この画像を大きなサイズで見るスイスの画家、ゴットフリード・マインドをご存じだろうか?日本ではほとんど知られておらず、wikipediaの日本語版すらないのが現状だが、彼は猫の絵を描くことにかけては天才的な才能を発揮したことで知られている。
彼の描く猫は、自然な動作や毛並みの質感を見事に表現し、19世紀のヨーロッパで多くの人々を魅了した。
しかし、その天才的な才能の裏には、サヴァン症候群にみられる特異な特性や孤独な人生があった。
そんなゴットフリード・マインドと彼の作品に触れていこう。
ゴットフリード・マインドの生い立ち
ゴットフリード・マインドは、1768年にスイスのベルンで生まれた。
父親はハンガリー人で製紙工場で働いていた。だが、母親についてはほとんど知られていない。
ベルンのヴォルブラウフェンに住んでいたが、幼い頃から虚弱体質だったため、正式な教育はほとんど受けていないという。
ただ子どもの頃から絵や彫刻に興味があったようだ。7歳から10歳の間、貧しい子どもたちのための産業労働学校に通った。
ここでは、基本的な初等教育は受けられたが、あとは紡績、織物、染色などの肉体労働に従事させられていた。
そこで見せた「芸術家らしい気まぐれさ」と「いたずら心」は、教師たちを驚かせたという。
この画像を大きなサイズで見るジークムント・フロイデンベルガーのアシスタントに
学校を終えた14歳くらいのときに、スイスの画家、版画家のジークムント・フロイデンベルガーの元に預けられ、着色エッチングなどを教わった。
ジークムント・フロイデンベルガーは、フランス・パリでロココ様式の絵や挿絵を制作していたが、1773年に故郷のスイス、ベルンに戻ってからは、おもに農民の生活を描いた作品を手掛けた。
当時、フロイデンベルガー家の屋根裏に住み込んで働いていた謎めいたアシスタント、それがゴッドフリード・マインドだった。
絵の才能を見込まれたマインドは、フロイデンベルガーの作品に着色して仕上げを手伝ったりしていた。
だが一方で、身なりも行動もかなり”変わって”いたマインドは町の人から軽視されバカにされていた。
この画像を大きなサイズで見る才能を開花し「猫のラファエロ」と呼ばれるように
しかし、その才能に気がついていたフロイデンベルガー夫人は、夫のジークムントが亡くなった後もマインドを家においた。
それを機に、マインドは自分が描きたい自由な絵に集中できるようになり、それが徐々に注目を集めるようになった。
とくに身近にいる猫の自然な動作の描写はすばらしく、そのデッサン、版画、水彩画はヨーロッパ全域で有名になった。
いつしかかの有名なルネサンス期の画家の名にちなんで「猫のラファエロ」と呼ばれるようになった。
1814年、46歳で亡くなるまでマインドの生活はほとんど変わらなかったという。
この画像を大きなサイズで見るマインドが人と違うところ
現代では、ゴットフリード・マインドについて語られることはほとんどない。だが彼の物語は、19世紀初頭のヨーロッパを悩ませた懸念と結びついている。
それは急速に進歩する芸術と芸術家の質、人間と動物の関係、スイスアルプスへの大衆的・知的な憧れと、アルプス地方に特有と言われる「クレチン症(先天性甲状腺機能低下症)」への関心だ。
「クレチン症」とは、先天的に甲状腺ホルモンが不足する疾患で、赤ん坊の頃はあまり目立たないが、成長してさまざまな発達の遅れが見られるようになる障がいのことだ。
この画像を大きなサイズで見る逆境の中で得た機会
有名な芸術家が亡くなるとありがちな風潮だが、マインドの死後、その人生は世間から「周囲から孤立した変わり者」というレッテルが強調されて語り継がれた。
まるで人より突出した才能を持つ者は、その代償としてきまって人より劣ったなにがしかのハンデを負うものだ、とでもいうように、貧乏だとか、不遇な境遇などは才能ある芸術家とセットにされて語られることが多いからだ。
しかし、とかく人づてに安易に語られやすい、生い立ちや障がいなどの逆境の一方で、マインドが数多くの芸術と出会う幸運に恵まれていたのも事実だ。
マインドの父が勤めていた製紙工場の雇用主、グルナーは、芸術愛好家でありパトロンでもあった。彼は、1802年8月にベルンを訪れていたイギリスの画家J.M.W.ターナーにスケッチブックを販売したことでも知られる人物である。
また、グルナーの家に滞在していたドイツの画家レゲルが、マインドに興味を持ち、絵画の基礎を教えたと言われている。
さらに、マインドとレゲルは、グルナーが所有していた版画や絵画のコレクションに触れる機会を得た。
この中には、動物画で知られるヨハン・エリアス・ライディンガー(Johann Elias Ridinger)の作品も含まれていた。
その後、マインドはさらに芸術的な知識を深めるため、ベルンに拠点を置く画家であり版画家でもあるシグムント・ワーグナーのコレクションを研究した。
並外れた猫の絵で有名になったマインドの短い生涯は、のちにフェアホルムという人物により伝記として残されたが、その中で生前のマインドを知るワーグナーが、彼が作品について独特の言葉で意見を述べ「自分も巨匠たちと同じくらい上手く動物を描ける」と言っていたことを明かしている。
1868年、マインドが描いた毛づくろいをする猫の水彩画が、フランスの美術評論家で小説家、シャンフリーリの著書のイラストとして使われ、エドゥアール・マネのポスターなどと共に宣伝された。
彼の描いた猫は「自然の美を忠実に伝えるもの」として高く評価された。
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この画像を大きなサイズで見る19世紀のフランスの芸術家や知識人の間では「猫崇拝」というブームがあり、エドゥアール・マネなどの著名な芸術家たちがこぞって猫を描いた。
