この画像を大きなサイズで見るメメント・モリは、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句であり、「死を記憶せよ」などと訳され、芸術作品のモチーフとして古くから広く使われている。
やる気を持ち続けるため、アイデアを創出するため、寸暇を惜しんで仕事をするため、いろいろな理由で人は仕事場のデスクまわりにいろいろな物を置く。それはフィギュアだったり美少女フィギュアだったり、猫の写真だったりするわけだが、16世紀には、書斎に死体をかたどった小像を飾るのが流行ったそうだ。
メメント・モリという警句は古代ローマで、「将軍が凱旋のパレードを行なった際に使われた」と伝えられる。将軍の後ろに立つ使用人は、「将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない」ということを思い起こさせる役目を担当していた。そこで、使用人は「メメント・モリ」と言うことによって、将軍にそれを思い起こさせていた。
1.ハンス・ラインベルガー作とされる16世紀のメメント・モリ
この画像を大きなサイズで見るこの木彫りの像は、1520年代にドイツの芸術家ハンス・ラインベルガーによるメメント・モリ。所有する者に、人間の生は限りあることを思い出させ、謙虚で熱心に生き、世俗的な所有物から解放されるようにさせるために作られた。
16世紀のヨーロッパでは、こうした人間のはかなさをはっきり詠ったものが、墓の彫像や、等身大の像、テーブル装飾にぴったりの小像といった形で表わされるようになった。
こうした芸術作品の主流は、肉がぼろぼろに裂け、あばら骨も露わな直立する遺体の姿で、手になにかを持っている場合もある。ラインベルガーの像も、”これはおまえの未来の姿。我もかつては今のおまえのような人間だったが、人間は皆すべて、いずれはこうなるのだ”とラテン語で書かれた巻物を持っている。
2.ルネ・ド・シャロンのtransi
この画像を大きなサイズで見るこの時代の見事なメメント・モリ像のひとつに、フランス皇太子ルネ・ド・シャロンの等身大像がある。彼は1544年のサン=ディジエの包囲戦のさなか、25歳で死んだ。transiとして知られるこの像は、人間のはかさなを表わし、干からびて骨ばかりになった皇太子の遺体が自分の心臓を高々と掲げている。
3.19世紀初頭のメメント・モリ像
この画像を大きなサイズで見るルネッサンス後は、持ち運びできるような小さなメメント・モリオブジェの制作が相次いだ。半分人間で半分骸骨の像は、それほどグロテスクでなく、死という運命を思い出させる。このの像は、19世紀初頭に”崇高な熟考”を促すために作られた。
4.19世紀のイタリアのメメント・モリ
この画像を大きなサイズで見るこの木製の彫像は、19世紀のイタリアで制作された、半分骸骨があらわになった女性の頭部像だ。小さなヘビが女性の下顎に巻きついているのに注目して欲しい。顔が半分腐って崩れているのに、襟元のひだやレースの帽子はまったく損なわれていない。
5.小さな棺に入った小さな骸骨
この画像を大きなサイズで見るもっとささやかに、さりげなくこっそりと死を思い起こしたい人の為の携帯用メメント・モリ像。列車に乗っている間でもさっと取り出せて、降りるときはまたポケットにしのばせることができる。このようなペンダントトップタイプのメメント・モリを選ぶこともできた。これは18世紀か19世紀のもの。
大きさやおぞましさの程度には関係なく、携帯メメント・モリ像が発信しているメッセージはみな同じだ。人生は短い、いずれおまえは死ぬ。世俗的な所有物などなんの意味もない。このメッセージが世俗の所有物の中に含まれているというところがまた、人間の存在というスリリングな逆説の一部になっているといえよう。
via:atlasobscura・wikipedia/ written konohazuku / edited by parumo
骸骨モチーフのアイテムは今でもアクセサリーや衣服のパターンなどに使用されており一部で人気となっているが、昔は結構リアリティのあるガイコツだったんだね。
ちなみに古代、「メメント・モリ」の趣旨は「我々は明日死ぬかもしれないのだから今を楽しめ」というアドバイスでもあった。ホラティウスの詩には「Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.」(今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ)とある。
後にキリスト教世界となり、この言葉は違った意味を持つようになった。天国、地獄、魂の救済が重要視されることにより、死が意識の前面に出てきたためである。
キリスト教的な芸術作品において、「メメント・モリ」はほとんどこの文脈で使用されることになる。キリスト教の文脈では、「メメント・モリ」は nunc est bibendum とは反対の、かなり徳化された意味合いで使われるようになった。キリスト教徒にとっては、死への思いは現世での楽しみ・贅沢・手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものであり、来世に思いをはせる誘引となった。














メメント・モリとか、どっかの洒落たマンションみたいな言葉だね。
2がカッコイイなぁ~!
