この画像を大きなサイズで見る同じ金属の塊が同時に2か所に存在するとは、いったいどういうことだろうか。
オーストリア・ウィーン大学の研究チームが、数千個のナトリウム原子からなる金属ナノ粒子が「ここにあり、かつここにない」という状態になることを世界で初めて実証した。
「観測するまで猫は死んでいると同時に生きている」というシュレーディンガーの猫のような思考実験が、実際の金属の塊で再現されたのだ。
量子力学の世界では、物質は観測される瞬間まで複数の場所に同時に存在し続ける。その奇妙な法則が、金属の塊というレベルにまで通用することが証明された。
この研究成果は『Nature』誌(2026年)に掲載された。
参考文献:
- Metal clumps in quantum state: Vienna research team breaks records
量子力学とは何か
私たちの身の回りでは、投げたボールは放物線を描いて落ち、てこを押せば重いものが持ち上がる。
日常生活で目にする物体の運動や力の働きは、「古典力学」と呼ばれる物理学の法則で説明できる。ニュートンが発見した運動の法則がその代表だ。
ところが、電子や原子、分子といった極めて小さな世界では、古典力学の常識がまったく通用しない。
電子や原子は、小さな固まりのような性質と、波のように空間に広がる性質を同時に持っており、観測されていない間は波のように空間に広がって存在する。これを「粒子と波動の二重性」と呼ぶ。
この極めて小さな世界を記述する物理学の理論が「量子力学」だ。
量子力学が特に奇妙なのは、電子や原子が観測される前は「どこにあるか」が確定していないということだ。
観測する前の電子は、複数の状態が同時に重なり合った「重ね合わせ状態」にある。
ところが人間がその状態を観測しようとした瞬間に重ね合わせ状態が壊れ、どちらかの状態に確定してしまう。
観測する行為そのものが状態を変えてしまうというのが、量子の世界の根本的な不思議さだ。
この画像を大きなサイズで見る思考実験「シュレーディンガーの猫」
量子力学の「観測されるまで状態が確定しない」という性質は、あまりにも奇妙すぎて直感的に理解しにくい。
そこでオーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーは1935年、この奇妙さをわかりやすく示すために有名な思考実験を考案した。それが「シュレーディンガーの猫」だ。
箱の中に猫を入れ、放射性物質が崩壊したら毒ガスが放出される装置を設置する。
放射性物質が崩壊するかどうかは量子力学の法則に支配されており、観測されるまで「崩壊した状態」と「崩壊していない状態」が重なり合っている。
箱を開けて観測するまで、猫は「死んでいる状態」と「生きている状態」が重なり合ったままだ、とシュレーディンガーは主張した。
もちろんこれは量子力学の奇妙さを際立たせるための思考実験だ。
シュレーディンガー自身も『そんなことが起きるはずがない』という立場からこの実験を考案しており、実際に猫をそのような状態に置くことを提案したわけでも、主張したわけでもない。
しかし「観測されるまで状態が確定しない」という量子力学の本質を、これほどわかりやすく示した例えは他にない。
今回ウィーン大学の研究チームは、この思考実験と同じ状態を実際の金属ナノ粒子で作り出すことに成功した。
金属ナノ粒子は、電子や原子、分子よりもはるかに大きく、数千から数万個の原子が集まった塊だ。
これほど大きな物体が重ね合わせ状態になるというのは、これまでの量子力学の実験の常識をはるかに超えたことだった。
箱を開けるまで猫の生死が確定しないように、金属の塊もまた観測されるまで同時に2か所に存在し続けていたのだ。
この画像を大きなサイズで見る金属ナノ粒子の重ね合わせ状態を実証した実験
ウィーン大学のマルクス・アルント博士とシュテファン・ゲルリッヒ博士が率いる研究チームは、ナノ粒子を紫外線レーザーで作った回折格子(かいせつこうし)に通過させ、量子的な縞模様を検出する専用装置「MUSCLE(マルチスケール・クラスター干渉実験)」を使って実験を行った。
回折格子とは、光の波を利用して物体の進む方向を制御する微細な格子状の構造だ。
実験に使用したのは、5,000個から10,000個のナトリウム原子が集まった直径約8nm(ナノメートル)の金属ナノ粒子だ。
