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プリニウスの著書に登場する「服を輝かせる魔法の土」の正体を特定

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(著)

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Image credit: E. Gliozzo et al. 2026
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 約2000年前の古代ローマにおいて、博物学者である大プリニウスが記した、衣服に輝きを与える謎の物質の正体がついに特定された。

 イタリアとギリシャの研究チームが行った最新の調査により、その正体はウンブリア地方で採れる、特定の成分を含んだ天然の粘土であることが判明した。

 大プリニウスの著書の中で、単に汚れを落とすだけでなく、衣服を新品のように蘇らせて独特の光沢を与える魔法の仕上げ剤として紹介されていたこの土は、現代の科学分析によってその仕組みが裏付けられた。 

 この研究成果は『Archaeological and Anthropological Sciences』誌(2025年12月16日付)に掲載された。

大プリニウスが記録した布地の処理に使用される粘土の謎

 西暦1世紀、古代ローマの博物学者である大プリニウス(ガイウス・プリニウス・セクンドゥス)は、軍人や政治家として活躍する傍ら、世界最古の百科事典といわれる『博物誌』を書き上げた人物だ。

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後世に描かれた大プリニウス(Pliny the Elder)の肖像画 Image by Istock

 日本ではヤマザキマリ氏ととり・みき氏による漫画『プリニウス』の主人公としても親しまれており、知的好奇心の塊のようなその姿に惹かれる人も多いだろう。

 そんな彼が著書の中で、布地の処理に欠かせない数種類の「クレタ(Creta)」と呼ばれる粘土について詳しく書き残している。

 その記述によれば、他の粘土が漂白のために使われていたのに対し、ウンブリア地方を産地とする「クレタ・ウンブリカ(Creta umbrica)」という粘土は、衣服を新調した時のように蘇らせ、美しい輝きを与えるために特別に用いられていたという。

衣服の仕上げに使用されたサクスムとクレタ・ウンブリカ

 大プリニウスは、このクレタ・ウンブリカだけでなく、同じく衣服の処理に使われていたサクスム(Saxum)という別の種類の粘土についても言及している。

 これら二つの粘土には明確な役割の違いがあった。サクスムは汚れを強力に落として白くする漂白剤のような役割を持ち、一方でクレタ・ウンブリカは、洗浄の最終工程で服に光沢を出すコーティング剤のように使われていたのだ。

 さらにプリニウスは、サクスムが水に触れると大きく膨らむ性質を持っていたために重量単位で販売されていたのに対し、クレタ・ウンブリカは膨らみ方が安定していたため容積単位で販売されていたという、商売上の細かな違いまで記録していた。

 この観察記録こそが、研究チームが魔法の土の正体を探し出すための決定的な科学的手がかりとなった。

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イタリアの古代墓地で見つかった粘土の塊。壁のくぼみに置かれたその白さは、周囲の茶色い土の中でもはっきりと目立っている。これが、2000年の時を超えて特定された「魔法の土」の決定的な証拠だ。Image credit: E. Gliozzo et al. 2026

科学の分析によって特定された魔法の粘土

 研究チームは、イタリアのウンブリア地方にあるノチェーラ・ウンブラ周辺で、古くから治療や織物の仕上げに使われてきたテッラ・ディ・ノチェーラ(Terra di Nocera:ノチェーラの土)に注目した。

 採石場から採取したサンプルを最新の装置で分析したところ、この土にはスメクタイト(Smectite)やイライト(Illite)という非常に細かい粘土鉱物が豊富に含まれていることがわかった。

 特にスメクタイトは、繊維に残った余分な脂分を強力に吸い取る力と、水に浸すと膨らむ性質を併せ持っている。脂分を取り除くことで繊維の表面が整い、衣服に光沢が戻るのだ。

 この科学的な特徴が、大プリニウスが記述したクレタ・ウンブリカの特徴と完璧に一致したのである。

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調査が行われたテッラ・ディ・ノチェーラの採掘地。Image credit: E. Gliozzo et al. 2026

