この画像を大きなサイズで見るナチスドイツ軍が世界の表舞台から消えて久しいというのに、第三帝国は私たちを惹きつけてやまず、歴史家たちはいまだに、ナチス最大の罪を根掘り葉掘りほじくりかえす。映画やドラマでは、アドルフ・ヒトラーは徹底的に研究され、パロディ化された人物として描かれ、相変わらず君臨している。実際に、彼らの失敗と不運な成功から学べる教訓がいくつかあるのも確かだ。
※ 以下の文章は海外サイトで書かれた内容に沿って翻訳したものなので、実際の事実とは異なっている場合もあります。
10.世界を征服したいなら全力!
この画像を大きなサイズで見るひとりの男の意思と理想に盲目的に忠誠を誓うか、逆らうと怖いのでしかたがなく従う人々が、第三帝国を作り上げていった。実際はドイツの軍産複合体制は滑稽なほど非効率的だったのに、圧倒的に市民の利益に貢献していたというのが、この戦争の重要な点だ。
確かに、アメリカとソ連が参戦してきた1941年までは、第三帝国よりも、戦時経費と軍事物資の生産が経済的に見合っていたのはイギリスだけだった。1942年になって、アルベルト・シュペーアが経済を立て直し始め、今日私たちが戦時経済と考えるものができたが、その頃には、ドイツに敵対する多くの国々が協力関係を結んでいたのだ。
9.負けているときの弱い敵より、勝っているときの弱い友
この画像を大きなサイズで見る海外では、歴史的には、日本軍の真珠湾攻撃より、1941年のドイツ軍のソ連侵攻のほうが大失敗だったと言われている。あのとき、ドイツ国防軍はモスクワまであと10マイルというところまで来ていて、もう少しで敵の士気をくじくことができたはずだった。
問題は、あんなだだっ広い国に攻め入るのに、ドイツ軍があまりにも薄く広がりすぎていたことだ。さらに悪いことに、ドイツの愚かな人種的優越主義のせいで、いざ大規模な部隊の増派が必要になったときに、打倒ソ連(1930年代にソ連政府の残虐行為でたくさんの人々が殺されたことに端を発した)の大半を占めるはずだった大勢の人々が、飢え死にし、監獄に入れられていたことだ。鬱憤のたまった市民から新兵を補充するどころか、ナチは東部戦線後方で膨れ上がった何万というレジスタンス運動に対峙しなくてはならないはめになった。
8.イデオロギーの前に供給源をやりくりすべし
この画像を大きなサイズで見るソ連と第三帝国の戦争は避けられなかったというのが、歴史家の見方だ。1941年6月22日、ソ連に奇襲攻撃をしかけたとき、ドイツ軍は数では勝っていたという。ところが、最大のチャンスをのがし、時間とエネルギーの無駄になった点が注目されている。
まず、戦争全体を考えると、第三帝国は産業や軍を支えるための十分な石油やガスを確保するのに大きな問題を抱えていて、試験的な代替品に頼ることすらあった。ソ連への侵攻が始まったとき、最大の石油供給元である中東は広く開かれていた。ドイツが中東をおさえておけば、ソ連への大量石油供給の生命線コーカサス山脈地域は、すぐにも攻略すべき場所だったはずだ。しかし、『わが闘争』の中にはそのことは書かれていない。ひたすらウクライナとその他の東ヨーロッパの国を手中にすることばかりに集中していて、重視していないのだ。
7.今日のちっぽけな反体制派が、明日の独裁者になる可能性がある
この画像を大きなサイズで見るヒトラーの台頭は、彼が生きていた時代を考えると必然だったと一般的には見られているが、それはほとんど暴走に近く、途方もなく滑稽にみえた。無声映画の中のヒトラーはまるでコメディアンのようだが、映画の中に音声が取り込まれるようになると、彼の言っていることは不思議と信用できるような気がしてくる。
しかし、1923年11月9日に彼が起こした小規模な革命、ミュンヘンビアホール一揆は、彼の数千の仲間たちが100人の兵士に押さえ込まれて失敗した。革命の屈辱的な失敗から立ち上がって、首相にまでのぼりつめたヒトラーの才能は、何かと話題の多い、物笑いのたねになっているどこかの軍隊リーダーと同じである。
6.軍隊は経済に悪い刺激を与える
