この画像を大きなサイズで見る巨大な石が円を描いて直立する英国南西部にある世界文化遺産「ストーンヘンジ」はいまだ謎が残る興味深い遺跡である。
新たな研究で、使用されている石の地質学的組成分析を行ったところ、中央に横たわる祭壇石はおよそ750kmも離れたスコットランドから運ばれてきたものであることがわかったという。
ストーンヘンジの建設はおよそ5000年前に始まったとされているが、そんな太古の昔にこれほどの巨石をいったいどのようにして長距離輸送したのか?
ストーンヘンジの祭壇石の地質学的組成から起源を探る
青みがかったこの祭壇石は、縦4.9m、横1m、厚さ50cm、重さ6トン。地面に埋め込まれるように横たわっていて、夏至の日に太陽が昇る方角と一致していることから重要な石だった可能性がうかがえる。
青い石は英国南部でしか見つからないと信じられていたため、これはウェールズ産の石だと長年考えられてきた。
この画像を大きなサイズで見る祭壇石ははるばるスコットランドから運ばれたことが判明
2023年にこの祭壇石に含まれる鉱物の化学組成分析、年代測定が行われた。
石には大量のバリウムが含まれていて、鉱物組成がウェールズのものとは一致しなかったため、石の起源を絞り込む調査がさらに行われた。
その結果、ストーンヘンジがある英国南部よりもはるか北のスコットランドからきたものであることがわかった。
「祭壇石はほかの青い小型の石と一緒に環状列石の中にありました」研究の共著者であるウェールズ、アベリストウィス大学の地質化学教授、ニック・ピアース氏は語る。
「青い石はウェールズ産だと思われていましたが、鉱物学的観点で調べたところ、その説は否定されてしまったのです」
祭壇石をさらに詳しく分析してみると、ジルコン、アパタイト、ルチルなどの鉱物が豊富に含まれていた。
この結果を英国全土からアイルランドまで範囲を広げて、さまざまな土地の石の化学組成と照らし合わせたところ、ストーンヘンジから750kmも北上したスコットランド北東部、オルカディアン盆地の岩石と一致することがわかった。
この画像を大きなサイズで見る祭壇石の鉱物粒子の一部は10億年から20億年前のものであることも判明した。
詳しい分析によって石の年代を示す”指紋”を得ることができ、スコットランドのオルカディアン盆地の堆積岩と完全に一致することがわかったのです(ニック・ピアース氏)
ではどうやってこの巨石を長距離輸送したのか?
では、どうやってこんな巨大な石をスコットランドから長距離輸送したのだろう?
ストーンヘンジの巨石はおよそ紀元前2600年頃に置かれたと推定されているが、大昔にこのような巨石を運ぶ技術があったのだろうか?
考えられるのは、水路から始まり海上輸送と陸上輸送を経て運ばれたということです。しかし、そうだとしても簡単な作業ではないはずです(ニック・ピアース氏)
今となっては、石の旅路については推測するしかないが、このような重い荷物を運ぶのには、オルカディアン盆地側と英国南部側の間の海洋輸送ルートを含めた社会的調整が必須だったことだろう。
この画像を大きなサイズで見る今回の分析結果は、これまでの認識を明らかに変えてしまいます。こうした大事業を調整するのにはおそらく数百人もの人間が関わったと思われます。6トンもの石を遥か遠くまで運ぶのには、それなりの十分な理由があったはずです(ニック・ピアース氏)
この祭壇石は単にふたつの離れた地域を結びつけるだけではない。
英国南部とスコットランド北東部では、形状が似たような陶器や家屋が見つかっています。つまり、両地域は深いつながりがあったということです。
新石器時代の英国にこれまで考えられていたよりもずっと長距離の交易ネットワークが築かれていて、高レベルの社会組織が存在したことがわかります(ニック・ピアース氏)
References: Great Scott! Stonehenge’s Altar Stone origins | EurekAlert! / Stonehenge's 13,200-pound Altar Stone originated in northeastern Scotland, more than 450 miles away | Live Science













現代のように時間に追われてた訳じゃないだろうから、平均して1日1㎞運べれば2年で到着する。現代人の感覚だと2年なんて時間掛かりすぎだろと思うけれど、古代人の感覚だとたった2年で運べたぜかも知れないしもっと早かったかも知れない。並行して複数個を運んでいただろうし技術水準はともかく知恵はある。現に運んだのだから重機頼みの現代人よりよほど知恵を働かせていたに違いない。
まっ平な道が真っ直ぐ伸びていたわけもなく、ちょっとの坂でも重量物の輸送は各段にその難易度を跳ね上げる。
成分分析の結果だとしてもそれが100%確定の真実だとも言えないだろうし今後別の科学技術で覆ることだってあり得る。
当時の人間が750km離れた先にどんな岩があるのか知る事ができるんだろうか。
それが近場の岩場で取れる岩よりもわざわざ運ばなければならない理由があるのだろうか。
仮に本当に産地の推定が正しかったとして、どのような理由でその岩が選ばれたのか。
もしかしたら人力以外の自然の力とかで運ばれたとかもあるのだろうか。
スモールライトで小さくして持ってきたんでしょ
氷河によって巨石が運ばれた例もあるね
少なくとも今回の話に氷河はほぼ無関係だと思う
イングランド南部とスコットランド北部だからね、遠すぎる
円筒状に木で囲って見渡す限りの牛の群れで引っ張ってたりとか?
その可能性も大きいと思いますよ。回る輪、車輪がいかに便利かって紀元前3000年以上前か、なんなら4000年くらい前かもくらいに言われてる人類がの最高の発明品ですから。
古代人に対する現代人の想像力が低いからそう思うだけ。
ピラミッド等の遺跡を目にしておいて不思議がる方が不思議。
ピラミッドは数世紀以上継続的に建築していた歴史と、時代を経るごとの技術蓄積の変遷と発展もわかり、なにより古代エジプト社会の発展と人口規模の拡大からも巨大なものを作れるようになって行った経緯が理解できるからなのであって
ストーンヘンジの場合はこれを作る基盤となる社会の痕跡がセットになってない(未発見)なのも「今想定されてる古代ブリテン南部社会の規模でどうやってこれ成し遂げたのか」に謎が発生するんよ。
日本で言うなら縄文時代の集落一個しかない社会が単独で伊勢神宮いきなり作れたりはしないでしょ?
とはいえ、ストーンヘンジは紀元前3000年前から1000年近くかけて段階的に拡大・増築されて行ったとは研究されている(紀元前2500年ごろには各地から冬至に大人数が集ってくる規模の祭事が行われるくらい形になってた模様)ので、
近隣に巨大都市国家が無くても作る方法があったり、広範囲の社会のネットワークが形成され遠くはなれた地域からも祭りの参加者や建築資材が持ち込まれた結果、出来上がったというのは理解しにくい訳ではない。
ただ普通はそんな広範囲にバラけて住みながら社会を形成するより一箇所に集って都市国家形成するほうが例として多数派なんで、なんでそっちで成立したかがまだ謎が多いってこと。
誰がよんだか 誰がよんだか スト~ンヘンジぃ~~~♪