※2
プレシャス・森
プラウド・堀
ぼくもデスクの頭上に剣を糸で吊るしてます
※3
2が美しい
画像ではいまいちわからないけど等身大ってのがまた凄いね
エジプトでもミイラ模型の前で食事を食べるのが
客に対する礼儀だった
でも海賊旗で有名などくろと交差された二本の骨である
エドワード・イングランドだと、おとなしくするかさもなく
死かという恐怖以外何ともない怖い骨もある
※4
ダモクレスかな?
西洋版「九相図」みたいなものかな
タチコマ1「人間っておかしなことするねー」
タチコマ2「そうだねー」
タチコマ3「このおかしな行動こそ、人間ら
しさだよ」
タチコマ4「いやまて。そもそも『おかしい』とは何だろう。その定義から明確化すべきじゃないか」
タチコマ5「ねーねー、バトーさんはどう思いますかあ?」
バトー「おまえらなあ……」
4番がおしゃれで好きだな
昔の人は書斎でこういうのが目に入るたびに「あーメメントモリだわー」って思ってたのかね
※7
こわいこわい
最近メメントモリの意味を覚えたから俺がドヤ顔で説明したかったのに
王ドロボウ思い出した
2は自撮りしているのかと思った
イタリアのラ・コスペラ博物館特集もお願いします(グロ注意)
やっぱり向こうだと諸行無常を感じる為と言うより、何時か死ぬんだから悔い無く生きろって意味合いが強いんだな
海外は表現がストレートだなと思った
日本は仏さんが死後を象徴してるわけだが
そこでカルペ・ディエムですよ
死ばっかり意識するんじゃなくて、生きていることをちゃんと認識しましょうよ
1と2はライカーガスのモデルになったのかな?
世の中は起きて稼いで寝て食って後は死ぬを待つばかりなり
日本にも一休さんの正月に杖の頭にドクロをしつらえ、「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いた話があるね。医学が今のように発達していない時代、死と向きあうことの重要性は洋の東西を問わなかったんだね。
キティちゃんのあれもメメントモリか
(怯えるでもなく避けるでもなく)死を思え
と解釈している。記憶せよだと、死に引きずられるイメージが強すぎて生を謳歌できない印象。詳しくこの言葉のルーツまでしかなかったのでスレ主と管理人さんに感謝を
なかなかカッコイイな。しかし、これをデスクに飾るかって言ったら、圧倒的に猫の写真なわけだけど。
初めて知る文化とその背景にある人の思いに感嘆をおぼえる記事でした。このサイトはほんとに素晴らしい。
蝶のマークをつけるのは、ハナエ・モリ
東洋だと形にするより詩にするんじゃないかな?と言っても向こうの詩はしらんけど。
年々歳々花相似たり.年々歳々人同じからず~
花の色は移りにけるな いたずらに~
生きながら死なないようにも用心しましょう。
自分は本棚部屋に色んな生き物の骸骨(本物)を飾ってる。ヴンダーカンマーなインテリアも兼ねて。
ときどき他人が立ち入る自室兼書斎には、一目でやっすいと分かるプラスチックの骸骨だけ飾ってる。
女子部屋に飾られて、骸骨たちも嬉しいだろう。
頭蓋骨は笑って見える。
4の木造彫刻のレプリカが欲しい!
こういうのたまらんなぁ…
今日もまた、「将軍は今日絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない」ということを思い起こさせる仕事が始まるお
※29
ヴァニタスかな?
メメントモリとかカルペディエメ? という単語は知っていたけど意味はなんとなくぼんやり理解しながらも、ここまでしっかり勉強できたのはカラパイアさんを読んでるからだなぁ
まぁこれらの単語に興味を持ったのはももいろクローバーのアルバム収録の曲なんだけど(笑)
♪ 命は使いきらなきゃ! 賽は投げられたぞ 今を楽しめ! ♪
でも、難しいのは
「人はすべてやがて死ぬ」というおそらく明確な事実の命題から、
「人は~して生きよ」という義務の命題は、
論理的に引き出し得ない、あるいは「~」の部分に何を入れても矛盾しない、
という点だと思う。
フィギュアにこだわりがありそうな主
ああ!メメント・モリってそういう意味だったのね!
BUCK-TICKのアルバムにこのタイトルがあって、どういう意味~?と思いながらも、全く調べようともしなかったwすっきりした!
う~ん、やっぱり好きな感じだな。
2はスマホで自撮りしてるのかと思った
メメントモリ、死を想え、「あなたは死ななくてはならないことを忘れるな」のイメージが強い
xファイルのエピソードのタイトルにもなってたっけ
初めて知ったのは『王ドロボウJING』だったマン
それより,今見てもすごくオサレなヤツばっかりだな。ほしいわ
負けないように枯れないように