この画像を大きなサイズで見る「その足で地球に口づけするかのように歩け」とはベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンの言葉である。
感謝は偉大さにつながる。それは文字通り、あなたが持っているものを十分以上に、仕事を喜びに、混沌を秩序に、不確かさを明瞭さに変えてしまい、ごちゃごちゃしていた日々に平和をもたらしてくれる。
あなたがいかに恵まれているのか知るには、ただそれを数えてみればいい。人生ですでに与えれている幸運に気づくことが鍵だ。その対象が何であれ、感謝をすればさらに大きく輝いてくれる。
こうした話をすると「あぁ、分かってるよ」といった反応が返ってくるが、実際にはほとんどの人が分かっていない。私たちはとても忘れっぽいのだ。忙しい日々に追われて、感謝の法則をつい無視してしまう。そして、その素晴らしい効果は失われてしまうのだ。だから、ここで思い出してみよう。
1. 今持っているものに感謝すると幸運が引き寄せられる
・持っているものに感謝していると、感謝できるものが増えてゆく。
・持っていないものにばかり意識を向けると、いつになっても満足できない。
2. 幸せでいることは感謝にはつながらないが、感謝は幸せにつながる
・ある瞬間を感謝しつつ、同時にそれに不満を抱くことは不可能に近い。
・今現在幸せであることは、それ以上を望まないということではない。それは今持っているものに感謝し、まだ起きていないことに忍耐強くあるということだ。
3. 感謝は真の許しを育む。それは「この経験があってよかった」と心から言えるということ
・これまでの人生を悔やんだり、責めたりしても意味がない。
・感謝は昨日に意味を与え、今日に平和をもたらし、明日の前向きなビジョンを作り出す。
この画像を大きなサイズで見る4. いかなるときも今持っている以上のものが必要になることはない
・昔から至高の祈りとは感謝をすることと言われてきた。何かが欲しいと祈る代わりに、今持っているものに感謝をしよう。
・人生を否定したくなる理由ばかりが浮かぶときは、1つでも肯定できる理由を考えてみよう。いつだって感謝できることは存在する。
5. 感謝は包括的なもの
・よき日は幸せを、不運な日は知恵を授ける。どちらも必要だ。
・あらゆるものがあなたの成長に役立つのだから、何もかもに感謝してしまおう。これは人間関係に特に言えることだ。人生で何でもない人に出会うことはない。袖降りあうのも多生の縁だ。彼らにチャンスを与えれば、誰もがあなたに大切なことを教えてくれる。
6. 現在感謝すべきことがらは永遠ではない
・今持っているものに感謝しよう。なぜなら、次の瞬間何が起きるかなんて誰にも分からないからだ。「今持っている」ものが、「持っていた」ものに変わることだってある。
・人生は毎日変化する。それに伴って、あなたに与えられているものも次第に変化する。
この画像を大きなサイズで見る7. 感謝する心は、ものごとを当然などとは思わない
・権利と特権を区別するものは感謝だ。
・今あなたが当然だと思っている状況あるいは人物は、明日あなたが望んでも手に入らないものかもしれない。
8. 感謝を表すのなら、最高の感謝とはそれを声に出すだけでなく、それによって日々を生きることであることを忘れてはいけない
・大切なのは、何を言うかではない。どう生きるかだ。
・喋るだけで終わるな。示せ。約束するだけで終わるな。証明せよ。
9. 感謝は返すことも含む(恩送り)
・慌ただしい日々の中で、自分が与えた以上のものを与えられているとは気づきもしない。そうしたものへの感謝なくして、人生が豊かになることはない。
・他人から差し伸べられた援助の大切さに比べ、自分が成し遂げたことの大切さを過大評価することは容易い。
この画像を大きなサイズで見る10. あなたが失った人々や状況への最高の贈り物は、嘆きではなく、感謝だ
・何かが永遠に続かなかったからといって、それが想像できる限りの最高の贈り物ではなかったことにはならない。
・交わった道や巡り合ったチャンスに感謝しよう。それは、あなたに素敵な経験をさせてくれた。
