この画像を大きなサイズで見る人は死の間際に何を見て、何を感じるのだろう?臨死体験に関しての研究が進んでいるアメリカの最新の研究においても、臨死体験者は文化、宗教、国家を問わず共通した体験をすることがわかったという。
危篤状態に陥った人の40%が何らかの臨死体験をしている
アメリカ在住のエリン・ダイは30年前、車で事故を起こし、一旦「死亡」が確認された。エリンは奇跡的に蘇生したが、彼女は事故直後の光景を憶えていた。
彼女は肉体を抜け出し、車の上から車体を見下ろしていたと言う。その後、光のトンネルを抜け、他界した親族に出会ったと彼女は話す。
この画像を大きなサイズで見る欧米では、1980年代、死の淵から生還した人々の体験が似通っていることが統計を元に指摘され、科学的に臨死体験を説明しようとする試みが始まった。
最近の調査によれば、危篤状態に陥った人の40%が何らかの臨死体験をしているという結果が出ている。現代では、臨死体験はもはやオカルトではない。実際に起きている「何か」のようだ。
なぜ人は臨死体験をするのか?
もっとも、臨死体験が、脳内で起きている医学的な特定の状態なのか、それとも霊魂などの超自然現象に属するものなのかについては、まだ結論は出ていない。
科学的に臨死体験を説明しようとする主張では、次のようなものがある。
ひとつは、5分間心停止状態が続いても神経細胞の活動は続いていることから、脳の中で臨死体験のようなイメージが創作されるという説。
またもうひとつは、よく知られる科学的な解釈として、心停止状態になった際、脳が生きるための手段を検索しているという説だ。
しかし、脳が機能していない状態(脳波計で脳波が観測されない状態)でも臨死体験が報告された例が多数あることから、現在ではこの主張は下火になっている。
この画像を大きなサイズで見る臨死体験で見る共通したイメージ
臨死体験者が、死に際して、恐怖ではなく安らぎや快さを覚えるケースは多く報告されている。他にも、「トンネルを抜ける」、「光につつまれる」、「親族に会う(声が頭に響く)」などが臨死体験において類似する現象だ。
臨死体験をした人の報告例を2,000例以上集めた精神科医、エリザベス・キューブラー・ロスは「あまりに似た例が多いのでそれ以上集めるのを止めた」とすら話している。国や文化、言語の壁を越え、臨死体験は共通した現象が起こるのだ。
この画像を大きなサイズで見る臨死体験が神秘的に見えるからといって、霊魂が存在するとは言えないし、死後の世界があることの証明にもならない。一方で、なぜ起きているのか、どのように起きているのかについての、医学的な解答はまだ無い。
ただひとつたしかなのは、死に臨む時、人間は不可思議な体験をすることがあるという事実だけだ。
via:Research Mover Closer To Proving The Afterlife – Near Death Experience・written by はっち / edited by parumo














まだ解明されていない人体の可能性を秘めている
こういうのを知るとちょっと死ぬのが怖くなくなるよね
夢とかも不思議だよね~
夢で見た光景が現実で一致したとき、あっ!て思い出したり。
あとは3回くらいデジャヴで全く同じ会話を同じ場所・同じ人としたことある…でも自分以外覚えてないみたいでモヤモヤする。
理解出来ない事を恐れると同時に唆られるのは何故なのか
あれ、三途の川は?
帰納法でいえば文化・国家・宗教が違っても共通してる、演繹法で言えば逆に共通してるが文化・国家・宗教で「差異が顕れる」、というところか。
人格が脳をハードウエアに観たてたときのソフトウエアとしても、それが「宇宙に存在しえる可能性の余地」、それをして「魂」とみなして適切なのだろうか?