この画像を大きなサイズで見る第三帝国が勢力を増した理由は、経済効果が市民生活を向上させたからだと言われている。確かに、戦争前夜のドイツの経済政策は悲惨だった。第三帝国は輸出に頼って、経済の不均衡を呼び込み、1920年代に超インフレの引き金になった巨大債務を生み出していた。早い時期に軍の成功がなかったら、第三帝国は財政的に深刻な危機に陥り、世の中の経済もすぐに同じ状態になっただろう。
5.所属先でその人を非難するな
この画像を大きなサイズで見る先のローマ教皇ベネディクト十六世がヒトラーユーゲントの一員だったことが明らかになったとき、大騒ぎになって、カトリック教会への偏見と、スキャンダラスな秘密がとりざたされた。当時、ヒトラーユーゲントのメンバーになるのは、基本的に義務だった。教皇は積極的なメンバーではなかったし、会合にも参加したことはない。むしろ、メンバーの当座の利点を得て、1943年に実際に従軍する前に単純労働に就いていたが、1945年の4月に脱会した。肩書きで個人を判断するべきではないということだろう。
4.ひとりの人間の気まぐれを国家政策にするべきではない
この画像を大きなサイズで見る1939年9月、ポーランド侵攻が始まったとき、ドイツ軍は不完全で、まだろくな準備もできていなかったようだ。ドイツ軍司令部は、経済的な問題を認識していて、ドイツ海軍と空軍は世界戦争にはまだ準備不足だとわかっていた。ヒトラーと部下たちは、戦争はポーランド止まりにするつもりで、侵攻を開始したのだ。
この件に関して、ヒトラーは“わたしの時間はあまりない”(彼はすでに50歳で、悪い病気に蝕まれていたと言われている)と言っている。第三帝国の寿命を縮めた大戦争が始まるきっかけとなった、悪名高いポーランド侵攻は、ひとりの男の残りの人生の都合を考えて遂行されたのだ。1945年3月のネロ指令も同じ人間の個人的気まぐれの結果で、ヒトラーの命令はドイツの土台を破壊した。ドイツにとって幸運だったのは、このときにはアルベルト・シュペーアに命令に従わないことを学ぶだけの度量があったことだろう。
3.運にたよらなければならないこともある
この画像を大きなサイズで見るドイツ軍がベルギー経由でフランス国境を突破しようとしていたとき、愚かにもマジノ線に居座っていたせいで、フランスは1940年早々に戦争から離脱するはめになったと一般的に考えられている。ナチスがフランスに侵攻できたのは、連合軍の大半がベルギー北部に集結していて、ドイツ軍が突破したアルデンヌの深い森が手薄になっていたせいだ。しかし、この攻撃計画はそれこそルーレットの賭けのようなものだった。
連合軍が部隊を動かしていたら、ドイツ軍の進行は阻まれていただろう。アルデンヌの森を進むのは、道もはっきりしない狭い悪路をいくようなもので、連合軍は簡単にドイツ軍を狙い撃ちでき、アルデンヌから追い払うことができただろう。しかも、ドイツ軍は引き返すことすら難しかったのだ。しかし、このときは一番必要としていたときに、ドイツ軍側に運があったということだ。
2.強制労働は支配側にも同じように過酷である
この画像を大きなサイズで見る強制労働を強いられた人たちの行いは、たびたびナチの利益に不利に働いた。人間は自由を奪われると、たいてい生きる意欲を失い、死の恐怖から、なんとかして抵抗しようとする。労働者たちがわざと不良品を作った数多くの例があるという。
1944年のイギリス軍のV2ミサイル砲撃は、そんな労働者たちのサボタージュによって大いに助けられた。ドイツ側のロケットの3分の1が命中しても爆発しなかったのだ。人間性を奪う非道な強制労働が一番悪いのは当然だが、強制労働を容認した者は倫理的なことよりも損益のほうを心配したのかもしれない。
1.支配者民族主義の張本人ですら、本当のところはよくわからない
この画像を大きなサイズで見る(via:Ten Lessons We Can Learn from the Nazis – Listverse)
原文翻訳:konohazuku
第三帝国のもっとも重要な任務は、最終的解決と称して好ましからざるユダヤ人を絶滅させることだった。1935年にナチスはニュルンベルク法という人種政策を制定したが、どこまでをユダヤ人と認定し、その数をはっきり定めるのには問題があった。最終的に、個人や親の宗教は、祖父母の宗教とは関係ないと決められた。