11. 心から感謝するには、心から今を生きること
・人生で与えられていることを数えて、今この瞬間の呼吸とともにスタートしよう。
・忘れがちだが、最大の奇跡とは水の上を歩くことではない。それは緑の地球の上を歩くことだ。今この瞬間に生きて、その価値を生き生きと味わおう。
12. コントロールを手放せば、感謝は倍増する
・人生の些細な部分までコントロールしようと躍起になっているのなら、木を見て森を見ていないのかもしれない。
・手放すこと、少し力を抜くこと、人生の流れに身を任せてみることを学んでみよう。新しいことに挑戦すること、恐れないこと、そして何よりも全力を尽くして、それに満足することを学ぼう。不要な予想を捨て去れば、思いがけない体験が待っている。そして、人生における最高の喜びとは、しばしば想像もしなかった驚きやチャンスのことだ。
この画像を大きなサイズで見る人生をいつもより少し感謝して、いつもより少し謙虚に生きよう。そして、自分の幸運を数えてみれば、その数はますます増えていく。
人生は気づきだ。様々な人々の恩恵を受けているおかげで我々は存在する。生きているだけで儲けものなんだ。不平不満を言うよりも、今ここに存在していることに意義を見いだし、喜怒哀楽を感じることができる感受性を与えてくれた地球の一員である存在に感謝しよう。
歪んだフィルターをとっぱらえば、一人として同じものはないスペシャルな存在であるミクロな自分と、同じ地球上に地球内生命体としてのマクロな自分がいる。それ以上でもそれ以下でもないのだ。みんな違ったみんなよくて、実はみんな同じなんだ。














憤りをなんとか感謝に切り替えられると
停滞していた物事が不思議と進む
感謝は幸せのスイッチだと感じだした今日この頃
まだ自在にONにできるほど自分は人ができていないけど、またほんの少しだけ近づけた気がします
※2
そう言える時点であなたはできた人です。
感謝がゲシュタルト崩壊した
>いかなるときも今持っている以上のものが
>必要になることはない
自宅の部屋を増やしたい。
エアコン欲しい。
ご先祖様が1人でも欠けていれば、私はここに存在すら出来ていない。
ご先祖様、ありがとうございます。
こうゆうのやったことあるけど、幸福感は得られなかっよ・・・
意味のないママゴトやってるみたいで虚しくなったし、この考えを教えてくれた人に対してムカついてしまった
※6
素直で良いんでない。
感謝ばかりしてて、目的も目標もなく日々を過ごすのは私にはできないな。
不平や不満があるから向上しようという気持ちにもなるはずだよね。
この記事の正直な感想は、宗教の標語みたい。
「12、コントロールを手放せば~」
自分をコントロールすることは手放しちゃいけない。
なんだかカッサカサになった。
※8
別にそれでいいと思うよ。
インドの聖者の言葉で『蛇は時期が来れば自然と脱皮して成長する。
人が良かれと持って脱皮させようと無理に皮を剥いでも蛇が死ぬだけだ。』
という言葉があるけど、精神にもそれはいえる。
見栄を張って背伸びをしたり無理をして思い込んでも心に害為すだけで成長できない。
>>8
感謝した(何かした)あとの見返りを期待しているからそんな風に感じるんだよ
無欲、無心になるのは相当大変 ただいつだって試みることはできるんだよ
※8
あなた教えてくれた人にも逆恨みしてますがな
それ結局出来て無かったってことだよ
うわべだけの感謝じゃ自分すら騙せない
6に大賛成です。
どれも「うんうん、そうなんだろうねー」と思ったけれど、
自分にとっては最後のパルモさんのコメントが一番心に響きました。
これ、ハゲてる人には通用しませんよね
ネガティブ人間だからちょっと意識してみるかな
これはわかるのだが難しいよね
見下した感謝みたいになってしまう
反面教師で、あんな風になりたかないね
そう意味ではありがたいかな
みたいな感じ
狭量なんだよなぁ
すべての物事は考え方次第なんだろうな
他人と比べず機能の自分より少しずつ成長期して
謙虚に感謝して生きていきたい
不満、怒り、寂しさは何時まで経っても不満、怒り、寂しさなんだよな
それはそれで意味はあるんだが、
そう思いたく無いと思うなら感謝は特効薬だよね