死後の世界…「ある」・「ない」 どちらであろうが、もしも「絶対の証明」がなされたら、全世界的なパラダイムシフト・大混乱恐慌・「過渡期」と呼ぶべき時代が到来しないはずがないだろうな。
以前見たドキュメンタリーでの臨死体験では、人種によって違いが見られた。
欧米人は、真っ暗なトンネルを抜けて光に包まれるというイメージ。
日本人は川を渡っていくというイメージ。
これは潜在意識にあった死後の世界をそのまま体験したということ。
つまり人間は死ぬ時、天国や黄泉の国へ行く楽しい夢を見ながら死んでいくという結論だったな。
宗教ごとに違う臨死体験をするということは、死後の世界なんてないということだろうね。
本当に死後の世界があるのなら臨死体験が人種によって違うはずがないだろうから。
臨死体験なんだけど
麻酔かけたら誰でも見れるのかな?
前自分胃がんの疑いがあり
検査した時口に麻酔かけられた時
意識無くなった事があります
麻酔に耐性が無いらしい
で、目が覚めたら検査が終わって
問題ありませんでしたが帰るとき
ふと、臨死体験してないなって思った
脳が見せる幻覚なら見えるんじゃないかな~て
プロセスが違うのかな?
※8
> 死後の世界…「ある」・「ない」 どちらであろうが、もしも「絶対の証明」が
> なされたら、全世界的なパラダイムシフト・大混乱恐慌・「過渡期」と呼ぶべき時代が
> 到来しないはずがないだろうな。
自分もそう思う。
それは、それを信じる人口の比率によって起きるのだと思う。
例えばインド。
この国は大多数を占めるヒンディー教徒やその他ムスリム教徒で
構成されている。
両宗教共、死後の世界を肯定してる。
しかも人口とその伸び率は以下のようになってる。
12億1,057万人(2011年国勢調査)
人口増加率17.68%(10年:2011年国勢調査)
立花隆の「臨死体験」は懐疑的な結末で終わっているが
これはポーズに過ぎないと考える。
何故ならば、矛盾するが「パラダイムシフト」が起こっていないから。
休止してた間の記憶を再起動した後に作ってるんでないか
※9
まえから思ってたけど三途の川を渡る臨死体験のイメージは長瀞のライン下りの流れが緩いところみたいなイメージなのか、それとも幅の広い川を横に横断するイメージなのかどっちなんだろう
川を下るってんならトンネルを抜けるイメージとかぶるのもすこしは頷ける気がする
※32
臨死体験のときだけ脳内化学物質が働くのではなく、こうしてレスを書いてるときの思考活動や身体活動にも脳内で化学物質が働いてるに違いないわけ。当たり前だけど物質としての脳の活動はすべて化学&物理現象として捉えることができる。臨死体験のときだけ「脳に起きる物理現象だ」といっても無意味だと思う。
脳がどのように人の意識とその活動を生み出すのか、そもそも脳がそれをしているのかも分かってないけど、それらが脳の物質的振る舞いから生じると言い張るには、その作動原理を科学的に証明する必用がある。脳は霊じゃなく物質なんだから、なおさら科学で解明することが求められる。
※9
死後の世界は1つじゃないのかもよ?
国によって違うのかもよ
だから行き方も違うのよ
※68
事後的な検証ですよ。他に方法は無いしね
最近では病室の天井に、体外離脱しないと見えないような位置に、こっそりマークを隠したりしてるみたい
(こっちはまだ成果が出てないみたいだけど)
※71
ちょっと待ってくれ。
”脳波が停止して医師が死亡判定だした後に起きた臨死体験例”ってのは、どのようにして死亡判定を出された当人以外が知ることができたの?死亡判定を出されたけれど、何らかの理由で蘇生したので、改めてそこで語ることができたんじゃないの?
もしそうなら臨死体験をした(でも結局蘇生した)人の記憶が、自分の体験(死にかけた)に意味づけを行った結果、後付けで生み出された記憶である可能性があるよねって話。
意識は脳の産物であるってのは神経科学や医学系の論文をあたってもらえばわりとたくさんあると思うけども。
たとえば何かと認識することも意識の活動のひとつだけど、見たり聞いたりした時に、この光や音の刺激はなんだったのか認識するために、脳の中にある知識や経験なんかを参照しないといけない。脳が機能していないとこのプロセスが機能しないから当然見た聞いたものが何なのかわからない。酔っぱらった時に脳の機能がアルコールで低下した程度でも結構ものが正常に認識できないことがあるのを考えれば想像しやすいやろ。
大体脳が機能していないならどうやって、臨死体験を覚えているのさ?
