この画像を大きなサイズで見るエジプトの考古学者たちが、歴史上最大の謎のひとつである、クレオパトラの墓の場所に関する新たな手がかりが見つかった。
エジプト・アレクサンドリア県の西にある古代神殿遺跡「タップ・オシリス・マグナ神殿」に隣接する地中海の水中で、古代港と、それに通じる地下トンネル網が確認されたのだ。
このトンネルは神殿と直接つながっていた可能性があり、クレオパトラが自らを重ねていた女神イシスをまつるこの地に、ひそかに埋葬されたという説を強く裏付ける発見となっている。
クレオパトラとその墓
クレオパトラは、エジプト史上もっとも有名な女王で、2000年以上前のエジプトを治めた最後のファラオだ。
正式にはクレオパトラ7世フィロパトールと呼ばれ、古代エジプトの王朝、プトレマイオス朝の女王として、紀元前51年から30年まで統治していた女王である。
ギリシャ系王族の血を引きながらエジプト語を話し、多言語に通じ、教養と政治的手腕を併せ持つと伝えられている。
ユリウス・カエサルや、共和政ローマの政務官、マルクス・アントニウスとの関係でも知られ、ローマ帝国の興隆期にあって地中海世界に強い影響を及ぼした。
紀元前31年、アクティウムの海戦で敗北したのち、ローマに屈することを拒んだクレオパトラは、翌年に命を絶った。
彼女とアントニウスは「荘厳に埋葬された」と古代史家に記されているが、その墓の場所は2000年以上もの間、明らかになっていない。
この画像を大きなサイズで見る神殿に隣接する海底で、古代港とトンネル網を確認
この調査は、ドミニカ共和国、ペドロ・エンリケス・ウレーニャ国立大学の考古学者キャスリーン・マルティネス博士をはじめ、海洋探検家ロバート・バラード博士、米ニューハンプシャー大学のラリー・マイヤー博士、エジプト海軍の水路部(ENHD)、エジプト考古最高評議会の水中遺跡部門との共同で行われた。
調査チームは、アレクサンドリアの西約48kmにあるタップ・オシリス・マグナ神殿に隣接する地中海の海底をソナーと地質分析で調査。
その結果、港湾構造の跡と、古代のアンフォラ(壺)、石製・金属製のいかり、大理石のように磨かれた床面などが発見された。
この画像を大きなサイズで見る港は自然のサンゴ礁で守られた内港だったとみられる。
さらに地質調査により、古代の海岸線は現在の海岸から約4km内陸にあったことがわかっており、地震などの自然災害によってこの地域が沈降した可能性が示された。
この画像を大きなサイズで見る地中のトンネルが港と神殿をつないでいた可能性
今回の発見で特に注目されたのが、神殿の地下約12mに存在する、全長約1,300mのトンネルとのつながりだ。
このトンネルは2022年に同チームが発見したもので、一部が海水に浸かっており、地中海方向に向かって延びている。
トンネルの先にある「サラーム5」と呼ばれるエリアでは、水中遺跡として、長方形に配置された石組み、玄武岩の台座、そして「スリー・シスターズ」と呼ばれる3本の柱が確認された。
これらの構造は、神殿と港をつなぐ宗教的または儀礼的な通路だった可能性がある。
キャスリーン・マルティネス博士は、「ここは2000年間誰も踏み込んでいない場所。私たちが最初の発見者だ」と語り、この構造がクレオパトラの墓につながると確信している。
この画像を大きなサイズで見る女神イシスとクレオパトラの関係
タップ・オシリス・マグナ神殿にはエジプト神話の女神イシスをまつる宗教施設であり、クレオパトラが自らをイシスと同一視していたことから、彼女がこの場所に埋葬された可能性がかねてより指摘されていた。
過去の発掘では、クレオパトラの肖像が刻まれた硬貨337枚、青銅の小像、香油用ランプ、食料保存用の石器、スカラベ(フンコロガシ型の護符)、「正義のラーが輝いた」と刻まれた指輪などが出土している。
