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暴力は人間の本能に根付いたものなのか?攻撃の度合いによって別々に進化した可能性

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(著)

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Image credit::ertyo5
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 暴力は人間に備わった本能なのか、それとも社会構造によって生まれたものなのか。

 イギリスのリンカーン大学の研究チームは人類学で長く続くこの論争に対し、新たな知見を発表した。

 100種類もの霊長類を調査した結果、「軽い攻撃」と「命を奪うような致命的な攻撃」は、進化の過程で別々の仕組みとして発達してきた可能性があるという。

 この研究成果は『Evolution Letters』誌(2026年3月3日付)に掲載された。

参考文献:

霊長類を対象に攻撃の仕組みを調査

 人間の暴力は「生まれつきの本能」なのか、それとも「社会の変化が生んだ後天的なもの」なのか。

 人類学者の間では、この先天的か後天的かという議論が長く続いてきた。

 イギリス・リンカーン大学のボナベントゥーラ・マジョーロ教授らの研究チームは、この謎を解明するためにヒトを含むサルの仲間「霊長類」のデータ調査を行った。

 世界には500種類以上の霊長類が生息しているが、チームはその中から信頼できるデータが揃った100種を厳選して分析した。

 その結果、霊長類の世界では、相手を小突くような「軽い攻撃」と、相手の命を奪う「致命的な攻撃」は、進化の過程で全く別の仕組みとして発達してきた可能性があることがわかった。

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Image by Istock Mik122

20%の霊長類の間で致命的な攻撃を確認

 これまで、同じ種の大人同士で致命的な争いをする性質は、人間やチンパンジーなど一部の種に特有のものだと考えられてきた。

 しかし今回の調査では、分析した100種のうち約20%にあたる種で、致命的な攻撃の証拠が確認された。

 マジョーロ教授は、同種の個体を死に至らしめる可能性は想像以上に広く分布しており、私たちの進化の歴史に深く根ざしていると指摘している。

 ただし、調査の結果「致命的な攻撃」と「日常的な軽い小競り合い」には統計的なつながりが見られなかった。

 つまり、普段からよく喧嘩をしている種が、必ずしも相手の命を奪うような激しい攻撃に発展しやすいわけではないという実態が判明したのである。

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Image by Istock bmcchristy

暴力の構造は複雑。攻撃の種類によって進化の道が違う

 研究チームは複数の攻撃的な行動を分析し、それらがすべて「攻撃性」という一つの仕組みで動いているわけではないことを発見した。

 最も頻繁に軽い攻撃を行う種が、最も致命的な攻撃を行う種であるとは限らないからだ。

 進化学の視点で見ると、軽い攻撃と致命的な攻撃は、それぞれ異なる理由や背景で生き残ってきた「別々の性質」といえる。

 したがって、ある動物の種を「非常に攻撃的だ」とか「平和的だ」とひとくくりに定義することはできない。

 それぞれの攻撃レベルには、その種が置かれた環境や社会に合わせた独自の進化のプロセスが存在していると考えられる。

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Image by unsplash Levi Arnold

人間に備わった「自由意志」と平和を築くための知恵

 人間が致命的な攻撃を行う性質を持っていることは事実だが、それが戦争につながるかどうかは文化や社会の形に大きく左右される。

 人類学的な記録によれば、現代まで存続している小規模な狩猟採集社会のうち約15〜20%には戦争が存在せず、中には「戦争」という言葉すら持たないグループも存在する。

 マジョーロ教授は、攻撃性が進化の過程で備わったからといって、私たちが暴力に支配されているわけではないと強調している。

 人間には、特定の条件下でも自分の行動を選択できる「自由意志」があるからだ。

 霊長類の多くは、争いだけでなく、毛繕いや仲直りといった平和的な絆を深めることにも多くの時間を費やしている。

 私たち人間も、進化の中で培ってきたこうした和解の知恵を大切にすべきなのかもしれない。

References: Origins of violence: evolutionary decoupling between mild and lethal conspecific aggression in primates

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この記事へのコメント 29件

コメントを書く

  1. やはり戦争は富の蓄積が生むものなのか?