だから、たとえカトリックの司祭とプロテスタントの聖職者でさえも、ユダヤ人の祖父母が三人いれば、人種的にユダヤ人ということになった。筋が通らなくもないが、ヒトラーが言うように、ユダヤ人が存在しないなら、でっちあげる必要があったのだろう。当時でさえ、こんな考えがナンセンスなことに人々は気づいていたはずだ。
日本でもかつての戦国武将たちの戦略が研究されている。海外でも20世紀の戦国武将、ヒトラーを研究することで、学べることもあるということなんだね。














×ナチス軍
○ナチスまたはナチ党、あるいはナチスドイツ軍
党自体は軍を持っていなかった。一党独裁だったから同一視されるきらいがあるけどね。
国防軍はドイツという国自体の軍で、親衛隊や突撃隊は党やヒトラーの私兵。だからナチス軍という表記は誤り。
8は根本からおかしい
ヒトラーはむしろ石油なんかの資源に固執しすぎて機を逸したわけだが(ウクライナにこだわったのも資源が一因)
>ソ連への大量石油供給の生命線コーカサス山脈地域は、すぐにも攻略すべき場所だったはずだ
正にそのコーカサス山脈のバグー油田には異常な関心を示していた(ドイツ軍の負けが確定した青作戦はコーカサスの石油を狙った作戦)
ドイツは地理的に短期決戦を願うしかない
そのために極端に社会主義化しても、膠着化してしまえば
海を封鎖されて終わる宿命にある
よく言われるが、ケンカには強いが戦争には弱い
一番重要なのは、ナチス相手に宥和策を続けたことによって大戦が引き起こされた、という史実だよ。
「ミュンヘン会談」こそ学ぶべき。いま中国共産党を相手に続けてる愚行が世界大戦につながりかねない。
何か微妙だな
別に両世界大戦はイデオロギーの衝突では無く
利害の対立でしかないのだけどな
そんなもんから何を学べと
ドイツは焦ってイロイロ周りに喧嘩売りすぎた……。それが最大の敗因でしょ。
軍備が整わないうちに会戦するから、兵たちは練習用の戦車や旧式な軍艦、民間機転用の爆撃機などで戦うハメになった。
緒戦ドイツが善戦できたのも優れたドクトリンと、兵の錬度の高さあってこそ。
あと、スターリンはヒトラーに好感持っていただけに、ヒトラーの思い込みや打倒ソ連思想が無ければ独ソ戦は回避できたろうに。
てか、アメリカというチート国家が敵に回った時点でオワタ。
mein kampfには現代に対して優れた教訓や警笛が数多く残されていると思う
何か左寄りが意図的にピックアップしたような微妙な教訓ばかりだと思ったら
原文のDustin koskiは日本に対するネガティブイメージを多く配信している人だった
中韓の伝書鳩か
何が言いたいのかよく分からなかった
仮にモスクワが陥落したとしてソ連を降伏させる事はできたのかな?
予備兵力は限界に達していたし、パットンとモントゴメリーを止めるために相当の兵力を引き抜かれるだろうし
日本は東条英機を中心にした独裁国家ではなく、むしろ戦局悪化の責任をとって辞職して影響力が低下していったのに対して
ナチスは最後までヒトラー中心の独裁国家だったから講和もできなかったのかな?
一般人の日常で役立ちそうな教訓ではなかった(´・ω・`)
根本的問題は第一次大戦にドイツが負けて人々がクレイジーになってしまったことだ。
ナチス・ドイツの皆さんは「 ゴビョーキ 」ですよ。
何百万人もユダヤ人を抹殺しようとか、フツーの感覚ではできるとは思わないの。
結果論ならだれでも言えるっつーの
歴史の教科書レベルの知識で「べきだ」「はずだ」…こういう人が居るってだけで逆に怖いな。
読んでるとなんとも微妙な感情になる。
9の「敵の指揮を挫く事ができた」かどうかの結論は、ナポレオン戦争のクトゥーゾフの言葉ですでに出ている気がする。結局「モスクワはロシア(の全て)ではない」で終わる気が。要所だから、取られると困るとは思うが。
教訓というか、後知恵の言い訳っぽい・・・。
ソ連とドイツは準同盟国だったのに、やっぱイデオロギー的にだめなんかな。
ロシアにさえ攻め込まなければ西側諸国だけではドイツ国防軍を打ち負かせなかった
と思う。このツイート書いてる人は本読んでないね。青作戦とかの意味を全然
わかってないみたいだし。
うーん…モヤっとする記事だね
ブァカ者がァアアアア ナチスの科学は世界一チイイイイ!! \(゚д゚#)
(注 ナチスは他称で、自らナチと自称した事はない)
