出てたよね
断章のグリムってラノベ読んでたから知ってる。
赤ずきんも、赤ずきんが食べられて終了のパターンがある。
雪の女王も全く違う話だしな
アンナのボーイフレンドを雪の女王が拉致って自分の城に連れて行ったので
艱難辛苦を乗り越えて北の果てにある雪の女王の城にたどり着き
取り戻す話だし
NHKでアニメ化されている
※14
そういうパターンもあるって言うか、元々はおばあさんも赤頭巾も食べられたまんま終わる話が原型。
子どもの頃に読んだ本屋の回転ラックに陳列してある正方形の絵本(まだあるかな?)は、こっちの人魚姫だったなあ。
米15
いまもあるよ!ガラガラ回転ラックの絵本
子どもに読んであげたくて買いに行ったら、絵が萌え絵みたいになっててズッコケちゃった!
※15
旧ソ連版もいいよね
面白い物語は本質的に残酷である。
殺人を扱ったものは、殺されるための登場人物を物語の為に生み出し殺す。
勧善懲悪では虐げられる善人と、この世の悪を煮詰めたみたいな悪人が生み出される。
初めから万人が満たされている物語は、物語る必要が無いのかもしれない、そう考えると人間の興味が、求める面白味がシニカルで残酷なのかもしれない。
知ってた。そもそもディズニーしか知らない想定はおかしくない?
子供の頃童話集とかで読まないの?
グリム兄弟もおはなしをかなり改編してるよ。六回だったっけ?もっと?
残酷表現削ってだんだんマイルドになってきてるはず。
良いとか悪いとかの問題じゃなくて、世の中に受け入れられやすいように変えてったんでしょうなあ。
人魚姫は刃の痛みも海の泡も美しい
絵本でもアニメでも結末がシュールだったりアンハッピーのほうが子供心にも強烈な印象を残すしうける。
ピノッキオは原作者自ら続編書いてるんだし、このケースとは違うんじゃね?
グリムやアンデルセンの時代は残酷表現に抵抗がなかったらしい
ただし得ろは徹底的に嫌われて削られた
ディズニーじゃない子供向けの童話だとラスト普通に召されてたりするからな
絵本の「赤い靴」とかも結構残酷だった
昨今はそんな童話もかなりマイルドになったと聞く
ガラスの靴は毛皮の靴の誤訳だという話はよく聞くけど(ガラスが正しいという説も聞く)
姉達の血塗れになってる以上、毛皮は嫌だなw
ガラスならさっと洗える
※24
なぜかうちには「赤い靴」の絵本が2冊あったんだけど、結末が違うから混乱した思い出
踊ったまま止められず、荒野で死ぬまで踊り続けたバージョンと、
樵に足を切り落としてもらい、以後は償いのために義足をつけて修道院で働いたバージョン
後者の方がマイルド化したバージョンかと思ったけど、切り落とされた足はそのまま踊りながらどこかへ去って行った描写がすごくホラーだったんだよな…
空気の精霊になった人魚姫の名前がエアリエル
「シンデレラと瓜子姫、もともとは同じ原型から派生したものとわしはにらんでおる」って宗像教授が言ってた。
纏足おもいだした
※27
あの人、なんでもかんでもアーキタイプ決めつけて世界中の神話伝承の根は一つってやらかすじゃ無いですか、やだー
瓜子姫、普通に天邪鬼に食われて死亡するんだよね、古い話の場合
日本の民話伝承も、古い型が残ってる場合は結構えぐい話多いんだよねぇ
こ、わ、い、わ!
