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なぜ中東では争いが絶えないのか?中東に関する10の歴史的事実

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 中東はインド以西のアフガニスタンを除く西アジアとアフリカ北東部の地域の総称である。常に争いの火種がくすぶっていて、巨大な混沌に覆われているイメージがあるが、どうしてこれほどまでに収拾がつかなくなってしまったのだろう?

 かつて、寛容と知恵と学識で誉れ高かった中東が、なぜ残虐と暴力とカオスで悪名高い場所になってしまったのだろうか?

 それを解き明かすには、この地域の歴史をひもとく必要がある。海外サイトにて中東に関する歴史的事実がまとめられていたので見ていくことにしよう。

10. スンニ派とシーア派の分裂

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 西暦632年は、イスラム世界にとってバラ色の年だったに違いない。追放されていた教団がメッカ入りし、アラビア半島を統一したのだ。神アッラーの名を掲げ、強大な力をもつムハンマド率いるこの宗派は、新たな支配の地を手に入れた。

 しかし、ムハンマドは後継者を決めないまま死んだ。

 これがすべての地獄の始まりとなった。

 征服と宗派の確立に全力で取り組んでいたムハンマドは男児に恵まれなかった。つまり、正式な後継者がはっきりしないということだ。ムハンマドの信奉者の多くは、義理の父のアブー・バクルが最初のカリフ(イスラム共同体、イスラム国家の指導者、最高権威者の称号)になるべきと考えたが、ほかの少数グループは、ムハンマドの従兄弟のアリ・イブン・アビ・タリブがなるべきと考えた。

 この意見の食い違いが宗派の分裂を生み、以来ずっとスンニ派(アブー派)とシーア派(アリ派)に分かれた争いがこの地につきまとっている。

9. スンニ派とシーア派の何世紀にもわたる不和

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 そうはいっても、ふたつの宗派は最初はなんとかうまくやっていた。スンニ派のカリフが3人出た後、4番目のカリフはシーア派のアリがなることで意見が一致していて、みんながうまく幸せにやっていた。

 アリが死ぬとその息子が後を継いだが、シーア派のカリフはアリひとりという約束だったので、スンニ派はその息子を無理やり退陣させた。この事件が、その後1400年にわたる争乱の歴史の口火を切ることになる。

 アリの息子をカリフから引きずり降ろされたシーア派は独自の階級を作り、カリフより上のイマーム(最高指導者)という階級を作り上げた。イマームはアリの血統だけしか認めなかった。

 ふたつのシステムがかろうじて共存することもあったが、そうでないときはシーア派が迫害された。16世紀、オスマントルコが4万人のシーア派を虐殺し、のちのインドのムガール帝国の皇帝たちは、シーア派の学者を生きたまま火あぶりにした。さらに時代は下り、英国の植民地主義者たちがスンニ派の民兵を雇って、イラクでのシーア派の反乱を抑え込んだ。

 当然のことながら、シーア派の積年の恨みは鬱積し、歴史が示しているとおり、その怨嗟が次々と爆発する傾向にある。

8. 悪魔と取り引きしたサウジアラビア

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 スンニ派・シーア派問題が渦巻いている一方で、18世紀のイスラム改革運動の先駆者イブン・アブドゥル・ワッハーブの行動が常軌を逸するようになった。

 当時、スンニ派は偶像崇拝禁止のような、禁止行動事項の膨大なリストを持っていた(シーア派は偶像崇拝には寛容)。ワッハーブは、こうした規範をもっと厳しくするべきと考え、破った者は背教者とみなした。つまり、コーランは背教者の殺害を許可しているという解釈をしたのだ。

 ワッハーブの考えはスンニ派の間で広まり、サウジ王室(スンニ派)はワッハーブ伝道者たちと同盟を結ぶことにした。まだ産声をあげたばかりのサウジ王室を承認してもらう見返りに、潤沢な資金を提供して、ワッハーブ派を後押しすることを約束した。

 この契約が功を奏し、サウジ王室は、強大なサウジアラビアの支配者になることができた。しかし、これはまた、サウジ王室が危険で超保守的なイデオロギー地獄にはまっていく結果になった。彼らがこの同盟にがんじがらめになり始めるのは時間の問題だった。

7. 第一次世界大戦後に引かれた地図上の境界線

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 何世紀もの間、スンニ派主流のオスマン帝国は中東の野獣だった。カリフの位の継続という流儀をまねた強大な力で、中東をまとめあげた。

 そこに第一次世界大戦が始まった。

 この戦争はヨーロッパにとってかなりの打撃だったが、オスマントルコにとっても災禍そのものだった。この戦争が原因で、オスマン帝国はひと晩にして消滅してしまったのだ。連合軍のパワーが中東を分割し、地図上に新たな線引きがなされ、トルコ支配の騒乱から、シリア、イラク、その他の新たな近代国家がおこった。

 問題は、これらの新興国家が相いれない人たちで構成されていたことだ。シーア派とスンニ派はいっしょくたにされて、ただ仲良くやるように言われ、クルド人、キリスト教徒、ヤジディ族、その他の人種が各国に広く浅く混在していた。本質的に、多民族がひしめくミニユーゴスラビアがたくさんできたような状態になってしまったのだ。だがユーゴスラビアと同様、好景気が続き民族間の緊張がない時に限り、うまく機能していた。