身分の高い人々の墓に供えられた特別な粘土

 この粘土の正体を裏付ける証拠は、地層だけでなく古代の墓からも見つかった。

 ノチェーラ・ウンブラ近郊にあるネクロポリスと呼ばれる共同墓地では、紀元前6世紀頃の身分の高い人物の遺体のそばから、丁寧に形を整えられた粘土の塊が発見されている。

 分析の結果、この塊は現代の採石場で採れるノチェーラの土とほぼ同一の成分であることが判明した。

 かつてクレタ・ウンブリカと呼ばれたこの粘土は、衣服を美しく整える実用品にとどまらず、死者の魂を浄化し、癒やすための象徴的な品として大切に扱われていた。

 男性の墓では病を治す治療薬として、女性の墓では生前の織物仕事に関連する紡錘(ぼうすい)という糸を紡ぐための道具とともに供えられていたと考えられており、素材が持つ二つの役割が反映されている。

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20世紀半ばに作られた「ノチェーラの土(テッラ・ディ・ノチェーラ)」のタブレット。石鹸のような形をしており、表面には産地を証明する刻印がはっきりと刻まれている。

2000年の時を超えて証明された古代の正確な記録

 今回の発見により、大プリニウスが『博物誌』に記した内容は、単なる噂話ではなく正確な事実であったことが改めて証明された。

 この土地の粘土は、その優れた汚れの吸着力ゆえに、ある時は服のツヤ出し剤として、またある時は万能薬として、名前を変えながら二千年以上も大切に使い続けられてきたのである

 かつての魔法の土「クレタ・ウンブリカ」は、今も「テッラ・ディ・ノチェーラ(Terra di Nocera)」の名で、地元の人々の手元に届く現役の素材として生き続けている。

 大プリニウスが飽くなき好奇心で書き残した2000年前の記録を、現代の科学者が最新の技術で解明したことで、古代の知恵は再び現代へと鮮やかにつながったのである。

References: Springer.com / The Mysterious Substance Described by Pliny the Elder That Gave Clothes Their Shine Has Been Identified—and Can Surprisingly Still Be Purchased Today

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この記事へのコメント 10件

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  1. 柔軟剤より効果はないから廃れたってコトでいいのかな?

    • 評価
  2. なんとこのスメクタイト、今日においても柔軟剤などの成分として使われている

    • +10
    1.  おお、マジか?と思って調べたら確かに使われる場合があると出てきますね。 ただ一般的な柔軟剤とは帯電の極性(多くはリンスと同じくプラス側)が反対(つまりはマイナス側)なので混ぜると効果が減りそうです。 整腸剤としても使われるようで、身近な物質であることを知りました。 面白い記事でしたし、コメントも勉強になりました

      • +3
  3. 2000年以上掘り出して使っても無くならないのか。すげーな

    • +2
    1. 軽く検索したら火山岩に含まれるガラス質っていうから
      火山ある地域ならいくらでもあるんだろうな

      • +2
  4. これは水に溶かしたところに洗濯物入れてじゃぶじゃぶしてたのか
    この粘土を布でくるんでから水に濡らして生地を叩いてたのか気になるな

    • +1
  5. モンモリロン石という粘土は日本でも洗濯に使われていたそうです
    スメクタイトは水を吸って膨らむ粘土の総称でモンモリロン石も含まれます
    現在の粉末洗剤にはアルミノケイ酸塩というイライトの成分が含まれていたりします

    >日本では、古くから洗濯粉や漂白粉として使用されてきた。明治時代に行われた産地の調査も「地元住民が使う洗濯用粘土をリトマス紙でチェックする」という方法で行われた[13]。初期の研究は、早稲田大学の小林久平が精力的に行い、「酸性白土」の命名も小林が行っている[12]。
    >現代では、「モンモリロナイト」の名称で、有機合成用にも市販されており、クロマトグラフィーの充填剤や、弱酸性の触媒として用いられるほか、生活用品として洗顔料やボディーソープ、ヘアシャンプー、入浴剤にも利用されている。

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  6. プリニウス氏絶賛!!

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  7. 当時は土埃があっただろうし
    衣服が泥成分で覆われてもそれが普通だったのかな

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