この頃、マインド自身の名も人々の記憶の中に植えつけられたといえよう。
この画像を大きなサイズで見るマインドの絵との向き合い方
マインドは草むらのどんな小さな花にさえ、繊細な気を配るという点でほかのどの画家よりも優れていたと、その精密な描写が高い評価を受けた。
ほかの猫のアーティストとは違って、マインドは猫が人間の活動に従事しているとは考えていなかったようで、なんらかの物語的文脈に猫たちを置くことはめったになかった。
彼の絵は、猫の動作や解剖学的特徴を細部まで捉え、自然な仕草を忠実に表現していた。
マインドの作品には猫だけでなくクマもある。彼は動物の解剖学をきちんと学んだことはないが、動物の筋肉構造、骨格や毛並みとの相互作用など、独自の動物研究を行っていたことがわかる。その観察力は非常に正確だった。
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この画像を大きなサイズで見るマインドとサヴァン症候群
マインドが描いた絵がスイスの自然との交わりから自然と生まれたものだという主張は、当時のスイスの一般的な考え方だったようだ。
彼がスイスの田舎暮らしを無邪気に楽しんでいたことが、彼の知的能力をめぐる神話が生まれる一因になったのかもしれない。
今日では、彼のような人間はサヴァン症候群だと言われる。
サヴァン症候群について論じたダロルド・トレファートの19世紀始めの著作の中にマインドの例が登場する。
マインドは体が虚弱で、言葉がはっきりせず、読み書きができないと記述されている。しかし当時は特定の診断名がつけられることはなく「クレチン知的障がい」と呼ばれていた。
19世紀前半は、知的障がいに関心が寄せられ始めた時代でもあった。
精神科医の論文にマインドがとりあげられることが多くなった。もちろん、現在では「クレチン知的障がい」といった言い方はしない。
この先天性甲状腺ホルモン異常は、栄養分の乏しいアルプス地域によく見られたため、マインドも幼い頃からその病を患っていたのだろうと決めつけられていたようだ。
この画像を大きなサイズで見るクレチン症と聖なる愚者の概念
「クレチン症(クレチニズム:Cretinism)」という言葉は、19世紀初頭には「聖なる愚者」という概念と結びつけられていた。
1800年、マインドが存命中に、医師フランソワ=エマニュエル・フォデレは、この言葉が「キリスト教徒という言葉に由来し、罪を犯すことができない善良な存在とみなされる人々に与えられた称号」と説明している。
このように、「スイスのクレチン」という表現には、当時の社会が持っていた特定の固定観念が反映されていた。
マインドの虚弱な体質や知性の限界とされる部分は、彼の繊細な水彩画の技術や、猫の動きを捉える卓越した能力と対比される形で語られることが多かった。
このような才能は「先天的な天才」の表れであり、幼い頃から音楽の天才として知られたモーツァルトやヘンデルと比較されるべきものだと、精神科医のウィリアム・W・アイルランド氏は述べている。
さらに、アイルランド氏は「特別な才能を持つ人々は、しばしば日常的な能力が他の人よりも劣る場合がある」と述べた。
マインドは、精神科医に「愚かさ」の本質をついて疑問を投げかけたと言えるかもしれない。同時に、ロマン主義に由来する芸術的創造性とインスピレーションの本質についての新しい考えも示していた。
路上に腰を下ろし、口を開けて虚空を見つめ、ひとりで体を揺すっていれば、ほかの人の目にはおかしな人だと映るだろう。
だが、その目はなにを見ていたのか、マインドの芸術や人生も結局のところ、簡単にはっきりと分類したり決めつけたりできるようなものではないのだ。
References: Gottfried Mind, The Raphael of Cats — The Public Domain Review
















とても澄んでて綺麗な絵・・・
>猫の動きを捉える卓越した能力
一瞬をとらえた写真撮影が出来るようになるまでは、それはやはり価値のある特殊な才能だったのではないか?
障害者過剰に持ち上げる風潮ってかえって差別意識高いよな
過剰に貶められていたものを正そうとすると
持ち上げすぎになりやすいのが難しいよな
生まれや性別に才覚と美醜に関係なく
ただ生まれた人すべてが幸福に生きられるだけの
物心両方の豊かさを世界中が持てるといいのだけれど
これが同時代の日本(21世紀の今もだけど)だったら、彼は周囲の村人から徹底的に迫害され、才能を発揮する場を破壊されていただろうね。
たしかに、当時のスイスでは、少し馬鹿にしたような目線で見られていたのかもしれないが、それでも彼は社会から排斥されることはなく、素晴らしい自身の才能を仕事にすることができた。
なんで記事に全く関係ない日本だったら〜って話するの?
障害とか関係なく「特異な才能」を紹介する記事だよ
写真無い時代にこの絵なら食っていけそう
緻密だから生成AIのネコイラストっぽいね
絵の猫は三毛猫じゃない?
腰痛、近眼、高血圧、鼻づまりとかも地味に死活問題なのに
作家プロフィールとしていちいち強調されないんだから
誰でも持病の一つくらいあるし持病強調ビジネスしなくても
作品が良ければそれでいいよね。
その時代の常識、固定概念がいかに危うく、そしてあやふやであるかを教えてくるエピソードでもありますね。
それはさておき、柔らかくて素晴らしい絵だ……画集とかないか、調べてみよう。
博物学がすごく流行った頃こういう絵を描く画家はけっこういたわけで
これはやや過大評価な気はする 障害のせい?
あとサヴァン症候群の絵っぽくもないような