この画像を大きなサイズで見るドイツ、フランクフルト近郊のローマ時代の墓から、アルプス以北最古のキリスト教の考古学証拠となりえる遺物が発見された。
この遺物は、西暦230~270年頃の巻物状の護符で、小さな銀箔にラテン語の文字を刻んだもの。これまでこの地域で発見されているキリスト教関連遺物より50年近く古いものだという。
この発見は、帝政ローマ時代のキリスト教の伝播に関する歴史を塗り替える可能性があるという。
フランクフルトの墓地で遺骨の首元に銀の護符を発見
この銀の護符が見つかったのは2017~2018年にかけて発掘調査が行われたハイルマン通りにあるローマ都市ニダ遺跡の墓地だ。
ここには127の墓があり、フランクフルトのほかの墓地に比べてかなり大規模だ。
その中にある推定35~45歳くらいのある男性の墓には、香炉や陶器などの副葬品が納められていた。
さらに本人の遺骨の首元には3.6cmほどの小さな銀箔を巻物にしたものが、経箱のようなものに納められて、リボンのようなもので首にくくりつけられていた。
これは着用者を守るための護符だった可能性が高いという。
この画像を大きなサイズで見る銀箔に刻まれた文字の解読にほぼ成功
銀箔に刻まれた文字は、ライプニッツ考古学センター(LEIZA)が高度なコンピューター断層撮影技術を使って解読した。
この非侵襲技術によって、触れたら壊れてしまうような巻物をデジタル的に展開、解読することができた。
その結果、キリスト教の内容を含んだ18行のラテン語の文章が明らかになった。
そこには、だいたいこういったことが書かれていた。文章内にある(?)は、解読者がその部分を完全に解釈できておらず、不確実性がある箇所だ。
聖テトスの名において、
聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!
神の子イエス・キリストの名において!
世の主はあらゆる病(?)/挫折(?)に
全力で抵抗する。
神(?)は幸福を与えてくれる。
入信せよ。
この救助装置(?)は
神の子、主イエス・キリストの意志に身を委ねる人を守ってくれる、
イエス・キリストの前で
天上の者も、地上の者も、地下に住む者、あらゆる者がひざまづき、
そして、すべての舌がイエス・キリストは主であると告白するからである
この画像を大きなサイズで見るアルプス以北のキリスト教の存在を示す最古の証拠
この文章は、使徒パウロの弟子、聖テトスへの言及から始まり、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!」や「神の子イエス・キリストの名において」といった祈りの言葉が含まれている。
また、パウロの「フィリピの信徒への手紙(2章10節~11節)」からの引用などが組み込まれている。
フランクフルトにあるゲーテ大学のマルクス・ショルツ教授は、文章の精巧さから、これは熟練した筆記者の手によって書かれたものであることがわかり、宗教混合主義が一般的だったこの時代にしては、キリスト教のみの内容であることが異例だと述べた。
この時代の護符は、キリスト教、ユダヤ教、異教の要素が混在しているのが一般的だったが、この護符には、ヤハウェ、天使、異教の神々への言及がまったく見られず、キリスト教のみが強調されている。
こうした独自性は、着用者の信仰心だけでなく、ローマ時代のゲルマニアの文化や行政の中心都市だったニダにおけるキリスト教の役割に関ついての疑問も想起させる。
この発見は、考古学、神学、ローマ史などを含む複数の分野に大きな意味をもつ。
この地域におけるキリスト教の最古の痕跡が数十年さかのぼることになるのだ。
ガリアとゲルマニア北部には2世紀後半には、キリスト教のコミュニティが存在していたことはわかっているが、アルプス山脈の北側の具体的な証拠は、これまで4世紀のものが最古だとされていた。
この銀の護符の分析や保存作業は、大学、博物館など各機関の協力の賜物だ。
およそ1800年前の古い銀箔はただ巻かれていただけでなく、かなり圧縮され折り目がついてしまっていた。
高解像度CTスキャナーでスキャンし、3Dモデルを作ることで文字を判別、解読することができたのだ。
この画像を大きなサイズで見るこの発見は、アルプス以北のヨーロッパにキリスト教が存在していた最古の考古学的証拠であり、ローマ帝国との相互関係を明らかにしてくれるものだ。
ニダの町は、ゲルマン北部境界の奥地に位置しているのに、多様な文化や宗教の潮流にさらされた、辺境地とはほど遠い活気ある場所だった。
3世紀頃、そのような環境で、どのようにしてキリスト教が出現し、広まっていったのかを探るさらに進んだ研究が今後必要になってくるだろう。
References: Frankfurt silver inscription / Silver amulet unearthed in Frankfurt grave Is the oldest evidence of Christianity north of the Alps | ArchaeologyNews
















文字なのかこれ
よく解読できたな、すごい
「神と神の子(イエス)は一体である」という考え方はアタナシウス派(アレクサンドリア主教座)の思想なのだが、この考え方がキリスト教の正統になったのは西暦325年のニケーア公会議以降だ。
それよりも50年も前に北方ヨーロッパにアタナシウス派の神学が伝わっていたわけか。
最初ヘルシングのアーカードの拳銃弾で法儀式済13mm爆裂徹鋼弾の
一つかと思ってちょっとわくわくしちゃった
✕ キリスト教の歴史を塗り替える可能性
◯ キリスト教の伝播に関する歴史を塗り替える可能性
なぜ、いつもいつも大げさに改変するのか?
意味が違うだろうが
違わない
「キリスト教の伝播に関する歴史」も「キリスト教の歴史」の一部なのだから、
後者で前者を包括したとしても日本語の表現上なんの問題もない
自分の知性の無さを棚に上げて記事に難癖つけるのはいい加減止めろ
見ていて恥ずかしいよ、毎回
トライマグニスコープみたいなことが現実にできるようになるとは⋯ 未来に生きてるな
ポンペイの焼けた巻物解読もすごかったけど、このガビガビの銀箔を非破壊で読めるのも、ものすごいな…
考古学などでの現状の保存がだいじなのがよくわかる。あとからこうやって情報を取り出せる可能性があるからね。
あと、この持ってた人が天国に行けてるといいな…
これの発見者は魔女裁判にかけられて…南無
ローマ帝国内外においてグローバル化が進んでいたこの時代において、少なくともコミュニティの存在が分かっているのにその宗教の遺物が無いというのはあり得ないので、何がしかの証拠が見つかるのは時間の問題だったろう。
とはいえ、コレを読めた技術はすげぇ
3世紀といえばゲルマン部族が雪崩をうってローマに侵入していた時期で、西ローマの崩壊の序章だ。
この時期に、いわば「敵国」の国教を護符にする、という点が現代の感覚だと不思議だね。
先進文化に憧れがあったのか、ローマ側についていた人なのか(ガリア人傭兵の指揮官クラスは故郷に帰ると名士)単純にローマ域からの略奪品で、この埋葬者は意味もわからず高価そうな品だからつけていた可能性もあるのかも。
ユダヤ教から分離独立したキリスト教を唯一の物にしたい
強烈な意思を感じますね
ニケーア公会議で異端とされたアリウス派はゲルマンに広まった、って習ったけどアタナシウス派の方が先にゲルマンに広まってたって事?
異端やら正統やらって、別れた後でもぐちゃぐちゃ混ざっているんだねぇ。
それよか、遺物が造られた3世紀って事は、現代日本人だと徳川綱吉か徳川吉宗時代の人物を神の子だ!って崇めて信仰してるって話か…何とも興味深いなあ。