こういうのはやはりバッドエンドのほうが圧倒的に面白い。想像力を刺激してくれるのも有難い。
ハッピーエンドにしたら思考が停止してしまう。そのとき楽しくても後に残らないことが多いので、あまり好きじゃない。
※30
なんつーか、言い訳じゃないけどシンデレラは本文にある通り中国発祥という説がある通りなまじウソではないと思うよ。
つーか、伝承がどのように伝播したか調べるのは民俗学の基本だしね。
この他「山幸彦と海幸彦」とか「オデュッセイア」と「百合若大臣」の類似性とかいろいろ研究されている。
あとさ、日本の伝承もエグいっての同感だよねえ。
死が身近にある時代に世界中でえぐい話が多いのには、人の感情ってのはけっこう共通なんだなと思わせられるねえ。
日本のトラウマ童話と言えば、やっぱし「赤いろうそくと人魚」でしょか。
グリム童話集にあったシンデレラは色んなバージョンがあって面白かったよ。
個人的には魔法使いみたいな御都合主義よりも近所のおばさんが亡き母から預かった財産一式をシンデレラに渡す話のほうが道徳的にもいいと思うんだよね。
現実の厳しさを子供に教育するためのお話という側面が感じられるな
昔、小学校の図書室に童話のハッピーエンド版と
オリジナルバットエンド版両方あって
何気なく読んだとき吃驚したなあ
でも教育の場としては、両バージョン比べらる方がいいと思う
一番改変激しいのはノートルダムの鐘だと思うわ、好きだけど
子どもや女性を大切にしましょうという感覚は、近代になってからのものなのでしょうか。
多分、この結末が残酷とか救いようがないという受け取られ方はしていなくて、怖がらせて抑えつけることに、なんの疑問ももたれない歴史が長く続いていたのではないかと感じました。
童話や昔話は残酷なものが多いよね
日本昔話にしてもそうだし
ピノキオっていえば身障者差別だとかで回収されたとかだったっけ
本質を見ずに言いがかりもいいとこだ
日本の「○太郎」系も酷い話が多い…
あったか御飯に混ぜられたり…
※40
フェミ乙
※40
弱者救済の発想は、ハンムラビ法典のころからあるのね。
でもね、結局支配者の男がやりたい放題してたから改善されなかったんだね。
子どもは「発見」されたなんて言われてるし、
近代になってから「これこのままでいいの?」と思い直した部分は大きいよね。
それを考えると、江戸期の赤本は子供向けに作ってた、って意味では珍しいかもしれない。
私の知ってるシンデレラは
真っ赤に熱したガラスの靴を履かされた姉はピョンピョンと飛び上がりまるで踊っているようだった
ってエンディングだった
※41
かちかち山とか強烈だよね。
私が読んだ頃はまだ狸がお爺さんに「婆汁」食わせるバージョンの本が普通にあって、子供心にこんなん載せていいのか?昔話だからOKなのか?とか考えながら読んでたわ…。
日本の昔ばなしも悲しい話多いよね
※42
すし太郎かよww
こんなの残酷でもなんでもなくてただの因果応報だし
書かれた時代の価値観を理解するのも物語を読む楽しみのひとつだと思うんだけどな
こんなんで挫けてたらくそつまらん学校推薦指定図書以外なんにも読めないぞ
日本の昔話や民話も、結末が恐ろしいものが結構あるからね
むかし放送してた『まんが日本昔ばなし』も、子供の頃見ていてトラウマになったって人も多いだろうし
そういった恐ろしい話は子供への情操教育に役立つとか、人生の教訓を教えるとかそういう難しい分析もできるかもしれないけど、
単純にそういう残酷で怖い話の方が“子供のウケ”がよかったってだけの話かもね
シンデレラのハト無双っぷりといったら
※46
シンデレラってエジプト起源説が最強じゃなかったの?
サンダル片方をワシに取られてすったもんだする話があったじゃん
※59
結局女には弱いままでいてほしいって願望があんだよな。粉砕すべし。
これ難しい問題よね。
目をえぐるとか、陰湿すぎるから少し改変した方がいいって思っちゃったけど、
それの延長が、今流行の過保護介入よね。
面白いねぇ。改めて見ると
まぁすっきり感でいうなら圧倒的にディズニーなんだろうけど、考えさせられるっていうなら元の方なのかな?両方素晴らしいね
容赦ねぇな
確かに硝子の靴にあわせてつま先を削りかかとを削るのは纏足に通じるものはあるのかな あれも歩かなくていいくらい良家のお嬢様であるとか 足が小さいほうが女らしいとかそういう意味があるんだったか
※52
あのアニメ神
たしかディズニー映画版のシンデレラも途中がなかなかの展開だったような
作ってたドレスをビリビリに・・・
3つどころじゃないよな
ノートルダムの鐘もバッドエンドだし
白雪姫は王子がネクロフィリア&王妃に焼けた鉄の靴
ラプンツェルも結構殺伐としてる
※54
そうそう。
足が小さいのが美しいという美意識が纏足を連想させることも発祥は中国と考える一因になってる。
ただ、19世紀くらいの欧州にも足が小さい方が女らしく美しいという意識はあったようなので(例えば「小公女」にもそんな会話が出てくる)割と万国共通の感覚だったのかなという気もする。
今の感覚でもやたら足がデカいよりは小さめの方が「可愛らしい」感じはするよね。
※57
同じくそのバージョンだった
昔のは挿絵も怖かったし
※57
中国の不思議話集・捜神記とか見てると、狐より狸のほうがえげつないことしてるんだよね
狸が人間に化けて人を食ったりしてて、「ああー、カチカチ山ってこういうのが元ネタなのかも」って思える
狐は学者とか知的な人間に化けることが多くて、人間の真似をした年老いた狐が若い狐達に本の読み方を教えたりするほのぼの系もある
今こそ伝えたい「パンを踏んだ娘」NHK放送バージョン(特に主題歌)
※56
アニメだけどキティちゃん版の白雪姫は、ちゃんと最後に焼けた鉄靴を継母に履かせるよ。
知らないで姪に見せて泣かれて、妹に散々怒られたけどね。
桃太郎も原典はしょうもないニートだとかなんとか。
シンデレラの挿絵、ポメラニアンみたいな尻をしている猫が気になりました。
自分が知ってる人魚姫はオリジナル版だ。
子供の時に読んだ人魚姫は、ハッピーエンドではなかった。
王子がすごく嫌いだった記憶があるw
そんで「赤ずきん」は!!!!