8nmとは1mmの12万5千分の1という極めて小さなサイズで、質量は17万原子質量単位以上あり、ほとんどのタンパク質より重い。だが、電子や原子、分子に比べればはるかに大きい。
この金属ナノ粒子を超低温に冷却したうえで、紫外線レーザービームによって作られた3枚の回折格子に通過させた。
最初の格子で金属ナノ粒子の位置を約10nmの精度で定め、重ね合わせ状態に置く。
金属ナノ粒子は同時に複数の経路をたどりながら装置の中を飛び、最後の格子を通過した後に経路が重なり合う。
その結果、量子力学の予測と一致した縞模様の干渉パターンが検出された。
金属ナノ粒子が飛行中に位置が確定しておらず、金属ナノ粒子自身のサイズの数十倍にわたる広い範囲に広がった状態で存在していたことを示している。
同じ金属の塊が同時に2か所に存在する、「ここにあり、かつ、ここにない」状態になっていたのだ。
この画像を大きなサイズで見る原子・分子レベルを超えた量子実験で世界記録を更新
今回の実験がどれほど画期的かを理解するには、「マクロスコピシティ(macroscopicity)」という指標を知る必要がある。
マクロスコピシティとは、量子実験がどれほど大きな物体で量子効果を示せたかを数値化したもので、ドイツ・デュースブルク=エッセン大学のクラウス・ホルンベルガー教授らが考案した。
値が大きいほど、より大きな物体で量子力学が成立することを意味する。
マクロスコピシティの大きさはμ(ミュー)という記号で表される。
今回ウィーン大学のチームが達成した値はμ=15.5だった。
これはこれまで世界中で行われてきた量子実験のマクロスコピシティの最高値を約10倍上回る世界記録だ。
今回達成したμ=15.5がいかに高い値かは、電子との比較でわかる。
電子で同じレベルのマクロスコピシティを達成しようとすると、電子の重ね合わせ状態を約1億年間維持し続けなければならない計算になる。
ウィーン大学の金属ナノ粒子は、装置の中を100分の1秒飛行する間にそれを成し遂げたのだ。
この画像を大きなサイズで見る量子力学への挑戦は始まったばかり
量子力学の奇妙な法則は、どこまで大きな物体に適用されるのだろうか。
電子や原子の世界では成立する量子力学が、なぜ肉眼で見えるような大きな物体では現れないのか。
その境界線はどこにあるのか、まだ誰も答えを持っていない。
研究チームはさらに大きな物体や異なる種類の材料を使った実験を計画しており、今後数年以内に自分たちの記録をさらに数桁上回ることを目指している。
また今回使用したウィーン干渉計は、量子実験の装置としてだけでなく、極めて精密な力センサーとしても機能する。
現時点で10⁻²⁶N(ニュートン)という非常に微小な力を検出できる能力を持ち、将来的にはさらに高感度になる見込みだ。
孤立したナノ粒子の電気的・磁気的・光学的な性質を精密に測定できるようになれば、ナノテクノロジーや精密計測など幅広い分野への応用が期待される。
量子力学は難解で日常とかけ離れた世界の話に思えるかもしれないが、今回の研究はその奇妙な法則がより大きな物体にまで及ぶことを示した。
量子の世界と日常の世界の境界線を探る旅は、まだ始まったばかりだ。
まとめ
この研究でわかったこと
- 数千個のナトリウム原子からなる金属ナノ粒子が、観測されるまで同時に2か所に存在できることが世界で初めて実証された
- 量子力学の重ね合わせ状態は、電子や原子、分子よりもはるかに大きな金属ナノ粒子レベルでも成立する
- 今回の研究成果は量子実験がどれほど大きな物体で量子効果を示せたかを数値化した指標マクロスコピシティで、世界記録となるμ=15.5を達成した
まだわかっていないこと
- 量子力学の重ね合わせ状態がどの大きさの物体まで成立するのか、その限界はまだわかっていない
- 電子や原子の世界では成立する量子力学が、なぜ肉眼で見えるような大きな物体では現れないのかは未解明のままだ
References: DOI:10.1038/s41586-025-09917-9
















なおシュレディンガー博士が思考実験を例に出して言いたかったのはこういうことだとか
「箱の中の猫が生と死2つの状態で存在するわけねーだろクソが!」
「シュレーディンガーの猫」に関わらず、一瞬先の事は「蓋」を開けてみないとわからない
実は私達の体もこの地球も月も太陽も全て重ね合わされた状態にあるのだけど、上手い事それを認識できてないだけなのかな