8.イデオロギーの前に供給源をやりくりすべし
↑の中東の石油うんぬんは実現できなかったのでは?採掘施設の用意が整ったのは
戦後の話で、当時はドイツが期待できるほどの産油量がなかったと確か習った。
ドンパチやりながら油田作るなんて解決野郎マクガイバーでも無理。
>>18
アメリカが参戦すりゃドイツなんて蹴散らされるよ……
つか英国一国屈服出来なかったし
後付け解釈っていうのは怖いね。
当時の空気とか無視して、今の価値観で断罪するとか。
最大の教訓は負け戦はするなとうことだが。
各項目のタイトルには頷けるところもあるのだけど
注釈に?と思えるところがいくつか…
例えば7の注釈には大統領と首相を兼任する総統が誕生する背景(これは4かな)と
喧伝という部分が抜けている
これは日本でもあったことでマスコミが国民を欺いて煽っていた
近年にも似たようなことがあった
元になった海外サイトのアドレスを最後の方にでも載っけてくれると嬉しい
ツッコミどころが多すぎて何が何だか
資源確保を無視したスターリングラード侵攻
補給線を無視した北アフリカ戦線
これさえやめとけば講和に持ち込めたかもなぁ・・・
※22
引用元の海外サイトのアドレスはだいたい文末にリンクしてあるよ
Ten Lessons We Can Learn from the Nazis – Listverse
ってやつじゃね?
11、軍服のデザインにも気を配ろう
※23
ナチスの軍服はかっこいいじゃないか!社会的倫理とか色々なアレそれさえなければ是非着てみたい浪漫だよ
半年前にバカウヨが「民主党が極左でファシズムだ~」とか
言ってたけどファシズムって右翼だから~
勉強しろよ。
教訓:ナチス関連の記事は荒れる。
イギリスにもソ連にも全力じゃなかったよな。
本気出して欲しかったな。
ナチスは「 国家社会主義ドイツ労働者党 」だから「左翼」ですよ。
「哲学ニュース」より。
「110. 名も無き哲学者
2013年04月12日 15:50
ペペロンチーネとチャーハンとオムレツ
これの調理に関する話題は荒れる」
ペペロンチーノ、チャーハン、オムレツ、そしてナチス。
ナチスはオオカミとかクマといっしょで、近づいたら食い殺されます。
ナルチシズムの過剰というビョーキにかかっているので自分しかスキじゃないです、ほかの人種はキライなの。
あれほど近づくなと言ったのに・・・
記事も※も何が言いたいのかよくわからない。
ナチの宣伝上手を見習ってほしかです。
1. 祖父母の宗教とは関係ない
訂正 → そう父母の宗教ほど重要でない
「負けているときの弱い敵より、勝っているときの弱い友」
このタイトルの意味がわからない。誰か解説してくれ。
負けているときの弱い敵というのは、記事のレジスタンスのことだと思うけどあとの部分は何?
翻訳した文章かな?繋がりがおかしいところが多々ある
写真に写ってるヒトラーの愛犬(ブロンディ)は青酸カリの効果を確かめるために実験台になって死んだ
今、ナチスの圧政精神は中国共産党に引き継がれてる
「負けているときの弱い敵より、勝っているときの弱い友」
勝っているときの弱い友≒ハンガリー、ルーマニア
負けているときの弱い敵≒レジスタンス勢力や、反旗を翻したハンガリーやルーマニア
民族差別意識が強いために、勝っているときに弱い同盟国を大事にしなかった
そして弱ったときには、そららの国から反旗を翻されて泣きっ面に蜂となった
つまり、勝ってる時ほどおごるなかれということかな
腕をブンブンふって、痰がからんでそうな声で、太鼓をたたくようなドンドンドンというリズムで怒鳴れば、
ごいm…… えっと、民衆は言う事を聞くってことか。
1が一番おかしいだろ。ユダヤ人の根絶が一番重要だったって。。
「勝ってるときの弱い友」って、ふつうにヘタリアのことじゃないの?
アフリカまで出張ったり、バルカン半島に深入りしたり、対ソ戦開始を延期したり、、、、、
動かんで、守りに徹していてくれたら、、、、、
1944年のイギリス軍のV2ミサイル砲撃は、そんな労働者たちのサボタージュによって大いに助けられた。ドイツ側のロケットの3分の1が命中しても爆発しなかったのだ。
デタラメを書くな
V2ミサイルの不発弾は何百発中2発だけだぞボケ