この画像を大きなサイズで見るスマホが普及しはじめてから今日、SNSを利用して日常の出来事をつづる人々はますます増えている。
SNS誕生から20年足らずで、そこは思考、社会的ネットワーク、写真、動画などの世界最大の集積地となった。屋根裏部屋にしまいこまれたアルバムは、もはや懐かしき記憶の保管場所ではない。その役割を果たしているのは今やフェイスブックやツイッター、インスタグラムだ。
だが、もしそのアカウントの所有者が亡くなってしまったらどうなるのだろうか? そこに残されたコンテンツに対してSNSはどのような法的な権利を持つのか? あるいは残された家族にはどのような権利が与えられるのだろうか?
放置され、亡霊のごとくインターネットに存在するSNSアカウントは増えつつあるが、どれも元所有者の人生の記録がぎっちりと詰まっている。中にはちょっと恥ずかしいプライベートなものもある。そうしたものはどうなるのだろうか?
この21世紀の問題に対して、SNS各社はそれぞれ異なる対応をとっている。
●フェイスブック
この画像を大きなサイズで見るフェイスブックはユーザーのプライバシーに大きく配慮している。その配慮のあまり、自殺を図った15歳の未成年の両親が子供のアカウントへのアクセス権を求めたとき、アクセス権を与える旨の裁判所の命令を拒否するために歯と爪の提出を求めたほどだ。
フェイスブックは各アカウントに対して3つの選択肢を用意している。
まず、アカウント所有者は事前に”追悼アカウント管理人”といういわばアカウントの相続人を指定できる。相続人となった人物は、ユーザー本人の遺言の投稿、友達リクエストの対応、プロフィール・カバー画像の変更などを行える。追悼アカウント管理人がアカウントに対してできる事項は、フェイスブックに死亡証明書を送付することで通知を受けることができる。
アカウントを追悼アカウントにすることもできる。家族や友人がフェイスブックに所有者本人の死亡を伝えると、アカウントは追悼アカウントに移行し、本人のプロフィール閲覧とコメント投稿が許可されている友達以外はアカウントにログインできなくなる。
あるいは完全に削除することも可能だ。フェイスブック自体は削除された全プロフィールの情報をそれ以降も保管するが、削除前に公開情報のアーカイブ化を許可された追悼アカウント管理人を除き、それが他人に公開されることはない。
●ツイッター
この画像を大きなサイズで見るツイッターはフェイスブックと似たような方針をとっている。亡くなった人の個人情報が他人に公開されることはなく、近親者や遺言執行者のみが死亡証明書を送付することでアカウントの削除を依頼することができる。
また、アカウント全体ではなく一部のみの削除を要請することも可能だ。しかし、この場合、ツイッター側は削除による社会的影響を考慮したうえで最終的な判断をすることになる。
なお、アカウントの削除のほかは特にできることはない。
●グーグル
この画像を大きなサイズで見る残念ながらグーグルの複合的なアカウントを近親者が管理するのは容易くはない。
グーグルのアカウントには、ユーチューブ、Gメール、グーグルドライブ、ピカサなどのプログラムがリンクしている。アンドロイド端末を持っていれば、そこにもグーグルアカウントが紐づけられる。おそらくそのアクセス権は近親者にとって非常に大切なものなはずだ。
フェイスブックと同様、グーグルはアカウント所有者の情報記録を将来にわたって保管する。しかし、近親者といえども完全なアクセス権が与えられることはなく、一部のみにしかアクセスできない。
アクセスの申請があると、グーグルはケースバイケースでそれを審査する。許可要件は込み入っている。
今生きているアカウントの所有者にもっともオススメできるのは、アカウント無効化管理ツールを利用することだろう。これを使って、生きている間に自分が死んだ場合のアカウントの処理について設定することができる。グーグルに対して死後の連絡先を通知し、ダウンロードできるデータを指定するといった具合だ。
●インスタグラム
この画像を大きなサイズで見るインスタグラムは、アカウント所有者が亡くなったあとの方針についてあまりオープンではない。
プライバシーポリシーの「亡くなられたユーザーに関する報告」の項には次のように定められている。「Instagramユーザーの方が亡くなられた場合は、お問い合わせください。弊社からのお知らせは通常メールでお送りします。他の情報の提示をお願いする場合は、利用者が希望連絡先として提示したメールアドレス宛てにご連絡します。」
インスタグラムが用意する唯一の選択肢は、アカウントを削除するか、残すかを選ぶことだけだ。近親者がアカウントの削除を望む場合は、要請することで削除してもらえる。それをしない場合は、放置されたまま、ネット上に残ることになる。
家族にアカウントの情報を残したければ、生きている間にアカウントへのアクセス手段を伝えておくことだろう。自分のプライバシーが気になるとしても心配にはおよばない。SNS各社はそれについては厳重に管理しているだろうから。
via:.yahoo、elitedailyなど / written hiroching / edited by parumo













あたしはペジテのラステル…アカウントを…アカウントを消して
昔の戦争映画
「俺が死んだら、女房に「愛していた」と伝えてくれ・・・」
今の戦争映画
「俺が死んだら、クラウド上の画像を廃棄して、アニメアイコンで参加していたSNSのアカウントを停止・・・それとネットショップも購買記録も・・・そして忘れずにハードディスも物理的に破壊しておいてくれ」
個人的な意見だけど
永遠に残して欲しいな・・・
だって自分がいたって事実の一部でしょ
それが消えちゃうのはイヤだな
子供とか生きた証とか
なんでも良いから
自分が生きてた事は
欲しいな・・・・・
って考えてる自分は病気か?