6. CIAの介入を受けるイラン

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 こうした情勢の中、最後の役者が出番を待っていた。1941年、ヒトラーびいきのイラン国王が連合軍によって退位させられたのだ。これにより、束の間の民主主義との蜜月が起こり、結局これが民族間のさらなる緊張へと続いていくことになった。

 連合国側にとっては、イラン国民が民主主義を試そうとしているのを見るのは喜ばしいことだったが、彼らが民主主義的に選んだ人物は気に入らなかった。

 モハンマド・モサッデクは、親民主主義、反イスラムの俗人だったが、たまたまマルクス主義者だった。モサッデクはイギリスとつながるアングロ・ペルシャ系石油会社を国有化した。イギリスがアメリカに泣きつくと、アメリカは策を弄してモサッデクを排除し、国王の息子(パーレビ)を後釜にすえた。

 しかし、新王は父親と同じような堕落した独裁者だった。民主主義は弾圧にすぎないと気づいたイラン国民は別の方法で革命を断行しようとした。そこで駆り出したのが、地位を追われていたシーア派の強硬路線派伝道者(ホメイニ)だった。

5. サウジアラビアの内部紛争

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 サウジ王室は危うい均衡の上に立っていた。1970年代、ワッハーブ派はますます過激な思想に傾いていた。そのアンチシーア派、ジハード好きのイデオロギーは、中東じゅうの不満分子たちを惹きつけ、スンニ派対シーア派の緊張を逆なでした。ここから、アルカーイダが台頭することになる。

 残念ながら、サウジは国内の緊張のほうが心配で、暴走しつつあるワッハーブ派の支援を打ち切ることができなかった。聖職者たちは、特に革命を煽るわけでもなく、サウジ王室はただ黙って毒のあるワッハーブ派に金を出し続け、その考えが大衆に浸透していくのを手をこまねいて見ているしかなかった。

 中国の拷問、水責めのように、少しずつ徐々に憎悪を煽るようなやり方がゆっくりと効力を発揮し始めた。サウジ王室は、文字通り莫大な金を費やして超過激なイスラム原理主義をレバノン、ヨルダン、シリア、バーレーンのスンニ派に押しつけた。ここにきて急に、スンニ派とシーア派は、大きな不信感をもって互いを見るようになった。

4. イラン革命

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 1978年1月7日、小さな流れが大きな川に流れ込み、怒涛のようなうねりになる瞬間がやってきた。イラン革命の始まりだった。この革命で国王(パーレビ)は逃亡し、アーヤトッラー・ホメイニがその後を引き継いで、強硬路線のシーア派神権政治を樹立した。これに慌てたのがスンニ派のサウジアラビアだ。

 この革命は、サウジの存在そのものを脅かした。ホメイニは世襲制はイスラムの教えに反するとあからさまに主張して、革命後のイランがすべてのイスラム教徒を象徴すると宣言した。7世紀に端を発したスンニ派とシーア派の正統性の問題が再び浮上してきた。

 それから何十年も、サウジとイランは自分たちのルールを正当化するために、この問題をわざと持ち出してきた。サウジはワッハーブ派にさらに資金を提供して、シーア派の邪悪さをふれまわった。イランはイランで、スンニ派サウジの支配に対して蜂起するよう、シーア派を煽った。それぞれの介入が、緊張をますますヒートアップさせ、爆発寸前に追いやることになった。

3. イラクの災難

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 イランとサウジが張り合っている中で、その争いに歯止めをかけるジョーカーがひとつだけあった。両国とも、サダム・フセインを実質的な脅威と考えていた。

 このイラクの独裁者の激しい気性と絶対的独裁政治があらゆる人間を震え上がらせていたからだ。皮肉にも、その恐怖のおかげで、この地域の安定をかろうじて保つことができる理性が多少は働いたといえよう。獰猛な犬と一緒に檻に入れられたふたりのファイターのように、どちらも自分から先に動いて噛みつかれる危険を冒したくなかったのだ。

 しかし、2003年が近づいた頃、米国がその猛犬に攻撃をしかけた。サダムの死で、イランとサウジのパワーゲームの最後の歯止めが取り除かれてしまった。さらに悪いことに、この二大国がイラクの政権空白状態を穴埋めしようとするのを助長した。

 サウジは、サダムに排斥されたスンニ派を擁護して、彼らを新たなシーア派政府に対して武装させた。一方、イランは、イラクの新しいシーア派指導者たちを支援して、長年支配されていたスンニ派に対抗する血で血を洗う殺し合いに突入していった。こうしたカオスの中で得をしたのは、イラクのスンニ派ジハード戦士アルカーイダだった。彼らはその後、ISというあまりに有名な別の名前で呼ばれるようになる。

2. パワーゲーム

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 サダムとイラクの足枷がなくなり、イランとサウジは権力闘争を劇化し始めた。レバノン、バーレーン、イエメンも、それぞれ支持しているのシーア派、スンニ派の味方について互いに反目するようになった。そのプロパガンダはモスクやテレビを通して、戦闘のないほかのイスラム国へも流出し、またしても、スンニ派とシーア派の分裂という昔の争いが、中東情勢の最前面に出てくるようになった。