※66
脳の機能ってつまりどういうことなんだ?脳が機能していない時に臨死体験があった、とどうやって解るんだ?機能停止って事は計器に反応なしってことだろうし、勿論本人にもその時の意識はない筈だ。後で「あのときのことだ!」とか本人の言葉があったとしてもそんなもの本当にその時だったか解らない
その研究結果じゃ臨死体験がどうやって検出されたかの方が気になるんだが
※66
脳が機能していない起きたことを、研究者(体験者ではない方)はどうやって観測したのかな?
もしも臨死体験者の覚醒後の証言だというのなら、残念ながらそれは体験者が覚醒後に、自分の記憶を作ってしまっている可能性の方が高い。
もちろん体験者に悪意があったとか、そういうことではないよ。
人間は自分の体験(重要なものは特に)には何らかの意味付け、価値づけをしようとする性質があるんだ。その意味や価値を自分の生に生かすために、エピソードとしての記憶を作り上げてしまうことはよくあることなんだ。
それと脳は知覚能力だけでなく、性格や人格まで司っていることが分かっている。つまり、人間は脳が機能していない状態では物事を知覚するどころか、自分自身の意識を維持することさえ不可能なんだ。
だから、脳が機能していない状態で、普段の自分と同じ物の感じ方で何かを知覚することは本来は不可能なの。
※9
でもこれでは同じと言ってるが
まあ信じてないやつは行けなくて信じてるやつは行けるこんなもんだろそこは精神の世界なんだから精神力のないやつはそら消滅するわな
親戚のおばさんは白い象が迎えにきたけどいきなり真っ暗になって蜘蛛の巣みたいなのを振り払ってたら意識戻ったらしい。オカルトな嘘いうような人じゃないんだよ。
※10
脳の特定部分に電流流したら体験できるとは聞いたことある
この世は通過するだけのものだからあまり気張る必要無いよ。
俺は死にかけたことがある。
すげー寒くて真っ暗になって孤独で半端じゃなく怖かった
けど、それを通り越したら
幸福感に満たされていた、悩みや苦労なんて全くない。
で、医者に”起きろ、起きろ!”って起こされたんだ、
その時の俺の気持ちは
”なんで起こすんだよ!また人間界で苦労しなきゃいけないだろ、呼ぶんじゃねえ”って思った。
だから俺は死後を怖くはない、死ぬときは苦しいんだけどさww
でも、せっかく生まれてきたんだから、
人間はどうなるのか、俺はこのまま生きて何か天命みたいのがあるのか?
バカ正直な生き方は本当に馬鹿な生き方なのか、確かめようと思ってる。
そのほうが死んだあとあの世で楽しいだろwww
あの世はとても良い所だ。あの世から帰ってきたヤツは一人も居ない。
>脳が機能していない状態(脳波計で脳波が観測されない状態)でも臨死体験が報告された例が多数あることから
脳死からの回復事例どんだけあるんやw
この3つの体験と全く同じ夢を見た日に親族が亡くなったり、幼馴染が亡くなったっていうのを2回体験した。
臨死体験というのは、そういう事が実際に有るのかも知れないね。でも、そういうのは一生に一度の体験で良いと思う。だって経験して戻って来れなければ、それは死を意味するだろうから、そういうのも悲しいじゃないか?