ネガティブな感情を溶かす効果がある
だからといって幸せになれるとは思わないけど
今あるものに感謝すること、最近思い出したらするようにしてる。それでももっと今ないものが欲しいとは思っちゃうけど。
感謝ね……
わからんでもないが、欲に支配された結果、自分では使わないような道具まで持つ傾向にある
だから、使うものを選別して、余計なものは持つなと諭される方がまだわかる気がするけどな
これらすべてが出来るのが聖人であり解脱なんだろな
俺は未だ人間の修行途上だ
急な雨の中「鼻が逆さに付いていなくてありがたい、ありがたい」と言った人がいた。
一日の中で感謝できる事、ものを探しているとびっくりするくらい多いんだよね
そして一日が楽しくなる
こういうのは環境や状況によって、通じる人には通じるけど、そうでない人には難しい。そしてできない場合、余計に落ち込む要因になる。
できない人は、まず自分に感謝したらいいよ。外よりまず自分。
大事なのはこういったありがたい話に感銘を受け感動してオシマイにせずに
このヒントを日常に取り入れてこそ生きてくる御言葉だとおもい実践していきます。ありがとう。
車の運転してイライラすることが多かったんだけど
ちょっとでも親切にされた車には「あの運転手さんに幸あれ!」と口にして言ってる。
車内だから相手には届かないんだけど、気持ちだけでも届けって感じ。
そうすると意外と迷惑運転している車ばかりじゃないと気がついたし、自分の自己反省も出来るしイライラもしなくなった。
それでもムッと来る事はあるけど、その時は一休さんの「慌てない慌てない一休み一休み♪」と声に出している。
感謝っていうと大変な感じに受け止めそうになるけど、「あ~良かった~。ありがとう~。」って気持ちをちょっとでも感じられるようになれば、感じられなかった時より幸せになれてんじゃないかと思うようになった。
私も運転中、譲ってくれたり待ってくれた相手に「あんた、良い事あるぜ!」っていいながら片手あげたりする。
だからか、自分がするときも躊躇しないし、相手から挨拶なくてもあまりザワザワした気持ちにならないのかな。
これって鏡の法則?
カラパイアの中でこの記事が一番好きかもしれない。感謝はどこの成功法則でも登場するし、感謝するという事は脳の機能としても非常に重要な事だと感じる。この記事好き。辛い時読み返すことにしよう、そうしよう。
思いやりのある人には人が寄ってくるね。
感謝するとは敬意をもつということ
敬意を持つという事は謙虚になるということ
謙虚になるという事は物事から学ぶということ
学ぶという事は相手に対し敬意をもつということ
敬意をもつということは、相手に感謝するということ
わかる
わかるんだけど
俺はもう少し物わかり悪い感じであがいていたい
※32
私も運転していた時、ゆずったり、ゆずられたりしたとき相手が手を上げたら必ず感謝の気持ちで自分の手をきつねにして上げてます、必ず二度見され笑ってくれます。
そういえばこんな記事もありましたね
「うつ病の人こそが世界を正しく認識しているという説:抑うつリアリズム理論」
ttp://karapaia.livedoor.biz/archives/52170833.html
現実認識が甘い幸せそうな人の不始末の尻拭いをさせられるとイライラすることがありますが、それって私が間違ってるのでしょうか?
人生って何でしょうね?
ちょっとイラッとしたときに考え方を変えてみるといいって事はあるね
ただ全てにこんなことやってたら生きていけないと思う
バルモいつも楽しい記事ありがとぉ♪
>こうした話をすると「あぁ、分かってるよ」といった反応が返ってくるが、実際にはほとんどの人が分かっていない。私たちはとても忘れっぽいのだ。
そうなんだ、僕らはもうすでに知ってるはずなんだ
でもすぐ忘れちゃう、忘れちゃって怒り悲しむ
教科書だけ持ってて身に付いてない状態だ
言わずもがな僕も忘れちゃってることが多い
コメント欄でも良いこと言ってくれてて嬉しい
コメント欄が意外と荒れてなくてよかった。
人生って受け入れるってことなんじゃないかな~って思い始めてる今日この頃なのですが、
皆さんはどうなんだろ?