 新たな分派の闘争が中東全体で勃発し、どちらの側にもつかない地域のスンニ派やシーア派にとって厳しい時代となっていった。同様にして、イギリスでもアイルランドの問題がプロテスタントとカトリックの抗争に油を注いでいた。こうした争いは、昔の宗派分裂抗争を増幅させ、生死にかかわる問題となっていった。

 アラブの春が起こったとき、独裁者が倒れ、戦闘が勃発し、古い観念が崩れた。それでもイランやサウジは新しいリーダーが現われるのを阻止しようとした。こうした両国のあがきが、ついにシリアで頂点に達した。

1. 地獄へ向かうシリア

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via:10 Historic Reasons The Middle East Is So Screwed Up

 2011年には、昔からの宗派争いは重大な局面に追い込まれていた。ジハード戦士は最終戦争に備え始め、サウジ・イランは致命的なチキンレースに突入して、すべてを破壊することさえ辞さない構えだった。そして、シリアが内部崩壊した。

 すべてはここにつながっていたかのようだった。サウジはこれを親イランのシーア派独裁者アサドをつぶすチャンスと見た。イランは、すぐ目の前でサウジにスンニ派の隷属国を確立させるわけにはいかないと感じた。アサドが自国民に毒ガスを使っても、西側諸国が静観していたため、多くのスンニ派はアメリカやヨーロッパはシーア派イランを支持していると確信した。

 長年、世紀末的なワッハーブ派の教えを吹き込まれていたため、スンニ派はすぐに集結して、ISのような力をもつ集団になった。

 結果的に中東地域は、党派同盟の混乱、危険な権力闘争、二大国が安易に古臭い分派思想を利用して自分たちのシナリオを押しつけるという混迷状態に陥り、以前よりもさらにバラバラになってしまった。混乱がおさまり、勝者がはっきりするまで、中東の混迷はまだまだ続きそうだ。

注:海外からの情報には誤りが含まれていることがあります。できるかぎり情報精査に努めていますが、力及ばす誤りが含まれたままの場合もあります。公開後、誤りを発見、信用に足りうる情報が提供された場合には、順次記事の追記・訂正を行いますが、外部サイトで閲覧している場合は新しい情報が反映されません。最新の記事は元記事でご確認ください。

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この記事へのコメント 125件

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  1. アッラーは、預言者であり、神そのものではない。
    神の子な。
    イスラム教もキリスト教も神は、同じ

    • -93
    1. ※1
      イスラームでは預言者はムハンマド(マホメット)であって神の子ではありません、アッラーはユダヤ教とキリスト教の神と同義でヤハウェを示します
      キリスト教の預言者はイエスですがキリスト教の三位一体説が主流なのでたんなる預言者ではなく神の子と呼ばれています

      • +29
    2. ※1
      ネタなの?だとしたらどういう面白さなの?

      • +25
    3. ※1
      自信満々にネットにデタラメ書くのやめてくれる?
      何も知らない人が誤解するでしょ?

      • +34
    4. ※1
      かなりの馬鹿
      何も理解出来てないのに破綻した文章で誤った知識を吐くな。

      • +8
    5. 米1
      ムスリムです。アッラーは日本でいう神ないし創造主に相当します。
      対して預言者はムーサー(モーセ)、イーサー(イエス)、ムハンマド、すべて人間です。

      • +2
  2. 救いようが無い。
    子供全部取り上げて無宗教で育てる以外争いを根絶やしに出来無そう。

    • +32
    1. ※2
      それを極端な形でやらかしたのがポル・ポト。
      どうなったかは…おわかりですね。

      • +12
  3. 問題解決より先に自分はおさらばしそうだな…

    • +19
  4. 偏りがちなこの手のテーマにしてはすごく良くまとまってるな。
    スンニ派による少数派への迫害や虐殺と、その少数派から出て他の少数派の権利を守るために多数派を弾圧したので未だに少数部族たちの支持が高い独裁者、みたいなシリアとかの構図については余り触れられてないが。
    中東は単純にスンニ派(ワッハーブ派)とシーア派の対立ってだけじゃなくて、スンニ派内部やシーア派内部の小さな派閥がいっぱいあって、村ごとに宗派も民族も違うレベルで入り組んでるからややこしい。

    • +56
  5. 歴史背景を知れば知るほど、暗い気持ちになるね
    倫理観や宗教観が全く受け入れられないし理解したくない
    >2 救いようが無い
    これに尽きる

    • 評価
  6. イスラムもキリストもユダヤ教の分派だろ

    • 評価
  7. WW1後 サイクス・ピコ条約とやらで英仏が勝手に決めたことが よりややこしくしてる

    • +29
  8. ネコを崇めよ
    これこそが天国への道である
    もふもふ

    • -1
  9. 世界の本音「石油は買うけどコッチ来んな」

    • +21
  10. へー伝記でしか知りようがないような後継者について争ってるのか。なにをもって、その後継者を推してるんだろうね。知りようがないから争いが続くんだろうけど…