(´・ω・`;)
※3
同感。ずっと消えないでほしいな。
※3
同意。
おばーちゃんになったら顔写真UPするつもりな私w
※3
それもまた一つの考え方だね
10年か30年か50年(自分で選べる)ログインなしでアカウント自動削除設定を作ろうぜ
死んだあと、電脳の世界を永遠に旅するという浪漫飛行
HDDさえ確実に処分できればいい、という時代は終わったのだなあ
たとえばフェイスブックに100年前の人物のアカウントが残っていたと考えてみると、
死んだ後もそのまま残るというのはそう悪くないことのように思える
昔の人の日記とか当時のことが窺えてすごくいいじゃない
※7
まあ、本人がどう思うか(どう思っていたか)が
配慮されるといいなと思います。
残したくない人もいるだろうから...
死後の処理がドンドン面倒な事になってってるなぁ
※9
同感。こういうサイバー相続ってすごく面倒。
すべてのサービスで携帯電話のアカウント解除のように遺族が死亡診断書だけで出来るようになったら少しは楽だけど、そういう従来のやり方が通用するような窓口が必ずしも国内にあるとは限らないどころか現実世界のどこにもない可能性だってあるので手間も時間もかかりそう。スタンドアロンのPCが主流の時代ならパスワードクラックしたらいいだけだったけど。
自分はアカウントには恥ずかしいものは残さない主義だし死んだらタイムラインの流れとともに消え去るのみ。
死後ノートの片隅に書いた落書きを見つけられて、挙句博物館などに保存された例を見ると、こういうサービスはありがたい一創作者
でもネット上からデータを消すのは実質不可能だし、どこかで保存されていたらと思うとgkbrどころじゃない
ピグに東日本で死んだ人のアカントとブログを
知ってるが、前日までの明るい内容で止まるのは
見ている方がかなりつらい
でも簡単に消せると、その人の生きた功績まで
消去されるということもにもなる。自殺はともかく
事故や事件で強制的に人生終わらせられた人から見たら
二度のサツガ にもつながるし問題は難しいな
ツイッターとかって長期放置後は自動削除じゃないのか。残したい(または消したい)人はそう設定できるようにすればいいと思う…消して欲しいって人も多そうだし。
そのうち、こういったアカウントを一括で遺族の希望通りに処理する「インターネット葬儀社」みたいな法律事務所が現れてもおかしくないな。
わしらがここに書いたコメントは残しといてくれよん。
ウチの母のfacebookも手続きが面倒で放置したままだな
まぁ今みたら生前は賑わってたのが、雰囲気で察してか死後は誰もコメントしてないわな
知り合いがSNSのアカウント残したまま亡くなった
それをたまに見に行く
闘病での辛さもつづっていたが楽しい事も書いていて
まだ生きてるような錯覚がして、それが慰めになってる
ネット上の空き家問題だね。テーブルの上に食器が置いたままで誰もいない、更新されないまま放置されている街中の虚ろな空間。やがて街がスポンジのようになってゆく。ネット墓地が必要かもね、遺族がお墓参りに行けるような。
ネット上では人間は死ぬことすら許されないのか、ある意味大問題だな?
だってそうだろ?死後にまで辱しめを受ける可能性とてあるのだから、やはり、死が確認出来た時点で、それらは止めるべきだ。
ちなみに、mixiは退会したから知らんが、セカンドライフは、死んだ人間のアカウントであっても、本人以外はいかなる理由があろうとアカウント削除は出来ないらしい。死後にアカウント削除出来るか、つうの!おかげで、ログインしてこない辞めた人間以外にも、幽霊アカウントがウヨウヨしてる。
いやいや、冷静になって考えてみてくれ
ネットが普及してからまだ日が浅い、今のうちならそれでも良いけど、皆が皆、データを残して逝ってしまったら
今後50年100年と時を経た後には、SNSの大半が死者のデータとなり、いずれ生者の数を上回ってしまう事になるんだぞ
故人に想いを馳せるのは悪い事では無いけど、生者と死者の居場所はきっちり線引きをするのが筋じゃないか?
データをアーカイブ化してどこかに保存しとくのなら良いけど、コミュニケーションの場であるSNS上に死者のデータは必要無いと思うけどなあ
もし自分が事故に遭ったら・・・
真っ先にスマホに縋り付いて履歴やらアカウントやら
片っ端から必死になって消している姿が想像できる
個人ホームページや日記サイトが盛んだった頃にも色々言われてたな
原爆の証言者が作ったページは遺族が遺志を継いで残してくれてたけど…
亡くなっていなくても、今でも残骸のように残された古いホームページが引っ掛かるのが、ちょっと面白かったりする
震災のあとブログの更新が止まっちゃった! って悲鳴が
あっちこっちで聞こえてきたのが辛かったなあ
生きてる実感が薄い社会だでー。
自由なのか不自由なのか便利なのか不便なのかよーわからん。
マイナンバーで死亡を確認したあと
2年後くらいに消えているといいな
その位の年月だと流石に縁の遠い人にも知れ渡るだろうし
家族や友人等も段々と気分が落ち着いて
故人のSNSを読み返さなくなる時だろうから
私はペット達の写真のアルバム代わりに使ってるからそのままにしておいて欲しいな
同じ状況になった場合、携帯電話はどうなるの?
知ってたら教えて?
三、四年前で投稿が無くなってる人がいるが、そんなに知り合いでもない。 倫理的な討論がこれからは必要ですね。