この画像を大きなサイズで見る時は西暦79年8月24日、イタリアのヴェスヴィオ山の大噴火で発生した火砕流で、当時1万2000人が暮らしていたポンペイ 市に住む人々は一瞬のうちに生き埋めとなった。火砕流の速度は時速 100 km 以上あったと言われており、逃げ出すことは不可能だった。
ポンペイはその後長い間封印されていたが、1748年に再発見され、建造物の完全な形や当時の壁画を明らかにするための発掘作業が行われた。だが、それまで街を埋めていた灰が除去されて4世紀、全体の4分の3近が風雨にさらされた状態にあり、 劣化進むポンペイ遺跡を1億500万ユーロ(約149億円)をかけて修復するプロジェクトが発足した。
その一環として、亡くなった被災者たちの石膏像も修復された。発掘された当時、火山灰の中は、遺体部分だけが腐ってなくなり空洞ができていた。
考古学者たちはここに石膏を流し込み、逃げまどうポンペイ市民が死んだときの形を再現した。母親が子供を覆い隠し、襲い来る火砕流から子供だけでも守ろうとした様子や恐怖から逃れようともがく姿が再現された。
母親のもとに走っていこうとした子供
この画像を大きなサイズで見る悲劇が襲った時、母親の膝に乗り怖がっていた子供
この画像を大きなサイズで見る下の写真は上の親子のそばで倒れていた父親と思われる人物の石像である。これらの様子は火砕流が一瞬にしてポンペイ市を埋め尽くしたことを示している。
この画像を大きなサイズで見る石像とはいえ、元になっているのは人間である。
一つ一つ丹念に修復作業が進められている。
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日本も火山地帯だから、他人事じゃないよね
何の予兆もなく噴火したら、逃げられないんだね
こうして見ると文字通りの「一瞬」のことだったんだなあ
人間、焼けると身体が丸まってボクシングポーズになるって聞くけど。
これは違うね。
そうなる暇もないくらい一瞬で死んだってことなんだろうか。
※3
恐らくだけど、火砕流の場合は高温のガスにまかれて絶命してほとんど間もなく埋め立てられるからじゃないかな
※8
そういえば、ポンペイって、この噴火の17年前におこった地震で、非難した結果、火事場泥棒に財産持ってかれた人が多くて、それが苦い思い出になってたって聞いたことある。
「地震の時に、逃げる必要なかったのに、逃げた結果、財産失っちゃった」っていう後悔から、この噴火の時にも、街に留まっちゃった人が多かったとか。
今の私たちにも、ありがちな考えと油断だよね。
苦しまなかったらしいのが救いか
まだポンペイの人らは逃げ切れた人の数が多いし
即死に近い状態で死ねたのでいいが、中には地下室に
入り外の落下物や火砕流からは逃れた後、見えない凶器である
ガスにじわじわ忍び込みこの世を去った人もいるので
どっちが悲劇だったかわからん
膝に乗っていた子供か
すごい見間違いをした気が…
ポンペイは逃げる時間はあったんだよな
ヘルクラネウムの住人はチャンスはほとんど無かったが
ポンペイでは多くの富裕層が富を失うのを恐れてリスクを軽く見てしまった
いつの時代にも共通する教訓を永遠に保持している街だね
子供の頃に読んだ本にポンペイについて書かれてあった
町を掘り起こしてて、なぜ死体が見つからないのだろうと皆疑問に思った
しかもなにやら不思議な空洞がある…
学者さんが恐ろしいことに気付き、穴の中に石膏を流し込むように指示した
そこから現れたのが、火砕流に飲み込まれて亡くなった人々の最後の姿だった
大人だけでなく、子供や動物まで出てきて、すごく怖くなった
写真を見る限りだと、頭蓋骨の一部が残ってるよね。
最後の力を振り絞って家族を守ろうとした形跡が、こうやって形になって残ってるのがわかるのがなんとも切ないなぁ……。
どんな思いで死んでしまったのだろうとか考えるといたたまれない。
これ、地下牢に入っていた犯罪者一人か二人残して全滅じゃなかったっけか?
それじゃ生存者発見も言い伝えが残るのも無理か
オレの心が汚れていることがよーくわかった気がする。
※13
私もその話を思い出したので調べたら
西インド諸島 マルティニーク島 プレー山の火砕流だった
数年前に実際ポンペイに行って遺跡やこの石膏遺体を見た
日本と較べて凄い文明が進んだ民族だったんだなとつくづくあの広大な遺跡を見て
感じた
昔からなんか下手な人の彫刻の癖みたいのが感じられてうさんくさい
発掘当時の人が客寄せのために自作したのも混じってると思う
※15
形が甘くなるからそう見えるんだろうけど
そう言われてみると型取り年代の古いのは考古学的な厳密さも未発達だし不明瞭な部分は補正してくらいしてそう
今は透明樹脂でとるからお亡くなりの時の様子と残存した骨と両方見て取れる分、より生々しい
一瞬といっても溶岩だから即死って訳でもないんじゃないかな
日本でも同様の悲劇があったね。
江戸時代、浅間山の噴火により村を火砕流が襲った。
村人らは必死になって高台の観音堂へ逃げ込んだが、ほとんどの村人が火砕流に飲み込まれてしまった。
昭和の段階ではその観音堂の階段は35段だったが、昔は50段まであった事が分かった。
試しに掘ってみると重なりあった女性の遺骨が2体発見された。
娘が母親を背負い階段を駆け上ろうとして火砕流に巻き込まれたものだった。
※17
いや火砕流だとすれば中心温度(扇状に広がるのでほぼ中心温度)が摂氏700度の地表を這う雲の様な物が秒速30~100mで津波のように押し寄せてくるんだぞ。
市街地なら目視した時点でどうしようもないわ。
※17
ポンペイの人々は溶岩ではなく火砕流で亡くなった方が9割です(残り1割は噴石)。火砕流は300〜1000℃近い温度の火山灰を含む高温のガスです。一瞬で肺が焼けつき呼吸ができなくなります。皮膚は燃え上がり体内の水分が蒸発、眼球は破裂し、内臓は煮えたぎった後やがて燃えつきます。筋肉は熱で崩壊し、身体を動かせないまま、燃え始めます。最後の姿をとどめているのは、火砕流が非常に高温だったからです。皆、ほぼ即死だったでしょう。
※17
それ、日本史の授業で習ったわ。
・村の伝承で、あともう少しで助かったのに、階段を上りきれず皆の目の前で飲み込まれた人がいる
・その人は女性で、母親を背負っていた
・掘り起こすと確かに女性2人分の遺骨が出た
・鑑定すると壮年~中年と老人
・DNA鑑定の結果、よく似ているので伝承通り母子だろう
1人が階段の上に向かって手を伸ばしていて、どんなに助かりたかったろうと思った。
ポンペイ遺跡展てのが博物館で開催されてて
見たことありますが現物は思ってる以上に
人間くさいもので怖く感じるほどでした
ガイコツのほうが怖くない感じ
やっぱ昔生きてた感じがあるからかな?