    • +10
    1. ※14
      個人的にはアラブ春はなかったと思っています。
      いや、「春」ではなかったというべきか。
      2003年に経済制裁が解除されて以降、リビアでは日本製の大型バイクやBMWが輸入され一部では俗にいう暴走族は走り回るくらいには自由になりました。
      もちろん社会主義国なのでパンは一斤10円、医療教育は無償。
      カダフィは半分隠居していて国内政治は部族会議がわーわー騒がしく(ホントぐだぐだだった)と決めていました。
      チュニジアも同じく落ち着いており、ユダヤ人がラマダンのためにムスリムの食事を作るなど平和ではありました。
      変わったのは2007年以降になります。
      はっきり企業名を出しちゃうけど、スイス・グレンコア社がまず小麦相場に介入し両国の小麦価格を2倍以上に引き上げました。
      そして、リビアではカダフィーの息子たちに取り入り権力を与え、チュニジアでは大統領一家に莫大な資産を与え国民の不満を逸らさせた上で石油と鉱物の利権を得ようとしました。
      その抑圧の中で始まったのがアラブの春と言われる騒乱です。
      その後の話は…略。
      「独裁者を倒して自由を!」ってお話じゃないんですよね。

      • +11
  11. 黒ヤギさん(黒羊朝)から来た手紙を白ヤギさん(白羊朝)が食べたのが原因だと思ってた

    • +41
  12. 欧米が介入しなくても、どちらにせよ争いは避けられていなかったっぽい体質だな。後継の正統性を争うっていうのは、一方が完膚なきまでに無力化されないと、もうどうにもならない気がする。

    • +27
  13. 昔 神と悪魔が戦って悪魔が勝った土地だから

    • 評価
  14. 記事の内容には同意ですが中東の混乱の大きな原因の1つであるイスラエルの存在がまるまる抜け落ちてますね
    スンニ派とシーア派に関しては、イランはペルシア人というアイデンティティがあり元々が地域の大国でプライドがある、言語もペルシア語でアラブ人とは違う
    大きな違いは暦、スンニ派は太陰暦、シーア派は太陽暦、休日も祭りも違うの同じ地域でも違うコミュニテイができる、特に断食月は毎日の日没後がお祭り状態なのでコミュニテイの一体感が高まる、この時期が両派では違う

    • +27
  15. 彼らが自分たちの手で問題を解決できる日は来るのだろうか・・・?
    謙虚に誤りを認めて新しい持続可能な制度を作り直すしかないだろうが、
    そのためには今以上にもっと破滅的な事態を乗り越えねばならないのではないか

    • +9
    1. ※19 ※21
      あくまでスンニ派とシーア派が生じたきっかけが後継者問題だったという話

      • +12
  16. イスラエル建国が抜けてるって思ったけど
    この記事はシーア派とスンニ派の対立のことがメインだから
    アラブ人vsイスラエル人の争いはまた別の話ってことか。
    この他にも、エジプトのクーデター(2013年にアラブの春出できた政権が潰されたやつ)とかクルド人問題、リビアやチュニジアの政情不安に西サハラ問題と戦の種火はそこら中に転がってるからそりゃ争いはなくならないわな。

    • -12
  17. フセインは日本に対しては、好意的だった記憶があるから日本は動くべきだったのかも

    • +71
  18. 欧州は何十年何百年とわたって戦争を繰り返し、いくつもの国・民族が滅ぼされてようやく今の形に落ち着いた。
    中東ではそれが今起きてるというだけ。

    • +37
    1. ※25
      これもまた真実
      記事はその一面にすぎない
      わかりやすいとかコメしてるやつはここ以外でもお勉強してくれよな

      • +12
  19. 武器を造ってる連中が永遠に喜ぶ社会になってしもうた。

    • 評価
  20. 核打ち込み放題になってたら今頃中東って穴ぼこだらけになり
    あの周辺は誰も住めない崩壊した砂場になってただろうな
    もう怨みの連鎖でアラーですら無理だろ

    • 評価
    1. ※30
      今の状況見てると、イスラエル居なくても、大して変わらない感はある。

      • +14
  21. わかりやすかった、あとは中東諸国の石油利権構造が不明かな

    • -10
  22. なんかイスラエルなんか蚊帳の外 と言った感じだね、もし 両派の問題が解決しても今度はイスラエルと対立するだろうから、誰もが納得する解決法なんて無いよね、アラビアのロレンスに出てきた 砂漠の民は誇り高くてカッコ良かったけど、今は裏目に出ちゃッてる感じだね。

    • -10
  23. 宗教の存在意義って何だろうね?現代においては偏狭なバカ発生装置にしか見えない

    • +12
  24. 日本も昔は神道と仏教の争い、
    神道同士・仏教同士の内輪もめなんていくらいでもあったからねえ

    • +9
  25. ・アラーに対して代表者が畏れ多いと敬虔過ぎた設定を作った為に、ローマ法王のように信徒を統括できる指導者がいない。
    その結果、指導的役割はイスラム学者だけなので、暴走したイスラム教徒に対して強権を持って破門的な処断が出来ない。
    ・コーランを改訂出来ない(教義を時代に合わせて変更出来ない)。
    例えば、当時は先進的に女性の権利を認めた法典だったが、コーランのみだと女性の権利は男性の1/2のまま。だから苦し紛れに別の教典で女性の権利を補完させてる。
    他にも、コーランだけだと不倫した女性は叩けと書いてあるので、浮気した女性(強姦被害も女性の淫乱のせいにされがち)は石打や鞭打ちで女性だけが殺害される事もしばしば。
    特にコーランの2章(戦いの奨励)と5章(殺人の禁止、但し神様の為ならOK)を改変させない限り、イスラム教は多神教徒圏には危険極まりない宗教である事は間違いない。
    コーランには異教徒と仲良くするなと禁止してるから、敬虔なイスラム教徒ほど八百万の神々を認めてる日本人と融和できる可能性は無いと断言できる。