脳波計で測れないからといって、脳が完全に活動停止しているとは限らないかもしれない。脳波計で脳死判定をされた人が意識を取り戻したという例もある。
ほとんどの人間が死の淵から帰還後の、脳が立ち上がる順番(視覚野→聴覚野みたいに)が決まっていて、目を開ける寸前の出来事が誇張されてるのかと思った。
同じ人が、複数回臨死体験したとして、それらが全く同じ内容か違う内容か知りたい。狙って出来る事じゃないので試すつもりはないです。
臨死体験が起きたその時はまさに脳が機能停止していた時間帯であった!というのはどうやって証明するんだ?
夢の中で時計でも見たのか?
死んでもその先があるということなのかな?
それをどう思うかは人によって意見が割れる所だね
個人的には、そこですべて終わりってのはちょっと寂しいかな
同じような臨死体験報告が出てくるのは、脳の仕組みがそうなっているからだろうと思う。
だから、アチラ側(死んだその先)が存在するということにはならないと思った。
寝てるときに死んだじいちゃんばあちゃんが出てくるのは寝てるんじゃなくて死にかけてるのかな?
私は意識不明状態になった事は有るが、幸か不幸か臨死体験まではしなかった。たぶん、心肺停止状態に至らないと、臨死体験までは行かないんじゃないかな?
私の場合には、暗闇の中で、誰かが自分の事を呼んでいる様な気がした。で、意識が一気に戻ったんだけど、自分の周りに複数の医師&看護師さん達が居て、集中治療室の中らしい雰囲気と、自分に生命維持装置が取り付けられているのを感じて「何でこんな事になった?」と疑問だけが頭の中でグルグル回っていたのを覚えている。(今だから言えるけど、良い経験をしたと思う)臨死体験も可能なら、しておきたかったな。
そう思い込むからだよ
臨死体験はあるだろうけど、オカルトと結びつけるのはね
夢と同じ器質的な現象だろうね
拙者心臓疾患の気があり、数年前商談後に濃いめのコーヒー飲んだら苦しくなって救急搬送されたが、確かに苦しんだ後、先立った祖父母と弟が川の向こうに無言で立っていた、最初は手招きしているのかと思ったら逆の仕草だったそこで目覚めたら医師から診断結果を聞いて、睡眠不足に加えて濃いめのコーヒーを一気に飲んだのがきっかけで、一度仮死の状態だったらしい、以後は健康に留意しているが、多分このスレのテーマにそった体験をしたと思ってます。
この記事、内容が古くないか?
確か、血流が止まるか弱くなって、脳内の酸素量が低下すると、シナプスの近接点(それぞれの神経細胞の枝が、近付いているけれど触れない状態になっている。この間の情報伝達は、化学物質が行う)が一番先に死に始める。それを防ぐために、脳内で特殊な化学物質が放出されて、シナプスの枝の先を覆って、酸欠死を僅かだけ先延ばしするんだ。
ただ、保護と同時に神経伝達の鍵穴も塞いでしまうんでエラーが生じて、結果的に臨死体験が生じる、というのが回答だと何かで読んだのがもう数年前だぞ?
臨死体験ブームの火付け役になった立花隆の『臨死体験』にも、ケタミンを適切に投与すれば健康な人間でも臨死体験をする、という記述がすでにあって、臨死体験は脳内化学物質が引き起こす物理現象であることは、まず間違いないんだけどな。
上から見下ろすとか周囲を見渡すとかどのくらい鮮明なのかな
俺はたまに自分を上から見下ろして他人にどう見えるか認識しながら人と喋ってることがある
それと同じようなことじゃないの?