これらの遺物は、神殿がプトレマイオス朝時代後期の宗教儀礼の中心地だったことを示している。
神殿の基礎には紀元前1世紀の構造が確認され、地下にはさらに古い紀元前4世紀のギリシャ時代の神殿遺構もあるとされている。
この画像を大きなサイズで見るなぜこの発見が「墓の謎」を解く鍵になるのか
古代の文献では、クレオパトラとアントニウスが「荘厳に並べて葬られた」とされるが、場所の特定には至っていない。
アレクサンドリア市内の海中遺構が有力視されてきた中で、今回のように、神殿・トンネル・港が一体となった宗教的・地理的構造が発見されたのは初めてである。
エジプト考古最高評議会のモハメド・イスマイル・ハレド博士は、「古代文献にこの港の記述はなく、今回の発見はエジプト海洋考古学にとって画期的」と述べている。
この画像を大きなサイズで見る今後の調査と残された謎
現在、マルティネス博士のチームは「サラーム5」周辺で、特殊な水中掘削装置やソナー地図を使い、さらなる調査を継続中だ。
バラード博士による広域な海底マッピングも進行しており、港・神殿・トンネルの全体像が解明されれば、墓の具体的な位置が浮かび上がる可能性がある。
「クレオパトラがここにいないと言い切れるのは、この場所全体を掘り尽くして何も出なかったときだけだ」とマルティネス博士は語っている。
この研究成果は、エジプト観光・考古省(2025年9月19日付)により公式発表された。
References: Facebook / Underwater Port Discovery Could Lead to Cleopatra's Lost Tomb
















答えを知りたい気持ちもあるが、そのまま秘密は秘密でもいいと
思う気持ちもある
クレオパトラはエジプトの魔女であり、そのまま歴史の魔法に
かかっているほうがいいや
ん?「古代の海岸線は現在の海岸から約4km内陸にあった」? 沖合ではなく? 「トンネルは……一部が海水に浸かっており、地中海方向に向かって延びている」あたりからも誤訳かなーと思ったので元のページを見に行って日本語翻訳しても「内陸」と。 うーん混乱してます。
それでもとても興味深い発見で今後の発掘と研究にすごく期待してます。
私もソコが気になった。
ナイルデルタの西端にあるので、堆積物による海岸線移動の方が沈下速度を上回ってたんじゃないかと思う。
南にあるのがマイオレット湖 (Lake Mariout) の残骸みたいです
ナイル川から船で行けるけれど海岸線といえるのかどうかだね
>古代、湖は現在よりもはるかに大きく、さらに南と西に伸びており、約700平方キロメートル(270平方マイル)を占めていました。地中海とつながる口がなく、多くの運河を介してナイル川の水が供給されていました。12世紀までに、湖は塩湖と塩原の集合体に減少し[3]、中世後期までに干上がっていました。[4]
クレタ地震 (365年) が湖が塩湖と塩原の集合体になってしまった原因かもしれません
アレクサンドリアにも津波による壊滅的な被害を出しているそうなので
地殻変動よりも津波の被害が大きかったのでしょう
湖に海水が流入してしまい生活用水の面からも都市の維持が難しくなって
運河の維持もできなくなって干上がってしまったわけです
今ある湖は後から運河を引いてきたものなんです
古代というのをマイオレット湖ができる前にまでさかのぼれば
そこはナイル川の三角州なので海岸線はもっと内陸にあったことになります
タップ・オシリス・マグナ神殿は石灰岩の露頭にあるそうで
海岸線が限定できるということは、その海岸線も同じような石灰岩の露頭だったのかも
三角州が小さい頃は、複数の島があったのかな?
なんかクレオパトラの墓がある場所は災害で水没した沿岸都市にあるんじゃないかって海外歴史番組でやってた