※18
私が見た本だと、嫁が姑を連れて逃げようとしたって書いてあったよ
もし富士山が大噴火したら山梨や静岡のあたりもああなるんだろうか?
石像っていうか遺体じゃないですか…
供養してあげて欲しい気もするな…
社会科の資料集に載っていたポンペイから出土したパンの化石の強烈に印象に残っている。何故だろう。
丸くて平べったくて8等分くらいにスジがつけてあるやつ。
怖い!
自分にはこの作業無理だわ…普通の遺跡ならいいけど、苦しみの跡が残ってるのがキツい
なんかの番組でやってたが、ポンペイ遺跡の発見時に遺体を石膏で型どりをしたせいで遺骨が損傷して、現代の法医学なら判明したかもしれない事実や保存できたかもしれない遺物を得る機会が失われてしまったそうだな。
※26
オレもそれを覚えてるよ。ビザパイの原型みたいな感じのパンだったのかな。
※39
世界基準で考えたら、鹿児島みたいな県庁所在地が桜島みたいな活火山のすぐ傍にあるのは、考えれんらしいな。
※26
自分も憶えてる。今でも同型のものが焼かれてるとか。
ローマ遺跡は他にもあるけど、石膏といえど当時の人間の姿が残ってるのはここだけ。子供を庇う親の姿など見ると同じ人間だから当たり前かもだが、遠い過去の時代の人達も一緒なんだなあって不思議な親近感のようなものを感じる。人間の姿を残す事で確かに生きていた人達がここにいたんだって強く印象に残った
日本も、雲仙普賢岳での火砕流により犠牲者が出てるので、他人事とは思えないですね。口永良部島でも火砕流(火砕サージ?)が発生したそうで、何時なんどき休火山が活動を開始するか油断出来ない状況。世界規模で火山の活性化が確認されてもいます。ベスビオ火山の噴火の惨事の記録が今後の対策に役立っていけば、生き埋めとなられた方々も少し、報われるのでは無いかと思われます。
もっと生きたかったはずなのに・・・
ポンペイの火砕流は噴煙柱崩壊型火砕流なので、逃げる時間は十時間程度あったらしいね。1メートル以上積み上がった火山灰の上で火砕流にあって死んでいる人もいたのだとか。
教科書なんかで見た写真だとやけに綺麗でただの展示用の石像みたい感じてた。
この記事の修復してる最中の写真見て、ああほんとに死んだ人たちの型なんだなって、生々しさをやっと感じられた。
ありがとう。
こうやって人は命の大切さを紡いでいくんだなぁ
実際逃げる以外に対策はないのかな。本当なら活火山の近くに住まないのがいいんだろうけど…狭い上に世界有数の火山国の日本じゃ現実的じゃないな
かつての薩摩藩が勇猛かつ人命軽視の姿勢で一貫していたのは厳しすぎる自然環境と食糧事情による所が大きいよね
いつ何時、桜島がどうにか築き上げたものを灰燼に帰すか分らないんだから
紹介動画では、一瞬にして市民全員が飲み込まれたとあるけど、記録をみると逃げて生き延びた人もかなりいるとドキュメンタリーでやってたよ
噴火の兆候が現れてから火砕流発生まで結構時間があったらしい
一瞬で絶望も感じる暇もなかったのかもしれない。激痛もない最後だったことを祈りたい。
悲しいね
空洞に石膏を流し込んで型とったんだよな
空洞のままにしておけば当時の様子をもっと詳細に調べることができたのに
石膏を流し込んだのでそのすべは失われた…らしい
人間の赤ちゃんの上に覆い被さってる犬も発見されたんだよね。ご主人の子供を必死に守ろうとしたんだろうなあ
ポンペイは十数年前に旅行で行った。
石膏は生々しく、直視できなかった
何より、その頃自分の精神が一度ほとんど崩壊した後でこっちの世界と別の次元の境界が曖昧だったからかもだが、ポンペイはまだ別次元では人が住んでいて活気に満ちていたよ。当時の記憶がそこに残っていてそれが再生されたのかもしれないが。
街自体が復元されているせいか、本当に誰もいない元都市ではなく今も活気づいていたんだ。基地外と言われても仕方がないが、意識をちょっとずらしただけで当時の活気を感じることができる
小学生の時読んだ「ポンペイ最後の日」、ずっと頭に残ってるわ
読んでない人はぜひ読んで欲しい