    • +1
  26. ムハンマドも自分が後継者指名しなかったことがこうまで後を引くとはおもわなかっただろうな

    • 評価
  27. まとめたのを読んでも途中から何が何だかわからなくなってしまったが、宗教・人種・国家・歴史etcで深くしかも複雑に拗れてるのだけはわかった
    収束する気がしない…

    • 評価
  28. 現状から自分の宗教が外からどんな風に見られてるか
    なんて事はどうでもいいのかな
    争いが此処まで苛烈に発生して止まらないって時点でその宗教は欠陥だらけとしか見えないんだが
    これを侮辱と取るだけなんだろうなぁ
    顧みないんだろうなぁ

    • 評価
  29. 各地で平和に暮らせてるイスラム教徒を見習えって思うよね。

    • +11
    1. ※42
      異教徒と融和してるイスラム教徒は、敬虔なイスラム教徒からすれば異端ですよ。東南アジアは戒律が弛いだけ。ユダヤとキリスト教徒には親和性はあるけど(イスラム教はその2つを踏襲した宗教の為、コーランにもキリスト教徒は大切にしろとある)、アブラハム宗教以外の異教徒と仲良くは出来ない。
      イスラム教徒に数多くのテロ組織があるのは、イスラム教の教義に暴力行使に自浄作用がない左証です(と同時にイスラム教が各地の不満の受け皿にもなってる)。
      異教徒は見つけ次第殺せ(但し迫害された文脈に限る)と明記してるから、彼らに妥協点なんてない。
      布教は侵略的にしてはならないとしながらも、結局は異教徒圏にイスラム教の風習をゴリ押しし、一日数度の礼拝、ハラル食品はもちろん、仏像破壊したり、土葬したりして日本の風習を侵略してるので、異教徒圏ではイスラム教の風習を持ち込む自体が侵略であると認識させないとダメです。

      • 評価
      1. ※46
        日本じゃ違うけど、海外じゃ宗教と道徳は切り離せないんだよ。
        分かりやすいのがキリスト教の「汝が隣人を愛せよ(お隣さんとあったらご挨拶しましょう)」だな。
        宗教無くなるとご近所さんと上手くやっていく方法等がなくなり、常識知らずのKYが大量量産される事になる。

        • +12
        1. ※108
          30年前に行ったよ 父親のほうのアサド大統領の独裁だったが 秩序があって文化的にも洗練された国だと思った パルミラもアレッポも もう見る影もない

          • 評価
  30. >シーア派は独自の階級を作り、カリフより上のイマーム(最高指導者)という階級を作り上げた。
    って箇所が気になったんでウィキペドったんだけどイマームと呼ばれる存在はスンニ派とシーア派双方にいるけど意味合いが違うんだな

    • +29
    1. ※44
      ポルポトって教育はしなかったでしょ?
      別の結果は存在すると思うぞ

      • 評価
  31. サウジとアメリカが諸悪の根源つづいてイラン

    • +5
  32. 全世界が平和になり戦争のない世界になれば一瞬で食糧難に陥り人類は滅亡する。
    人間の細胞も生まれて死んでいくように人間自体も生まれては死にたもたれるもの。
    自分たちの代わりに勝手に自滅して人口を減らしてくれている哀れなイスラム教徒に感謝しましょう。

    • +12
  33. 日本であまり宗教関連の対立が起きないのは、信長が比叡山を焼き討ちしたりして武力で押さえ込んだから。
    平安時代なんて宗教勢力かなり強かったし。
    あとは鎖国だね。
    あまり注目されないけど

    • +28
  34. こういう話を当事者達が分かっているのだろうか?
    権力ばかりに目が向いて、民の事を考えているようには思えないのだが。

    • 評価
  35. (ブリカスとユダヤに一言も触れずに中東語るとか)ないです

    • -15
  36. 日本史で言えば南北朝時代がずーっと続いてる感じか

    • +13
    1. ※53
      侮蔑・見下し・攻撃的。
      あなたのコメントから感じた事。

      • +17
  37. 欧米ロシアが無駄に介入するからややこしくなる。勝手にやらせておけばいい

    • +17
  38. ずっと争って戦争してくれてた方が
    都合がいい人達がいる
    武器は消耗品だから儲かるし
    破壊と建造でたえず経済は動くし
    食糧は輸入だし 石油はあるし
    移民も儲かる 争いは儲かる