あと脳波計云々の時間は長い夢を見てるようで実は起きる直前の数分~数十分前にみてたように
時間が引き伸ばされた結果かもしれん
よく自分が死ぬような出来事があるとそこから時間がゆっくり感じた。という証言もいくつもあるしな
脳が機能してないけどってあるけど、脳の機能を完全に把握し切れてるかだってまだ分からないのでは。
今の技術で感知できないレベルで機能してる状態はありそう
こんな世界に生まれてきたんだから霊とかもあっても不思議ではないとは思う。
生きてる事事態が不思議だし。
生物が進化の過程で獲得した能力なんでしょ
弱肉強食の自然界で
捕食される方が最後の最後で大暴れして捕食者を傷つけると
結果共倒れになって遺伝子レベルでの損失が大きくなる
別の種であっても種の多様性が増えるって意味では
大人しく喰われるのが得策なんだよ
蛇に睨まれたカエルとか
肉食獣に捕食されてる草食獣とか
諦めの境地で穏やかな表情だったりする
ヒトも同じで、もう助からんとなったら
同じようなスイッチが入るんだろ
死後の世界が有ると考えるオカルトよりも
最後は穏やかに逝ける能力が備わってるんだって思える方が俺は嬉しい
PCでも電源がイカれて不安定になれば不具合はでる
心肺機能が大きな異常事態が生じた時に幻覚を見るのは当たり前
「体験者が臨死体験をしたと思っている時間」に脳が活動しているかどうかはあまり問題じゃないと思う。なぜなら、体験者はその体験をリアルタイムで語っているわけではなく、後から思い出して語っているから。脳の機能がまだ停止していない間に、あるいは再開した際に、特定の神経ネットワークが構成されて、そういう「記憶が植え付けられ」ても同じ証言はできる。
実は死ぬ瞬間には何倍も思考が加速してて、
また違う一生を体験している
という妄想をした
もう一度亡くなった家族に会えるのか…
その時に家族に恥じぬよう、実直に生き抜かなきゃな
※37
向こう岸からなくなった友人や親族が呼ぶイメージなので、河を渡るでいいはずです。
深いか浅いかはチョット分からないですが……
俺も交通事故食らった時ひなたぼっこしながら昼寝してるみたいに気持ちよかったよ。
病院運ばれて起こされるまでは・・・・・
あの世があったらハエと蚊で一杯だな。
百歩譲って哺乳類限定でもネズミだらけ・・・
私は「霊」と呼ばれる、ある種の信念体が存在すると思っている。
科学的には霊的現象を「脳の起こす錯覚」としているが、錯覚だけでは説明しきれないようなこともあるし、「科学的ではない」で片付けるにはまだまだ謎が多すぎる。
骨になった者が生き返ったら、神仏を信じてもいい。
人間の記憶ってのはすさまじくあてにならないもので、全く体験してもいないことを記憶として思い出すなんてことくらい、簡単にかつ無意識のうちにやってのける。
されてもいない虐待の記憶をよみがえらせてしまう問題なんかが最近では有名だね。
それはそれは夢のないことを言うと、心肺停止状態から回復した後でも、死後の世界としてそれまで持っていたイメージなどから臨死体験時の記憶を後から構築することもあるのではないかな。
すくなくとも”脳波計で脳波が観測されない状態”における臨死体験はこれに該当するんじゃないかな。
霊界があって、本当に会ってると考えるとスッキリするじゃん。
少なくとも皆視点、「有るかもしれないし、無いかもしれない」と思うべきなのに、なぜ否定から入るのか不思議。
>>本当に死後の世界があるのなら臨死体験が人種によって違うはずがないだろうから。
人種に合わせて丁度良い演出をした。あの世ではそういう事が可能。
臨死体験のほとんどは、脳が死んでも脳細胞のどこかが生きていてエンドルフィンという
麻薬を発生させて”恐怖ではなく安らぎや快さを覚える”らしいがそれだと宗教観が入ってもおかしくはないだろう。コメットハンターの木内さんが死体験した様な時空を超えたらしい
時空を超えるんだとずっと思っていると臨死体験した時に時空を超える体験談も出てくるかもしれない。物理学がガラッと変わるかも
※46
息を引きとった時、何グラムか軽くなるんだそうだ。魂が抜けた証拠なのかね?