パルちゃんの言うとおり、生きているだけで儲けものだと思う。
でも世の中の人はニートだなんだとバカにするんだ。
生きているだけで丸儲けのはずなのに……
なぜか最初の写真でぐっときてしまった。
47 その通り。こんなはずじゃないとか、実態を見ないで利益を期待したり、過度な欲に駆られて振り回されることが余計な不満や不幸感を生む。受け入れて、それに満足し、より理解することを学べば、案外不幸にはならない。
右を見てたら左が見えない。みたいに、
感謝できるところを見てたら苛立つところが見れなく(見えなく)なる て事かな?
最近この記事に書いてあることが少しずつ理解できるようになってきたけど
腑に落ちない、納得できないって人もこういう考えがあるということを頭の隅に置いておけば、ふとした瞬間納得できる時が来るかもしれないね。
これで感動できる時点で勝ち組
まず感謝。
大丈夫。
どうにかなる。
不幸な人と幸せな人の一番の違いは感謝の質と量だ。心の底から感謝できるようになれば、気づくことが増える。1つの不幸に囚われなくなる。多くの人や出来事(嫌なことも含め)が自分を育てているということがわかる。そしてまた感謝できる。このサイクルを生むには、比較ではなく、かたちではなく、純粋に1つ、心から感謝してみることから始めること。
自己中人間の口先だけの感謝は分かりやすくて、人間関係を良くする力もないよ
いい記事だけど感謝はライフハック読んでするもんじゃないね
なんでこういう考え方が辛いと感じるのか、
なぜ自己憐憫から抜け出せないのか……少しわかった気がする。
不幸で辛い、と認識してないと休めないんだ。
大変なんだ、だから休みたい、休んだっていいだろうと。
自分がただ辛いだけじゃない、いいことだってあるなんて考えたら休む言い訳がなくなっちゃう。
だからこういうのがキツく響くんだ。
「お前は休んでいられるような存在じゃない。もっと動け、甘えるな」
と言われてる気になるから。
しんどい。
これが実現できてるんだろうなって印象の女性が昔いたよ。悪い人ではなかったし、むしろ好意を抱いていたけど、誰でも怒って当然だろって扱いを受けても怒る事なく感謝したり理解を示そうとする様子は不自然で不気味だった。人間らしさをあまり感じられなかった。ものすごく精神的に不健康に思えた。彼女の周りには善人もいたけど、それ以上にそんな彼女を騙そうとしたり利用しようとしたりしている奴らが男女問わず異常なほどいた。むしろもとは普通だった人も彼女に関わるとクズみたいな事する奴になったりしてた。 彼女の寛大な態度や普段からにこやかな様子を見て「こいつ何やって怒らないし、なんか幸せそうでずるいから〇〇を奪ってやろう。どうせこいつは〇〇を奪われても幸せなまんまだろうし、こんなバカには何したっていいだろ」ってなる感じ。彼女は異常なまでに不幸な状況にいたのにそれでも前向きだったのがとにかく異様で、最終的には本物の悪人に目を付けられたようで、詳細は知らないけど事件に巻き込まれて28歳で亡くなったよ。
こういう感謝の気持ちを持ったりすることや前向きでいる事って、力不足で自分の周囲の環境を変えられない人とかが制限された世界の中で折り合いをつけていきながら個人の幸せを追求する上では大切なんだろうとは思うけど、同じように考える事ができてない人や他人と関わりながら生きていく上ではすごく危険な事だと思った。
だからこの記事の内容のような提言ってなんか怖い。 マラソン大会で「一緒に走ろうね(もちろん反故にされる)」って言ってくる奴みたいだなと
※52
俺も長い事感謝の効能と、感謝し過ぎの気持ち悪さの狭間で悩んだ事があったなぁ。
良い事には自然と感謝して、悪い事にはクールでいたいね。
いい記事だなぁとか思ったり
何事もだけど、自分なりの感謝を考えないと、他人から押し付けられた感謝の概念をそのまま使っても効果はないだろうなと思う
感謝の気持ちを持ち続けると、周囲の人たちに与える印象が良くなる。また、空き時間の活動内容が変わる。多少時間はかかるけど、何事にも訓練は必要だし、その価値はある。