    • +3
  39. 失礼を承知であえて。
    正直な話、イスラムという宗教はガソリンではあっても、火種そのものではないように思えてきた。つまりイスラムが争いの直接的な原因ではなくて、元々の民族的に争いを始めると激化しやすい気質があったのかもしれないなと。
    なんというか、中東の人々の”権力”に対する欲望の強さというものが、我々日本人には想像もつかないほど強いんじゃないかと感じた。
    古代よりどこよりも長く強く権力を求める争いが続いてきた人々にとって、一神教(イスラム)の存在はかえって、戦う理由をより分かりやすくする枠組みになってしまったんじゃないかとね。
    ある意味本当に失礼なコメントかも知れないが、あくまでも個人的な感想として。

    • +6
  40. つまりこんな危ういバランスの上で成り立ってた国々を無神経に踏み荒らして今の惨状にした英米が一番悪いということですね分かります

    • +2
  41. ここに限らず、結局根本的には人間の強欲さの結果だな
    自分と違うものを排除し、なんでも誰かに取られたくない自分がいい思いをしたい
    それは一番宗教の教えからかけ離れているはずなんだが
    人間である限り、そういう発想は止められないし戦争も終わらんってこった

    • +10
  42. 欧米、特にイギリスの悪業についてもっと触れて欲しいね

    • -16
  43. 元々イスラム教はその全てを書面化して残す事を禁止しており、全て口頭で正確に祈りの言葉と戒律を詠唱出来なければならない、というくらい厳格な物だったのも、残念ながら混乱に拍車をかけてしまった要素の1つだと言えそうですね。
    とは言え、書面化に寛容であったキリスト教ですら、教典の一部を、時の支配者や教皇(指導者)にとって都合が良い様に解釈された過去が在りますが。
    宗教の怖い一面ですね。外部に居ればその危険性や矛盾点に気付く事が出来るが、内部に居ると「それが当たり前」になってしまう。
    しかも、その危険性に気付いた外部の人間には、それを止める手段すら無い。この混乱は、そこに人々の暮らしが有る限り収束する事は無いのかも知れない。最悪、「終息」してしまう可能性も有るかも知れない

    • +14
  44. 一言でいうなら「いつまでやってんの?」宗教はそもそも人の心を救うものだと思ってたが命を奪っている事に気付いてないのか

    • +11
  45. 石油の利権争い 宗教での争いは おもてむき

    • +4
  46. シリアは数年前は一人旅できるくらい平和だったって聞いて虚しい

    • +5
  47. とりあえず日本に生まれて良かった。
    宗教戦争って神の名を借りた人間のエゴだよね

    • 評価
  48. 宗教ではなく部族・民族の対立。
    以前にアラブとペルシャが長期間の戦争をした時(イラン・イラク戦争)、そこでペルシャを支援したのはユダヤ(イスラエル)だった。
    ブリテンでもケルトの多い国(スコットランド)が独立を示唆したり、或いは既に独立(アイルランド)してたりもする。

    • +15
  49. シリアの混乱はアスマ夫人の責任も大きいのではないかな?
    アスマ夫人の出自はユダヤ系にあり、アサド大統領との結婚もモサドの工作が色濃く影を落としているという説があります。
    彼女の背景はそもそもシリアではなく英国にあり、特権的富裕層がその基盤になっている。
    彼らはシリア国民を虫けらとしか思っておらず、工作で内戦を煽ることで大儲けした。
    また、混乱に乗じて国庫から莫大な金が消えているが、アサド大統領はすでに当事者能力を喪失している(元々政治家向きの人物ではなく、他の兄弟が暗殺を疑われる状況で死亡した為に今の地位を得た)為、どうすることもできない。
    恐らく長期間のプロットが準備されていたのでしょう。
    気の毒なのはこうした事態を誰一人望んでいなかったシリア国民です。
    明日の日本の姿ではないでしょうか・・・・

    • +30
  50. 日本でも昔は宗教を理由に戦を起こす勢力もあったけれど、それが今なお続いているということが残念に思う
    それこそ神がやれと命じているかの様に終わらないね

    • +13
  51. 英米だけが悪いみたいな感じでイスラエルやフランス、ロシアに触れないのはちょっとなあ。
    冷戦時代から続くアメリカ派vsソ連・ロシア派の陣取り合戦的な側面もあるし
    元々ある民族・部族間の対立が宗派対立の仮面を被ってる面もある。
    隣同士で対立してる民族があったら、一方はスンニ派で一方はシーア派、みたいな。
    民族部族対立→宗教宗派対立→東西対立 この3つが複雑に重なってややこしくなってる。
    今のところ独裁政権が押さえ込むのに成功してるが今後火を噴く(かもしれない)要素もまだまだあるし予断を許さないね。
    例えば湾岸一帯は宗派的マイノリティだらけだったりイラン領内に民族アラブ人がいたり…。

    • 評価
  52. アメリカが911の賠償をサウジアラビアに請求すると議会で決定したらしく、ますますカオスになる予感

    • +19
  53. 現在の状況で思い浮かぶのは数十年前に筒井康隆氏が書いた短編のアフリカの爆弾
    核兵器が武器商人によってアフリカの原始的な生活を送る部族に買われていくという話
    もちろん隣りに住む別の部族との戦いに使用するつもりで使用前に核爆弾を偶像に火の前にさらして周囲を踊り儀式をするシーンがラストなんだが
    なんだか中東の情勢に似ているような。部族の戦いなんだよな彼らからすれば