臨死体験で自分の身体を見下ろして、本人が知るはずもない医師と家族の会話を生きかえったあとに話したりとか、魂が存在しているとしか思えない話もたくさんある。
しかし魂というものは意志を持って自由に動けたりはしないんじゃないかな。そんなことができるなら呪い殺されるような凶悪犯がたくさんいるだろうし(死んだ時点で恨みも憎しみもなくなるかもしれないが)。
自分のイメージでは魂は死後しばらくは存在して漂っているけど、そのうちにとけて空気と一体化してしまう。それほどまでに儚い存在なんじゃないかな、魂というものは。
映画「ブレインストーム」のアの装置があると、体験できるでしょうね。
でも、まだできない、いつかできるのかなぁ
クリント・イーストウッドのヒアアフターって映画おすすめ
俺の婆ちゃが亡くなる時、お迎えが来てたらしい。
認知で感情の無いロボみたいになってた臨終寸前の婆ちゃが、中空に向かって手を伸ばして大勢の誰かと握手してたらしい。んで相手によってニコニコしたり嫌々したり。だから死後の世界てやつは多分あるんだろーなーって。それもまた死直前の幻覚言われればそれまでだけどね。
宗教観の違いや人種によって見える景色が違うってより、そいつのイメージが投影されてるだけだろう。個体によって見え方が違うだけで本質的には同じものを見てるんじゃないか。
霊界なんて信じてる奴がまだいるのか。
危篤状態だからといって、脳の機能が完全に停止しているという訳ではない。
死と同時に松果体からDMT(ジメチルトリプタミン)という物質が大量に放射されるからですよ。
もちろん生きてるときにも血液・尿・髄液中にDMTはあります。でも微々たるものです。
生き返った人が不思議体験をしたり特殊能力保持者になれるのはDMTが大量放射された後だからです。
脳波は測定出来なくても
完全に死んでなければ夢を観る可能性が高いだけの話し
まて……臨死体験って、一度死にかけた人が蘇生後に報告してるだけなんだよな?
死にかけてそのまま死んだ人は報告できないし、
外部の人がリアルタイムに客観的に、モニターなんかで「今この人はこんな体験をしている」って見られるわけじゃないし
あくまで本人の脳内で起きてる主観的な体験だよね
※53
その通りで、だから研究者は多くの証言を集めたんでしょうね。脳内物質が原因か、霊体験かではなくて
なぜ体験の内容が人種や文化を超えて似たものになるかという入口でしょうか。
いくら脳内物質という言葉で特定出来たようでも、断言出来ていないので、実際の体験に結び付けることは出来ていないんでしょう。
この現象のみを目的とするモニターは出来たとしても倫理的に無理があるでしょう。たとえ被験者が了承しても。
※56
うちのばあちゃんの親戚も、目を閉じて眠っていたと思ったら(もう体が動かせる状態ではなかったのに)目を閉じたまま突然手を合わせたんだって。その直後、心拍計がつーっっとまっすぐになってご臨終だったそうな。
ワイの知り合いも、薬が合わずに意識不明に陥って「確かに三途の川を見た」と力説しております。とてつもなくきれいな花畑が向こう岸に広がっていて、しかもきれいなお姉さんたちがおいでおいでをしていたとのこと。でれーっとして渡りかけたら後ろから家族の絶叫のような呼び声が聞こえてきて我に返って息を吹き返したとか。
そうだ、もう一人親戚のおじさんの話。
死にかけた時(というか臨終の宣告をされた)、意識だけはまだ残ってたらしくて、頭の上で葬式の相談をされて腹が立って生還してきた。
最後まで声は聞こえてるんだってさ。
寝てる時に死んで生き返った人はどうなんだろう?