赤ずきんもひどいよね、赤ずきんは全部食べられました(性的に)だもん
元がフランスだから、納得してしまったけど
童話じゃないけどディズニーならポカホンタスもかなり酷い
子供に見やすいよう物語を改変するディズニーを文化帝国主義者と言う奴はクズだと思う。
ディズニー=文化帝国主義と言うのなら、面白くもなく暗すぎる童話を読ませられる子供の気持ちを考えてから言え
ソノシートがついてる絵本のシンデレラが家にあったな
お姉さんが指削ったり踵削ったりして無理やりガラスの靴を履くシーンで、
鳩が声をそろえて「あれあれ、靴に血がいっぱい」って言うのをまだ覚えてる
でもアンデルセン童話とかグリム童話とかを集めた子供向け絵本の全集で
あとがきに「原作ではお仕置き場まで連れて行かれる場面が書かれていますが子供向けなので省略しました」という内容の但し書きがあるものもあった
40年前でこういった配慮がもう始まってたんだね
え…、最近の子供はディズニーバージョンがデフォだと思ってたりするの?
人魚姫なんてディズニーアニメ見る前に子供用絵本でもう少し原作よりなやつ読むから知ってるでしょ…
リトルマーメイドが本来の人魚姫だなんて思ってる人マジでいるの?
ガラスの靴だと足元が涼しげなのに、
もこもこな毛皮のブーツだと、いきなり暖かそうになるw
アンデルセンは何ぞ人魚に恨みでもあるのか、女に手酷くフラれたのかってくらいボロクソ描いてて大人になった今でも胸糞悪いし、宗教にも疎いから全く理解出来ないわ。
アンデルセンは母親が男にだらしない人で、かなり女性不信だったらしい
彼の童話に心の清らかな女性が多く登場するのはその反動で、理想の女性像なんだとか
理想の女性を悲惨な目に遭わせてるあたり、なかなか歪んでますね・・・
※81
へーアンデルセン女性不信だったのか
さくらももこも現実の祖父がキツくて漫画の友蔵を優しいじぃちゃんにしたのは理想像って話思い出したわww
米81.82
男性小説家や作家は女性不信多いよ
あのジュール・ベルヌも女性不信の噂があり、自身の作品には殆ど女性を登場させなかったとかなんとか、出てもチョイ役だったり守られる側の役だったり
アンデルセンの書いた人魚姫の性格はアンデルセン自身の理想の女性像なのかもね
カチカチ山も今の話では、兎がたぬきを虐待してるだけにしか思えないけど、実はタヌキがおばあさん殺して婆汁作って飲ませたというくだりがあるからあれだけのことをやったのだということがよくわかる。
地獄の絵本が数年前から売れてるみたいに、子供にとって、絶対にいけないことをやるとこういう風になるという教えはかなり効果的だし、必要だと思う。特に、学校の先生が、超問題児に対しても絶対に手を上げられないような今の日本の教育環境においては。
人魚姫は、泡になって消える(でも魂は救われる)のがデフォだったのに、もうリトルマーメイドの方がメジャーになっちゃったのか。
何も考えずにふらっと映画館にリトルマーメイドを観に入ったあの日、自分は若干落ち込んでいて
ああ、ヒロインが泡となって消える話を見るのか…
と思ってたんだが途中で
あ!これディズニーじゃん!確かショウビズで、死なねーつってたじゃん!!
って思い出してからはノリノリのハイテンションで最後まで楽しんだ。
やっぱりエンタメは、これでいいんだと思う。
人魚姫
私が昔読んだ児童文学(総合)では、空気の精達が新入りのお姫様を
慰めて
暑さに茹だってる人達に涼しい風を送ったり
花の良い香りを送ったり
そうやって良いことをしていけば、天国に行けると
本当はもっと試練があったって事?
人間になった。でも歩くのは 激痛、
おまけに舌を…
試練があり過ぎなのに。
人魚は死んだら魂消滅 (その代わり300年生きられる)
想い叶わず泡と消えて、それじゃあ可哀想すぎると
空気の妖精にしたんじゃ無い。
更に試練与えるの?
世界中でむかし話や童話は全部グロいだろ。
今はだいぶナチュラルだけど、ちょい前は…
かなりエグい。
シンデレラのくだりは
女は苦しくても痛くても無理矢理にでも、幸せのためには我慢しなきゃいけないのよ!っていう教育なのかなとも読める…
知らなかった…怖いですねー…