    • +4
    1. ざっと読んだ感じはそんな気もしますね
      狩猟・採集よりも農耕などによる土地の占有・保有の概念が戦争を明確に、致命的にした可能性

      • +2
  2. 暴力を特別視しすぎな気がする
    生き延びるために必要な手段の一つに過ぎないでしょ

    • +1
    1. 暴力に対して神経質になるのは人間が社会性の動物だという事と
      非常に大規模な争いをするという事が大きな理由かと思う
      個人レベルの暴力は社会秩序を乱すという意味で問題視されるし
      国家レベルの暴力は現代では下手すると人類が滅ぶ恐れもあるので

      • +8
    2. 賢くないね。なら不必要な場面で暴力的なのはどう進化してるの?という発想になるはずだが

      • +5
      1. 不必要な場面なんてまだ人類史で生じてない
        あなたの安全は常に必要な暴力によって守られている

        • 評価
        1. その「必要な暴力」というのは「不必要な暴力」の抑制を
          目的の一つにしてるんじゃないのかな

          • +2
  3. 犬猫でも 甘噛みと本気の攻撃噛みは区別してないか?

    • +12
  4. めちゃくちゃザックリした予測だと

    個人レベルの暴力性→先天的
    戦争などの社会的な暴力性→後天的

    という感じはする

    • -4
  5. こういうの経験則で個体差が圧倒的にデカすぎるって分かってるから「人間」種族でひとまとめにするにそもそも無理があるんじゃないかなーって思っちゃう

    • 評価
  6. 戦えないと狩りも出来ない。獲物が反撃してこない
    という前提の考えでは自然界では生き残れない。
    争いに勝ったものが縄張りや食料やメスを手に入れる。
    野生動物のドキュメンタリーでは何度も語られてるけど
    人間に当てはめた途端に社会的に罰せられるんだよね。

    • -9
    1. 人間だって野生生物なのに…。
      人間だけは特別だって言う宗教の教えから抜け出せてないのはなんだかなってやつですね。

      • 評価
      1. 定義が曖昧だけど、
        少なくとも現代国家の法規制・福祉が行き届いた社会で生活している大多数の人間は
        基本的に「野生」生物じゃなくね?

        • +3
    2. 社会性のある動物にはその理論は一概に当てはまらないぞ。
      群れ内の致死性暴力は個体数が減ったり秩序が乱れて狩りの成功率が下がるからな。

      ある霊長類の仲間の観察では、群れのボスはメスや子供を暴力から守るしけんかの仲裁もする。また暴力的なオスがボスになった時、群れ中のメスが集団でボスを襲い群れから追放したという記録もある。
      人界の罰も結局は集団が生き残るための一つの攻撃方法だよ。

      • +12
  7. 「軽い攻撃」の具体例列挙を見てみると、
    「吠える」「威嚇的な表情やジェスチャー」「つけ回す」なども含まれているのか。

    もしかして、言語を操れる人間だと
    「訴訟」「防犯装置の警告掲示」なんかもここに含まれるのか?

    確かに、「殺害」とはだいぶ別ベクトルの対立解決手段だと思う。

    • +13
  8. 「怒る」と「ブチ切れる」の間には見えない壁(閾値)があって
    それを超えると攻撃性が極端に激化して「死なない程度に手加減」が「叩き殺す」になる

    • +4
  9. 革命とは、客を招いてごちそうすることでも無ければ、文章を練ったり、絵を描いたり、刺繍をしたりすることでもない。そんなお上品でおっとりとした雅やかなものではない。革命とは暴力である。

    • +3
  10. 喜怒哀楽の怒があかんのよ。
    一番要らん感情。
    もっと気楽に行こうぜ?って思うけどねw

    土器土器ってもっとファンタジア♪

    • -10
    1. 人間(日本)だと、女性が犯人に占める比率は
      傷害 1割弱 < 傷害致死 1割強 < 殺人 2割弱で
      (なお、男性、特に若年者の件数漸減により、年々比率は上昇傾向)、
      「いずれも男性よりかなり少ないが、
      安直な粗暴行為に比べて
      強い殺意に至ってから計画的(寝込みを襲う等)に実行するパターンが多め」
      という特徴がある。