とまあ夢で死んだ友人と間際の話して思った。
これは前にも似たような記事で書いたんだけど
生まれつき盲目の人が手術室の様子を鮮明に記憶
医者をハンサムだといった例があったり
自分が養子に出されて会うことのできなかった
妹に会った人も人もいる。
(妹はすでに死亡し、存在と顔は臨死体験の後で知った)
まあ要するに、脳死後もなんらかの形で意識は存在し
一般的には考えられない、超感覚的知覚によって
何かを認知していたという報告が沢山あるので
もうすでに最新の研究では脳内云々の域ではやってないよ。
臨死体験が「いつ」起きているのか、っていう問題は既に大規模な調査が行われていて
去年10月には、脳が機能していない時間に起きてましたって研究結果でちゃんと出てる
英論文がネット上で読めるのでググってみ
後はパム・レイノルズとかでググってみ
気のせいだよ
コニー・ウィリスの小説にもあったけれど、
臨死者に対してアプローチしてくる宗教関係者が多いのだそう。
そういう人が光が差してくる、だの天から下を見下ろす、だの
イメージを受け付けてしまうので、そういう臨死者に対する調査は意味を成さない。
また信者なども最初からそうしたイメージを持っているため、
臨死体験なるものにバイアスが掛かりやすい。
死にそうなときに体験してるんじゃなくて、
回復して覚醒する直前に脳がその手のイメージを思い浮かべてるだけだと思う。
しっこもらした時に泳いでる夢を見る~みたいのと同じで、自分の持ってる知識の中からその感覚に似合うイメージを選択してんでしょ。
こうやって、死のイメージを健康な時に学習するだろ?
実際に死が迫って、無意識が死を予測したなら、死の回避の為、過去に学習したイメージを引っ張りだす。一種の走馬灯ってヤツね
臨死体験は、無意識が助かろうとして、過去の経験、学習から情報を得ようとした結果の産物だと思うな
最後に今まで生きてきたご褒美として最高の安らぎを得られるよう、
脳にそういう”臨終の回路”が仕組まれてるのかなぁ
そのために細部のディティールを構成するために、天国や極楽浄土に至る死出の旅路のイメージが文化ごとに作られたのかも
生死に関わる極限状態だから脳がパニックを起こすのも頷ける
※70
脳波が停止して医師が死亡判定だした後に起きた臨死体験例が提示されても、「それは死んでなかったんだ」とか、「測定器がもっと高感度なら脳波があったはずだ」といったり、あなたのようにそういう例をスルーして、「人間は脳が機能していない状態では物事を知覚するどころか、自分自身の意識を維持することさえ不可能なんだ」と断言するけれど、いつそんなことが科学的事実として証明されたのかね?
あと前も言ったけど「パム・レイノルズの臨死体験」でググってみ
これが一番劇的な例だから
まぁ、難しいことは学者さんにお任せして一般人な私たちは死ぬまで待てば死後があるかわかるから気長にのんびり生きましょうかねぇw
全く死後や宗教観・臨死体験について一切の予備知識すらない者での共通した臨死体験報告が共通して多数でない以上は、脳内創作の色味が強いのは否定できないんじゃないかなぁと個人的にはおもいまするがw
個人的に死後の世界や霊魂があろうがなかろうが証明されたとしても、死の恐怖を和らげるものではないと思うんだよな。実際私がタナトフォビアなもので。
脳は事実で文字や言葉から死を客観的に捉えても(二~三人称の死)、感覚的にいずれこうなる(一人称の死)っていうのは難しいと思う。だから臨死体験などの感覚に作用するようになってるんじゃないかと思う。
*死後世界や霊魂の考えは否定も肯定もしないけど
※75
そうした研究から判ってるのは、脳と意識に「関連性」がある事だけ
そこから脳→意識の因果関係を推定してただけ
例えるなら、今部屋の中に白色灯(脳)がついていて、
その灯りにセロハンを貼れば部屋の色が変わったりしますわな
そこから「光源(意識の根源)は白色灯だ」と推定してたわけよ
ところが臨死体験研究からは、白色灯を取り除いても部屋が明るいままな事が判ってきたわけ
つまり光源は別にあるんじゃないかという事になってきた
勿論、白色灯が部屋の明るさに大きく関与していたことは否定できないけどね