    • +13
  54. 石油があったばかりにこんなことに。火に油が注がれたのだ。

    • +17
  55. 歴史はすべてを人の業として描くけど
    土地風土の影響もあるだろうなと思う
    複雑で豊かな自然に覆われた日本では
    人間より強くて大きな生き物はいくらでもいるけど
    砂漠ではおそらく太陽だけが圧倒的な存在で
    あとは小さな生き物が広大な景色に点在するだけ
    宗教とは世界観だ
    小さな世界に固執してそれをすべてと信じることが
    そもそもの問題なのではなかろうか
    って、思うんだけどな

    • -24
  56. 教育の重要性を見失わなかった日本の先人に感謝するわ

    • -6
    1. ※78
      別に表向きや建前といったものではなく、宗教の派閥が強い力を持ってる為に派閥争い=利権争いとなってるだけ
      国内だけの問題ならまだしも必ず周辺諸国が介入してくるから、それこそ人が近づくことさえできない不毛の地にでもならない限り延々続きそうだ

      • +24
  57. 中東という民族の坩堝で生まれた宗教って如何に他民族に負けず自民族を残すかが目的なんで相争うようにできている。いっそのこと、バトルロイヤル状態にして1民族が残るまでやらせた方が争いが解決するよ。さもなくば、宗教をすてるかだね。でも、無理だろ。

    • +25
    1. ※79
      私も中東行くならシリアと思ってた。アラビアンナイトのエキゾチックな雰囲気、豊かな社会、治安の良さ、スパも食事も最高、どれを取っても他の中東地域には見られない良さ、と聞いてたのです。(金持ちの同僚が「バカンスはいつもシリアよ」と言って話してくれました。)それが10年も経たないうちに地上の地獄になるとは。。。

      • +7
      1. ※86
        預言者って、予言するのではなくて、神様の言葉を預けられた人のことですから、神様が決めてなければ、だんまりでは?

        • +6
  58. 結局は宗派対立(スンニ派シーア派以上に細分化されている)で争ってるわけだが、難民・移民として世界中にあふれてる人たちって、その考えは一切変えないと思っていいんかな?
    そうすると移動した先でも同じことを繰り返すだけだよなあ。

    • +26
  59. 伝統とか宗派とか歴史的経緯とか諸々難しい地域みたいだけど、本当の原因は富(石油)をめぐる緊張なんじゃない?

    • +7
  60. 武器や物資の供給止めないと永遠に終わらないだろこれ…
    そのへん延々と供給してるのまじ誰なの?
    それぞれの友軍に位置する中東周辺諸国とか?
    または中東の大富豪?それとも米露中???
    第三次の火種すぎて不安だよ…

    • 評価
  61. アラブの春(笑)で思い出したがグアテマラの春って呼ばれてたのがあったね
    あっちの春は北の巨人によって灼熱地獄の夏にされたけど

    • +6
  62. WW1と言うと、ヨーロッパ戦線中心の考え方をし勝ちだけど、中東にも大きな影響を与えていたんだね。オスマン帝国が崩壊したのは知っていたけど、私はヨーロッパ寄りの視点で捉えていたよ。日本にも宗教の派閥は多いけれど、国を上げての武装対立という構図にはならなくて良かったと思う。戦国時代には、日本国内の仏教集団が結構な武力を持っていた時代も有ったのだから、日本が現在の中東の様にならなかったという保証はないと思うので。

    • 評価
  63. 自浄作用のないダメ宗教、日本は宗教に寛容だと
    海外で騒いでいるけど実際はイスラム教徒からの被害が少ないので関心がないだけ

    • +11
  64. アラブの春ではなくアラブの冬と形容すべき

    • +4
  65. 宗教なんか人生を豊かにするための手助けみたいなもんなんだから囚われちゃダメ

    • +5
  66. 宗教に取りつかれてる すがってるからやろ。俺の宗教が一番じゃ!と言ってるから争いが起こるのだよ草加ども!

    • +6
  67. 後から見ると、その時代時代で影響力を持ってる立場の人達が、一番打たない方が良かったはずの悪手を打ってるように見えてしまう。

    • +7
  68. 信仰を持っている人が他の信仰を見下すのも、
    信仰を持たない人が信仰を持つ人を見下すのも、
    本質的にはまったく違わない。
    隣のアイツらはひどい連中だ、我々はこんな惨い目にあわされた、アイツらを倒せ追いだせ正義のために。
    と憎悪を煽るのは、古今東西さんざん使い古されたけど大変有効な手だ。
    他山の石。

    • 評価
  69. 書いたのイギリス人?
    欧米が泥沼化させてるのに その辺の記述がやけにあっさりしてたり、中東の国や指導者を悪く書いてる辺り、すげえ白人のエゴが見え隠れする記事