      • 評価
  11. 「善と悪のパラドクス」でランガムは暴力には感情に影響を受ける反応的暴力と知能に影響を受ける能動的暴力の2種類があり、ヒトの暴力は能動的暴力が顕著だがそれは社会的淘汰による自己家畜化の結果だと論じていた。今回の研究は暴力の軽重が相関せず社会生態学背景に影響を受けるとしているがある意味当然で、暴力の結果得られる報酬が違うのであれば進化的起源も異なるだろう。相手の命を奪う暴力は直接的な資源(食糧、配偶相手、土地、権力など)を奪う個体間闘争が起源だろうが、軽い暴力は威圧、警告、罰、順位、評判などより複雑な社会性が起源なのだと思う。

    • +5
  12. 自分と同種の生き物の命を奪う(=個体数を減らす)ような本能は、基本的に種の繁栄には不利に働くんだよね
    だから餌や縄張りを争う時でも、大抵は相手を目の前から追い払う程度に留める
    仲間かそうでないかを見分ける機能にコストを割く代わりに多少個体数が減っても問題ないぐらい大量の子供を残すような戦略をとる生き物は別としてだけど

    そう考えると一度に残す子供の少ない霊長類が仲間に対して致命的な攻撃を行うのは、かなり例外的な状況なんじゃないかな
    人間だって戦争のような異常事態でもない限り、好き好んでそんな事をしたがるのは少数派だと思う
    致命的な攻撃が発生した時の状況も調査して欲しい

    • +8
  13. 大昔に人類の一部がネアンデルタール人との
    交雑をした結果、彼らのDNAを有する人類が
    好戦的になったんじゃないかと思う。

    • -4
  14. 人間が一番暴力的になるのは自分の存在が脅かされる時かと思う。どちらが強いかは別として、利益のために攻撃する側よりも自分や家族や国を守るために防戦する側のほうが攻撃性が高い気がする。致命的な攻撃をするのは防戦する時じゃないかと思ってるんだけどどうなんだろう

    • +4
    1. 「お前は邪悪で攻撃的で恐ろしい存在だ、だからやっつけてやる」
      人類は相手にこんなインネンをつけ争いをふっかけてきた歴史があるね 過剰防衛というか好戦的というかヒステリックというか臆病なのか
      そして追い詰められた側が玉砕戦法に出るのは生き物としての必然で珍しくはない
      AIですらゲームとかでやるわけでしょ

      半端に賢い動物は臆病で攻撃的だね
      賢くない生き物は被捕食者からすると問答無用で喰いつくされるだけ

      • 評価
  15. 致命的攻撃というのは猿まで含めて「文化」だろう。
    怒りという感情はほとんどの場合なんらかの打算、利益獲得手段や危機回避行動であって、厳密には怒りという感情自体が存在しない、とする学説もある。
    殺人事件も「怒りに支配されて」ぶち殺す、などということは稀で、そのような直情径行の人間も滅多にいない。実際にはそこで殺人を行うメリットがあったからの場合がほとんどだ。それは自己のプライド、尊厳、つまり自己保存の防衛反応である場合も多い。
    それは利害が複雑化し、個人の解決能力を超えた時に行われる一種の「ちゃぶ台返し」であるとも言える。
    要するに、致命的攻撃は社会構造、環境に大きく左右されると考えられ、だからこそ利害が単純な狩猟採取民の中では致命的攻撃はほぼない。
    20種の猿に同様の行動があったからといってそれが遺伝的広がりであるとは言えないと思う。

    • +1
  16. そりゃ動物には攻撃本能があるがそれだと効率悪くなるから人間は法を作って管理するようにしたんだよ
    殺人本能、攻撃本能などは誰しも持ってるがそれをやると損の方が大きいと学んでるからやらないだけ
    まぁ人間は脳を異常発達させる事で生存戦略に成功した種族だからな

    • 評価
  17. ソロモンの指輪に書かれていたけれども、オオカミは同種相手の攻撃を抑制する降伏のサインがあるけれどもハトにはそれがないから逃げ場がない状況だといつまでも攻撃をやめない。とは言うものの、オオカミの場合は同じ群れか他所者かで変わってくるし、ハトは群れるけれどもつがいの外に仲間意識はないから攻撃も激しくなる。

    • +1
  18. 生息環境における食物連鎖の頂点であり、淘汰圧者が自らとなる場合に
    致命攻撃も存在可能になるというだけだと思う
    こういうのをシムしてみると最終的に人狼型になるとも思う

    • 評価

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