それはあくまで対応関係であり、因果関係ではなかったということ
脳と記憶の関係にしてもそうで、脳が記憶機能に大きく関与している事実はあっても
「脳に記憶が貯えられている」事が証明されているわけではない
それは推定されているだけ
※72
残留思念体というか、説明は難しいが何かのエネルギー体として残っているのではないかとは思う。
そして死後も強い思念が残り続けているものは、空気に溶けずにこの世にとどまり続けるのではないかな。
それが俗に“怨霊”や“自縛霊”と呼ばれる、特定の条件化において人が目撃することもある存在なんじゃないかなと。
「脳が後から記憶を創作した可能性がある」なんて言っても、臨死体験を報告した人にその自覚はないのだし、脳が勝手に創作した記憶とそうでない記憶を科学的に区別することができないのなら、そういう主張は反証不可能な仮説であって科学ではないな。詭弁じゃないかね。
※76
その通りだね
「この世界は五分前に全て作られた」みたいな説と同じ
思考実験としてはあり得るけど
それ自体が有力な仮説というわけでは全くない
※76ではなく※86の間違い
2回程河原の畔まで行って渡らずに戻って来れたよ、真っ暗な場所でさ真っ黒な川が流れて真っ黒な草の茂る真っ黒な土手の上を、牛が引かない牛車とその前後を鬼達が付き従って行くのを見たよ、何もかも真っ暗なんだけど輪郭はハッキリ見えてソレが何なのか解る異常な場所だったよ、多分天国やら地獄が有るんならアノ場所に立った事を考えると地獄逝き何だろうなぁ
アメリカの高名な脳のお医者さんが、臨死体験した時に、その時点では知り得なかった人物が出てきたことから、死後の世界はあると確信していたよね。
パルちゃん、来世でもお友達でいようね
三途の川がないのは生きてきた環境の違いなんだろうな
どちらかというと死後の世界は信じている方なんだけど、こういう話を聞くと
脳がなんとか死なないようにあの手この手で引き止めているだけのように思えなくもない。
例えばトンネルと川を渡ることが全く同じものであるといえるんだよね
境界を超えるという行為としてね
まぁみんな死ぬんだから答え合わせを楽しみにしていればいいんだな
出血性大腸炎→臨死体験した
川を渡って、あと1歩で向こう岸につく位置で、ふと前を見ると暗かった。
何もない地面と真っ暗な空だけがあった。
そして
「ちょっと待て。まだ楽しいことは何もしていないじゃないか!」と疑問と言うか、未練を持ったら、帰ってきたw
誰も待ってなかったし、誰も呼び戻してくれもしなかった。
何よりも親と同居していたのに、苦しんでいることすら無視されていたことが一番嫌だった。
脳波がフラットでも脳が微小に動いており、今の科学では測定できない活動をしている。でも考えたり感じたりする時に脳波は必ず動くし微細な活動では現実のような記憶を持つ事は出来ない。
それに体外離脱をして事実と合致した件は脳内現象派はどう説明するの。
ただ、誰か言ってたけど見るものに共通要素がある、これは身体がそうプログラミングされている可能性はあるし、見えるものが違うのもやっぱり幻想説を推してしまう。
死ぬ前脳がパニクって、とか言う人はちょっと違う気がする。パニック状態になったら順序だてした記憶なんて持てないし安らかにもなれない。
脳が機能していないなんて分からんだろ、後から記憶を作ったんだろって人はとりまwiki見たら良い。再起動説や体外離脱の例が印象的だった。
パム•レイノルズやエベン医師などの意識が無いとされている時に起こった事実を体外離脱をして見て、後で確認したら実際に起きていたとかは良い例だけど死後の世界があるという風には思えない。
見る人によって三途の川、花畑、部屋、など違うのはやっぱり生きている人間が作ったからだと思う。死後の世界も広くて人によって行く場所が違うとか言われたらお終いだけど。
死んだ人に会うって言うけどご先祖様なんて山のようにいるわけだし、死別した嫌いな人もいるだろうし、都合の良い人にしか会えないのもなんとも…
死後の世界があるかどうかなんてわからない!
生きてる限り、これに尽きるであろう。
ぶっちゃけ宇宙が有限であれば、
クローンで生物の個体を作ったとしても、限界がきそうだよね。