    • +1
  70. 最早日本が足突っ込んでどうかなるレベルではない

    • +1
  71. 中東地域はイスラム以前から強固な氏族社会制で対立ばかりしてたからな。

    • +1
  72. これに対して日本人。
    神道もいいけど仏教もいい。掛け持ちでいいじゃない!
    クリスマスとか楽しそうだだか、祝っちゃおう!
    七面鳥とか面倒だから、フライドチキンでいいんじゃない!
    ハロウィンもやっちゃおうかな?
    日本は平和だね。実は北欧人も無宗教に近い人が多く、キリスト教は年中行事になっている。先進国で平和な国の国民は一般的に宗教心は弱い。アメリカは宗教心が強く、そしてよく戦争をする。宗教心の強と好戦的な性格には正の相関関係がありそうだ。

    • 評価
  73. ここまで混沌化すると
    真実は全く分からない

    • 評価
  74. 「イスラム圏なら「アッラーアクバル!」って叫べばその辺の人ぶん殴っても許されそうww」っていう書き込みを見たことあるんだけど、なんかマジにそんな気さえするカオスッぷりだ・・・。

    • 評価
  75. アラブの火種は近代においては原油利権に群がる欧米の思惑に依るところが大きい。
    宗教で揉めてアラブ人同士で争ってるだけ、と言う恣意的なまとめに思う。

    • 評価
  76. 詳しいことは知らないけど、お互い善と悪にわけるのがそもそもの間違い。
    自分が善で相手が悪だと、自分の考えは絶対曲げることができない。
    相手は悪だから、相手を消滅させなければならない。

    • +5
  77. >サウジは、サダムに排斥されたスンニ派を擁護して
    これ笑うところ?少数派のスンニ派を優遇してシーア派を冷遇してる。

    • +4
  78. 収拾のつけかたが全く浮かばない・・・
    仲良くやれって政府なりが抑えたところで一時期的なものだし・・・
    よく解るまとめだったけど・・・どうすることも出来ないんだろうなって
    気持ちだけがでかくなってしまった。

    • +7
  79. このところのイスラム問題の波及で 複雑すぎる勢力の、ようやく二大宗派の力関係を分かりかけたのだけど、13世紀に渡る争いですか
    それでは喧嘩ばかりしているという形容は当を得ているし、反発も無いわけ
    ですね
    それにしてもよく人類が滅亡しないものです
    「せっかく減った人口だ」も納得の繁殖力

    • 評価
  80. 毎日1000人死んでも毎日1500人生まれたら問題ない
    分断して統治せよの格言通り、わざと団結しないように国境線引いてるんだから
    国境を新しく確定させる戦争か
    民族としか宗教に代わるイデオロギーで統一できないとどうにも

    • +11
  81. アラビアのロレンスが一晩でやってくれました

    • 評価
  82. 中世の頃まで遡れば、当時はキリスト教の方がだいぶタチ悪かった気がする。なにせ魔女狩りやってたし、医学や科学の発展を激しく阻害していた。ガリレオガリレイは地動説を捨てないと火あぶりにされるとこだったんだから。あと、カトリックとプロテスタントの殺し合いもたいがいだったよ。
    対して当時のイスラム教圏は医学や数学などはキリスト教圏と比較にならないほど発展していたし、戒律もゆるかったらしい。ペルシャの詩人が酒讃歌を山ほど詠んでいる。
    いつからか気候が変動し、中東の自然環境が厳しくなって、余裕がなくなったことが諸悪の根源なんじゃないか。宗教が根本原因ではないと思う。

    • +1
  83. 全員5分でいいから銃から手を離して敵を抱き締めてごらん
    温かいだろ?確かな感触があるだろ?その人だって生きてる
    銃を向けるのはまず話してからにしよう
    そうだな、お互いの子供の頃大好きだったもの とかね

    • +2
  84. なんか欧米のやってきた中東分裂策とか、近代化の妨害とかその辺には触れないのね。

    • +2
  85. 民主主義を標榜する欧米の欺瞞に軽くケチ付けながら
    イスラム宗派間の確執や闘争にクローズアップして話が進んでると思ったら
    なぜか「中東の春」をキレイな民主革命かなにかのように扱い
    各地で革命を主導した「ムスリム同胞団」などスンニ派原理主義勢力の存在にはまったく触れず
    欧米が軍事介入の口実として喧伝していた「シリアの毒ガス」を鵜呑みにし
    アサドを悪の独裁者として切って捨てたオチに
    とてもガッカリしました

    • 評価
  86. 外力でもって強制鎖国させて落ち着くor全滅するまでほっとくのはダメなのかしら?

    • +8
  87. どうしたらば中東に本当の平和が訪れるのだろうか?

    • +11
  88. イスラムできる前から戦争してるし宗教はあっても無くても変わんないんじゃねえかな

    • 評価
  89. イスラエルにもさすがに一言ぐらいは触れて欲しいのと、あと歴史的にはよそ者のテュルク系のオスマン帝国の少数支配が中世では成功していたとかそのへんも書いてほしい

    • +4
    1. ※125
      日本だって戦国時代までは宗教団体=武装勢力みたいなもんだし
      その時代に他国から介入されてたらどうなってたかわからんよ

      • 評価
  90. この記事だとシリアがいきなり出てきた意味がわからない

    • +5
  91. イラン革命時に街中に出てデモしていた人達は、まさかそこまできつく締め上げると思っても居なかっだろうね

    • +3

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